じゅういち
文字数 1,625文字
店内の服は全て整頓されている。俺はその畳まれた服に手を掛け、端からもう一度畳み直しながら、このブランドの社員になろうと思ったときのことを思い出した。このブランドが、引きこもりで希望も何も無い俺を変えてくれたからだ。
服を畳みながら、『Step.2』に面接を受けた頃に想いを馳せた。
===========================================
「次の方、どうぞ」
「鰐渕です。よろしくお願いします」
「志望動機は何ですか?」
「・・・えっと、志望動機は、企業理念に共感したからです」
「なるほど。具体的には?」
「えっと、そうですね・・・」
「具体的には無いのですか?それなら大丈夫です」
「は、はい・・・」
「それでは訊き方を少し変えます。なぜアパレル業界を志望しているのですか?」
「・・・服が好きだから、ですかね」
「・・・本当に服が好きなのですか?そのシワクチャのスーツで服が好きと言われても説得力が無いですよ」
「すみません」
その後も、面接官の質問にうまく答えられず、気まずい時間が流れた。
「最後になりますが、何か質問はありますか?」
「『Step.2』って、どういう意味が込められていますか」
「それはあなたがもし入社したら、良いタイミングのときに教えますよ」
「ぜひ、入社したときに教えてください」
これまで黙って聞いているだけだったもう一人の面接官が口を開いた。
これが、俺と有崎さんとのファーストコンタクトだった。
「入社したときに教えてって言ってますけど、鰐渕さん、このままでは面接多分通らないですよ。これで終わりでいいんですか?他にアピールすることはないんですか?」
「・・・」
「分かりました。面接は以上とさせて・・・」
「変わりたいんです!」
有崎さんは少し驚いた顔をしたが、すぐに真剣な表情に戻った。
「私は約一年間、ずっと部屋に引きこもっていました。そんな私に妹が、ファッション雑誌を持ってきました。その中に『Step.2』がありました」
面接官はゆっくりと頷き、俺の話に耳を傾けてくれた。
「・・・なるほど、続けてください」
「鮮やかな色の服をモデルさんが着こなしているのを見て、自分もこうなりたいって思ったんです」
体のどこかに埋め込まれたスイッチを押されたように、自分の中に閉じ込められた想いを吐き出した。
「履歴書にありますように、私には強みも無ければ趣味もありません。何のやりがいもない日々を過ごしていましたが、『Step.2』と出会って、私の人生に明るい日差しが入りました。久し振りに部屋から出て、初めて、赤いカーディガンを買いました。この立派な服に似合う人間になりたい。そう思うことで、私は前向きになれたのです」
その後も、俺は『Step.2』に対する想いを打ち明けた。
有崎さんは、面接の最後に問いかけてきた。
「鰐渕さんは、ウチの会社に入って何をしたいですか?」
「このブランドを着る幸せを、多くの人に、特に、引きこもりだった私のような人たちに伝えていきたいです」
「ありがとうございます。面接は以上です」
===========================================
気付いたら三時間ほど経っていた。畳み直した服たちを見渡してみる。
元々畳まれていたので何ら景色は変わっていないのだが、心の中に整頓された気がした。
・・・俺はすっかり、初心を忘れていたようだ。
俺がそうだったように、アイツもきっと、自分自身を変えたいはずだ。それなのに、俺はアイツに対して『Step.2』に適していない客だと排他的な態度を取ってしまった。
ーこのブランドを着る幸せを、多くの人に、特に、引きこもりだった私のような人たちに伝えていきたいです
今の俺を、面接のときの俺が見たらどう思うのだろう。俺は一息ついた後、帰り支度を進めた。
アイツは必ず、またこの店にやってくるだろう。
そのときは、俺の想いを正面からぶつけてやろう。
服を畳みながら、『Step.2』に面接を受けた頃に想いを馳せた。
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「次の方、どうぞ」
「鰐渕です。よろしくお願いします」
「志望動機は何ですか?」
「・・・えっと、志望動機は、企業理念に共感したからです」
「なるほど。具体的には?」
「えっと、そうですね・・・」
「具体的には無いのですか?それなら大丈夫です」
「は、はい・・・」
「それでは訊き方を少し変えます。なぜアパレル業界を志望しているのですか?」
「・・・服が好きだから、ですかね」
「・・・本当に服が好きなのですか?そのシワクチャのスーツで服が好きと言われても説得力が無いですよ」
「すみません」
その後も、面接官の質問にうまく答えられず、気まずい時間が流れた。
「最後になりますが、何か質問はありますか?」
「『Step.2』って、どういう意味が込められていますか」
「それはあなたがもし入社したら、良いタイミングのときに教えますよ」
「ぜひ、入社したときに教えてください」
これまで黙って聞いているだけだったもう一人の面接官が口を開いた。
これが、俺と有崎さんとのファーストコンタクトだった。
「入社したときに教えてって言ってますけど、鰐渕さん、このままでは面接多分通らないですよ。これで終わりでいいんですか?他にアピールすることはないんですか?」
「・・・」
「分かりました。面接は以上とさせて・・・」
「変わりたいんです!」
有崎さんは少し驚いた顔をしたが、すぐに真剣な表情に戻った。
「私は約一年間、ずっと部屋に引きこもっていました。そんな私に妹が、ファッション雑誌を持ってきました。その中に『Step.2』がありました」
面接官はゆっくりと頷き、俺の話に耳を傾けてくれた。
「・・・なるほど、続けてください」
「鮮やかな色の服をモデルさんが着こなしているのを見て、自分もこうなりたいって思ったんです」
体のどこかに埋め込まれたスイッチを押されたように、自分の中に閉じ込められた想いを吐き出した。
「履歴書にありますように、私には強みも無ければ趣味もありません。何のやりがいもない日々を過ごしていましたが、『Step.2』と出会って、私の人生に明るい日差しが入りました。久し振りに部屋から出て、初めて、赤いカーディガンを買いました。この立派な服に似合う人間になりたい。そう思うことで、私は前向きになれたのです」
その後も、俺は『Step.2』に対する想いを打ち明けた。
有崎さんは、面接の最後に問いかけてきた。
「鰐渕さんは、ウチの会社に入って何をしたいですか?」
「このブランドを着る幸せを、多くの人に、特に、引きこもりだった私のような人たちに伝えていきたいです」
「ありがとうございます。面接は以上です」
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気付いたら三時間ほど経っていた。畳み直した服たちを見渡してみる。
元々畳まれていたので何ら景色は変わっていないのだが、心の中に整頓された気がした。
・・・俺はすっかり、初心を忘れていたようだ。
俺がそうだったように、アイツもきっと、自分自身を変えたいはずだ。それなのに、俺はアイツに対して『Step.2』に適していない客だと排他的な態度を取ってしまった。
ーこのブランドを着る幸せを、多くの人に、特に、引きこもりだった私のような人たちに伝えていきたいです
今の俺を、面接のときの俺が見たらどう思うのだろう。俺は一息ついた後、帰り支度を進めた。
アイツは必ず、またこの店にやってくるだろう。
そのときは、俺の想いを正面からぶつけてやろう。