第5話 巣立ち(後編)

文字数 10,515文字

 駐屯地では隊員の動きが慌ただしかった。東安部が周辺区域の住民を避難して集めているとの情報が外から入ったからだ。他の駐屯地の状況はわかっていないが、圧力をかけているのは容易に推定できた。
 レガートは駐屯地内に入り、受付に向かった。隊員達は同行している使者達の姿に不審を覚えていた。使者が同じ東安部の隊員だとわかっているが、政治結社側の勢力では気分が悪い。受付のカウンターに来ると、女性隊員がレガート達の前に来た。「三神司令がお待ちしています」
「ありがとう、準備がいいわね」
「現状からして、使者が来るのは容易に推測できます」女性隊員は受付から通路に向けて歩いた。レガート達は女性隊員に続いた。
 地下通路を通して司令室に向かった。使者達は通路の情報や経路を忘れまいと鋭い目つきで必死に特徴を観察し、頭にたたきこんでいた。
 司令室の前に来た。
 女性隊員はセキュリティ端末に手を触れ、認証した。「ロン博士と使者が来ました」扉が開いた。
 レガート達は司令室に足を踏み込んだ。
 壁一面のモニターに情報が密集して映っている。リブラから得た情報ではなく、独自に解析した情報だ。隊員達は情報の密度とモニターの多さに驚いていた。三神が奥の席に座っていた。
 三神はレガートの方を向いた。レガートは平然としている。「気の早い転職だな」
「色々と事情があるのよ」
「席につけ」三神は淡々とした口調で言った。
 レガートと隊員は御神の指示に従い、中央の席に座った。隊員達は端末を取り出してスイッチを入れた。リブラが接続できないため、スタンドアローンでシステムが起動する。
 三神は机と一体になっている端末を操作した。ディスプレイに駐屯地周辺の情報が映った。駐屯地内のレーダーによる推測でしかないが、兵科に至るまで正確に表記してある。「味方の駐屯地に脅迫をかけるとは、随分だな。理由は」
「リブラが異常をきたしているのをご存知ですか」使者は三神に尋ねた。
 レガートは端末を操作し、立ち上がって御神に差し出した。三神は端末を受け取り、映っているデータを見た。リブラが110時間以内に最低限のシステムを除き停止すると予告している。
「人工知能が我々に反乱を起こした。駐屯地はリブラの影響から外れている理由として、同質の人工知能を搭載し、独自に管理をしているからだと推測している。リブラを本来の状態に戻すために、駐屯地にある同等の人工知能を使い説得をする」
「ロン博士、縮小の原因は介入にあるのか」三神はレガートに尋ねた。
 レガートはうなづいた。「リブラは国外の情報を知ったのよ。最善の判断として停止を決定したわ」
「最善だと、我々に最悪の判断だ」使者はレガートに意見した。
「最悪とは」
「リブラに依存している人間に、よ。地上最強だった恐竜が石一つで絶滅するのと同じ状況と言えばいいかしら」
 三神はため息をついた。「悲しいが、うちには元宇宙飛行士の技術者も、爆破解体のスペシャリストもいないぞ」
「人を出せと言っていない、人工知能を出せと言っている」
「ない」三神は言い切った。
 使者は三神に食って掛かった。「駐屯地を制御しているシステムは何だ」
「リブラと同質の人工知能はない。制御だけならパソコン一つで容易にできる。量子システムが一般の現在でも、歩行戦車や無人航空機の制御は未だにノイマンシステムで間に合っている。国家を制御するまでに巨大なリブラと同質の人工知能など、駐屯地一つの制御の割に合わん」
 使者は三神の胸倉をつかんだ。「APWを出せと言っているんだ」
 他の使者と隊員達は胸倉をつかんだ隊員を取り押さえて離した。
 三神は表情を変えず、鋭い目で使者を見た。使者は三神の目に圧力を覚え、大人しく座った。「君達の交渉は暴力しかないのか」レガートに尋ねた。
 レガートは三神の意図を察した。「動くの」三神に尋ねた。
「予定よりも早い。正常での稼働は数時間以内、動くだけなら、芦原三尉の意思次第だ」
 レガートは席に戻った。
「私がないと言ったのは、同質の人工知能だ。同質とはいかんが、高性能な人工知能は存在する。APWに搭載し、制御に使っているのは確かだ。ではAPWとは何か知っているかね」
「次世代の巨大人型兵器としてなら、太陽社を経由して聞いている」
