第3話 内なる外に(前編)

文字数 14,622文字

 港湾は政治結社や東安部が管理している。ただし把握しているのは自らが管理する物資だけで、諸外国が所有する物資の管理や倉庫は資金獲得を理由に明け渡している。違法な物資を保管しても日本国内に運ばない限り文句を言わないので、利用価値は高い。
 東安部の隊員は人型の作業機械に乗って作業をしていた。全高6メートル程ある、シリンダーやコードがむき出しの構造で、ぎこちない動きでコンテナをトラックに積んでいる。倉庫に運び込んだコンテナは検査をしてから地下に保管する。輸送は地下の列車で別の駐屯地へと運び出すので、居住地への配送をしない限り、地上で輸送する経路はない。
 1台の大型トラックが倉庫に入った。コンテナには特殊なエンブレムが付いている。カロリウム弾頭を内包している。
 カロリウムは抑止力として確保している数基を除き、エネルギー確保と外貨獲得を理由に日本で処分を請け負っている。
 トラックは既定の場所で停止した。
 作業機械はトラックに集まり、コンテナを次々下ろして所定の位置に置いた。
 トラックはコンテナを全て下ろし終え、倉庫から出た。
 コンテナを下した場所はエレベーターの土台で、作動して地下へ下がった。
 規定の地下階に到達した。
 壁から天井が伸び上がり、厳重に遮断してシェルターを作る。シェルターの壁は膨張しにくい合金で構成した分厚い壁で構成している、壁と壁の間には気化した消火剤が通っている。カロリウムが起爆した時に発生する急激な熱と膨張に耐えるためだ。
 人型機械はコンテナを開け、弾頭が入っているパックを取り出した。
 弾頭を取り出すと出入り口の扉が開く。接続している保管庫が現れた。
 人型機械は弾頭を、奥にあるハッチ付きの扉が並ぶ場所に運んだ。扉のセンサーが人型機械を認識し、電子音を立てると同時に扉が開いた。慎重にマジックハンドを伸ばしてパックを入れた。棚に付いているセンサーが弾頭を認識し、フックが出てきて固定する。入れ終えると戸を閉めてハッチを回して閉め、シェルターに向かった。扉はセンサーを介して人型機械がカロリウム弾頭を持っていないのを認識し、自動で閉じた。シェルターに戻った。
 暮広は人型機械の内部の操縦席でmモニター越しに他の人型機械もカロリウム弾頭を入れ終えたのを確認した。人型機械の一機が近づいてくる。
『今ので終わりか』操縦席に通信が入る。通信元は近づいた人型機械で、モニターに通信元のナンバーが映っている。
「予定通りならな」操縦席に座っている暮広は軽快な調子で返した。「足りないなら次に入ってくる奴でも手伝えばいい」
『固定給で手当が出ないんだ。割に合わん。お前はバイトだから、残業すれば金は出るんだろ。稼げるうちに稼いでおけよ』
 暮広は笑った。「俺が過労死したら、システムごと止まるぞ」
 通信が切れた。人型機械は離れた。
 人型機械の集団はエレベーターの台に乗った。シェルターが展開し、床が上昇する。
 床の上昇が一定の階で止まった。シャッターが開く。人型機械は次々と倉庫から出て、隣接している格納庫に入った。
 格納庫内はフックの付いた固定具が設置してある。作業機械は空いている固定具と背とを合わせた。フックが伸びて人型機械を固定し、背面が開いて操縦席がせり出してきた。操縦席には東安部の隊員が座っている。隊員は立ち上がり、脚部に足をかけて降りた。
 暮広は人型機械から降りて隊員達の方に向かった。「今日は終わりですね、ありがとうございました」隊員達に頭を下げ、格納庫から出ると詰め所のある階に向かった。仕事を終えると詰め所で過ごす方が楽だと判断し、住み着くも同然の生活をしている。詰め所の扉を開けた。
 詰め所の壁には予定表や時事を写すディスプレイが張り付いている。隅には個人用のロッカーやシステムキッチンと共に、冷蔵庫が設置してある。中央には机や椅子が無造作に並んでいる。
 暮広は隅に置いてある冷蔵庫に向かい、パックに包んだ缶詰を手に取った。備え付けてあるスプーンを外し、システムキッチンの装置にかけて温めた。栄養確保と保存を優先しているために味が悪いが、サバイバル訓練で採取する野草や動物に比べれば差は大きい。
 装置のアラームが鳴り響く。
 暮広は温め終えた缶詰を装置から取り出し、机に戻って開いた。質の悪い味付きの米飯だ。備え付けのスプーンで食べ始めた。質をごまかすために濃いめの味付けがしてある。またたく間に食べ終えた。缶詰をゴミ箱に捨て、隅にある仮眠用のスペースに向かった。
