第33話 マップメーカー
文字数 2,207文字
ユーリエ・フォン・バーデミリオンはサガル神山北側にある辺境から旧魔族領で開催される戦勝パーティーに向け、おんぼろ馬車を走らせていた。
馬車とは言え運転手がいる訳ではない、自分で手綱を引いている、途中の路銀も考えれば雇うことは出来なかった。
夕暮れが迫ってきている、今日で三日目の野営になる。
安全で雨風を凌げる場所を探してみるが広陵とした大地には建物ひとつもない、大きな岩が重なった隙間を見つけた、街道を逸れて馬車を向けたのがいけなかった。
ガッシャンッ
「きゃあっ!」
車輪が何かに乗り上げて激しく突き上げられる、バキィッ 嫌な音が聞こえた。
止まった時には馬車の車高が下がってしまっていた、慌てて馬車の下を覗くと車軸が折れてしまっている。
「なんてこと・・・」
車軸の破損は致命的だ、直そうにも部品も人手もない。
数十年前の馬車は外観だけでなく部品も劣化し強度が落ちている、応急処置でどうにかなりそうにない。
「くっ・・・」
ユーリエの瞳に悔し涙が滲んだ、唇を強く噛みそうになるのを必死で耐える、顔に傷があっては、ただでさえ着飾ることも出来ないうえに未発達なな子供の身体では異世界人の勇者様方に気に入ってもらえるかライバルに対して不利になる。
せめて明るく健康そうに努めなければならない。
貧乏貴族とはいえ領地の民の命を預かっているに等しい、責任が小さな肩にのしかかっている。
「こんなことで私は負けない!」
小さな拳を握りしめて立ち上がった。
「そこから離れろ!!」
突然の叫び声に心臓が縮んだ。
「!!」
振り向いた先に魔族の若い男が短槍をかまえて立っていた、今にも切りかかりそうな勢いだ。
「ひっ!」
悲鳴が漏れる、何処まで不運なのか、きっと残盗に違いない。
魔族の男はかけていたバックを放るとユーリエに向かって短槍を投げた。
ビュン ガシュッ
短槍はユーリエを掠めて後方の地面に向けて飛んだ先で何かに突き刺さった。
ギィキィヤアアアアッ
「えっ!?」
悪魔のような金切り音が聞こえた、槍の刃の半分が消えて中に浮いているように見える。
ダダダッ 魔族の男はユーリエの脇を駆け抜けて槍の柄を掴み刃の先についた何かを踏みつぶした。
甘い匂いが鼻をついて漂う。
「馬車の中に入ってドアを閉めろ!!」
魔族の男が怒鳴った、意味が解らず立ち尽くしていると再び怒鳴られた。
「早くしろ!!」
弾かれたように馬車にドアを閉める、小窓から除くと魔族の男は短槍で何かと闘っているように見えた。
キィキキキキッ
またあの耳障りな音だ、思わず耳を塞ぐ。
魔族の男の足下をよく見ると血を流した虫のようなものが転がっている、鏡のような外郭に血がついて、初めてその姿を確認できた。
「私を助けてくれたの?」
彼が短槍を何も無いと思える空間に振るう度にギィンッと乾いた金属音が響き、破片が飛び散る。
ユーリエには見ることが出来ない何かが彼には見えている。
痩せすぎた身体、長い手足は案山子のようだ、黒色の髪に黒の瞳、日焼けした肌。
なにより鋸クワガタのような角が魔人の誇りを象徴するように伸び、早すぎる槍捌きがまるで手が六本あるように見せる。
ユーリエは神話の鬼神を思い出した。
「鬼神アシュラ・・・」
銃ではなく、生身の身体と剣だけでイザナギアリ数十体を殲滅した、恐るべき技量。
魔族戦闘員の制服は着ていない。
数十秒後には戦闘は集結し、痩せたクワガタの周りは静かになった。
ユーリエは意を決してお礼を言うために馬車から降りた、黙ったままではいられない。
「あ、あの・・・」
恐る恐る鬼神クワガタの背中に声をかけた。
ギロリと落ちくぼんだ目がユーリエを見た、食われるのではないかと本気でビビった。
「・・・」
「あ、あの、助けていただき・・・ありがとう・・・ございました」
語尾は小さくなって聞き取れなかったかもしれない。
「う・・・うむ」
「なにかお礼をさせてください」
「礼?人族のお前が魔族の俺に礼をするというのか」
「命を助けて頂きました、当然です」
「変わった子供だな、俺が怖くはないのか?」
「ちょっ、ちょっとだけ怖いです・・・けど、子供ではありませんわ!」
「ははっ、面白い奴だな、お前!」
「たいしたお返しは出来ませんが、夕飯を召し上がってください」
「分かった、頂こう、俺の名前はスタッグ、マップメーカー(地図屋)だ」
「私はユーリエ・フォン・バーデミリオンと申します」
「ここは危ない、少し移動しよう」
二人は馬車から離れた場所に野営地を設けて火を起こした。
やがてお茶とパン、少しの干し肉を炙り夕食とした、もともと素食で小食なユーリエは歓待するほどの食材を持ち合わせていない。
「お礼と言っておきながら根物で申し訳ございません」
木の盆に乗せた食事を差し出されたスタッグは心底嬉しそうに盆を受け取った。
「いやぁ、温かい食事など何か月ぶり、これ以上の物はないよ」
破顔して深々と頭を下げた。
「あっ、あの、頭を下げないで、お礼をしているのは私ですから・・・」
「いやいや、礼には及ばない、君が頭を下げる必要はないよ」
「そっ、そんなことは・・・」
「いやいや・・・」
二人の頭下げ競争はおでこが地面に着いて止まった。