「太陽社ね」レガートは席についた。
「話はしたか」三神は隊員に尋ねた。
「重役は行方不明だ」使者の一人は首を振った。
 三神は渋い表情をした。「太陽社が管理しているのでな、我々や君達、政治結社の一存では動けないんだ。指示が来れば動くがね。明日の夜明けまでに結論を出す。客室で休め」
 使者は舌打ちをした。
「意図通りでなくて不満か。暴力を振るにしても、最初にお前達の死体が転がるだけだぞ」
 駐屯地の隊員達が入ってきて、隊員を囲むと使者達を連れて指令室から出た。席に座っているのはレガート一人だけになった。
「明け渡すの」
「連中の話からすればAPWではなく、人工知能のズベン・エル・ゲヌビの確保がねらいだ」
 レガートはうなづいた。
「リブラ縮小の主因は何だ」
「度重なるリブラからの提案放棄と、過剰なまでの修正に疲弊したと見ているわ」
「人工知能に政治を委ねた結果か」
「政治は人ですら未完成のままよ、人工知能に完成を依頼するなんて無理だったのよ」レガートは席を立った。「芦原三尉は」
「APWに乗っている。お前も使者と同じ部屋に行け」
「部屋には」
「身支度をしろ。状況次第では二度と戻れんからな」
 レガートは隊員と共に指令室から去り、レガートが滞在している部屋の前に来た。
「2時間以内でお願いします」隊員は淡々と声を出した。
 レガートは部屋に入った。コントロールパネルのスピーカーから呼び出し音が鳴っていた。何があったのかとシステムを起動した。起動画面が現れ、通信履歴のダイアログが映った。通信元はサンセベリアと記述してある。コントロールパネルを操作し、サンセベリアと接続した。
 間もなく沙雪の姿が映った。沙雪は通信だけではなく、し尿処理や栄養補給が可能な専用のパイロットスーツを着ていて、至る場所に立体映像が映っている。
『戻ってきていたんですね』沙雪は安心した。
 レガートはログを確認した。通信を入れた履歴は近い時間で何度も入れている。
『司令から命令があり、サンセベリアの起動と統合したズベン・エル・ゲヌビの制御にあたっています。リブラとの接続は表層ですら遮断していまして、外の状況がわからないんです』
「駐屯地の制御はしているんでしょ」
 沙雪はうなづいた。「駐屯地の外からの状況はカメラを介してわかっていますが、ほんの一部しかわかりません」
「システムの制御状況は」
 隊員はレガートの肩をたたいた。レガートは隊員の方を向いた。隊員はレガートをディスプレイへ誘導し、映っている情報を見せた。
 ディスプレイには、ズベン・エル・ゲヌビの制御状況がリアルタイムに映っている。駐屯地の制御システムは概ね把握していて、バックアップに最小限のデータを移している。魂と連結しているので戻して修復するのではなく、損傷したアドレスを埋め合わせて保管する方式だ。
「ズベン・エル・ゲヌビの耐久性能は」
「リブラの介入次第ですね。想定している最大限度で来れば回路に行き着くまで数時間、ソフトウェアを乗っ取るまで数日ですね」隊員はディスプレイを指だなぞりながら説明した。情報ではズベン・エル・ゲヌビが攻めた場合、回路の性能から持ちは半分になると想定している。
 レガートは顔をしかめた。リブラを止めても東安部が攻めてくる。実力行使には無力だ。
『外の状況は』端末からカードを取り出し、コントロールパネルのスロットに差し込んでデータを流した。「政治結社は東安部をかき集めて一帯を陣取っているわ」
『芳しくないですね』沙雪は拳を握りしめ、操縦席のディスプレイに浮かんだ駐屯地の状況を確認した。『戦うにして損失が大きすぎます。籠もってもリブラが侵食して来る。破滅しかないんですね』
『素直に従う』レガートは沙雪に尋ねた。
 沙雪は黙った。政治結社に従れえばリブラの後継として一生オリに閉じこもるのが目に見えている。偽の国民の開放のため、積み重ねてきた時間や労力が無意味だ。
 レガートは顔をしかめた。「潔く腹でも切る」
 沙雪はぼやけた状態で周囲を見回した。人工知能が死を選ぶには死と生を物差しで比べる必要がある。死を経験して生に戻った生物はいないので比較できず、選択肢にもない。超心理学が永遠に魔道力学のカテゴリのまま抜け出ない理由だ。『貴方なら、同じ状況で何をしますか』沙雪はレガートに尋ねた。