 仮眠用のスペースには運動用のマットが代わりに敷いてある。何名かの隊員が雑魚寝をしていて、空調が整っているので体調に影響はない。
 暮広は空いている場所に寝転んだ。慣れた食欲を満たした反動が眠気を呼び起こし、体を固定する。次第に意識を闇に落とした。



 レガートを乗せた自動車は、偽の国民の居住エリアに入った。
 現在の居住エリアは、榎本が主宰していた太陽社が異世界探索計画を打ち出した場所だ。
 太陽社は現在、日本を支配する一介の政治結社に落ち着き、APWも一機は東安部の逆転カードに切り替わった。
 レガートは外の景色に目をやった。アスファルトは整備を放棄してひび割れていて、道の合間に植えてある作物は日光を取り込み、緑を反射して輝いていた。
 偽の国民が農作業に集中していて、子供達はあぜ道をはね回っていた。
 東安部の駐屯地は港湾と地続きで、崩れたアスファルトで舗装した車道の先にある。
 自動車は港湾前のターミナルに到着し、停止した。後部座席のドアが開いた。
 レガートは車から降りた。
 ターミナルの周辺はライトの付いたガントリークレーンが伸びている。風が潮の香りを乗せて吹いた。先には門があり、周辺に鉄条網の付いた柵が伸びている。門の前には武装した2名の東安部の隊員が待機している。
 レガートは門に近づいた。門の脇には不審者は射殺する旨の看板が張り付いている。
 隊員がレガートに気づき、近づいた。「用件を」
「政治結社から回って来なかったの」レガートは板状の端末を取り出し、操作して隊員に見せた。政治結社が発行するパスが映っている。
「確認をします」隊員はベルトにつり下げている端末を手に取り、操作した。
「ご用件は」もうひとりの隊員はレガートに尋ねた。
「政治結社から調査の依頼よ」レガートは適当に答えた。正確には他にも依頼を受けているが、面倒だから説明しない。
「調査員は一定期間で来ていますが、一人で来たなんて初めてです。物資をくすねていないか程度ですがね」
「不思議ね」レガートは眉をひそめた。政治結社が奥まで調べていないのは何故なのか。
「レガート・ロン博士ですね。司令に問い合わせました」隊員は電子パスの情報を確認した。「アポイントはないですが、政治結社の使いなら仕方ない、司令室に連れてこいと指示がありました」
 もう一人の隊員が近づいてきた。「案内します」
 隊員は門番に手を掲げた。門番は了承し、ゲートを上げた。
 レガートは隊員の案内でゲートを通り、駐車場に移動した。
 隊員は輸送車の前に来た。「乗って下さい」ドアが自動で開き、車に乗った。
 レガートは隊員に続いて乗った。ドアが閉まった。
 隊員は起動手順を踏まえ、車を起動した。
「すみません、送迎用の車両がないんです」
「客が入る場所じゃないわ。来るのは変わり者だけよ」
 隊員は手のひらをダッシュボードの隅にある生体認証用のパネルに当てた。電子音が鳴り、起動した。ハンドルに手をかけ、アクセルペダルを踏んで車を動かした。
 車は港湾に入った。
 港湾内は10メートル以上の幅を持つ道路が複数に伸びていて、物資を輸送するトラックや、人員を輸送するバスが行き交っている。トラックがミニチュアに見える程の倉庫が区分けて設置してあり、有刺鉄線付きの柵が倉庫を囲っていた。門の前には異国の制服を着た兵士が見張っている。
「盛況ね」
「アジア屈指の港湾ですからね。東安部の東北支部の物資も集中しています」
「佐渡島の空港から直に物資は来ないの」レガートはかばんから端末を取り出し、港湾の地図を映した。国家が管理している領域が割振ってある。アメリカ領の佐渡島が港湾から先にあり、駐屯地まで一直線で結んである。
「アメリカは日本より朝鮮を重視していると聞いています。日本を相手にしているのはカロリウム処理と魔道力学の取引だけですかね」隊員は笑った。国境付近にあった離島は内乱終結後、処理資金の捻出を理由に外国に売り払っていた。
「芦原暮広って人はいる」レガートは隊員に尋ねた。
「私は下っ端ですから、別部署の人間はわかりません。担当に会った時に聞いて下さい」
「ありがとう」レガートは適当に返事をした。
 東安部の輸送バスとすれ違った。通路を見てみると、船着き場に向かっている。「人事異動が激しいわね」
「派遣組ですよ。昼夜問わず、人が集まり次第輸送船で移動します」
