じゅうはち

文字数 1,079文字

 覚悟が決まり、カフェインがアドレナリンとなって脳内で沸騰してきた。俺は意を決して、コーヒーお代わりすることにした。
 ミホさんを呼ぼうとしたその時、入口のベルが鳴った。日光の反射でよく見えないが、どうやら男性客のようだ。

「来ちゃった」

「え!店に来るなら事前に言ってくださいよ!」

「ごめんごめん。たまたま近くに来たからさ」

 ミホさんは少し恥じらいながら、とても嬉しそうでもあった。この店の非番の店員か、もしくは友達なのだろうか。

「席に案内しますっ」

 二人が俺の後ろを通り過ぎるとき、慌ててコーヒーを飲む素振りをした。

 客が席に着いた後も、しばらくヒソヒソと話し続けている。俺は微動だにせず、聞く耳を立てて二人の会話に集中した。

「ミホのコーヒーを飲んでから物件を見に行きたくて」

「そんな・・・緊張しちゃいます。でも今日の内見とても楽しみにしています」

「俺たちの新天地になるからね。楽しみだよね。あ、ブラック一つで」

「はい!少々お待ちください。」

 今日の夜二人で会う。物件を見に行く。

 ということは・・・

 俺はショックで全身の力が一気に抜けた。

 コーヒーを提供した後も二人は会話を続けていたが、何を話していたか記憶が無い。とにかく、ミホさんはその男と楽しそうに話していた。俺にしか見せないあの笑顔は、所詮ただのビジネススマイルだったのだろうか。


 もうそんなことはどうでも良い。


 この店に来ることは、きっと二度と無いだろう。


 俺は残り半分のコーヒーにミルクと砂糖をおもむろに入れ、一気に飲み干した。震える手で伝票を持ち席を立つと、男とすれ違った。トイレから戻ってきたのだろう。視界のほとんどは床のブラウンが占めていたが、ビビットな色がフッと飛び込んできた。

 それは、明らかに異彩を放っていた。目線を上に移すと、鮮やかな赤が存在感を示してきた。
さすがは三原色の内の一つに君臨する色だ。彼が纏う赤いカーディガンは、俺に破壊的な衝撃を与えた。憧れと嫉妬が渦を巻いた。そしてそれは、次第に敗北感や悔しさに変わっていった。

 この赤いカーディガンは、俺にとって二万円の価値など無い。
 もしくは、俺という人間がこのカーディガンに見合うほどの価値の無いのかもしれない。
 いや、きっとそうだ。そんなことは、もう分かっている。

 無論、人によって似合う色は違う。だが、俺の場合好きな色と似合う色がイコール関係に無い。家に帰ったら、これを捨てよう。こんなものがあるから、自分自身を苦しめることになる。
ミホさんも諦めよう。もう、何もかもどうでも良くなった。

・・・・・本当に、それでいいのか?
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