第42話 春の国
文字数 2,483文字
ローマン帝国から海を越えた東方に、通称春の国、ロギタニ神国はあった。
初代女王、メイ・スプリングフィールドは質素な執務室の中で書類と図面に埋もれながら、午後の決済を終えたところだ。
オーガの国、オールド・オランドを倒し建国してから五年、国の産業も軌道に乗って税収も上がり、インフラの整備も進んでいる。
激務に変わりはないが幾分の余裕が見えてきた。
多くのオーガを屠ってきたスーパーエンパス、イージスの盾と狩りの女神アルテミスの弓は健在だ。
神の如き彼女の弓を避けることは出来ない。
その髪は透明な輝きを放つ銀、その瞳は神秘的な深い碧に緑の影が挿している。
その姿はかつてのエルフ族、イシス・ベルセルに戻ったようだった。
今日は隣国のリードベッド宗主国から軍事開発室長マヤが来客としてやってきていた。
「宗一郎は元気?」
「はい、女王様、おかげさまで元気に変態武器道に邁進しています」
「もう、誰もいないんだから女王様はやめようよ、マヤさん」
五十も近くなったマヤは眼鏡をかけるようになり、制服と相まってより知的な印象が強い。
「うふふ、まだ慣れないのね、もう五年になるのに」
「そうだよ、五年だよ、五年!もう解放してほしよ」
「メイちゃん、幾つになったんだっけ」
「二十三、信じらんないよ、私の青春を返してほしいわ」
「この五年頑張ったものね、この国の人が安心して暮らせるのはメイちゃんのお陰だよ」
「随分持ち上げるじゃない、ということはなんか悪いニュースね」
「鋭い!私の頭覗いたの?」
「マヤさんにそんなことしないわよ、いつもの事だから慣れちゃったの!」
「それだけメイちゃんに頼み事しているのよね、一応反省」
ペコリとマヤが頭を下げた。
「やめてよ、頭なんて下げないでよ」
女王が慌ててマヤを制した。
「ぷっ」
「あはっ、あはははっ」
女の幹部が多い執務室は笑いに包まれる事が多い、メイに女王の威厳はない、秘書役のミヤビにいつも叱られている。
今は戦場を駆ける無敵のイージスの顔は無い。
「じゃあ、本題のニュース、海を越えたところに角有魔族の国があったのだけれど、隣国の侵略を受けて皆殺しにされたらしいの」
「皆殺し!?征服しただけじゃなくて皆殺しなの」
「ええ、皆殺しよ」
「単なる略奪戦争の結果にしては極端な結果ね、私が知る限りでは角有魔族は弱くはなかったはず、隣国の人族の武器も刀剣のみだったのではなかったかしら」
「その通りなんだけど、人族側に強力な援軍があったようなの、異世界から」
「異世界から?なにそれどういうことなの?」
「二年前に突然異世界からこの世界にやってきたらしいわ、強力な銃を持った百人の旅団」
「たった百人!?」
「そう、たった百人、その百人が数万人の魔族を殺したの」
「彼らの銃の力ね」
「残念ながら我が国の銃も彼等にとっては一世紀遅れているようです」
メイの表情が変わる。
「海を越えてくると?」
「彼らはこの国の資源が欲しいらしい、きっと銃を創るためね」
「奪いに来るというの・・・」
「可能性は高いです・・・」
「そう・・・戦争しようというの・・・私の国と!!」
メイの波動が白から銀に変わる、碧緑の目に光が宿る。
「わうっ、ちょっ、ちょっとメイ、イージス漏れてるわよ!私の脳が焼けちゃうわ!」
「あっ、ごめんなさい」
復讐を果たした女神は戦いを離れて安寧と平和を作り上げた、再び血を流そうとする者を許さないだろう。
春の国に銃口を向けるのは馬鹿げているとマヤは思う、銃だろうが大砲だろうがメイのイージスの前では無意味だ。
女神と魔人をその身に宿した少女、この国の守り神は最強だ。
ヴォルフ大佐の命でローマン帝国の港には大型船が集められている。
多くは武装を持たない商船だったが海を渡るには十分な帆船だ。
「大佐、いずれも動力を持たない船ばかりで足は相当遅いですが、なんとか航海には耐えられるでしょう」