「列車ではなくて輸送船で行くの。経路が変わったって聞いていないわ」レガートは隊員に尋ねた。人員輸送は地下に走っている列車を移動手段にしていた。自分も乗った経験がある。
「列車も使いますよ。輸送船を使う理由はわかりません。大量輸送に使えるからではないですかね」隊員は曖昧に答えた。
 レガートは疑念を覚えた。東安部は自警団が自衛隊の地位を奪ってできた組織だ。国防組織としては人数や装備に穴が多い。余裕がない状態で移動を頻繁にする余裕があるのか。
 港湾の奥に来た。ゲートは下がっている。輸送車が近付くとバーが上がった。自動車は通過した。駐屯地に入った。
 駐屯地内は平坦で、空港の管制塔が遠くに見える。飛行機の類いは一切見当たらず、騒音もない。2階建ての古臭い建物が並んでいて、二足歩行戦車や輸送トラックが建物の前にある駐車場に並んでいる。
 車は施設前に止まった。レガートと隊員は車を降り、施設に入った。
 廊下は木と粉の匂いで充満していた。
 レガートと隊員はエレベーターホールに向かった。
 隊員がボタンを押すとエレベーターが到着し、ドアが開いた。
 二人はエレベーターに乗り、地下に降りた。
 指定した階に到着した。
 ドアが開いた。
 二人はエレベーターから出ると、地下通路を抜けて司令室の前に来た。隊員はドアの隣にある端末に指をかざした。端末は一瞬で指紋と静脈を読み取った。ドアの鍵が回る音がして、ドアが開いた。司令室に入った。
 司令室は薄暗い部屋にモニターが壁一面に張り付いていた。緑の光が天井からぼやけた状態で照らしている。中央にコントロールパネルを兼ねたデスクがあった。司令官のローランドは椅子に座り、モニターの映像を眺めていた。ディスプレイから放つ光は顔にシワの凹凸を鮮明にしていた。
「司令、レガート・ロン博士を連れてきました」隊員は声を上げて部屋に入った。
 ローランドは隊員の隣りにいるレガートに目をやった。「ロン博士、懐かしいな。連絡もよこさずに来るとは、駐屯地は観光名所にでもなったのか」
 レガートはローランドの元に向かった。「見所がない場所に金は払わないわよ」
 ローランドは笑みを浮かべてコントロールパネルを操作した。ディスプレイに政治結社のパスが映る。「政治結社の犬に転職したか」
「政治結社はリブラの網に引っかからない理由を探しているわ。引っかからない場所は二つあって、一つは今いる場所よ。もう一つはズベン・エヌ・ゲヌビで制御している駐屯地ね」
 ローランドはレガートの言葉に驚いた。「ズベン・エヌ・ゲヌビか。ではサンセベリアと、リンクしている子供は無事か」
「魂だけ抜き取った可能性もあるわよ」レガートは曖昧に答えた。正確に答える気はない。モニターに目をやった。カロリウムの輸送状況がディスプレイの一つに映っている。「駐屯地と港湾はズベン・エス・カマリで制御しているんでしょ。でも港湾は政治結社の人間が検査をしている。制御系統は筒抜けではないのかしら」
「偽装していれば、回避できる」
「ズベン・エス・カマリがリブラを偽装しているとでも」
 ローランドはうなづき、コントロールパネルを操作した。港湾の状況が映った。ネットワークは断片になっている。
「港湾は各国家が占有しているのは分かるか」
「行きで聞いたわ」
「各国の管理となれば、日本を制御するリブラの管理外になる。元々まともなネットワークがないんだ、監査もいい加減になる。見た目だけのもどきで回避は容易だよ」
「節穴を手玉に取るには十分ね」
 ローランドはレガートの方を向いた。反応が薄い。「予想通りか」
「リブラが示しているわ」レガートはローランドの隣に来てコントロールパネルを操作した。モニターが次々と切り替わる。ローランドは切り替わっていく状態を眺めていた。
 リブラの支配状況が映る。港湾を含めてネットワークで接続している。リブラは駐屯地を含めて支配下に置いているかに見える。カードを取り出し、スロットにデータを流す。駐屯地一帯に伸びているリブラの網が消えていく。
「リブラも分かっていたか」
「もどきではね。ガードすら偽装していると仮定するなら別だけど」
 ローランドは隊員に目をやった。「先の話はオフレコになる。出てくれ」隊員に目をやった。
 隊員はドアを開けて出た。司令室にはローランドとレガートの2名しかいない。
「榎本は異世界調査計画を提唱していた。君が帰国し、榎本が他界した時、計画はねじ曲がり表では消えた」コントロールパネルを操作した。モニターにはログが映る。榎本の死後、太陽社が発表した声明だ。
