じゅうさん
文字数 1,395文字
翌週の土曜日、気付けば『Step.2』の店の前にいた。他人に良く思われたいと思うのであれば、客観的な評価が必要に決まっている。なぜもっと早く気付かなかったのだろう。
今までの俺は自己満足に過ぎなかった。本来、自己満足でも良いはずではあるが、今回はそれではいけない。
なぜなら、恋をしているからだ。
自分が着たい服と似合うはずの服は恐らく異なる。俺がどの服を着れば良いのだろうか。その答えを指南できる店員を一人知っている。あのカフェで不甲斐無い思いをするくらいなのであれば、多少の我慢は致し方無い。俺は一度深呼吸をして、ちっぽけなプライドを全て吐き出した。
「いらっしゃいませぇえ〜」
両手で襟を正しながら、鰐渕がこちらへ歩いてきた。いつもより心なしか柔和な声色に感じた。それでも、これまで培ってきた拒否反応はもちろん出ている。俺はもう一度深呼吸をして、ゆっくりとカーディガンのコーナーに移動した。案の定、彼はこちらの歩調に合わせるようにゆっくりと近づいて来た。
「カーディガン、もう一着ですか?」
「・・・はい。ちょっと違う色のものを」
鰐渕は少し目を丸くしたが、いつも接客モードに切り替わった。
「お待ちしてましたよ」
鰐渕はここぞとばかりに、濃淡が若干異なるグレー系のカーディガンを二着持ってきた。この前俺に提案した『別の色のカーディガン』の提案をついに受け入れられたとでも思ったのか、
やや機嫌が良さそうな様子だ。
「グレー以外は無いですか?」
「他の色もございますが、お客様にはこの色が良いと思います」
一度他人の意見を聞き入れる覚悟をしてはみたものの、どうしてもすぐに受け入れられはしない。俺は僅かな希望を胸に、ダメ元で鰐渕に確認してみた。
「ちなみに赤ほどではなくても、明るい系の色はダメなんですかね?」
「以前にも言いましたように、お客様にはこういった落ち着いた色が良いんです」
「・・・なるほど」
何度訊いてみても、やはり俺に明るい色は似合わないのか。数秒間の沈黙の後、鰐渕が提案してきた。
「試着してみませんか?」
俺は言われるがまま、試着室に足を運んだ。そして、一着目のグレーのカーディガンに袖を通した。
カーテンの奥から、「いかがですか?」の声がするが、俺は返事をすることが無く、二着目も試着した。
「どちらのグレーが良かったですか?」
試着室から戻った俺に鰐渕が問いかけてきた。
「どっちもどっちですかね。どっちが良いですか?」
俺はこの色が自分に合っているかどうか分からない。だからといって、もう自分のセンスを信じることもできない。もうこの際、鰐渕に選択を委ねてみよう。二万円ほどするが、今週と来週のパチンコ代を節約すれば帳尻は合う。どうせ好きな服を着たところでミホさんに振り向いてくれる訳でもないだろう。鰐渕のセンスに賭けてみることにした。どちらに転ぶかは分からないが、何かを変えないと始まらない。このギャンブルも面白いかもしれない。
「僕は薄いグレーの方が良いと思いますよ」
よりによって薄い方か。ビビットな方のグレーではないのか。しかし、ここは鰐渕の判断に任せてみることにした。
「じゃあ、それで良いです」
「ありがとうございます。レジへどうぞ」
鰐渕の接客で服を買うのは、今回が初めてだ。こんなに腑に落ちない買い物も、今回が初めてだった。
今までの俺は自己満足に過ぎなかった。本来、自己満足でも良いはずではあるが、今回はそれではいけない。
なぜなら、恋をしているからだ。
自分が着たい服と似合うはずの服は恐らく異なる。俺がどの服を着れば良いのだろうか。その答えを指南できる店員を一人知っている。あのカフェで不甲斐無い思いをするくらいなのであれば、多少の我慢は致し方無い。俺は一度深呼吸をして、ちっぽけなプライドを全て吐き出した。
「いらっしゃいませぇえ〜」
両手で襟を正しながら、鰐渕がこちらへ歩いてきた。いつもより心なしか柔和な声色に感じた。それでも、これまで培ってきた拒否反応はもちろん出ている。俺はもう一度深呼吸をして、ゆっくりとカーディガンのコーナーに移動した。案の定、彼はこちらの歩調に合わせるようにゆっくりと近づいて来た。
「カーディガン、もう一着ですか?」
「・・・はい。ちょっと違う色のものを」
鰐渕は少し目を丸くしたが、いつも接客モードに切り替わった。
「お待ちしてましたよ」
鰐渕はここぞとばかりに、濃淡が若干異なるグレー系のカーディガンを二着持ってきた。この前俺に提案した『別の色のカーディガン』の提案をついに受け入れられたとでも思ったのか、
やや機嫌が良さそうな様子だ。
「グレー以外は無いですか?」
「他の色もございますが、お客様にはこの色が良いと思います」
一度他人の意見を聞き入れる覚悟をしてはみたものの、どうしてもすぐに受け入れられはしない。俺は僅かな希望を胸に、ダメ元で鰐渕に確認してみた。
「ちなみに赤ほどではなくても、明るい系の色はダメなんですかね?」
「以前にも言いましたように、お客様にはこういった落ち着いた色が良いんです」
「・・・なるほど」
何度訊いてみても、やはり俺に明るい色は似合わないのか。数秒間の沈黙の後、鰐渕が提案してきた。
「試着してみませんか?」
俺は言われるがまま、試着室に足を運んだ。そして、一着目のグレーのカーディガンに袖を通した。
カーテンの奥から、「いかがですか?」の声がするが、俺は返事をすることが無く、二着目も試着した。
「どちらのグレーが良かったですか?」
試着室から戻った俺に鰐渕が問いかけてきた。
「どっちもどっちですかね。どっちが良いですか?」
俺はこの色が自分に合っているかどうか分からない。だからといって、もう自分のセンスを信じることもできない。もうこの際、鰐渕に選択を委ねてみよう。二万円ほどするが、今週と来週のパチンコ代を節約すれば帳尻は合う。どうせ好きな服を着たところでミホさんに振り向いてくれる訳でもないだろう。鰐渕のセンスに賭けてみることにした。どちらに転ぶかは分からないが、何かを変えないと始まらない。このギャンブルも面白いかもしれない。
「僕は薄いグレーの方が良いと思いますよ」
よりによって薄い方か。ビビットな方のグレーではないのか。しかし、ここは鰐渕の判断に任せてみることにした。
「じゃあ、それで良いです」
「ありがとうございます。レジへどうぞ」
鰐渕の接客で服を買うのは、今回が初めてだ。こんなに腑に落ちない買い物も、今回が初めてだった。