第55話 新世界

文字数 2,401文字

 火災は港にも燃え移っていた、蟻群が自ら火種となり火災を撒き散らしていく。
 略奪行為に走った船員たちは自船に帰ってくることはない。
 舞い散る火の粉が布製の帆に次々に燃え移る、春の国侵攻の準備をしていた船団は自らの欲の海に沈んでいった。

 「スタッグ、早く来い、もう待てないぞ!」
 船長は出港の準備を終えてスタッグを待っていた、しかし限界だ、飛び込んだ火の粉で起こる小火を船員たちが消してまわっているが、巻き上がる火の粉の嵐が荒れ狂う。

 「なんなんだあれは!?
 頭上を船よりも大きな影が飛翔している、蟻群を追い込むように飛ぶ姿には明確な意志を感じる、蟻群を屠るための作戦。
 「ドラゴン・・・だと?」

 「こっちだ!急げ!!
 煙の中をスタッグたちが船に向かって走ってくる、女の子を六人、いや一人を背負い七人連れている。
 「スターーッグ!!
 船長が大声で叫ぶ。
 走る女の子たちはスカートを短く切っている。
 「頑張れっ!助かるぞ!!
 女の子たちを乗船させると自ら舫いを解いていく、動き始めた船に飛び移る。
 「船長!帆を張れ、出せ出せ!!
 「おうよ、任せておけ!!野郎ども、出港だ!帆を上げろ!!
 帆を張った商船の低空をドラゴンの影が飛ぶ、バオッ、その風が一気に帆を膨らませる。 「おおっ、鳥たちが手助けを!?
 スタッグたちを乗せた商船は無事に港を離れていく、同じように離岸出来たのは数隻だけだった。
 
 「全員無事か!?
 「ええ、スタッグさんのお陰です、本当にありがとうございます」
 「船長、この子の手当をしてやってくれ」
 「おう、あの見えない虫か、出血が酷いが大丈夫だ、あんたらついてるぜ」
 「なんか当てがあるのか」
 「まあな、とっておきの秘薬があるのさ」
 「秘薬?エリクサーでも積んでいるってのか、まさかな」
 「そのまさかさ!」
 「ここへ来る途中で出会った島で酒と交換にもらったのさ」
 船長はニヤリと笑い少女を抱きかかえて船室に走って行った。

 「私の役目と一緒に街が燃えていく・・・これからどうすれば・・・」
 「まずはこの厄災の中で生き残った自分を褒めることだ、君は良くやった」
 「スタッグさんはどうするのですか?」
 短槍を担いだ痩せすぎの角有魔族はサガル神山に沈む夕日を見た。
 「依頼者は死んでしまったが代金は貰っちまってる、まだ仕事が途中なんだ、あの山に戻るよ、でもその前に、とりあえず君たちを送っていこう、護衛は必要だろ」

 白い帆が風を受けて、紺碧の海を奔っていった。

 同じ海をカレンたちを乗せたヨットは漂流していた。
 血の気の引いた顔色のノーマンの傷は深い。
 途方に暮れたカレンの眼下、海中に幾つもの影が奔る。
 ザアアアアッ コーンッ コーンッ キュウイイイッ 
 海中の中は騒がしく声が響いている、白い影が海の使徒たちを先導している。
 「これは、いったい・・・!?
 海の猛禽たちが群れとなって泳いでいく、その中心にいるのが海の王。
 海面を突き破り海面高く突き上がる真珠の鱗、剣の鰭を持つ白蛇。
 
 レヴィアタン、船乗りが恐れる水妖。

 海面に落ちた水妖は光りとなり水の抵抗など無いように奔る。
 「お母さん、こっちにくるよっ!」
 「!!
 ぶつかればひとたまりもない、カレンはアグネスを抱きしめて身を固くした。
 ザザザザッ ザアッ
 ヨットの下で気配が消えた。
 「!?
 バシャッ ストンッ 誰かが船に乗った気配がした、海の真ん中であり得ない。
 目を開けると目の前に裸の少女が立っていた。
 「なっ!?
 状況が理解出来ずに絶句したカレンの前で少女はニカッと白い歯を見せて笑った。
 「飲ませる、怪我、直る」
 一本の金色の小瓶をカレンに差し出す。
 「これは・・・なに?」
 「エリクサー、よく効く、飲ませろ」
 奥に倒れているノーマンを指さした。
 「じゃあね」
 少女は身を翻して海に飛び込んでしまった。
 「だめっ、今は危ない!」
 海にカレンが手を伸ばした時、少女の姿は揺らめきレヴィアタンに姿を変えて泳ぎ去って行く。

 海の王もまたサガル神山の戦いに神の使徒として軍団を引き連れて向かう。

 高度八千メートルを超えた場所からの帰還、ムトゥスが飛び去ったあとに天空の空は荒れ狂うように吹雪いた。
 天空の怒りが渦巻いているようだ。
 明るいのは分かるが太陽の方向はまったく分からない、ルートを見失っていた。
 あまりの風に呼吸さえ出来ない、ただでさえ薄い空気が肺に届かない。
 二人は腰紐で身体を繋ぐ、視界が悪いが足下はまだ見える、稜線から外れて滑落すれば命はない。
 本来なら動くべきではない天候だが、ムトゥスを見届けたい。
 「マリッサ!伏せていろ、やるぞ!」
 マリッサが頷く。
 アラタはブレスガンを構えて積もった雪原を平行に撃ち放つ。
 バシュウゥゥンッ
 厚い雪をトンネルのように削り道を造る、トンネルが風雪を遮ってくれる。
 「こんな使い方、いつ思いついたの!?
 「今・・・だ」
 「ふふ、さすがね、アラタ」
 「まったく便利な武器だな」
 一発の発射で百メートルの道が造られる、下っている途中で埋まる、また撃つ。
 登ってくる途中では気づかなかったクレパスやオーバーハングが行く手を阻む。
 直線で降りることは出来ない、良く真っ直ぐに登ってこれたものだ。
 登ってきた倍の時間が掛かっている。

 高度六千メートル、荒れ狂っていた風雪の渦を抜けた。
 眼下に樹海平原が遠く広がり、魔城方面は霞んで見えない。
 「なにか飛んでいる?」
 平原を黒い点が移動している。
 「ムトゥス様だわ」
 「この距離で見えるとは巨大過ぎるぞ」
 「でも・・・間違いない、あれはムトゥス様」
 
 樹海平原の戦いまでは見ることは出来ないが、二人は使命をやり遂げたと知った。
 
 アラタの左手がマリッサの右手を握る。

 この世界にまた新たな愛と物語が始まる。

 fin_
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み