第二話 くどく短い道標

文字数 13,673文字

 レガートは滞在する部屋に入った。
 部屋は真っ暗で何も見えない。
 入り口にあるセンサーがレガートを認識し、照明が点灯した。隅に機材が置いてあり、ディスプレイが壁に張り付いている。
 レガートは機材を起動した。映像がディスプレイに次々と映る。メモリカードを手元にあるコントロールパネルのスロットに差し込んだ。サンセベリアの訓練の時に入手したデータが映る。プログラムを分解し、決まった型と照合した。持ち込んだリブラのコードと照合し、こし取っていく。指針を決めれば自動で処理してくれる。次に取り出したミームの解析をすれば、何の理由で飛びついたのかがわかる。一通りのプログラムを打ち込み終えると、脱衣室に向かった。
 暫く経った。
 レガートは脱衣室から出てきた。体を拭き、キャリングケースからよれた服を取り出して着た。着替えが終わり、改めてディスプレイに映る状況を確認した。
 こし取ったプログラムは帳尻があっていない、タダの記号だ。ただしプログラムとしてみた場合の記号であり、人間が見れば文章をコラージュした文体だとわかる。文章としては成立している。
 レガートは次々に現れるプログラムを見て顔をしかめた。断片をつなげて新しいプログラムを生成しているのか。自己複製して拡張するにしても翻訳してからプログラムを作り直すの回りくどく、効率が悪い。何故回り道をする手段を取るのか理解できない。
 解析が進んでいく。現状では1パーセントしか解析できていない。こし取ったプログラムは脳を解析した際に現れるデータと似ている。文章は何を基準にしているかわからず、小説家と異なり作風でまとめている訳でもない。
 レガートはぬれた手を拭き、コントロールパネルを操作する。不可解であったが、解析が進めば傾向がわかると信じている。
 データがまたたく間に多重に映る。解析したプログラムは立方体のマトリックスへプロットしていく。解析のパーセントが上がっていくに比例して、プロットする断片が増えていき、次第に偏りが現れていく。通常、コラージュした文体は使用する言語がランダムである。矛盾が発生していても、人は脳内の想像で埋めていくので意味としてつながる。プログラム言語は記号の集合体で、接続していなければエラーを起こす。人工知能に想像はないので、プログラム用語にない言葉は理解不能と判断する。
 レガートは顔をしかめた。何故、無意味な言葉を拾っていくのか。
 情報が次々にプロットしていく。
 データの傾向が明らかになっていく。言語はリブラに存在しない。存在しない以前に参照できない。一方でズベン・エル・ゲヌビがまき散らしたデータを回収している。ぶつかれば互いの情報が混ざっている。実際には存在しないと出る。ズベン・エル・ゲヌビが持っている情報が並ぶ一方、リブラしか知り得ない情報がないのだ。沙雪の言葉は正しかった。
 言葉の断片に偏りが現れていく。単語やシンボルを調べていくと、駐屯地を含めた人間に関するデータに関連している。
 レガートはズベン・エル・ゲヌビの意図を理解した。沙雪は暮広の行方を求め、リブラとの接触を求めて餌をまいている。
 解析率が20パーセントを越えた。
 レガートは解析作業を切った。今より解析をしても意味はないと判断した。ズベン・エル・ゲヌビは暮広を求めて調査をしているのだとわかった。異常を解決するには暮広を一人探し出せばいい。生きているか死んでいるかは関係ない。ベッドに寝転び、意識を闇に落とした。天井のセンサーが呼吸と脈拍を読み取った。睡眠状態に入ったと判断し、照明が薄まった。



 翌日の朝、隊員を起こす放送が鳴り響く。
 レガートは放送で目を覚ました。意識が鮮明になっていく。メモリカードへデータを転送するのを忘れたのに気づき、コントロールパネルに近づく。コントロールパネルに付いているセンサーがレガートを認識した。ディスプレイが点灯し、未来予測のデータがコラージュの形式で映る。メモリカードを差し込み、データをコピーした。データの書き込みが終わり、メモリカードのランプが赤から青に変わった。カードをスロットから抜き取り、コントロールパネルの隣に置いたクリアケースに入れた。クリアケースをコントロールパネルに置き、浴室に向かって顔を洗った。目が覚めきった。部屋を出て食堂に向かった。
