第31話 入口

文字数 2,394文字

 四日目の朝にアラタとマリッサは神殿を後に、シンの山小屋に向けて出発した。
 方向だけしか爺婆の話からは分からない、魔笹の海がどのくらい続いているのか、蟻の存在は最大の危険要因だが避けては通れない。

 魔笹の蕾は開花には早い、標高が高い分低温であるからだろう。
 甘い香りはしない。

 「さすがに道はないな」
 魔笹の海には踏まれた形跡は一切ない、広葉樹の森は新緑には早く朝日を最大限に地表に届けている。
 芽吹きには早いが、確実に目覚めの時はそこまできている。
 森は静まりかえり風の歌う声だけが聞こえる。
 「静かすぎて気味が悪いわ」
 「生物の気配がないな」
 「あの蟻と使徒のせいなのね」
 「動物たちが全部食われちまったとは思えないが・・・」
 「そうね、蟻も空飛ぶ鳥まで食い尽くすのは無理よ」 
 「死骸もない、逃げたのかもしれん」
 
 二人は慎重に魔笹の海の中を腰まで埋もれながら進む、ガサガサと笹の葉をかき分ける音が耳障りに響く、見えない蟻が忍び寄っている音と聞き分けられない。
 定期的に足を止めて周囲を伺う、見渡す限りの笹の海、風にそよぐ笹の音が不気味だ。
 ざわめく波が風なのか蟻なのか目と耳をこらす。
 緊張感が高まり、風花が舞うかじかむ空気の中、銃のグリップを握る手が汗ばむ。

 下方向から殺気が送られてくる、風と合わない笹の動き。
 「!!
 やはりいた、ここまで登ってきている。
 「アラタ!」
 マリッサも気づいた。
 「走れ!」
 躊躇すること無くブレスガンの引き金を引く、散弾モード。
 バシィッン!
迫る笹の揺れに青い閃光が吸い込まれる。
 ギャウッンッ
 硝子と血が飛び散る。
 ザザザッ
 「マリッサ!右に岩がある、そこだ!」
 「わっ、わかった!」

 バシィッ バシィッ バシュン
 腰だめの散弾モードで連射する。
 波が弾ける!

 マリッサが岩に辿り着く、岩は一枚目が低く、二枚目は高すぎて上がれない。
 一枚目の岩に二人で取り付き、高台から見えない蟻を狙う。

 バシィッン バシィッ バシィッ
 「なんでよっ!当たんないよっ!」
 マリッサも撃つが動きまわる蟻になかなか命中しない。
 「落ち着け!動きを予測しろ!」
 貼り付けただけの紙と動き回る動目標では射撃の難易度は段違いだ。
 「もう一段上へ行け!」
 「無理よ、上がれないよ」
 「いくぞ!」
 アラタはマリッサの脚を抱えると、そのまま垂直に持ち上げる。
 「ええっ!?
 最後は放り投げるように二枚目の岩にマリッサを立たせた、なんたる腕力。
 バンッ
 垂直跳びの勢いのまま、手をかけた岩を下に押して自身も岩の上に飛び上がる。
 「よっと」
 「ちょっと凄すぎるよアラタ、魔族でもこんなこと出来る人見たこと無い」
 「俺は忍者の末裔らしいぞ」
 「忍者?」
 「昔の日本にいた武芸者だそうだ」
 「魔法みたいだわ」
 「単なる基礎体力だけどなっと、それどこじゃないぞ」
 蟻の波は足下まで到達している、真下に向けて散弾モードを放つ、蟻自体の防御力は弱い、エコモードで十分だ。
 近的の目標に外すはずもない、オーバーハングを伴った岩を蟻たちは登ってこれないようだ。
 蟻の内容物が飛び散り、あたりに甘い匂いが振りまかれる。
 
 二人で撃ちまくるがきりがない。
 甘い匂いは蟻のフェロモン、その匂いに興奮し狂乱する吸血フェスのために集まってくる。
 
 ザザザッ キィキキキキキッ
 繰り返し押し寄せる波の様に、その高さはだんだんと高くなる。
 最早、蟻の目標はアラタたちではなく死んだ仲間に向けられている、共食いが始まっている。。
 
 「マリッサ、こいつら共食いしている!離れたところのやつを狙え、岩から引き離なすんだ!」
 「なるほど、了解!」

 通常の銃ならとっくに弾丸が尽きている、ブレスガンも連射により白い銃身が青く発光している。
 いかにエコモードとはいえ、百発以上を撃ち続け、カートリッジの琥珀が底をつきかけている。

 「まずいぞ、弾切れになる」
 「予備のカートリッジは赤と青一本づつ」

 マリッサが岩の後ろを覗くと木で作られた戸が閉められている、何かの入口か。
 「アラタ!何かの入口があるわ!」
 「!?
 アラタは意を決して岩を飛び降りて分厚く重い扉を開けようと試みるが、怪力のアラタをもってしても動かない。
 「アラタ急いで!」
 マリッサが慌てて叫んだ、気配を察知した蟻が笹が動かして岩の後ろへ向かっていた。
 「くそっ」
 扉はビクともしない、フェイクの扉だったのかとドカンッと殴りつけた扉がガタッガタッと揺れた。
 「これは!?
 扉は前後ではなくスライドする引き戸だった、丁番を使用しない引き戸は日本に多い、シンが設置した扉か。

 引き戸を開けて覗くと真っ暗な斜面が続いている、先は見えないが蟻はいないようだ。
 「マリッサ!来い!」
 マリッサが飛び降りると、転がり込むように戸を潜り重い引き戸を閉じる。
 「ふぅっ、危なかった」
 「ああ、ブレスガンは強力たがいかんせん多勢すぎる」
 今回の蟻の集団で数万単位だろう、剣と刀しか持っていなければ中隊単位、数百人が全滅する。
 もしも蟻の単位が数百億、兆匹の単位に達していたら国ごと消えることになるだろう。

 マリッサがブレスガンの銃口下についた青い琥珀石を押すとライトのように点灯した。
 「なんだそれ」
 アラタが知らない機能だ。
 「あら、知らなかった!?この先端を押すと点灯するみたいよ」
 「いつの間に調べたんだ」
 アラタも同じようにブレスガンを点灯させた。

 洞窟の中は風が動いている、酸欠や二酸化炭素中毒の心配はなさそうだ。
 「これが冥界の迷宮なのかな」
 「最初にイーヴァンが彷徨っていた迷宮か」
 「こんなところに一人で踏み込むとは、大した奴だ」
 「若いころのイーヴァン様は怖いもの知らずでした」

 アラタとマリッサも何かに導かれるように冥界の迷宮に降りていく。
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