にじゅう
文字数 1,630文字
一年後
「いらっしゃいませー!」
「一名で」
店員は俺を奥の席に通した。
周りをグルッと見渡してみるが、内装は落ち着きのある感じで、とても良い。
オープンしたばかりのカフェがあるという噂を聞きつけて足を運んでみたが、来た甲斐があった。家からは一駅分の距離があるが、運動と思えばちょうど良い。
今日からここに通い続けることにしよう。
どんなメニューがあるか一通り見ていると、店員がブラックコーヒーを持ってきた。
「あのっ、もしかして、服部さん・・・ですか?」
顔を見上げると、そこにはミホさんがいた。
入口で案内してくれた店員は違う女性だったので、驚きを隠せなかった。
俺はあの瞬間からずっと、ミホさんを忘れようと努力した。あの店の前を何度も通ることがあったが、店に入ることは無く、店内に目をやることもしなかった。しかし、忘れようとするほど脳裏に浮かんできた。
「えっと、あ、はい!服部です」
「その袖に入っているワニのロゴが見えたので、もしかしたらと思ったんですっ!」
一年越しで覚えていてくれた喜びよりも、若干の気まずさが勝っていた。
「雰囲気がすごく変わりましたね!」
それもそのはずだ。この一年間、俺は自分を磨きに磨いた。もちろん、目に見える格好の部分のみではない。勉強して資格を取った。それだけでなく、こなすだけだった仕事も精一杯取り組んだ。パチンコはやめてその代わりにカフェ巡りをするようになった。
気付けば意味の無い時間や金の浪費は自ずと減っていた。何度挫折しかけても、それを糧に何度も何度も立ち上がった。気付けば、自信が付いていた。そして、生きることに希望が見えた。今は本当に、楽しくて仕方がない。
その成果が、少しは外見にも表れたのかもしれない。
正面から褒められると照れてしまい目線を下に移した。
すると、『鰐渕ミホ』と書かれた名札が目に入ってきた。
「え、ミホさんって名字が鰐渕なんですか!?」
「そうなんです!だからワニに愛着があったんです。私が前の店舗で働いていたときに服部さんが『Step.2』を着ていて、嬉しくて声を掛けたんです!」
「そういうことだったんですね!」
「鰐渕だから友達や同僚はからかってアリゲーターの『アリちゃん』って呼ばれたりします」
ミホさんはいたずらに笑った。
すると、奥の方から男性店員が現れた。あれは、かつてミホさんと物件を見に行くと話していた人だ。彼に目を取られていると、ミホさんがニコッと笑い俺に言った。
「あの人が私の先輩で、入口の近くにいるのが先輩の奥さんです」
俺はてっきりあの人がミホさんの彼氏と勘違いしていたのだ。
驚くことだらけであったが、気分を落ち着けるためにコーヒーに口を付けた。
そして、ずっと封じ込めてきた想いがもう一度浮かんできた。
やっぱり、ミホさんと二人きりでお茶をしたい。
今の自分ならちゃんと言葉にできる。勝負をする前に逃げるなんてことはもうしない。
淡い期待と覚悟を持ち、俺はミホさんを呼んだ。
「お代わりですか?」
「あ、あの、良かったら今度二人でコーヒーを飲みに行きませんかっ!?テ・・テラスとかで・・・あのっ」
ミホさんは少し驚いていたが、少し照れながらニコッと笑った。
「はい!服部さんとなら!テラスでコーヒー、覚えてくれていたんですね」
「あ、ありがとうございます!!!!」
ついに、長年の夢が叶った。言葉では言い表せないくらい、叫びたいくらい嬉しかった。嬉しすぎて声が少し裏返った。嬉しさと恥ずかしさを隠すように、涙の奥にあるコーヒーを飲み干した。
ミホさんの照れた笑顔は、店員と客の関係の次のステップを少し期待させる笑顔だった。
・・・
俺は、鰐渕という名前の人間をもう一人知っている。
同じ名字でも、ミホさんとは違って、無礼で、チャラそうで、嫌味で、生意気で、腹立たしくて、辛口で、真っ直ぐで、誠実で、熱くて、誰よりも寄り添ってくれる・・・
もうそろそろ、あのブランドを着ても良いかな・・・