「私なら」レガートはオウム返しに聞き返した。
 沙雪はうなづいた。
「自分が元からやりたかった作業を追求するわ」
『元からですか』
「何をしても駄目よ、自分が求める作業をして終わりにするわ。悔いを残すと辛いからね」
『私の求めている、ですか。私は」沙雪は操縦席のモニターを通して見える隊員達をぼやけた目つきで見ていた。暮広と別れてから、同質の存在を失くし内面から打ち解ける存在を失った。以後は頭の片隅に置き去り、駐屯地を世界とみなし開放のために尽力してきた。自分は偽の国民を開放するための礎として存在しているのだと認識していた。
『暮広は生きているんですよね』
「ええ」レガートは即答した。
『私と暮広、APWは何のために、誰の求めで作ったのですか』胸に手を当ててレガートに尋ねた。
 レガートは沙雪の質問に眉をひそめた。人が存在する理由を問けば、哲学を基準とするか、霊を基準とするか、科学を基準とするかで答えは違う。無数にある答えのうち、自分で正解だと判断する内容を取るしかない。「APWなら回答は出るわ。APWは本来、異世界探索のために作った兵器よ。アンチリブラの制御も、同等の制御も探索のために備え付けた装置よ」
『私達もですか』
 レガートはうなづいた。
 沙雪は落胆した。他人のためと言っておきながら、システムとして都合よく利用するために言い聞かせている。『異世界探索ですか』
「行き詰まった状況を打破するためのフロンティア探しの道具としてね」
 沙雪は自分の腕を見た。自分自身の体の一部に至るまで、自分の意志ではなく他人の意思で動いている。自分の意思は他人が染めているなら、リブラかズベン・エル・ゲヌビに置き換わっても他人が自分を利用する限り何も変わらない。
「選びなさい」レガートは明確な口調で沙雪に話した。「未来に向けて今何をするか、自分で選びなさい。他人に委ねず、自分で選ぶために、魂とリンクしているのだから」
 沙雪は一瞬、うつむいた。駐屯地の制御系統が多重に映る。
『貴女や、世界の意に反してもですか』沙雪は不安げにレガートに尋ねた。
 レガートはうなづいた。
『暮広は生きているんですよね』レガートに尋ねた。
「暮広は以前渡した駐屯地に生きているわ。私が向かった時にはね。今も生きているかはわからない。けど、同じ状況なら生きている可能性は高いわ」
 沙雪はうなづいた。
 レガートは沙雪の決意に満ちた表情から、先に何をするかを察した。「次に会えるのを期待するわ」レガートは通信を切り、時計に目をやった。入室時から30分程経過している。焦りを覚え、急いでデータのコピーを取り、スロットからカードを抜き取った。トランクに服や日用品を力づくで詰め込んだ。
 1時間半が経過した。
 アが開いた。「ロン博士、時間です」隊員が声をかけた。
 レガートは既にトランクに荷物を入れ終えていた。「荷物をまとめ終えたわ」
 隊員はレガートを連れて部屋を出た。
 ドアが閉まった。



 三神は司令室で随時更新していくデータを確認していた。状況は好転しないのはわかっているが、運が良ければと期待をかけていた。手元のコントロールパネルを操作し、沙雪の姿をディスプレイに映した。「芦原三尉、聞こえるか」
『はい』沙雪は空間内に映る三神の方を向いた。
「リブラを弾き返し、逆に制御系統を乗っ取ると仮定した場合、完了までの時間は算出できるか」三神は沙雪に尋ねた。ディスプレイには、仮想で出したリブラのデータとズベン・エル・ゲヌビのデータを比較し、中枢にデータを転送するアニメーションが映っている。
『リブラの処理を超えるデータを転送するのは可能ですが、リブラを乗っ取るには全国にあるクラウドシステムのコントロールを同時に奪う必要があります』沙雪の表情が曇った。
「問題があるのか」
『リブラをズベン・エル・ゲヌビで乗っ取った先に何があるのですか』
「リブラにより、苦しんでいた人間が楽になる」三神は言い切った。
『司令の仰る通りです。でも、人工知能が日本を制御するのに何も変わらないのですよ』
「人の魂とリンクしたシステムだ。より人間としての方向に」
『一人の人間の魂で、何もかも制御するのですか』