「今は仕方がない、鉄が手に入れば、いずれは戦艦シャルンホルストやビスマルク級を建造して世界に討って出る」
「総統の夢をこの世界で実現するのだ」
魔属領時代、南向きの漁港は穏やかな海を前に、豊かな漁場があり市場町として栄えて、多くの埠頭を有していた。
集められた船は多く、他国籍の船や、乗組員も人族ばかりではなく魔人さえも含まれている。
マップメーカーのスタッグはユーリエと別れた後に顔見知りの商船の船倉係として潜り込んだ。
「船長、悪いな、迷惑かけちまって」
「なに、俺の船には差別主義者なんて乗ってねぇ、ボースンだって角無しの魔族だしな」
「異世界人共は春の国をやるつもりなのか」
「そうらしいな」
「船長はどうするんだ?」
「はあ?冗談はよせ、単独で三メーターのオーガを狩っちまう女神アルテミスの国に攻め入るほど馬鹿じゃねえ、それにあの国は、ぼったくりはしない、世の理を外れなければ商売相手には良い国だ」
「じゃあ、今回はなんで受けたんだ」
「荷を降ろしたら帰りはから空荷だ、兵隊なぞ乗せないさ」
「気を付けろよ、異世界人が持つ銃は危険だぞ」
「銃か、銃ならこの船にも数丁はあるんだぜ、それこそ春の国の隣国、リードベッド製のやつが・・・高かったけど」
「なら、出向はいつになる?」
「そうだな、戦勝パーティーの後、二、三日中には離れようと思っている」
「金は払う、乗せていってくれるか」
「金なんかいらねぇ、その代わり最新のマップをくれ」
「いいとも、お安い御用だ」
二人は握手を交わして契約は成立した。
「ユーリエ、もしものことがあったら、ここへ来い」
商船の甲板から望む旧魔城は戦勝パーティーを控えて音楽隊のリハーサルの音が聞こえる。
暖かさを増し、少し熱く感じる陽気とは裏腹に、スタッグの目に映る魔城の裏に控える巨大な樹海は不気味な赤黒に染まっている。
その狂気がいまにも雪崩となって全てを飲み込もうとしているように感じる。
スタッグも理由のない焦燥感に囚われ、無意識にフェンスの柵を強く握りしめた。
初代女王、メイ・スプリングフィールドは質素な執務室の中で書類と図面に埋もれながら、午後の決済を終えたところだ。
オーガの国、オールド・オランドを倒し建国してから五年、国の産業も軌道に乗って税収も上がり、インフラの整備も進んでいる。
激務に変わりはないが幾分の余裕が見えてきた。
多くのオーガを屠ってきたスーパーエンパス、イージスの盾と狩りの女神アルテミスの弓は健在だ。
神の如き彼女の弓を避けることは出来ない。
その髪は透明な輝きを放つ銀、その瞳は神秘的な深い碧に緑の影が挿している。
その姿はかつてのエルフ族、イシス・ベルセルに戻ったようだった。
今日は隣国のリードベッド宗主国から軍事開発室長マヤが来客としてやってきていた。
「宗一郎は元気?」
「はい、女王様、おかげさまで元気に変態武器道に邁進しています」
「もう、誰もいないんだから女王様はやめようよ、マヤさん」
五十も近くなったマヤは眼鏡をかけるようになり、制服と相まってより知的な印象が強い。
「うふふ、まだ慣れないのね、もう五年になるのに」
「そうだよ、五年だよ、五年!もう解放してほしよ」
「メイちゃん、幾つになったんだっけ」
「二十三、信じらんないよ、私の青春を返してほしいわ」
「この五年頑張ったものね、この国の人が安心して暮らせるのはメイちゃんのお陰だよ」
「随分持ち上げるじゃない、ということはなんか悪いニュースね」
「鋭い!私の頭覗いたの?」
「マヤさんにそんなことしないわよ、いつもの事だから慣れちゃったの!」
「それだけメイちゃんに頼み事しているのよね、一応反省」
ペコリとマヤが頭を下げた。
「やめてよ、頭なんて下げないでよ」
女王が慌ててマヤを制した。
「ぷっ」
「あはっ、あはははっ」
女の幹部が多い執務室は笑いに包まれる事が多い、メイに女王の威厳はない、秘書役のミヤビにいつも叱られている。