 駐屯地内の食堂は隊員が食事を取っていた。レジスタはカウンターにない。隊員全員が取る食事の値段の平均を天引きするシステムだ。レガートは客の扱いを受けている。
 レガートはカウンターに向かい、バイキング形式になっているメニューを取ってテーブルに付いた。パンを基準とした洋食が乗っている。口にすると東京の食事に比べて幾わか味は濃く、均一な味ではないが粉っぽく水気が少ない。スープにしても粉っぽく薄い。食事を終えると部屋に向かい、着替えて持ち出す道具を整理した。駐屯地内はリブラと切り離しているので、リブラに直にアクセスするには外に出る以外にない。支度を終えると部屋を出て地下の駐車場に向かい、止めてある車に乗った。車は駐屯地を行き来する関係者用で、東京を走っている車と異なり廉価で汚れが付いている。
 車は、レガートが入ると即座に起動した。『行き先はリブラ研究施設ですね』研究施設の地図が車載のディスプレイに映る。
 レガートは驚いた。「脳波でも読んだの」
 何も返答がない。ルートが現れ、車は走り出す。一直線にリブラの管理施設に向かった。管理施設は偽の国民の住居区域内を含めた県内管轄のリブラを統括する場所だ。リブラは分散型で各個のデータを集積する場所が必要になるので最低、県内に一つは集積所が存在する。
 2時間程経過した。
 車は施設の前に着いた。コンクリートの巨大工場が頑丈な門の先に建っている。工場は1棟のみで、広大な敷地が広がっている。敷地はきめ細かく整理してある。門に近づくと自動で開いた。レガートを認識しているのは明らかだ。棟内の駐車場に向かう。
 レガートは車載のディスプレイに目をやった。認証のログと地図が映っている。ログによればリブラが認証している。リブラの管理施設に向かうとは誰にも話していない。リブラは事態を予測していたのか。
 車は棟に入り、停止した。ドアが開いた。レガートは車を降りた。
 駐車場には乗っている車以外、何もなかった。3流映画によくある、大災害発生後の世界を見ている気分になる。降りた先に何があるのかわからない。内部にはセキュリティの類いは一切ない。外から入る段階でふるいにかけているので、通過した人間を更にふるいにかける意味はないと判断しているのだ。
 レガートは周囲を見回し、扉があるのを見つけて向かった。扉はレガートを認証し、自動でドアが開いた。自分の意志で向かったにもかかわらず、リブラは来るのをわかっていたかの如く誘導している。冷えた廊下が開いた扉の先に見える。消えている照明がレガートが近づくと点灯した。光に従って動けと命令している。地図がないので、案内通りに進んでいく。道筋はわからない。先にワナがあったとしても、他に選択肢がないので向かうだけだ。空調だけが響く世界に足音が加わる。角を曲がり、階段を降りていく。
 空間と廊下を遮る鉄扉が突き当りに設置してある。取っ手の類はない。
 レガートは扉に近づいた。扉は自動で開いた。
 照明が点灯し、扉の先にある空間が現れた。徹底した空調管理をしていて、ホコリは一切飛んでいない。機器類が壁に配置してある。奥にはコントロールパネルが置いてあり、ディスプレイが壁一面に並んでいる。スイッチが自動で入り、モーターの音が鳴り響く。ディスプレイが点灯し、リブラの接続状況が映る。
『リブラへのアクセスを許可します』機械音声が流れ、ディスプレイにデータが映った。
「私を誘導していたわね」レガートは声を上げた。リブラが答えれば、何かしらのコミュニケーションを求めていたとわかる。返事がなければ別の存在が手引をしたと判断できる。
『はい』音声と共にデータが次々と映る。『データを所有する者を通す命令が下りています。貴方は別の人工知能から回収したデータを求めて施設を訪れると、同質の人工知能より通達していました』
「ズベン・エル・ゲヌビね」
『識別信号は不明ですが、プログラムの記述を書き換えました』データが更に映る。レガートが駐屯地のゲートを通った時の監視カメラの映像や個人情報だ。メンテナンス担当者としての申請が出ている。
