よん
文字数 1,667文字
一週間前
(ジャラジャラ・・・)
(ジャラジャラ・・・)
煌びやかな閃光とともに、玉がゾロゾロと飛び出してくる。
久し振りの「勝ち」だ。
何週も連続で負けたのだから、たまには勝つこともあるだろう。楽しさなどは無い。ただの惰性だ。まっさらな手帳が情けなくて、毎週土曜日は『パチンコ』と書いているくらいだ。人と会う訳でもなく、物を買う訳でもない。欲望なんてものは、小学校の机の中に全て置いてきた。そのため、安月給の俺でさえも少しくらいは貯金が増えていく。生活のためだけに金を貯め、生活のためだけに金を使う。毎月毎月マイナス収支にしないことを目標にし、流れ作業のような毎日を過ごしている。節約して、節約して、少しだけ無駄遣いをする。そんな日常に満足も不満も無いが、自分への問いが生まれてくる。
・・・俺は一体、何のために働いているんだろう。
そう思ってはいるものの、休日はパチンコ店に向かうシステムが体内に構築されている。負けが込んでも、別に悔しくはない。
とはいえ、今日は久し振りに勝ったので、気分は上がっている。
換金した2万円を握りしめ、駅前 をぶらついてみた。
普段通っている道なのに、見たことのない店が次々と目に入ってくる。
『発見』というものはきっと、心の余裕がある者にこそ有する権利なのかもしれない。
少し歩いていると、一軒のカフェが目に入った。
シンプルな外観であったが、店を覆う壁には木の温かみが感じられる。何となく、目を惹かれた。ガラスのドアを通して中を除くと、一人の女性店員が立っていた。白いワイシャツに緑のエプロン。そして、優しく柔和な表情をしている。
そんな彼女の横顔に、俺は一瞬で心を奪われた。
紛れもなく、一目惚れだった。
少しだけ勇気が必要だったが、俺は腹筋に力を入れてカフェの扉を開き、案内されるがままに席に着いた。メニューを見ていると、その女性店員が俺の方に寄ってきた。
「ご注文はいかがですか?」
「あ、いや、あの・・・コ、コーヒーを一つ、お願いします」
「コーヒーですね。かしこまりました。砂糖やミルクはいかがですか?」
彼女は俺の目を見て訊いてくる。ここは特等席なのだろうか。間近で見ると、蕩けてしまうほど可愛らしい。見とれている間に彼女と目が合ってしまい、平静を装うことができなかった。
「ブ、ブラックで・・・お願いします」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
彼女が戻っていった後、俺は重要なことに気が付いた。
ブラックコーヒーなんて苦くて飲めもしないのに、砂糖とミルクを頼まなかった。
いや、やはりこの選択は間違っていない。
根拠は無いが、ブラックにしておいた方が、カッコ良い印象を与えられる確率が高いような気がするからだ。彼女が来たら、クールに「ありがとう」と言って、雰囲気を出しておこう。
数分後、彼女が俺の席にやってきて、コーヒーをテーブルに置いた。
「お待たせしました!コーヒーの・・・ブラックです」
「あ、ありがとうございます・・・です」
俺は自分が情けなくなった。美女の笑顔を目の前にすると、どうしてこんな短い言葉でさえも、満足に言うことができないのだろうか。
不甲斐なさと恥ずかしさから、彼女から視線を下に外した。
すると、名札がふと目に入った。
ミホさん・・・か・・・
「あ、やっぱり砂糖とミルクお持ちしますか?」
「あ、いや、だ、大丈夫ですっ」
俺はすぐさまゆっくりと一口飲んで味わうフリをしたが、他の店員から呼ばれてミホさんは「失礼します」とだけ言い、カウンターの方へ戻っていった。その方向をチラッと見ると、爽やかなイケメン店員と楽しそうに会話をしている。どこか『おまえには用は無い』というメッセージを発せられているような気がした。そして、残りのコーヒーを一気に飲み干して店を出た。本当に、自分が惨めに感じた。
初めて飲むブラックコーヒーは、ほろ苦い味がした。次は無理せずに砂糖とミルクを付けようと心に誓った夜だった。