 レガートは声明を読んだ。
 政治結社はAPWを手軽に使用できるカロリウムボムの運搬、自衛や発射まで可能な兵器として売り込む方針に切り替えた。カロリウムボムの運用を1機で可能とするコンパクトな兵器は世界の兵器需要に合致している。
「もう一機は」レガートはローランドに尋ねた。政治結社が管理しているAPWはサンセベリアの1機のみだ。
 ローランドはコントロールパネルを操作した。モニターが切り替わり、別のAPWのスペックデータが現れる。名前はインシグネで、10年以上前に見かけたAPWとボディや駆動系は異なる。腕や足を含めたボディにはハードポイントが無数に存在する。制御はズベン・エル・カマリで、操縦者として芦原暮広の名前が専任として登録してある。「榎本の遺志である異世界調査と開発を理由に地下に埋めた。計画は現在も進行している」
「進行しているなら、インシグネを制御している芦原暮広は生きている。と見ていいかしら」
「無論だ。でなければAPWは機械工学者が作ったトロフィーでしかない」
「暮広に会えるかしら」
「構わんが、質問を一ついい」
「ええ」
 ローランドはモニターの一つを眺めた。切り替わっていないモニターにはリブラの状況が映っている。「APWの人工知能は、駐屯地を管理しているのは確実だ。理由は分かるか」
「残念だけど、詳細を話す気はないわよ。余計な事実を話して首が飛んだエージェントは数知れないわ」
「確かにな、暮広を呼び出すか」
「司令室で面談をする気はないわ、居場所を教えて。自分で行くわ」
「暮広は輸送任務をしている。港湾の詰め所にでも行けば分かる」
「拘束しないの」
「魂に経験を刻まねば異世界に行っても対処できんし、仕事をしない奴は組織にいらん」
 レガートはスロットからカードを抜き取った。モニターの情報が切り替わった。「また次に」
「必要なら連絡をする」
「了解したわ」レガートはドアに向かった。
 ローランドはレガートが向かった方向を見て、コントロールパネルを操作した。ドアが開いた。
 レガートは片手を上げて開いたドアから出た。ドアは自動で閉まった。
 ローランドは一息つき、モニターから映る監視カメラの映像を眺めた。



 開いたままの出入り口にレガートと隊員が現れた。二人は詰め所に入った。
 勤務を終えた隊員が談笑している。
 レガートはホコリと体臭が混ざった匂いに顔をしかめ、案内をしている隊員は談笑している隊員に近づいた。「芦原はいるか。スケジュールでは勤務を終えたと聞いている」
「奴なら隅で寝てるぞ」
 隊員は隅に目をやった。暮広が隅に寝転がっているのを見つけた。暮広に近づき、軽く蹴った。「おい芦原、客が来てるぞ」
 暮広は体が動いた感覚で目を覚ました。「緊急か」
「緊急は緊急だけどな、客が来てんだよ」
「客だと」芦原は意識を取り戻し、あぐらをかいて周囲を見回した。隊員の隣にレガートが立っている。「輸送任務なら夜勤がいる。俺は休みだ」
「休みだからよ。暇な時間でないと話ができないでしょ」
 暮広はレガートを見て、不快な表情をした。「上に許可を取ったのか」
「顔を見て思い出せないかしら」
 暮広はため息をついた。「記憶は変異する。データを見るにしても容姿が変わっている」
「レガート・ロン、アメリカから来た魔道力学者よ。政治結社の依頼で来たわ。貴方とは10年以上前に植物園で、沙雪と一緒にいる時に会っているわよ」レガートは暮広に手を差し出した。
 暮広は立ち上がり、レガートと握手をした。「沙雪か、懐かしい名前だ」
「行方は分かって」
「データでは死んでいるが、信用できない。俺も死んだ扱いになるからな。探すにしても偽の国民だ、無理がある」暮広は顔をしかめた。「用件は手短に言ってくれ。明日は貴重な休みだ、潰したくはないから仕事の話はなしだ」
「残念ね、仕事の話よ。貴方とデートしに来ないわよ。リブラは分かるわよね」
「国を統括する人工知能だ。話は聞いている」
「異常を示しているから、調べに来たのよ」
 暮広は笑みを浮かべた。「人工知能が変わるのは当たり前だ。変わらない方がおかしい」
「人が意図した方向と違っていても」
「自然の摂理だ。人の制御を外れれば勝手に変わる」
 レガートはため息をついた。何を質問しても否定した意見が返ってくる。壁を相手にしている気分だ。やむなく切り上げるより他にない。「明日の朝に宿舎にいるかしら」
「用があるなら」
「なら行くわ」
