第11話 敗走の五人

文字数 2,006文字

魔族国正規軍の一部は敗戦から逃走して樹海内に潜伏している隊が幾つもあった。

 「モア隊長、どうやら・・・魔城は陥落したようです」
 「いつだ?」
 「監視していた部下からの報告では昨日の昼頃のようです」
 「魔王様たちはどうなったか分かるか?」
 「不明です、しかし王族墓地の周辺で戦闘があったようです」
 「魔王様は脱出した可能性があるな」
 モア隊長は正規軍の中でも転移勇者との戦争最前線で戦い、多くの仲間を失いながら生き残った精鋭。
 百人いた仲間の中で生き残ったのは僅か五人、あと一人は重傷だ。

 サガル神山の冥界神社入り口付近の洞窟に潜伏しながら、離散した部隊を集め、魔族国への帰還を伺っていたが転移勇者たちの動きは早すぎた。

 「バタイ男爵の容態はどうですか」
 「ああ、今しがた亡くなった・・・」
「そうですか・・・残念です」

 部隊長だったバタイは飛行機銃の7.92mm弾に脚の肉を抉られて大量出血、もつはずはなかった。
 モアはバタイを見捨てずに帰還しようと藻掻いた、バタイ男爵は魔王族の中でも魔王イーヴァンに近い穏健派、戦えずとも政治の中枢に戻したかった。
 しかし、すべての努力は無に帰した、城は無くなり、王は行方不明。

 「くそっ!!
 小石を焚き火に投げ入れる。
 モア隊長はマリッサと同様に褐色の肌に赤髪、前に突き出た雄羊の大きな角を持ち、太い眉毛ときつく結んだ唇が意思の強さを表している。
 「帰るべき家が無くなっちまったな、スラッシュよ」
 「隊長・・・」
 焚き火を囲んだ五人は無念に揺れる焚き火の炎を無言で見つめるしか無かった。
 実質魔族国の歴史は昨日終わったのだ。

 「モア隊長、我々はこれからどうしたら・・・」
 一番若いチッチは不安を隠しきれない。
 「チッチよ、いつも言っているじゃろ、上官に対して発言するときは、まず自分の意見を述べてから申せ」
 小言を言ったのが一番年嵩のいった老兵シロジ、二人とも緑色の肌に小さな角、シロジの頭と髭は年のせいで白い。
 「シロ爺、難しい質問だ、許してやれよ」
 捌いた兎の肉を串に刺しながら横槍を入れたのが中堅のモロー、黄色に近い緑はイーヴァンに近い、髪は栗色で角はない、人族に近い外見は混血を物語る。
 
 今明確な答えを持っている者は誰一人としていない、全員が故郷や家族を奪われている。

 「首都の西側に巨大な穴が掘られて、民間人も含めて埋められているそうだ」
 「そんな、逃げられた者はいないんですか」
 「分からん、分かるのは数百人規模の穴が幾つもあるってことだ・・・くそっ、塩が欲しいぜ」
 スラッシュが串肉を焚き火に炙りながら悪態をつく。
 「俺たちが最後の魔族になっちまったかもな・・・ああ、近所の定食屋が恋しいや」
 モローは他の兵と違い、鍛冶屋出の民兵だった。
 「一昔前は魔族が戦争で人族に負けるなんて考えられなかった、それが今はこのザマじゃ」
 「僕たち魔族が弱くなってしまったというのですか」
 「違うな、我々は変わらん、人族が強くなった、そこへ異世界人が現れた」
 「奴らの魔法武器は、まるで冥界伝説のおとぎ話に登場する神具じゃ」
 シロ爺は塩気の無い肉を、欠けた歯で嚙み切りながら頬張る。

 黙って聞いていたモア隊長は洞窟の壁に立てかけた愛用の剣を手に取ると鞘から抜き、刃を炎の揺らめきに映し、眺める。
 幾多の戦場を共に駆け、敵を倒し、自分を守ってくれた剣。
 今回もそうだった、構えていた剣に偶然銃弾が命中して軌道が逸れた。
 しかし、直撃を受けた剣は大きく刃毀れして致命的なヒビが入っている。
 モロ隊長の剣は主人の身代わりに死んだ。
 あと一撃でも振れば折れてしまうだろう、それでも捨てることは出来なかった。

 「優先順位だ、チッチ」
 「まずは魔王イーヴァン様の安否確認、無事なら潜伏先は冥界神社しかないだろう、迎えに行く」
 「なぜ冥界神社だと?」
 モロ以外の四人が首を捻った。
 「・・・いいだろう、どうせ魔族国は終わっている、皆にも話しておこう」
 全員が傾注し耳を傾ける。
 「冥界神社にはイーヴァン様のご主人でありムトゥス様の父親、異世界人ホシジロ・シンが眠る場所だからだ」
 「!!
 「ムトゥス様の父親が異世界人だと、本当か?」
 「ああ、本当だ」
 「にわかには信じられんが・・・」
 「いや、あの白い肌や黒緑の瞳、イーヴァン様が父親を秘密にしていたのも納得じゃ」
 「ちょっと待て、異世界人って、奴らが来たのは二年前だ、計算が合わないだろ」
 「今の連中とは別だ、ホシジロ・シンは一人で転移してきた」
 「まさか、イーヴァン様はそいつに襲われてムトゥス様を身ごもったのか?」
 「違う!!シン様は!ホシジロ・シンは本物の英雄、ムトゥス様のために戦い死んだ」
 「どういうことだ、何と戦ったのだ」
 
 焚き火の炎が四人が注目したモロの顔に濃い影をひく。
 モロは一呼吸おいてゆっくりと話し出した。
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