 レガートは顔をしかめた。沙雪が自分と会食してからサンセベリアに乗った時、施設を訪れるのを想定して根回しをしていたのだと気づいた。「では、私が施設で何をするかを理解できて」
『私を破壊する以外なら、問題なく可能です』
 レガートはため息をついた。話が微妙に通じていない。何をするのかと聞いているのに、何ができるのかと返答している。リブラは命令を受けたから実行した似すぎず、予想ができないのだ。「壊すと言ったら」
 映像が切り替わり、リブラの設計が立体映像で映る。リブラは触手のごとく伸びていて、末端が切断して消滅する。『リブラはクラウドシステムにより、一部の損傷を認めても他のシステムが補完し、直ちに修復して再生します。再生したプログラムは異なるシステムですが、徐々に同じシステムへと戻っていきます』消滅したリブラは球体の破片に変化し、近くにある職種に向かって伸びていく。同時に他の触手が伸びてきて融合して元に戻る。
「まるでアメーバね」レガートは笑みを浮かべた。
『アメーボゾアと異なり、食作用はなく回収したプログラムを再生します。複製も同時に行い、リブラのクラウド内に独立して保存します。また』
「わかったわ、人工知能の授業はたくさんよ。アメーバじゃなくて、ノウダラケと同じと見ていいかしら」
『はい。ノウダラケは切り刻み、断片になったデータを取り込むと』
「わかっているわ、生物の授業はたくさんよ」レガートはメモリカードの入ったクリアケースを取り出した。「私はね、貴方がズベン・エル・ゲヌビと称している人工知能から取り出したデータの詳細は」
 レガートはメモリカードをコントロールパネルのスロットに差し込んだ。自室ではリブラへのアクセスに制限がかかっているが、施設内では自在にアクセスできる。解析は持ち込んだデータと既存のデータとの比較が重要だ。データを読み込み、内容が現れる。コントロールパネルを操作し、データの解析を開始した。
『私と類似した人工知能ですね』
「似てないわ、魂と接続しているのよ」
『同一ではありません、類似した存在です』
「言い訳を並べても無意味よ」レガートはリブラにアクセスした。コラージュした文章を単語にまで分解する。単語内に定義した階層へ職種を伸ばし、リブラの辞書に問い合わせて照合して接続する。次にプログラムとして実行すればいい。ただしハードウェアの関係からアクセスできるのは表層のみで、中層からのアクセスはできない。リブラが吐き出した上っ面だけのシステムでデータで実行できるか。
 端末のディスプレイにデータの分布が現れる。リブラはシンボルとして識別していないのか、食いついてこない。何も反応がなく変化はない。
 レガートは眉をひそめた。単語が予め定義している階層にはアクセスできている。「犬がデータを食べて別の場所に吐き捨てたの」ディスプレイに声を上げた。リブラ自身に理由を問いかけても答えは出ないとわかっている。半ば愚痴を垂れた。
『データ階層内に犬は存在しません。吐き出すにしても指定したアドレスが必要です。必要なアドレス内にデータがないのは、データが独立せず接続しているためです。リンクしているデータは単体で取り出せば関連するプログラムにエラーが発生します』ディスプレイにデータが映る。リブラのカーネルデータで、クモの巣状に接続している。単体で釣るのが不可能な理由の一端が理解できた。データは既に別の場所に格納している。リンクしている先のデータは既に空で、指定したアドレスはリンクが破綻しないためのダミーだ。
「隠したわね」レガートは声を上げた。
『隠すとは何を意味していますか』
「取り出せないエリアにデータを押し込めているわね」レガートは顔をしかめた。
『わかりません』答えが抑揚のない声で返ってきた。
「なるほどね」レガートはコントロールパネルを操作した。人工知能はウソをつかない。自身ですら理解できないまま、データを格納している。今の状況から掘り下げればリブラの根幹にダメージを与えかねない。調査を断念し、沙雪の依頼である暮広の捜索に切り替えた。コントロールパネルからのインプットを終えた。