 暮広は眉をひそめた。非番にも関わらず返上して仕事をする気はない。礼状があるならまだしも、突然押しかけた人間が予定を潰しに来ているのに納得できない。「休みは返上しないぞ」
「つきまとうだけなら良いでしょ。同じ場所に行くだけよ」レガートは詰め所から出た。隊員はレガートに続いた。
 暮広は元の寝床に向かって寝転んだ。人間レコードであるが故に見も知らぬ輩が絡んでくる。有名税の一種と捉えているが余りの高さに滅入った。目を閉じても眠気が来ない。立ち上がって首を回し、舌打ちをして詰め所を出た。
 レガートと隊員は詰め所の廊下を歩いていた。
「港湾の外に宿泊施設があります」隊員は端末を取り出し、メニュー画面を出す。「一流ホテル並ではないですが、短期滞在する位の設備ならありますよ」
 レガートは隊員が持っている端末の状態を確認した。薄汚れていて液晶のフィルムがはがれかけている。お世辞にも新型ではない。液晶画面に施設の使用状況が映る。「外とつなぐ設備が整っていればいいわ」
 隊員は端末を操作して予約を取った。画面が切り替わり、予約は完了した。「迎えも出しました。詰め所を出て待っていれば送迎車が来ます」
「貴方は来ないの」
「私は東安部ですから。宿泊施設は管轄外でして」
 レガートは片手を上げた。「ありがとう」階段を降りて外に出た。隊員は引き返した。
 まもなく送迎車が来た。レガートは車に乗り込んだ。車内にはレガート以外誰もいない。ドアが閉まった。
 車は自動操縦で宿泊施設に向けて動いた。



 レガートは翌日の早朝、宿泊施設を出た港湾の詰め所に向かい、暮広を尋ねた。
 早番の隊員は詰め所に寝泊まりしてから宿舎に戻ったとの回答を得た。
 レガートは駐屯地内に向かい、宿舎に入った。
 内部は沙雪がいた施設と似た構成をしている。
 レガートは受付のカウンターに向かった。暮広が立っていた。
 暮広はレガートに近づいた。「随分粋がっていたのに遅いな」
「休みは」
「俺は早起きなんだ」暮広は受付のカウンターに向かい、カードをもらった。
 カードは東安部の隊員が駐屯地から出る時に必要で、行動履歴を記録する機能がある。体内に埋め込んだチップで記録すれば問題ないが、一帯はリブラの制御から外れているので記録ができない。カードを使うより他にない。
 暮広はきびすを返して宿舎を出た。レガートは暮広に続いた。
 二人は宿舎を出て駐車場に来た。
 駐車場には輸送車が止まっている。暮広は1台の車に乗り込んだ。レガートは隣に乗った。シートは固い。
「運転できるの」レガートは暮広に尋ねた。
 暮広はダッシュボードの下にある認証装置に触れた。センサーは暮広の指紋と静脈を認証した。詳細なデータが次々とフロントガラスに現れる。低いモーター音が運転席の下から鳴り響いた。
 レガートは暮広に目をやった。スイッチを入れてから一切手を触れていない。駐屯地一帯を制御している人工知能は暮広とリンクしている。暮広の意思で動かすなど容易い。「人工知能ね」
「一端だよ。中心はインシグネにある」
「ベズン・エル・カマリか。近づくにも無理があるわね」
「欲しているのか」暮広はレガートの方を向いた。
「私が来た理由よ」
「なら良かった」暮広は笑みを浮かべた。「貴方が出ていく日付は分からないから、明日は前倒しでインシグネを動かす申請を出した」
「動かすの」
「狭い範囲だけどな」
「私に配慮するなんて、心が読めるのね」
「前倒しを申請したのは引っかかる点があるからだ」
 レガートは眉をひそめた。「引っかかるって何が」
「別に話す」
 輸送車は駐屯地を出て港湾に入る。人員輸送車がトラックやロボットに紛れて港へ進んでいく。
「人気のある港ね、相当儲けているんじゃないの」
「政治結社が吸い上げていくから、現金での残りはわずかだ」
「金銭価値なんてあるの」
 暮広は笑みを浮かべた。
 レガートは情報を眺めた。一帯の地図が映っている。
「今いる駐屯地を中心とした一帯区域はリブラを拒絶していると仮定しているが、互いに距離を置いている。他人の家に上がり込まないで、外から望遠鏡で見ているのと同じだ」フロントガラスに映る情報が切り替わる。
 レガートは情報に目をやった。リブラの管理区域との管理区域の地図だ。レガートがリブラの施設で見たデータと似ている。リブラの干渉を避けているのではなく、避けたふりをして互いを監視している。監視した結果の推測でデータが現れている。現にズベン・エル・カマリが示すリブラのデータは推測値でしかなく、レガートが把握している仕様と異なる。
