じゅうご

文字数 1,439文字

「いらっしゃいませぇえ〜」

 鰐渕がいつものようにこちらへやってくる。

「今日は何をお探しですか?」

「これに合うズボンを探しに来ました」

「だと思いました。こちらへどうぞ」

 鰐渕はいつものように最短距離でズボンのコーナーに足を運び、先日買ったのは違うタイト目の黒いズボンを持ってきた。まるで予め準備していたかのような歩きぶりだった。

「こちらがお似合いだと思います」

「分かりました」

「試着しますか?」

「いや、大丈夫です。これ買います」

 きっとこれを履いていけば、ミホさんに一歩近付くことができるだろう。

 俺は帰宅してすぐにこのズボンをはき替え、コーヒー店に足を運んだ。

「いらっしゃいませ-!」

 笑顔で迎えるミホさんに、俺は人差し指をピンと立てた。

「一名で」

「今日もアイスコーヒーですか?」

「はい。」

「かしこまりました。あ、もしかしてこのパンツ も『Step.2』ですか?」

「そうです!というか、よくこのブランド知ってますね。1店舗しかないのに」

「ちょっと馴染みがあるんです」

 このブランドはメンズしかないのになぜ馴染みがあるのだろうか。元カレが着ていたとか?勇気を出してミホさんに訊いてみた。

「そういえば、ミホさんはなんで『Step.2』が好きなんですか?」

「昔引き籠っていた兄がいるんです。何とかして外の情報を知って欲しくて、雑誌を買ったんです。そしたらたまたま『Step.2』が載っていて、そこで知りました。ちょうどワニだし、兄におススメしたんです。服を買ってくれて、外に出られるようになったんですよ」

「良い話ですね!」

「ちょっと喋り過ぎちゃいましたね」

「そんなことないです!お兄さんは今、何をされているんですか!?」

「兄は今『Step.2』の・・・」

 その瞬間、入り口の鐘が鳴った。来店客のようだ。

「すみません。お客さん来ちゃったので・・・ご注文はいつものアイスコーヒーでいいですかっ!?」

「はい!」

 一度注文をした後だが、俺はカウンターに向かうミホさんに言葉を投げかけた。

「あ、砂糖とミルクもお願いします!」

ミホさんは振り返り様に「はいっ!」 と言い、再び歩き出した。

 ミホさんがこのズボンに食いついてくれている。しかも会話がこの前よりもさらに弾んでいる。この間決して焦らないことを誓ったばかりだが、神が与えたワンチャンスをものにするしかない。

 ミホさんを誘うならこのタイミングしかない。

「はーい、コーヒーお代わりです!」

 ミホさんがお代わりのコーヒーを持ってきたとき、勢い任せで気持ちをぶつけた。

「ありがとうございます!」

「ゆっくりしていってくださいね!」

「はい!あの・・・よかったら、今度ご飯でもいきませんか?」

「あ・・・そうですね!機会があれば、ぜひ」

 ミホさんは一礼して戻っていった。

・・・機会があれば

 それは、機会が無いことを意味する。友達からそう聞いたことがある。やはり脈無しなのか・・・?いや、ただ今回は俺の誘いが唐突過ぎただけだ。そのため、ミホさんが驚いて機械的な返答をしてしまっただけだ。
 『Step.2』への食いつきもそうだが、あの笑顔はきっと俺にしか見せていないはず。勝ち筋はまだまだある。ミホさんが言った『機会』は、後日俺が作れば良いだけだ。
お誘いを成功すること楽しむ。それもまた一興だ。

 成功するためにもっとカッコよくなりたい。もっとミホさんにウケる男になりたい。

 そう思うと、足は自然とあの場所に向かった。
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