(ジャラジャラ・・・)
(ジャラジャラ・・・)
煌びやかな閃光とともに、玉がゾロゾロと飛び出してくる。
久し振りの「勝ち」だ。
何週も連続で負けたのだから、たまには勝つこともあるだろう。楽しさなどは無い。ただの惰性だ。まっさらな手帳が情けなくて、毎週土曜日は『パチンコ』と書いているくらいだ。人と会う訳でもなく、物を買う訳でもない。欲望なんてものは、小学校の机の中に全て置いてきた。そのため、安月給の俺でさえも少しくらいは貯金が増えていく。生活のためだけに金を貯め、生活のためだけに金を使う。毎月毎月マイナス収支にしないことを目標にし、流れ作業のような毎日を過ごしている。節約して、節約して、少しだけ無駄遣いをする。そんな日常に満足も不満も無いが、自分への問いが生まれてくる。
・・・俺は一体、何のために働いているんだろう。
そう思ってはいるものの、休日はパチンコ店に向かうシステムが体内に構築されている。負けが込んでも、別に悔しくはない。
とはいえ、今日は久し振りに勝ったので、気分は上がっている。
換金した2万円を握りしめ、駅前 をぶらついてみた。
普段通っている道なのに、見たことのない店が次々と目に入ってくる。
『発見』というものはきっと、心の余裕がある者にこそ有する権利なのかもしれない。
少し歩いていると、一軒のカフェが目に入った。
シンプルな外観であったが、店を覆う壁には木の温かみが感じられる。何となく、目を惹かれた。ガラスのドアを通して中を除くと、一人の女性店員が立っていた。白いワイシャツに緑のエプロン。そして、優しく柔和な表情をしている。
そんな彼女の横顔に、俺は一瞬で心を奪われた。
紛れもなく、一目惚れだった。
少しだけ勇気が必要だったが、俺は腹筋に力を入れてカフェの扉を開き、案内されるがままに席に着いた。メニューを見ていると、その女性店員が俺の方に寄ってきた。
「ご注文はいかがですか?」
「あ、いや、あの・・・コ、コーヒーを一つ、お願いします」
「コーヒーですね。かしこまりました。砂糖やミルクはいかがですか?」
彼女は俺の目を見て訊いてくる。ここは特等席なのだろうか。間近で見ると、蕩けてしまうほど可愛らしい。見とれている間に彼女と目が合ってしまい、平静を装うことができなかった。
「ブ、ブラックで・・・お願いします」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
彼女が戻っていった後、俺は重要なことに気が付いた。
ブラックコーヒーなんて苦くて飲めもしないのに、砂糖とミルクを頼まなかった。
いや、やはりこの選択は間違っていない。
根拠は無いが、ブラックにしておいた方が、カッコ良い印象を与えられる確率が高いような気がするからだ。彼女が来たら、クールに「ありがとう」と言って、雰囲気を出しておこう。
数分後、彼女が俺の席にやってきて、コーヒーをテーブルに置いた。
「お待たせしました!コーヒーの・・・ブラックです」
「あ、ありがとうございます・・・です」
俺は自分が情けなくなった。美女の笑顔を目の前にすると、どうしてこんな短い言葉でさえも、満足に言うことができないのだろうか。
不甲斐なさと恥ずかしさから、彼女から視線を下に外した。
すると、名札がふと目に入った。
ミホさん・・・か・・・
「あ、やっぱり砂糖とミルクお持ちしますか?」
「あ、いや、だ、大丈夫ですっ」
俺はすぐさまゆっくりと一口飲んで味わうフリをしたが、他の店員から呼ばれてミホさんは「失礼します」とだけ言い、カウンターの方へ戻っていった。その方向をチラッと見ると、爽やかなイケメン店員と楽しそうに会話をしている。どこか『おまえには用は無い』というメッセージを発せられているような気がした。そして、残りのコーヒーを一気に飲み干して店を出た。本当に、自分が惨めに感じた。
初めて飲むブラックコーヒーは、ほろ苦い味がした。次は無理せずに砂糖とミルクを付けようと心に誓った夜だった。