「互いに互いを見合っている、接点は他にないからはた目からして、切断していると錯覚するのね」
 暮広はうなづいた。「隣人だからな」
 レガートはフロントガラスに浮かぶ地図を見た。リブラの範囲が駐屯地一帯を囲っている。サイバー空間では駐屯地一帯のみが独立国家として機能している。
「偽の国民は人権がなくてもリソースとしての価値はある。だから囲い込みを決める。ズベン・エル・カマリの判断だ。リブラも同じか」暮広はレガートに尋ねた。
 レガートは眉をひそめた。人工知能は決めた範囲内でしか実行せず、外にいる存在はいないとみなす。暮広は人工知能とリンクしているのだから理解している。何故尋ねるのか。「分からないわ。仮にリブラが放出を求めているとすれば」
「外にメリットがあると判断しているとみなすなら、無差別に移動する。何故東安部だけなのか、地下の列車ではなく港湾を経由するのか、理由は分からない。リブラ側から何かしらのアプローチがあっていいが、実際には一度も連絡がない」情報が次々と切り替わる。移動に関する情報ソースは一切ない。「リブラがリソースを放出する理由があるなら一つだけしかない。先に話した通り、出した方が得だと判断している場合だ。不要な人間を整理しているのではと推測したが、出ていく人間は東安部の職にいる。国防では必要な存在だ」
「では何だと」
「リブラの方針を無視し、何かが移動を推していると仮定している」
「貴方も飛びかねないから、調べているのかしら」
「俺は確実に異世界に飛ぶ。飛ぶための道具として存在しているからだ」暮広は苦笑いをした。「人が見知らぬ場所に向かっているのは、異世界に行っているのと同義だ。なら同じ世界に飛ぶためのAPWや人工知能、俺や沙雪は不要になる。不要になれば処分するだけだ。実際には声がかかっていない。リブラのデータから探りを入れる必要がある。あるならくれ。代わりにロン博士。貴方が求めているデータを解析する」
 レガートの顔が険しくなった。インシグネの起動を早めた理由が分かった。データを解析するために利用する気だ。「取引ね」
「仕事の初歩だ。返事は今日中に頼む」
 レガートはうなづいた。現在地と目的地がフロントガラスに映る地図に重なる。輸送車は停止した。
 暮広は周囲の景色に目もくれずに降りた。レガートも続いた。
 降りた場所は田舎道で、周辺は青い稲が生えた田が広がっている。人々があぜ道に並び、田の状態を見ている。田の中に作業機械が横転して泥に埋まっていた。
 暮広は輸送車の後ろに向かい、荷台に乗った。
 荷台には人型機械が上半身を起こした状態でフックで固定してある。
 暮広は背中のスイッチを操作して操縦席を開いた。
 レガートは荷台に上がった。「東安部の機械じゃない、個人で持ち出したの」
「司令に許可を出した。警察組織は偽の国民の居住エリアにないからな。隣組で対処できないトラブルは、東安部が代わりに出ないと処理できなくなる」
 レガートは暮広の言葉に驚いた。「警察はいないって、本当なの」
「東安部がやる。力で押さえつけるから、皆黙って優等生を演じるんだ」暮広は人型機械の操縦席に乗った。操縦席が人型機械に入る。
 フックが外れ、人型機械が立ち上がった。レガートは荷台の隅に寄った。
 人型機械は歩行を開始した。荷台が揺らぐ。荷台から降りて田に入った。脚部がぬかるみで埋まるも影響はなく、倒れた作業機械の元に歩き、マジックハンドで作業機械をつかんで持ち上げた。人々は人型機械の性能に驚き、声を上げる。
 レガートは荷台から降りて、人型機械が作業機械を田から運び出すのを見ていた。
『お前らどけ、でなければ潰れるぞ』暮広の声が響く。
 人々はあぜ道から下がった。
 人型機械は持ち上げた作業機械をあぜ道まで運んで置いた。金属が地面とぶつかる音が響いた。作業機械はボディがゆがんでいて、内部に泥が入り込んでいる。
 人々の声が沸き立った。
 人型機械はあぜ道に出て、膝を付いてかがんだ。直後に背中から操縦席がせり出し、暮広が出てきた。
 人だかりが暮広の周りにできた。レガートは遠くから人だかりを見ていた。
「芦原、感謝するぜ。昼飯おごってやるから来いよ」褐色肌の青年が暮広に声をかけた。
「連れがいるんだ、まだ作業が終わってない」暮広は青年をあしらい、作業機械に近づいた。
 作業機械の持ち主である老人は、あぜ道に転がった作業機械を見て落胆していた。
