じゅうなな
文字数 1,786文字
「いらっしゃいませー!」
入口のガラスに映る自分は一切見なかった。自分の姿は、家の鏡で十分見てきた。今日は店内に他の客はいない。
「あれ、 髪切りました!?」
「ちょっとイメージを変えたくて。良い感じですかね・・・?あ、あと僕、服部って言います」
「服部さん!そのパーマ、めっちゃ似合ってます!」
「嬉しいです!あ、いつもの一つで」
「かしこまりました!ミルクと砂糖は付けていいですよね?」
「はい!」
コーヒーを飲んでいると、ミホさんは外の景色を見ていた。
「今日、暑いですよね」
自然と言葉が出ていた。
「暑いですよね・・・みんな家に籠ってるんですかね」
「せっかくこんなに快適なお店があるのに」
「ホントですよ!」
「ミホさんは、夏はどこかに出かける予定なんですか?」
すごく良い感じで会話が進んでいる。初めて『ミホさん』と呼んでみたが、違和感は無さそうだ。もっともっと、ミホさんと会話がしたい。
「コーヒーが好きなので、ゆっくりと飲みに行きたいですね」
「この店で?」
「いやいやぁ!自分が働いているお店じゃゆっくりできないですよ」
「服部さんはこの夏、何するんですか?」
「僕もコーヒーが好きなので、ゆっくりと飲みに行きたいですね」
「この店で?」
「はい!」
二人で笑いあったところで、ミホさんはカウンターの方へ戻っていった。
いよいよこれは行くしかない。
一つに髪型を褒められ、二つに名前を覚えられた。さらにデートに誘うことができれば、服部のハットトリックが見事に決まる。
俺は誘い文句を整理する時間を作るために、この店で1番高いケーキを注文した。
「服部さんって、甘いもの好きなんですか?」
「はい!めっちゃ好きです」
甘いケーキにミホさんとの会話。俺はどうにかなりそうだった。ミホさんはケーキにかぶりつく俺を見て、微笑んでいた。
「ミホさんとお話しできて、本当に嬉しいです。これなら今年の夏も安泰ですかね」
そう言うと、ミホさんは急に神妙な顔付きになった。
「・・・私、もうすぐこの店を辞めようと思っているんです」
「え・・・?」
頭の中が真っ白になった。せっかく仲良くなりかけたのに、もうミホさんと会えなくなるということか。
「私、先輩夫婦が始めるお店を手伝うことになったんです」
「え、遠くに行っちゃうんですか・・・?」
「あ、隣の駅の、駅前のところなんですけどね」
あぁ、よかった。
俺は気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりとコーヒーに口を付けた。つまり、その店に行けばミホさんに会えるということか。
「よかった・・・またそこで会えるんですね」
「驚かせちゃってすみません!」
「ホントですよ。でも、絶対に行きますから!」
「またこうやってお話ができると嬉しいです」
「いや、僕の方が嬉しいですよ!」
「私はずっとコーヒーが好きで、いつか自分が好きなコーヒーをお客さんに飲んでもらいたいなって思ってるんです。先輩がゆくゆくはお店を任せたいと言ってくれていて、開店の準備からお手伝いすることになりました」
「いつか、ミホさんのおすすめコーヒーを飲んでみたいです」
「豆のことや産地のことを勉強してると、コーヒーってすっごく奥が深いんだなぁって思うんです」
「やっぱりそうなんですね。僕は苦いってだけで、味の違いがなかなか分からなくて」
「今度服部さんが来たときに、気分に合ったコーヒーをオススメしますよっ!」
ミホさんの熱量に感心してしまい、上手く笑うことができなかった。これが本当の苦笑いなのかもしれない。
「服部さんは何か目標はありますか??」
唐突な質問に少々たじろいでしまったが、それを隠すために虚勢を張ってしまった。
「僕もいつかビッグになるために色々と頑張っているんです」
「そうなんですか、素敵ですね!」
こんなにも抽象的で中身が無い言葉でさえも、ミホさんは笑顔で返してくれる。
「お互い頑張りましょうね」
「そうですねっ!じゃあ、ごゆっくりどうぞ」
こんなにもミホさんと言葉を交わすのは初めてだった。優しい笑顔の裏にこんな野心があるなんて思ってもみなかった。こうやって会話をすることでミホさんの魅力が次第に高まってくる。
そうだ。この夏、俺が美味しいコーヒー店に案内しよう。ミホさんの知識が上がる手助けになるかもしれないし、何よりもコーヒーで繋がった縁だ。ごく自然で、俺たちらしいデートができるのではないだろうか。