「いらっしゃいませー!」
「一名で」
店員は俺を奥の席に通した。
周りをグルッと見渡してみるが、内装は落ち着きのある感じで、とても良い。
オープンしたばかりのカフェがあるという噂を聞きつけて足を運んでみたが、来た甲斐があった。家からは一駅分の距離があるが、運動と思えばちょうど良い。
今日からここに通い続けることにしよう。
どんなメニューがあるか一通り見ていると、店員がブラックコーヒーを持ってきた。
「あのっ、もしかして、服部さん・・・ですか?」
顔を見上げると、そこにはミホさんがいた。
入口で案内してくれた店員は違う女性だったので、驚きを隠せなかった。
俺はあの瞬間からずっと、ミホさんを忘れようと努力した。あの店の前を何度も通ることがあったが、店に入ることは無く、店内に目をやることもしなかった。しかし、忘れようとするほど脳裏に浮かんできた。
「えっと、あ、はい!服部です」
「その袖に入っているワニのロゴが見えたので、もしかしたらと思ったんですっ!」
一年越しで覚えていてくれた喜びよりも、若干の気まずさが勝っていた。
「雰囲気がすごく変わりましたね!」
それもそのはずだ。この一年間、俺は自分を磨きに磨いた。もちろん、目に見える格好の部分のみではない。勉強して資格を取った。それだけでなく、こなすだけだった仕事も精一杯取り組んだ。パチンコはやめてその代わりにカフェ巡りをするようになった。
気付けば意味の無い時間や金の浪費は自ずと減っていた。何度挫折しかけても、それを糧に何度も何度も立ち上がった。気付けば、自信が付いていた。そして、生きることに希望が見えた。今は本当に、楽しくて仕方がない。
その成果が、少しは外見にも表れたのかもしれない。
正面から褒められると照れてしまい目線を下に移した。
すると、『鰐渕ミホ』と書かれた名札が目に入ってきた。
「え、ミホさんって名字が鰐渕なんですか!?」
「そうなんです!だからワニに愛着があったんです。私が前の店舗で働いていたときに服部さんが『Step.2』を着ていて、嬉しくて声を掛けたんです!」
「そういうことだったんですね!」
「鰐渕だから友達や同僚はからかってアリゲーターの『アリちゃん』って呼ばれたりします」
ミホさんはいたずらに笑った。
すると、奥の方から男性店員が現れた。あれは、かつてミホさんと物件を見に行くと話していた人だ。彼に目を取られていると、ミホさんがニコッと笑い俺に言った。
「あの人が私の先輩で、入口の近くにいるのが先輩の奥さんです」
俺はてっきりあの人がミホさんの彼氏と勘違いしていたのだ。
驚くことだらけであったが、気分を落ち着けるためにコーヒーに口を付けた。
そして、ずっと封じ込めてきた想いがもう一度浮かんできた。
やっぱり、ミホさんと二人きりでお茶をしたい。
今の自分ならちゃんと言葉にできる。勝負をする前に逃げるなんてことはもうしない。
淡い期待と覚悟を持ち、俺はミホさんを呼んだ。
「お代わりですか?」
「あ、あの、良かったら今度二人でコーヒーを飲みに行きませんかっ!?テ・・テラスとかで・・・あのっ」
ミホさんは少し驚いていたが、少し照れながらニコッと笑った。
「はい!服部さんとなら!テラスでコーヒー、覚えてくれていたんですね」
「あ、ありがとうございます!!!!」
ついに、長年の夢が叶った。言葉では言い表せないくらい、叫びたいくらい嬉しかった。嬉しすぎて声が少し裏返った。嬉しさと恥ずかしさを隠すように、涙の奥にあるコーヒーを飲み干した。
ミホさんの照れた笑顔は、店員と客の関係の次のステップを少し期待させる笑顔だった。
・・・
俺は、鰐渕という名前の人間をもう一人知っている。
同じ名字でも、ミホさんとは違って、無礼で、チャラそうで、嫌味で、生意気で、腹立たしくて、辛口で、真っ直ぐで、誠実で、熱くて、誰よりも寄り添ってくれる・・・
もうそろそろ、あのブランドを着ても良いかな・・・