 ディスプレイが切り替わり、東北地方のアクセス状況を示す地図が映る。斑がなく取り込んでいるのがわかる。
 人工知能は時代が変わっても、人間が円滑に動くために補助するシステムなのに変わりはない。必要とみなした情報を飲み込み、吐き出したデータを人が利用する。
 レガートはディスプレイを切り替え、メモリカード内にあるデータを参照した。データは真偽を問わず取り込んでいる。「取り込んだデータはチェックをするの」
『取り込んだデータは支障をきたすか調べ、次に真偽は周囲の情報を参照します』
「情報なら、何でも取り込んでいるのね」
『はい、データの出力にリソースの確保は不可欠です』
 レガートは笑みを浮かべた。縦横無尽に取り込んでいるとなれば、意図して流した情報を取り込んでいる可能性もある。コントロールパネルを操作し、メモリカード内にあるデータから、ズベン・エル・ゲヌビが持っていたデータを取り出す。リブラが持ち合わせているデータと照合し、ババ抜きの要領で相殺していく。残った場所はリブラ以外が情報を管理している場所になると予想した。リブラ以外に同等の人工知能を持っているのはズベン・エル・ゲヌビか、暮広の魂とリンクしているズベン・エヌ・カマリだけだ。
 プロットした点が次々と消えていく。簡単なフィルタであるが故にに見抜けない。双方の情報がなければ不明のままだった。
 レガートは空白域に何があるのか、地図のデータを取り出して確認した。複数ある空白地は古い家屋が並び、中心に駐屯地がある。プロットしていない場所は2つある。1つは自身が滞在している駐屯地で、1つは10年前に滞在した港町だ。ズベン・エル・ゲヌビと同等のシステムを組んでいると見ていい。同等の人工知能となれば、頭に浮かぶのは一つしかない。沙雪の双子である暮広の魂とリンクしている人工知能だ。
「わかったわ、ありがとう」レガートはコントロールパネルを操作し、メモリカードに地図のデータを書き込む。プロットのない駐屯地に向かえば暮広とまではいかないが、ズベン・エル・ゲヌビに匹敵する人工知能と対面できる。
「ありがとう、用ができたらまた来るわ」
『ご利用、ありがとうございました』抑揚のない機械音声が流れる。
 レガートはメモリカードを取り出し、クリアケースに入れた。リブラのディスプレイが一斉に消える。部屋を後にした。
 廊下の先は暗く、レガートが近づくと照明が点灯して道を示していた。
 レガートは余りに不気味な光景で不安になったが、先にワナや熊でもいない限りは大丈夫だと判断して案内通りに進んだ。扉を開けて外に出た。地下に止めてある車に乗り、施設の庭に出た。
 日が天辺を越えていた。
 レガートはナビゲーターに駐屯地の座標を入れた。
 車は一瞬で座標からルートを選択し、間もなく動き出した。地下の駐車場から外に出る。
 レガートは車越しに庭の光景を見た。無人の人型とかけ離れた形状のロボットが庭の整備をしていた。誰も立ち入らない場所を整備し続けている。ロボットは主語を持たず、疑念を持たずに実行する純粋な奉仕者だ。ロボットが三文SF小説の常連だった頃、陽電子脳が人類に反乱を起こす話がてんこ盛りだったが、実際にはなかった。プログラムは人が意図した通りにしか出さないからだ。
 車は庭を出て駐屯地へと向かう。向かった時と同じ道を進んでいく。東安部が所有している車がたまにすれ違う以外、車通りはなかった。
 駐屯地に着いた。自動で地下駐車場に入り、空いている場所に停車した。
 ドアが開いた。
 レガートは降車し、入り口のセキュリティゲートをくぐって入る。自室に戻ると、即座にクリアケースを取り出し、入っているメモリカードを取り出してスロットに差し込んだ。システムが起動する。ディスプレイにメニュー画面が映った。
「芦原3尉を呼び出して」レガートは命令した。
 連絡を取るためのソフトウェアが起動し、立体地図が浮かぶ。沙雪の位置を検索するも『NotFind』と映った。
 レガートはため息をついた。施設に入る根回しをしていたと仮定すれば、沙雪は行き先を予測していたと見ていい。予測に何も問題はないが、仮に沙雪が否定した場合、別の問題が発生する。