 三神は沙雪の言葉に詰まった。一人の人間が一つのシステムで政を執っても破滅しかない。数多の教科書にも書いてある事実だ。人工知能でも例外ではない。いかなる国家でも人工知能を政治に取り入れなかった理由だ。「答えに行き着いたか、理想の政治形態は民主主義以外にないと」小さくつぶやいた。人工知能の独裁を解決するには集合知の人工知能を作ればいいが、無数の人格を持った人工知能を作るのには時間と労力がかかりすぎる。政治は人を集め、議会で決める方が効率がいいのだ。
 沙雪はうなづいた。『他に政治体制が存在しません。他の政治システムは短命で、かつ国家の破滅で終わっています』沙雪は言い切った。民主主義は最低な政治システムだ。立法は慎重であるがゆえに重大な案程時間を食い、国民は幸福にならず、議員の選出に金と労力を際限なく浪費し続ける。欠点が内乱により顕著となったため、議会を捨て中立を称する人工知能が統制した。迅速な意思決定と供給、個々に応じた人生設計を可能にする計画だったが、停滞と差別を生んだに過ぎない。
 三神はコントロールパネルを操作した。ズベン・エル・ゲヌビのバックアップの状況が映る。ズベン・エル・ゲヌビが消滅したとしても、演じてごまかすだけなら容易にできる。バックアップは沙雪やエンジニア達の尽力もあり、既に完了している。「芦原三尉、いやズベン・エル・ゲヌビ。お前は何を望む」沙雪に尋ねた。リブラを乗っ取ったとしても同じ路線を歩む。人の手に、国民一人一人が国家の意志の一つとつながり、自ら動かない限り先はない。
 壁一面のディスプレイに、サンセベリアのモジュールが稼働を開始している。周辺の緊急脱出装置が稼動を開始している。整備兵は軒並み退避しているのが、カメラを通して見えていた。
 三神は沙雪の行動を察した。「君は世間知らずだ。希望通りに進む程、世界は甘くはない。むしろ希望と逆の道を歩むケースがほとんどだ」
『では、素直にリブラの代わりを一生勤めろと命令するのですか』
「君は外に出て何をする。質問に答えろ。統率する立場である限り、私には聞く権利がある」
 沙雪は一瞬、口をつぐんだ。『暮広の元に向かい、本来の計画を実行します』
「身勝手な行ためでAPWを持ち出してもか。戻っても誰も褒めてくれん、戻っても離反者としてけなし、操縦席から引きずり出し、辱めを受けて死体になるだけだ。いや、死体になっても尚魂を削り取っていく。割に合わんぞ。向かう理由は何だ」
 沙雪はうつむき、すぐに頭を上げた。『先に行けば、続く人がいる。追いかけてくれると信じているから』
 発射シーケンスが作動し、天井の通路が開く。
「止めますか」オペレーターは三神に尋ねた。
 三神は首を振った。駐屯地の制御はズベン・エル・ゲヌビが担当している。沙雪の魂とリンクしている限り停止できない。解除するには殺すしかないが、サンセベリアの内部から殺すのは不可能だ。回路を切断すれば駐屯地の制御ができなくなる。
 全電力が停止した。闇に塗れた。御神達は驚いて声を上げた。
 電力が数秒後に回復した。
「何が起きた」三神はオペレーターに尋ねた。
 オペレーターはコントロールパネルにデータを打ち込み、回線状況を確認した。駐屯地の制御系統が次々とズベン・エル・ゲヌビからバックアップを取ったデータにつながっていく。ズベン・エル・ゲヌビはAPWの制御専用のシステムに切り替わった。「制御システムは例外なく、バックアップのサーキットにつながりました。ズベン・エル・ゲヌビにはつながっていません」
 三神は顔をしかめた。APWが去ってからの状況を頭に入れている。「出せ」
 オペレーターは三神の言葉に驚いた。「離反を認めるのですか」
「他に何ができる」三神はサンセベリアに搭載しているモジュールを確認した。長期間の調査のため、生産プラントや生命維持システムを組み込んだシステムをパイロンを経由して過剰なまでに搭載している。武装は予め搭載している護身程度しかないが、現行の兵器を上回っている。バックアップの状況を確認した。「バックアップしたデータの明け渡しはできるか」
「はい」オペレーターは淡々と答えた。
「ごまかしができる程、日本の頭が劣化しているならいいがな」三神はぼやいた。データはリブラが解析をかければすぐ劣化した人工知能だとわかる。同等の人工知能で制御していないとわかれば、大人しく引き下がると推測した。