入口のガラスに映る自分は一切見なかった。自分の姿は、家の鏡で十分見てきた。今日は店内に他の客はいない。
「あれ、 髪切りました!?」
「ちょっとイメージを変えたくて。良い感じですかね・・・?あ、あと僕、服部って言います」
「服部さん!そのパーマ、めっちゃ似合ってます!」
「嬉しいです!あ、いつもの一つで」
「かしこまりました!ミルクと砂糖は付けていいですよね?」
「はい!」
コーヒーを飲んでいると、ミホさんは外の景色を見ていた。
「今日、暑いですよね」
自然と言葉が出ていた。
「暑いですよね・・・みんな家に籠ってるんですかね」
「せっかくこんなに快適なお店があるのに」
「ホントですよ!」
「ミホさんは、夏はどこかに出かける予定なんですか?」
すごく良い感じで会話が進んでいる。初めて『ミホさん』と呼んでみたが、違和感は無さそうだ。もっともっと、ミホさんと会話がしたい。
「コーヒーが好きなので、ゆっくりと飲みに行きたいですね」
「この店で?」
「いやいやぁ!自分が働いているお店じゃゆっくりできないですよ」
「服部さんはこの夏、何するんですか?」
「僕もコーヒーが好きなので、ゆっくりと飲みに行きたいですね」
「この店で?」
「はい!」
二人で笑いあったところで、ミホさんはカウンターの方へ戻っていった。
いよいよこれは行くしかない。
一つに髪型を褒められ、二つに名前を覚えられた。さらにデートに誘うことができれば、服部のハットトリックが見事に決まる。
俺は誘い文句を整理する時間を作るために、この店で1番高いケーキを注文した。
「服部さんって、甘いもの好きなんですか?」
「はい!めっちゃ好きです」
甘いケーキにミホさんとの会話。俺はどうにかなりそうだった。ミホさんはケーキにかぶりつく俺を見て、微笑んでいた。
「ミホさんとお話しできて、本当に嬉しいです。これなら今年の夏も安泰ですかね」
そう言うと、ミホさんは急に神妙な顔付きになった。
「・・・私、もうすぐこの店を辞めようと思っているんです」
「え・・・?」
頭の中が真っ白になった。せっかく仲良くなりかけたのに、もうミホさんと会えなくなるということか。
「私、先輩夫婦が始めるお店を手伝うことになったんです」
「え、遠くに行っちゃうんですか・・・?」
「あ、隣の駅の、駅前のところなんですけどね」
あぁ、よかった。
俺は気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりとコーヒーに口を付けた。つまり、その店に行けばミホさんに会えるということか。
「よかった・・・またそこで会えるんですね」
「驚かせちゃってすみません!」
「ホントですよ。でも、絶対に行きますから!」
「またこうやってお話ができると嬉しいです」
「いや、僕の方が嬉しいですよ!」
「私はずっとコーヒーが好きで、いつか自分が好きなコーヒーをお客さんに飲んでもらいたいなって思ってるんです。先輩がゆくゆくはお店を任せたいと言ってくれていて、開店の準備からお手伝いすることになりました」
「いつか、ミホさんのおすすめコーヒーを飲んでみたいです」
「豆のことや産地のことを勉強してると、コーヒーってすっごく奥が深いんだなぁって思うんです」
「やっぱりそうなんですね。僕は苦いってだけで、味の違いがなかなか分からなくて」
「今度服部さんが来たときに、気分に合ったコーヒーをオススメしますよっ!」
ミホさんの熱量に感心してしまい、上手く笑うことができなかった。これが本当の苦笑いなのかもしれない。
「服部さんは何か目標はありますか??」
唐突な質問に少々たじろいでしまったが、それを隠すために虚勢を張ってしまった。
「僕もいつかビッグになるために色々と頑張っているんです」
「そうなんですか、素敵ですね!」
こんなにも抽象的で中身が無い言葉でさえも、ミホさんは笑顔で返してくれる。
「お互い頑張りましょうね」
「そうですねっ!じゃあ、ごゆっくりどうぞ」
こんなにもミホさんと言葉を交わすのは初めてだった。優しい笑顔の裏にこんな野心があるなんて思ってもみなかった。こうやって会話をすることでミホさんの魅力が次第に高まってくる。
そうだ。この夏、俺が美味しいコーヒー店に案内しよう。ミホさんの知識が上がる手助けになるかもしれないし、何よりもコーヒーで繋がった縁だ。ごく自然で、俺たちらしいデートができるのではないだろうか。