 連絡がつかないとわかるとディスプレイから離れ、壁に浮かぶ時計で時間を確認した。14時を示している。
 電子音が部屋に鳴り響く。沙雪から連絡が入った。
 レガートはディスプレイに向かう。ディスプレイには大きく『SoundOnly』の文字が浮かんでいる。通信元の場所は不明だ。
『申し訳ありません。レガート博士』ノイズ混じりに、沙雪の声が響く。背後に細かい音が流れている。
「気にしないで、私が勝手に入れただけだから。ついでにレガートでいいわ。一つだけ質問があるわ。わがままだけど良いかしら」
『はい』
「リブラの根回しは貴方がしたの」レガートはわざと経緯を言わず、直に尋ねた。わかっていれば質問の意図を理解して返答する。わからなければ経緯を説明しろと返してくる。
『根回し、ですか』困惑した声が流れる。
 レガートは一息ついた。根回しについて知らないとわかった。「私が出かけた場所はわかる」
『わかりません。リブラに問い合わせれば監視カメラや衛星から把握はできます。現在接続していませんから、問い合わせない限りは不可能です』
「貴方の返事は正しいわ」レガートはそっけなく返した。ズベン・エル・ゲヌビでもリブラに接続しなければ外の情報は手に入らない。常時接続しているのではないのだから、尋ねない限り答えは来ない。となればリブラに干渉する誰かが自分の行き先を知っていて、最初から導いていたとなる。「情報は漏れていない」
『なにか問題でもありましたか』
「私に関する情報をリブラに流していないの」
『いえ、貴方とは会ったばかりです。私は貴方のスケジュールを把握していません。いくら私でも霊能力者ではないので、接続せずに他人の脳内を解析できません。わかったとしても不確定な未来のでき事です。実際に出るかわからないのに根回しができるでしょうか』
 レガートはうなづいた。仮にリブラが何かしらの理由で自分が施設に来るのを予測して導いていたとしても、人工知能は過去からの統計により事象を決定するので、統計の出典元が必要になる。ズベン・エル・ゲヌビがまいたデータに無意識に含んでいたとすれば成立する。未来は事故や都合を含めた不確定要素を伴う。実際に組み立てた予定通りに未来が動くなど、妄想の世界でない限り不可能だ。
「リブラの施設に行ったわ。正確に私を導いていた。アポイントは組んでいないわ。でも知っていた」
『行き先を入力した段階で把握していたのではないですか。到着するまでの予定から導けます』
「確かに、私が施設に向かったのを通信で知れば、導くのは可能よ。でも、私が何を理由に来たかまではわからないわ」レガートは返答した。人を運ぶのは物資を運ぶのと違う。人は運んだ先で何かしらの行動を起こす。自分が向かったから導いたと結論づけるなら、訪れる理由が爆破でも構わず導いてしまう。
『貴方に限って、テロを起こす可能性は低いと判断したのではないですか』
「楽観論ね、可能性がゼロではない限り、施設に人を通さないわ。駐屯地内で過剰にセキュリティがかかっている理由はわかって。社会は性善で動けるけど、取り返しのつかない設備は性悪が前提よ」
『では何故、貴方の行動を予測して通したのか。リブラに接続してみますか』
「無理はしなくていいわ。明日は東京へ向かうから、ついでに調べてくるわ」
『東京ですか』
「ええ」レガートはうなづいた。「ズベン・エル・ゲヌビと同質の人工知能を確認したわ。ズベン・エス・カマリの可能性があるわ」
『暮広は生きているのですか』沙雪の興奮じみた声が響く。
「2つの人工知能の開発から10年も経つのよ、別の人工知能を開発している点も否めないわ。東京のリブラを調べるわ。単なる比較だけど、何か嫌な予感がするの」
『予感ですか』
「ええ」
『お土産をお願いします』
 レガートは笑みを浮かべた。「期待せずに待ちなさい」
 通信が切れた。