「お前の操縦が下手だから落ちたんだよ」老人に、小太りの男が声をかけた。
「下手くそってなんだ、俺は毎日運転してるんだぞ。好き好んで貴重なマシンを落とすか」老人は男に食ってかかった。互いににらみあった。
 暮広は二人の間に入った。「やめろ、機械は替えが効くが命はできない。誰も死ななかっただけ十分だ」暮広は二人の間に入った。
 小太りの男は舌打ちをして離れた。
 暮広は老人を見た。怒りと諦めが混じった表情をしている。
「機械は司令に連絡しておく」
「出るのか」
「収穫に響くとなればな。まずは確認だ」暮広は人々を払いのけ、レガートに近づいた。人々も追随した。「ロン博士」
 人々はレガートの方を向いた。
 レガートは人々を見て困惑した。集団で襲ってくるのではないか。
「連れって白人の年増女か、随分変わったのが好きなんだな」若い男は声を上げた。
「来てくれ」暮広は作業機械の元に向かった。レガートや人々が続いた。
 レガートは作業機械に近づき、プレートを見た。英語で通称名と生産番号が書いてある。「今時エンジンで動かすなんて珍しいわね、燃料はあるの」
「セルロースとスピリットならある。同じ機械はアメリカにあるか」
「ないわ、でなければ驚かないわよ」
「港湾ではなく、駐屯地に回すか」暮広は人型機械の元に戻った。子供が興味を持って操縦席をのぞき込んでいた。子供達を払いのけた。
 子供は不機嫌な表情をして下がった。
「大人になれば東安部に入る。飽きる程に乗れるぞ」人型機械の操縦席に乗り込み、手元にあるコントロールパネルを操作した。操縦席が人型機械に格納する。
 人型機械が立ち上がり、作業機械に向かった。両腕のマジックハンドでつかみ、輸送車に運んでいく。荷台に上がり、作業機械をおろすと格納するエリアに移動し、乗せていた場所に上半身を起こした状態で固定した。荷台のフックが人型機械を固定する。操縦席がせり出した。暮広は操縦席を降りた。操縦席が格納する。
 レガートは輸送車の状態と共に、人々の状況を見ていた。人々はレガートに興味も持たず、輸送車を見ている。
 暮広は荷台から降り、レガートの元に来た。「終わったな」
「休みなのに業務をするの」
「ボランティアだ」暮広は褐色肌の青年の方を向いた。「飯、おごってくれると言ったよな」
 褐色肌の青年は暮広の言葉に困惑し、眉間にシワを寄せた。「言った記憶はないぞ」
「俺は聞いたぞ」隣にいる男は、褐色肌の青年に食ってかかった。「若いうちからウソを言うとクセになる、男なら素直に認めて飯をおごるんだ」
「連れがいるって聞いてない。芦原、お前だってウソついてたからなしだ。格闘技にもあるだろ、ノーコンテストってのがな」
「勝手な理由で切り上げるのか」暮広は褐色肌の青年をにらんだ。「不利になったらネタでしたと言って許せるなら、スポーツは存在しない」
 褐色肌の青年は顔をしかめた。「負けだ。今日はおごってやる。ついて来な」褐色肌の青年は人々をかき分けてあぜ道を歩いた。
 暮広は褐色肌の青年に続いた。
 レガートは暮広に目をやった。暮広の後ろ姿と榎本の姿が脳裏で重なった。榎本の姿はまもなく消えた。暮広に近づいた。「血のつながりはないけど、父親に似ているわね」
「似ているのか」
「貴方のお父さんは人に会うのを楽しみにしていた人よ。よく偽の国民の居住地に来てたって聞いているわ」
「変わった人だな」暮広はそっけなく返した。
「貴方も変わっているわよ。人間レコードなのに駐屯地に留まってないなんて」
「一帯のデータをリンクして制御していても、実際に触れなければ人を理解できない。実際に出向くのも重要だ」
 レガートは暮広の言葉に何も返さなかった。暮広の行動は人工知能の欠点を補強している。
 農地から外れ、住宅街に出た。至る場所にヒビの入った建物が並んでいる。内乱前の建物だ。内乱以降は物資の不足で新築が難しく、ごまかして維持をしている。区域の一角に定食屋があった。
 暮広達は褐色肌の青年と共に定食屋で食事を取った。近辺の海で採れる魚や海藻が中心だった。口に入れると塩の味が強い。質の悪さを調味料でごまかしていた。
 褐色肌の青年は暮広に話しかけてきた。内容は農作業や事故の状態に関してだった。事故は年寄りが勝手に持ち出したからのが原因で、作業機械が来るまで作物の管理は難しいとの内容だった。暮広は状況を真面目に聞いていた。
 3人は食事を終えた。
 レガートと暮広は褐色肌の青年に別れを告げ、輸送車を留めていた場所に戻った。キーの類いはないが、認証が必要だ。