今は戦場を駆ける無敵のイージスの顔は無い。
「じゃあ、本題のニュース、海を越えたところに角有魔族の国があったのだけれど、隣国の侵略を受けて皆殺しにされたらしいの」
「皆殺し!?征服しただけじゃなくて皆殺しなの」
「ええ、皆殺しよ」
「単なる略奪戦争の結果にしては極端な結果ね、私が知る限りでは角有魔族は弱くはなかったはず、隣国の人族の武器も刀剣のみだったのではなかったかしら」
「その通りなんだけど、人族側に強力な援軍があったようなの、異世界から」
「異世界から?なにそれどういうことなの?」
「二年前に突然異世界からこの世界にやってきたらしいわ、強力な銃を持った百人の旅団」
「たった百人!?」
「そう、たった百人、その百人が数万人の魔族を殺したの」
「彼らの銃の力ね」
「残念ながら我が国の銃も彼等にとっては一世紀遅れているようです」
メイの表情が変わる。
「海を越えてくると?」
「彼らはこの国の資源が欲しいらしい、きっと銃を創るためね」
「奪いに来るというの・・・」
「可能性は高いです・・・」
「そう・・・戦争しようというの・・・私の国と!!」
メイの波動が白から銀に変わる、碧緑の目に光が宿る。
「わうっ、ちょっ、ちょっとメイ、イージス漏れてるわよ!私の脳が焼けちゃうわ!」
「あっ、ごめんなさい」
復讐を果たした女神は戦いを離れて安寧と平和を作り上げた、再び血を流そうとする者を許さないだろう。
春の国に銃口を向けるのは馬鹿げているとマヤは思う、銃だろうが大砲だろうがメイのイージスの前では無意味だ。
女神と魔人をその身に宿した少女、この国の守り神は最強だ。
ヴォルフ大佐の命でローマン帝国の港には大型船が集められている。
多くは武装を持たない商船だったが海を渡るには十分な帆船だ。
「大佐、いずれも動力を持たない船ばかりで足は相当遅いですが、なんとか航海には耐えられるでしょう」
「今は仕方がない、鉄が手に入れば、いずれは戦艦シャルンホルストやビスマルク級を建造して世界に討って出る」
「総統の夢をこの世界で実現するのだ」
魔属領時代、南向きの漁港は穏やかな海を前に、豊かな漁場があり市場町として栄えて、多くの埠頭を有していた。
集められた船は多く、他国籍の船や、乗組員も人族ばかりではなく魔人さえも含まれている。
マップメーカーのスタッグはユーリエと別れた後に顔見知りの商船の船倉係として潜り込んだ。
「船長、悪いな、迷惑かけちまって」
「なに、俺の船には差別主義者なんて乗ってねぇ、ボースンだって角無しの魔族だしな」
「異世界人共は春の国をやるつもりなのか」
「そうらしいな」
「船長はどうするんだ?」
「はあ?冗談はよせ、単独で三メーターのオーガを狩っちまう女神アルテミスの国に攻め入るほど馬鹿じゃねえ、それにあの国は、ぼったくりはしない、世の理を外れなければ商売相手には良い国だ」
「じゃあ、今回はなんで受けたんだ」
「荷を降ろしたら帰りはから空荷だ、兵隊なぞ乗せないさ」
「気を付けろよ、異世界人が持つ銃は危険だぞ」
「銃か、銃ならこの船にも数丁はあるんだぜ、それこそ春の国の隣国、リードベッド製のやつが・・・高かったけど」
「なら、出向はいつになる?」
「そうだな、戦勝パーティーの後、二、三日中には離れようと思っている」
「金は払う、乗せていってくれるか」
「金なんかいらねぇ、その代わり最新のマップをくれ」
「いいとも、お安い御用だ」
二人は握手を交わして契約は成立した。
「ユーリエ、もしものことがあったら、ここへ来い」
商船の甲板から望む旧魔城は戦勝パーティーを控えて音楽隊のリハーサルの音が聞こえる。
暖かさを増し、少し熱く感じる陽気とは裏腹に、スタッグの目に映る魔城の裏に控える巨大な樹海は不気味な赤黒に染まっている。
その狂気がいまにも雪崩となって全てを飲み込もうとしているように感じる。
スタッグも理由のない焦燥感に囚われ、無意識にフェンスの柵を強く握りしめた。