さん

文字数 763文字

 今の時間は一体何だったのだろうか。ただ無言で否定されるだけの時間だった。
 買い物なんて一瞬で終わるはずだろう。それなのに、なぜかコイツが俺の前に立ちはだかる。コイツさえいなければ、時間も体力も失わずにウキウキなショッピングができたはずだ。
しかも、俺がなびかないと思ったら、急にマニュアルのトーンだ。これが研修の賜物っていうやつなのか。
気を取り直してフロアに目をやると、壁に掛けられた一着の赤いカーディガンが目に飛び込んできた。

 それはまるでダイヤモンドのように、キラキラと輝いていた。

 一目惚れだった。

 これを着れば、きっと事は上手くいく。これに袖を通したその瞬間から別人に生まれ変わり、人生が180度変わるのだ。

 しかし、俺がこの服を手に取ったその刹那、後ろからあのパーマ髭店員が足早に近寄ってきた。

「あ、お客様」

 徹底して邪魔をしてくるコイツに、自然と溜息が出ていた。

「何ですか」

「正直申し上げると、あまりお似合いではありません」

「・・・え?」

 腹の奥の方で、怒りが活火山のように沸々と込み上げてきたのが分かった。どう見てもお買い上げコースなのに、なぜ「似合いますよ」の一言で背中を押せないのだろうか。
 似合うかどうかは別として、店の売上を上げるため、こういう時は嘘だとしても客を褒めて良い気持ちにさせるのが普通なのではないだろうか。
なぜこの店員は理想とは逆の接客をしているのだろう。怒りと同時に疑問も浮かび上がってきた。

 ・・・歯に衣着せぬ。というよりは俺に衣着せぬ。

 溜息の後に一つ、深呼吸をして心を落ち着かせた。

 まあ、一人くらいはこういう無礼な店員もいるかもしれない。クジ引きに外れたと思って、相手にしないでおこう。
 この検問パーマ髭野郎は無視して赤いカーディガンを購入し、すぐに店を出た。
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