 暮広はドアに触れた。輸送車は暮広を認証し、自動で開いた。「飯はまずかったか」レガートに尋ねた。
「何で聞くの」
「地元以外の飯を食っているからな」
「人によって違うわ。貴方は」
「皆同じだよ」暮広は輸送車に乗った。
 レガートは頭から湧き出る笑いの感情を抑え、輸送車に乗り込んだ。
 輸送車は起動し、フロントガラスに情報が映る。輸送車はあぜ道からヒビの入ったアスファルトに入った。
「リブラの稼働から10年経った今、真の国民から偽の国民へひいきしているわ。偽の国民から搾取して国家を維持するシステムは終わるって、予見しているのね」
「自立していると誤認している主人は消費しかしないから依存に向かい、従属している奴隷は自らこなしていくから自立していく。過去の歴史で見る現象だ。リブラでなくても過去から予見できる」
「自立をしていくから革命が起きる。リブラも自立に後押しを始めているのね」
「違うな」
 暮広の言葉にレガートは眉をひそめた。
「不満を晴らすだけではすぐに消える。いくら法が後押しても壊すだけでは駄目だ。新しい法の創生作業でなければ永続しない。過去に破壊と創生を見誤ったが故に破滅した勢力は数知れない」
「タイミングが合っても革命はありえないと」
 暮広はうなづいた。「感情で動けば無駄に血が流れるだけだ。同意はするが支持はしない」
 レガートは暮広の言葉を聞き、緩やかな笑みを浮かべた。暮広は人工知能と異なり、未来を基準に据えて判断していると認識した。
 輸送車は駐屯地に入り、駐車場で止まった。ドアが開いた。
 暮広とレガートは外に出た。日が傾き始めていた。
「付き合うか」暮広はレガートに声をかけた。
「ホテルに戻ってデータを取るわ。APWの訓練をするのは明日でしょ、貴方に渡すデータの抽出をするわ」
 暮広はレガートの言葉を聞いてうなづいた。「司令から連絡がなければ、早朝に同じ場所に来てくれ」手を上げて宿舎に戻った。
 レガートは駐屯地を出て港湾に入った。港湾にあるバス停に向かい、待機した。屈強な男達がバス停に集まってくる。
 暫く経った。送迎用のバスが来て、バス停の前で止まった。ドアが開いた。昇降口から人々が降りてくる。レガートは男達と共にバスの入り口から乗り込んだ。
 昇降口のドアが閉まり、発車した。
 バスは港湾内を走り、宿泊施設に到着した。レガートはバスから降りて取っている部屋についた。
 部屋には生活に必要な家具は一通り置いてある。テーブルはコードや端末が散らばっている。
 レガートは部屋に入るなり、充電台に小型端末を置き、テーブルについて端末を起動した。端末の液晶に情報が映ると、情報を整理し始めた。明日の実験の際、暮広に依頼する解析用データはリブラから持ち出している。暮広が疑念に持った東安部の異動に関する内容や、リブラの変異を起こした原因と仮定したデータだ。データを確認しつつ、暮広の印象を脳裏に浮かべた。
 暮広は沙雪と異なる意味で落ち着いていた。合理に基づいた判断をしているが、人工知能ではなく科学者の判断に近い。人工知能の判断か、暮広本人の判断かは分からない。
 レガートは暮広の印象を脳裏から薄め、解析と持ち出す作業の分別に没頭した。持ち込むデータは可能な限り多い方がいい。
 時間が経過した。
 レガートはデータの分別を終了した。壁にかけてあるデジタル時計を見た。18時を示している。苦笑いをして端末の電源を切った。夕刻以降は食事を取らないと決めていた。ベンダーに行けば飲み物は買えると判断し、席を立った。
 小型端末から電子音が鳴った。
 レガートは即座に小型端末に近づき、スイッチを入れた。駐屯地のアドレスが映っている。
『ロン博士か、ローランドだ』声が響いた。
「直に私に連絡を入れるってのは、魔道力学に関してかしら」
『当然だ、暮広の要望で来週の予定だったAPWの定期負荷テストを明日にする。指定した場所に来てくれ』
「場所と時刻は」
『詳細は指定のアドレスとクラウドに送る。来日時のデータが残っているから、認証は問題ない』
「目を通すわ」
 回線が切れた。
 レガートは小型端末を操作した。連絡事項のデータが映っている。指でなぞって開いた。明日の午前9時にミーティングルームで開くと知らせが入っていた。一通り読み終え、小型端末を切った。
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