 サンセベリアの装甲からエネルギーが漏れ始めた。周囲を覆って輪郭をゆがめ、サンセベリアを接続しているケーブルが次々と溶けて切断していく。
 沙雪を映す映像にノイズが入る。直後に映像が消えた。
 三神は顔を上げた。「行って来い」
 サンセベリアの肩に搭載しているセンサーが上方を向いた。まもなく勢いよく開いた天井へ射出した。
「サンセベリア、出ます」オペレーターは力なく言った。
 司令室全体が震えた。オペレーター達は動揺して声を上げている。三神は黙っていた。振動はすぐに収まった。
「使者を全員呼べ。結論と方針を話す」
 隊員は席を立ち、急いで司令室を出た。
「APWが出たなら、すぐ外の連中にもわかる」
 暫く経った。連れてきた隊員と共に使者とレガートが入ってきた。
「間もなく呼び出すなんてね」
「予言者ではないのでな、先を見るなどできん」
「今の地震と関係あるのか」使者は三神に尋ねた。
 三神はうなづき、オペレーターに目をやった。「データのコピーはできているか」
「今ですか」
「当然だ」
 オペレーターは三神の言葉に驚いた。
「魂の複製は不可能よ」
「残した遺産ならできる。本体は既にないがな」
 レガートは三神の言葉を聞いて驚き、壁のディスプレイを見た。サンセベリアの状況が消えている。「出たのね」
 三神はうなづいた。「子供の家出だ」
「元々手に負えなかったのよ、人間だって意のままにコントロールできないんだから」レガートは使者に目をやった。「見ての通りよ、APWは基地から去ったわ」
 使者は三神に近づき、食って掛かった。「消したのか」
「私がマジシャンか超能力者に見えるか」
 使者は三神をにらみつけた。
「攻撃する理由は消えたんだから意味はないわ。せいぜいが捜査してログを回収するだけよ」
 三神はオペレーターを見た。
 オペレーターはスロットからカードを抜き取り、使者の前に来た。カードを差し出した。
 使者はカードをひったくる動作で受け取った。
「調査班を送れ。素直に投降しリブラの影響に入る。何もなくなったのだからな」三神は力なく言った。「彼らを外に案内しろ」
 隊員はレガート達を連れて司令室から出た。
「本当にに下るのですか」
 三神はうなづいた。「もう終わったのだ。我々の敗北だよ。カロリウムでも撃ち込むかね。逆に同じ兵器が飛んでくるがね」
 オペレーターは青くなった。
「人員を犠牲にしてでも美学を貫く気はない」
 オペレーターはうなづいた。



 けたたましい警報が、サイロのスピーカーから鳴り響いた。
 外で作業に従事していた隊員達は軒並み逃げ出した。APWを移してから数十年の間、点検を除いて一度も開かない発射口が開き始めた。
 隊員達は近くに止めていた作業車に乗り込み、サイロから離れて安全圏に向かった。
 サイロから開いてから暫く経過した。隊員達は安全圏に設置した施設に入り、窓を通してサイロの状況を観察していた。奥から空気が破裂する音が響く。直後にサンセベリアが高速で飛び出てきた。空気を切り裂く、雷鳴に似た爆音が周囲一帯に響き、衝撃が広がっていく。
 衝撃は周囲一帯の物体を吹き飛ばし、すぐに消えた。
 隊員達は外に出て、空中に飛んだ物体を眺めた。
 サンセベリアは空中に飛び出し、上空300メートル程の位置で止まった。自機の周辺がゆがんで見える程のエネルギーで重力を含めた外の影響を受けずに時空間を固定している。
 操縦席内部は電子ペーパーに似た物質を張り付けていて、周囲一帯に外の映像が映っている。立体映像を映すガスが充満していて、情報が至る場所に立体で映っている。
 沙雪は操縦席を介して見える外の景色に驚いた。上空から見る景色はVRの世界でしか経験がない。
 警告音が響いた。警告の元になっている空中に浮かぶ物体を拡大する。ミサイルや機銃を積んだヘリコプターが無数に現れた。
 ノイズが混じった通信が入ってきた。武装解除と投降を促しているが、音声はノイズが混じっている。サンセベリアが発するエネルギーが通信電波に干渉していた。
 サンセベリアは動きを止めていた。ヘリコプターは危険がないとみなして近づいてきた。
 沙雪は周囲を見回した。武装を使わなくとも手足で払って撃墜するのは容易いが、市街地に落ちれば損害が出る。無視を決め込んで突っ切ると決めた。抜ける手段を頭に浮かべた瞬間、眼前にデータが現れた。体に力を入れる。APWは沙雪の動きに反応した。筋電位と魂とのリンクしたシステムは、自分の体に張り付いた服も同然にAPWを操作できた。