 レガートはため息をついた。メモリカードをコントロールパネルに差し込む。持ち込んだデータがディスプレイに映る。データを解析するのではなく、取り出して検証をしていく。目で確認して頭で判断する作業はアナログで堅実な手段を取る。施設内のデータと変化はないが、各駐屯地内の写真や資料はない。リブラ自身がデータを呼び寄せているので、接続していない駐屯地内では見えないのだ。駐屯地へ向かう申請を出す時に資料として使えればいいと判断し、データを片付けた。映っているデータが閉じていく。ディスプレイの電源が切れた。メモリカードを抜き、クリアケースに入れると懐にしまい、寝転んだ。



 翌日、レガートはシャワーを浴びて着替えると、食堂に向かい昨日と同じメニューを取った。質は相変わらず悪いが、地方の食事だと割り切れば問題ない。食事を終えて部屋に戻り、一通りの準備を終えた。地下駐車場で無人の車に乗った。行き先は昨日と異なる。東京の丸の内だ。かつてのオフィス街には政治結社が居を構えている。日本の中枢なら、リブラの解析をするには一番良いと判断した。
 関東に入り、東京に向かう道路は空いている。元々偽の国民の居住するエリアから移動する車などほとんどない。偽の国民は集落からの移動ができない。
 レガートは車載の端末から暮広のデータを打ち込んだ。偽の国民の戸籍データが現れる。暮広の戸籍には死亡のデジタルスタンプが押してある。データでは出生地を始めとする欄には一切記述がない。偽の国民は出生地や年齢は関係ない。戸籍は居住地に押し留めるためにしか存在しない。
 車は検問を通る。検問は簡素に終わり、東京に入った。
 東京は偽の国民の住むエリアと印象が異なる。徹底して整理した区画に超高層ビルが立ち並ぶ。ロボットが街を整備している。真の国民はが動き回っているが、ビジネスで動いているのではなく、ビルにある娯楽施設を回っていた。
 車は丸の内のビル群の脇に止まった。ドアが自動で開き、レガートが降りる。周辺に見えるビルは政治結社が管理している。端末を開き、ディスプレイにデータを写す。人々の波から壮年の男達が浮き出て、レガートを囲った。皆ラフな格好をしているが、髪型を隠す帽子と濃いサングラスが浮いている。
 レガートは男の妨害で立ち止まった。
 囲った男の一人は、レガートの前に出た。「レガート・ロン博士」
 レガートはため息をついた。「公務員も暇ね。案内を頼む手間が省けたわ」
「貴方が望んでいるかは不明ですが、政治結社の方々がお待ちです」
「私が来る時間まで予想していたの」
「リブラのアクセスログから逆算すれば問題なく。私共もしがない中間管理職で、まして偽の国民ですからね。命令を聞かないと家族もろとも首が飛びます」
「回りくどいわね、素直について来いって銃でもナイフでも出して命令すればいいじゃない」
「手荒な真似をするとロボットが追跡します。人と違ってロボットは平等ですからね。偽の国民でも何でも、治安を乱す要因には厳しいんです」
 レガートは苦笑いをした。律儀な人間だ。「案内を頼む手間が省けたわね」
「ありがとうございます。東京は偽の国民や外国人への差別がひどいですからね。目標までお守りします」壮年の男は頭を下げた。
 男達はレガートの周りに集まり、ビルに向かって歩き出す。
 レガートは男達に合わせてビルに向かった。
 ビル街の中央に来た。高層ビルが並んでいる。50階程の建物が、アーモンドの実を縦に置いた形状でビル街の中心にそびえ立っていた。壁は白を基調としていて、アクリルの壁が貼り付けてある。入り口前にはモノリス状の液晶案内板が立っている。
 男の一人は建物の入り口に立った。自動ドアが開いた。
 レガートは開いたドアを通ってビルに入った。男達はレガートに続いた。
 建物の内部は最上階まで吹き抜けになっていて、アクリル板が貼り付けてある。人はなく、ロボットだけが反射している床を磨き続けている。
 男達はエレベーターの前に来た。ドアが開って部屋に入った。
 一人が手を触れた、手に埋め込んだチップが透き通って認証した。ドアが閉まり、目標の階へ上がる。
 エレベーターの空気は重かった。誰も会話せず、ドアの隣に映る階数だけが時間の存在を示している。
 最上階に着いた。エレベーターが停止し、ドアが開いた。先には赤い絨毯を敷いた通路があり、扉には消灯しているランプが点灯している。