「プッ・・・あはははっ」
「フフッ・・・ははは」
二人で顔を赤くして笑いあった。
馬車とは言え運転手がいる訳ではない、自分で手綱を引いている、途中の路銀も考えれば雇うことは出来なかった。
夕暮れが迫ってきている、今日で三日目の野営になる。
安全で雨風を凌げる場所を探してみるが広陵とした大地には建物ひとつもない、大きな岩が重なった隙間を見つけた、街道を逸れて馬車を向けたのがいけなかった。
ガッシャンッ
「きゃあっ!」
車輪が何かに乗り上げて激しく突き上げられる、バキィッ 嫌な音が聞こえた。
止まった時には馬車の車高が下がってしまっていた、慌てて馬車の下を覗くと車軸が折れてしまっている。
「なんてこと・・・」
車軸の破損は致命的だ、直そうにも部品も人手もない。
数十年前の馬車は外観だけでなく部品も劣化し強度が落ちている、応急処置でどうにかなりそうにない。
「くっ・・・」
ユーリエの瞳に悔し涙が滲んだ、唇を強く噛みそうになるのを必死で耐える、顔に傷があっては、ただでさえ着飾ることも出来ないうえに未発達なな子供の身体では異世界人の勇者様方に気に入ってもらえるかライバルに対して不利になる。
せめて明るく健康そうに努めなければならない。
貧乏貴族とはいえ領地の民の命を預かっているに等しい、責任が小さな肩にのしかかっている。
「こんなことで私は負けない!」
小さな拳を握りしめて立ち上がった。
「そこから離れろ!!」
突然の叫び声に心臓が縮んだ。
「!!」
振り向いた先に魔族の若い男が短槍をかまえて立っていた、今にも切りかかりそうな勢いだ。
「ひっ!」
悲鳴が漏れる、何処まで不運なのか、きっと残盗に違いない。
魔族の男はかけていたバックを放るとユーリエに向かって短槍を投げた。
ビュン ガシュッ
短槍はユーリエを掠めて後方の地面に向けて飛んだ先で何かに突き刺さった。
ギィキィヤアアアアッ
「えっ!?」
悪魔のような金切り音が聞こえた、槍の刃の半分が消えて中に浮いているように見える。
ダダダッ 魔族の男はユーリエの脇を駆け抜けて槍の柄を掴み刃の先についた何かを踏みつぶした。
甘い匂いが鼻をついて漂う。
「馬車の中に入ってドアを閉めろ!!」
魔族の男が怒鳴った、意味が解らず立ち尽くしていると再び怒鳴られた。
「早くしろ!!」
弾かれたように馬車にドアを閉める、小窓から除くと魔族の男は短槍で何かと闘っているように見えた。
キィキキキキッ
またあの耳障りな音だ、思わず耳を塞ぐ。
魔族の男の足下をよく見ると血を流した虫のようなものが転がっている、鏡のような外郭に血がついて、初めてその姿を確認できた。
「私を助けてくれたの?」
彼が短槍を何も無いと思える空間に振るう度にギィンッと乾いた金属音が響き、破片が飛び散る。
ユーリエには見ることが出来ない何かが彼には見えている。
痩せすぎた身体、長い手足は案山子のようだ、黒色の髪に黒の瞳、日焼けした肌。
なにより鋸クワガタのような角が魔人の誇りを象徴するように伸び、早すぎる槍捌きがまるで手が六本あるように見せる。
ユーリエは神話の鬼神を思い出した。
「鬼神アシュラ・・・」
銃ではなく、生身の身体と剣だけでイザナギアリ数十体を殲滅した、恐るべき技量。
魔族戦闘員の制服は着ていない。
数十秒後には戦闘は集結し、痩せたクワガタの周りは静かになった。
ユーリエは意を決してお礼を言うために馬車から降りた、黙ったままではいられない。
「あ、あの・・・」
恐る恐る鬼神クワガタの背中に声をかけた。
ギロリと落ちくぼんだ目がユーリエを見た、食われるのではないかと本気でビビった。
「・・・」
「あ、あの、助けていただき・・・ありがとう・・・ございました」
語尾は小さくなって聞き取れなかったかもしれない。
「う・・・うむ」
「なにかお礼をさせてください」
「礼?人族のお前が魔族の俺に礼をするというのか」
「命を助けて頂きました、当然です」
「変わった子供だな、俺が怖くはないのか?」
「ちょっ、ちょっとだけ怖いです・・・けど、子供ではありませんわ!」
「ははっ、面白い奴だな、お前!」
「たいしたお返しは出来ませんが、夕飯を召し上がってください」
「分かった、頂こう、俺の名前はスタッグ、マップメーカー(地図屋)だ」
「私はユーリエ・フォン・バーデミリオンと申します」
「ここは危ない、少し移動しよう」
二人は馬車から離れた場所に野営地を設けて火を起こした。
やがてお茶とパン、少しの干し肉を炙り夕食とした、もともと素食で小食なユーリエは歓待するほどの食材を持ち合わせていない。
「お礼と言っておきながら根物で申し訳ございません」
木の盆に乗せた食事を差し出されたスタッグは心底嬉しそうに盆を受け取った。
「いやぁ、温かい食事など何か月ぶり、これ以上の物はないよ」
破顔して深々と頭を下げた。
「あっ、あの、頭を下げないで、お礼をしているのは私ですから・・・」
「いやいや、礼には及ばない、君が頭を下げる必要はないよ」
「そっ、そんなことは・・・」
「いやいや・・・」
二人の頭下げ競争はおでこが地面に着いて止まった。
「プッ・・・あはははっ」
「フフッ・・・ははは」
二人で顔を赤くして笑いあった。