 サンセベリアは突然霧になって消え、次の瞬間にヘリコプターの包囲を抜けた空域に現れた。同じ時間軸で別の場所に転移した。
 操縦士達は一瞬の出来事に、錯覚ではないかと計器類を見た。レーダーには包囲を抜けて後方に反応がある。
 間もなく反応が消えた。
 操縦士は驚き、周囲を見回した。サンセベリアの姿はない。状況を報告するため、通信を入れた。



 レガートと使者達は駐屯地を抜け、上官のいるテントに戻った。
 上官は部下と共にデスクで周囲から情報をかき集め、整理している。上官は映っている情報を見て焦りの色を浮かべている。
「ロン博士達が戻りました」
「通せ」
 隊員はレガートと使者を連れて上官の元に来た。
「返答は、と言っても概ねわかっているが」
「話さなくてもいいなら、結構だけど」
 隊員はレガートの胸倉をつかんだ。「ふざけろ、お前らがしくじったせいでだな」
「やめろ、誰がやっても同じだ」
 隊員はレガートから手を離し、舌打ちをして上官の元に戻った。
「APWは駐屯地を離れました。行き先は不明です。また」使者はカードを差し出した。「制御システムのコピーをと」
 隊員は使者からカードを勢いよく取り、端末のスロットに差し込んだ。内容を読み込み、ディスプレイに映した。単純な駐屯地の基礎制御プログラムだ。プロテクトと繊細なプログラムの嵐に悩むと予想していたので、安心したと同時に気が抜けた。
「プログラムの解析は」
「マニュアルにも書いてあるレベルのプログラムの多重構造です。人海戦術ならリブラを解するまでもなく、一昼夜で完了します」
 上官は天を仰いだ。LEDのライトと薄汚れたテントの天井が視界に入っている。「明け渡しは失敗し、射出したAPWも追跡できない。無能の極みだな、平和ボケにも程がある」
「未知の兵器を追跡するなんて無理よ」レガートは反論した。
「お前が作ったんだろ」
「ロボット工学は範囲外よ。アドバイスするなら乗る人を殺せとしか言えないわ」
 上官はレガートの言葉に苛立ちを覚えた。アメリカ人は何を言っても地位を無視して反論してくる。
「駐屯地の三神司令から通信です」
 上官はディスプレイの元に向かった。三神の姿が映っている。『司令の三神だ』
「今更、何用ですかな」
『見ての通り、制御に使うシステムをAPW諸共失った。他の東安部と渡り合える手段はない。素直にリブラに接続し調査を受け入れる。私は調査、懲罰を受け入れるが、隊員は命令を受けているだけだ、非はない』
「投降か」
 三神はうなづいた。通信が切れた。
 上官は隊員の方を向いた。「直ちに部隊を割り振る、客員に準備を急げと伝えろ」
「了解です」
「ロン博士は人質としても、要員としてももてあます。政治結社の元に連れていけ」
「はい」隊員は返事をした。
 直後にアラートが鳴った。
 レガートは即座に通信員のいる席に向かい、ディスプレイを見た。大規模な戦闘が暮広のいる駐屯地で始まったとの知らせだった。街は焼け、弾丸の光とロケットやミサイルの噴煙が空を飛び交っている映像が次々と入ってくる。目を丸くした。
 上官は苦い表情をして震えた。東安部において、本格な戦闘が発生したケースはない。歩行戦車を含めた兵装は例外なく、国防のできるハリボテだ。演習で実際に動かしているが、戦闘を見るのは初めてだ。
「援軍の要請が出ています」通信兵が声を上げた。
「人員を割かねばならん時にか」上官は渋い表情をした。
「駐屯地への調査なら、私も協力するわ」
 上官はレガートをにらんだ。
「何だと」上官は驚いた。
 レガートは胸を手に当てた。「私一人が行けば、数人分浮くでしょ。出てったAPWに接続して止めてもらうわ」上官に訴えた。戦闘に入ったとなれば、暮広は死ぬ可能性がある。救出するにはAPWの足跡を解析し、沙雪に回線をつなげて止めてもらう。
「わかった、最後に一働きしてもらう」上官はやむなく了承した。人員を割く状況では、一人でも優秀な人間に手伝ってもらうのが良策だ。
 レガートは上官の言葉にうなづいた。
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