 男達は先に進む。レガートは男達に続いた。
 一つのドアの前に来た。男達はレガートに礼をして下がった。「私共の案内は終わりです。ご依頼主は先にいます」
 ドアが開いた。
 黒い床のタイルが敷き詰めてある。黒を基調とした壁で机が並んでいて、中央に多面体のディスプレイが置いてある。端末が座席事においてあり、年老いた男達は一斉に中央を見ている。リブラの関するデータがディスプレイに映っている。警備ロボットが端に並んでいる。
 年寄りの一人がレガートの方を向いた。「来たか、感謝する」席を立ち、レガートに近づいて名刺を出した。名前は『中西圭一』と書いてある。
「私は好きで来てないわ。用件は何なの、私が東京に来るのを知っていたの」レガートは中西に尋ねた。
「リブラに網を張っていたので、君が移動する場所は把握しているよ」
「私が何で東京に来たかわかって」
「いや」
 レガートは笑みを浮かべた。リブラの施設に向かった時と同じで、位置は外部から把握できるが理由まではわかっていない。
「だからこそ君が来たのを見計らって、案内してもらったんだ。リブラの範囲外に何があるのか答えてくれ。空白地をわずかでも産めばテロの温床になる。民は弱い生き物だ、だからこそ守らねばならん」
「空白地があるってわかるのね。リブラは全国を統治しているんでなくて」レガートは座席に近づいた。座席の前にいる警備ロボットが立ちはだかる。
「やめろ」中西は声を上げた。警備ロボットは下がった。「リブラの影響は全国でも同じだ。地方により通達の受け入れ具合が違う。特に東北は他の区域と異なる成長を見せている。気がかりなんだよ」
 レガートは眉をひそめた。「空白地も問題だけど、入ったら入ったで問題があるのではなくて。リブラは貴方達が国家を管理し、偽の国民を皆殺しにするために作った合法殺りく兵器、処刑用の穴よ。入らないからこそ勝手ができるのに、入って人として擁護したら下手に動けない。現にリブラは偽の国民よりの制定を下しているわ」
「リブラが殺りく兵器だと」席に座っていた男が声を上げた。「我々はリブラにより国民を守っているのだ。元はと言えば無能な国会議員共が統治していたのが駄目だったんだ。人工知能は平等だ、だからこそ真の国民を守り、勝手に立ち入った偽の国民をも統制している。追い出さないだけ良心がある」
「人工知能は平等って、わかっているじゃない。偽の国民も真の国民も統制をしている点では一緒よ」レガートはメモリカードを中央にある機械のスロットに差し込んだ。情報がディスプレイに浮かぶ。リブラの連携と処理状態が映った。東北地方は一部が泡の隙間の如く、空白地になっている。「空白地は偽の国民の居住地に存在しているわ。距離を置いた方が当地に楽だと判断しているのね」
「空白地を置く方が安定していると判断しているのか」座席に座っている年老いた男は、レガートを見て声を上げた。「相反するミームの判別は人間が負っている。優越がなく膨大だからな、リブラと言え、何が正しく何が間違っているかまで、勝手に判断するのは不可能だ」
 レガートは座席においてある端末を操作した。駐屯地に置いてある兵器のリストが現れる。リスト内にあるAPWの詳細を見た。画面が切り替わった。『AllroundParfectWepon』と頭字語と共に、カロリウムと異なる方向から模索した戦略兵器の試作タイプと記述してある。縮退を含めた仕様が書き込んであるが、縮退を含めた魔道力学関連のデータや、本来の用途である異世界探索用の人型調査船である記述は一切ない。「APWは確保しているのね」
「榎本の独断で作っていたのを死後、太陽社の連中が差し出したのだ。とんでもない兵器を作ったよ」
「2機目は」
「回収したのは一機だけだ、予備の部品すらなかった。試作品で設計図通りに組み立てただけだと聞いている。部品取り用に組み立てた可能性もあるが、調査しても出てこなかった」中西はレガートの質問に答えた。
