第10話   見えない吸血鬼

文字数 1,967文字

 内務調査官ヘルマン・シュワルツ少尉、ドイツ連邦警察出身の志願兵、ネアビアガーマン(迷惑男)、前職でのニックネーム。
 犯罪と見れば、年齢や性別、職業や役職に忖度することなく噛みついたら離さない。
 管轄などお構いなしに捜査して暴きまくる。
 
 誰にも小さな隠し事はある、暴いたところで意味のない罪。
 放っておいても誰も傷つかない罪。
 ネアビアガーマンは関係なく暴く、訴追目的ではなく自分の興味本位から暴いてしまう。
 一種の強迫性神経障害、気になったことを知らないことが怖いのだ。
 
 「この戦争から逃げ出すのは、精神的に真面な人だと思いますねぇ」
 魔城の墓地、イーヴァンたちが地下道から脱出した墓石を調べている。
 「報告書の通り出てきたのは四人、後から一人合流、アラタさんですね」
 リーナと爺の血の跡が残っている。
 「左右に分かれて逃亡・・・と」
 左手にメモを持ち、右手に持ったペンを煙草のように噛む、ちなみに煙草は吸わない、二十歳で止めて、それ以来吸っていない。

 「アラタさんは右へ、魔王さんは左の林・・・」
 ユンゲルの狙撃位置を確認する。
 「あそこから当てるとは、ユンゲルさんの腕も神級、いえ悪魔じみていますねぇ」

 「どうせアラタさんは痕跡を残していないでしょうから、追跡は左に絞りましょう」
魔王が逃げた方向、林の中を進んでみる、草むらが踏み荒らされいて、辿ると直ぐに血が付いた葉がある。

 「やっぱり命中していますね、しかし、致命傷ではない?」

 シュミンケは腰を折って目線を草むらの高さに合わせると這うように追跡を始めた。

 血糊と草むらの踏み跡を追って林を抜けると、シュワルツの前には偉容を誇るサガル神山が立ち塞がるように迫る。
 麓の樹海が眼前に百八十度広がり、美しい富士を描きながら天空に向かって頂きが伸びているが頂上は雲に隠れて見ることは出来ない。

 「神の住まう山、サガル神山ですか・・・」

 きれいに撫でつけた七三の髪に指をいれるて、風で跳ねた一条を流れに戻す。
 「出血は止まっていない、もう移動するのは難しいとなれば一時的にでも潜伏する場所が必要なはず・・・」

 麓の樹海までには畑と牧場が点在し、潜伏出来そうな家屋が複数見える。
 「こんなに牧場があるのに家畜がまったく見えません、なぜでしょうか、興味深いですねぇ」」

 シュワルツが見る樹海の中は入り口近くは針葉樹の森、中腹に向かい広葉樹が広がり、魔笹と呼ばれる黒い笹が一帯を覆い尽くしていた。
 戦争が始まって以降、牧場で飼われていた魔獣は、銃声や騒ぎに追われて多くは樹海奥に逃げこんでいた、家畜魔獣は大型であっても草食で臆病、人族を嫌い魔笹の森の奥まで逃げ込んでいた。
 彼らにとって黒笹はごちそうだ、飢えることなどない。

 楽園かと思われたが、そうではなかった。
 
 魔笹絨毯の中に体中の水分を失い、干からびた魔獣の死骸が転がっている。
 何かに襲われたのは確かだ、体中に無数に空いた穴が死因だろう。
 牧場から逃げ出した家畜魔獣のほとんどは魔笹の中で息絶えていた。

 ギャワアアアアアァァッ
 一頭の大型魔獣が何かに襲われて逃げ惑っている、魔笹に幾状もの小さな筋が走る。
 高速で黒い魔笹の中を動く(それ)は見えない。
 家畜魔獣が吠えるたびに身体に杭を打ったように穴が空いていく。
 ギャワァッワワワワッ
 (それ)は一体じゃない、何百、何千、何万といる。
 のたうち回る魔獣が干からびていく、打たれた杭から吸い上げられている。
 小さな見えない吸血鬼のように魔獣から血と体液を奪っていく。 
 倒された魔獣は三十分も待たずにミイラと化した。
 
 魔笹、黒く細い葉、その幹には薔薇のような棘がある。
 今年、千年に一度と言われる一斉開花を迎えていた、棘の幹には幾つもの蕾があり大きく育っている。
 早咲きの一輪、その赤く八重咲きの花は甘い芳香を放ち魔獣たちを誘う。
 家畜魔獣たちは、この花の匂いに誘われて魔笹の森に集まった、その身を何かに捧げるために。
 
 シュワルツが見たならミイラとなっているのが家畜魔獣だけであることに興味をもったに違いない。
 そこに生息していた熊、狼、大型鼬、大山猫、そして猛禽類などの肉食魔獣が樹海から消えていた、魔笹の一斉開花を前に彼等は身を隠した。
 魔族領に限らず、サガル神山の北側樹海においても同様に肉食魔獣が消え、天敵のいなくなった小動物は繁殖し、それを狙う人族漁師は一時潤った。
 しかし、増えすぎた小動物は木々を枯らし、草を食べ尽くした。
 やがて魔笹に触手を伸ばした小動物は見えない(それ)に吸われていく。
 結果、今人族の領域においても小動物が激減して狩猟者を苦しめていた。
 その原因を知る者はいない。
 今、聖なる山の生態系頂点に立っているのは、見えない(それ)だった。
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