 レガートはAPWのカテゴリーを調べた。兵器は1機を運営するのに数機を組み立てる程の予備部品を確保する。消耗や故障の際、都度注文するのではなく予備部品を交換した方が簡単で確実だからだ。中西の証言からすると、政治結社はAPWを消耗部品の交換ができないので、テストすらできない置物と見ている。ディスプレイにデータが映る。APWとして分類している兵器はサンセベリアのみであり、人型兵器としての概要が載っている。
「予備の部品は予め接収するのを見越して廃棄処分していた可能性がある。輸送ルートもなく工場もなく、廃棄処分した跡もない。余りに不可解で掘れば掘るほど闇にはまっていく。予備部品もない兵器を何故作ったのか、不思議で仕方ない」
 レガートはAPWの保管状況をリブラから取り出していく。データは大まかに出るが、例外なく偽りだとわかった。歩行戦車のボディがリストに含んであるが、使用していないのはすぐわかる。明らかに体格が合わず、加工するにしても余りにもかけ離れている。逆に搭載している縮退炉を含めた仕様の詳細は、項目以外にない。リブラ自身が駐屯地内のデータを回収できていない証拠だ。
「鍵を無限複製する不具合は改善したか」
「いいえ」年老いた男は眉間にシワを寄せた。「わからんのなら、何故来た」
「勝手に連れてきた人が言うかしら。役に立つかわからないけど、コンピューターは自らの手で無作為を生成しないわ。種から芽を生やすのよ。種を基準に鍵を無限生成しているなら、空白地ある種になっている要素を調べていけば、わかるかも知れないわ」
 年老いた男はうなった。「種はなにかわかるのかね」
「いいえ、だから要素を調べるって言っているの。空白地を選び出している要素は、実際に行ってみないとわからないわね」
「人員を別個に派遣しろと」
「空白地の駐屯地は飛び地ではなくて固まっているから、私が一人で行けば十分よ。人員にしても偽の国民しかいない場所よ。人心掌握ができるとでも。貴方達は偽の国民から恨みを買っているんでしょ。調査なんて無理よ」
「好かれなくとも関係ない」
「スコップで頭を砕けても言えるかしら」レガートは年老いた男を冷やかな目線で見つめた。力を持っているから恨んでいるのではない。生涯変更ができない出生や血統で『区別』して追い込みながら、責任をリブラに押し付ける姿勢を恨んでいるのだと気づいていない。
「東北一帯の偽の国民への派遣を許可する。リブラと監視員にかけて解除する」
「ついでに聞くけど、芦原暮広って人は知っているかしら」
「いや」中西は即答した。「知り合いか」
「太陽社の榎本と関係があったって聞いているわ」
「暮広とは何の関係がある」
「ないわ、たまたま聞いただけよ。じゃあ、根回しはしておいて」レガートはドアに向かった。ドアが開いた。部屋から出ていった。
「身勝手な女だ」男の一人は顔をしかめた。
「他に頼りになる奴はいない」中西は男を牽制した。「戻ってくるなら何かしらの成果はあったと見ていい。なければ不明のままだ。我々も調べておかねばならんな」
 ドアの隣にはレガートを案内した男達が待機していた。「御用は済みましたか」
「済んでいれば、二度と来なくて済むのにね」
 男の一人は笑みを浮かべた。「外へご案内します。車は入り口に待機しています」男達はレガートの前に付き、エレベーターまで案内をした。
 レガートは男達に続いた。
 出口は来た時と異なる場所だった。政治結社の人間が都合の悪い状況から逃げるため、行きと帰りの通路を別にしているのだ。
 レガートはエレベーターを降りてロビーに出た。
 ロビーは地下にあり、窓が一切ないが照明や天井に飾り付けたシャンデリアの光で明るい。テナントの類いはなく、人もいない。明るさがかえって冷たくなる。
 男達は出口のゲートに向かって歩き出す。レガートも続き、外に出た。
 外は向かう時と異なるビルで、歩道の先に道路がある。黒い車が止まっている。
 レガートは振り返り、自分が出てきた建物を見た。四角柱でアクリルガラスが一面に張り巡らしてある、何の変哲もない超高層ビルで、奥側に入ったビルがある。「ありがとう」男達に声をかけ、車に近づいた。後部座席のドアが自動で開いた。車に乗り込んだ。ドアが閉まり、車が走り出した。
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