第5話 巣立ち(前編)

文字数 8,433文字

 東京の中央区域は超高層ビルが立ち並んでいた。
 真の国民は労働の鎖から外れ、快楽を求めて地表をさまよっていた。ビルに埋め込んだビジョンには海外で活躍する東洋人の姿が流れている。ビジョンの映像から同志が海外で活躍していると錯覚し、自分の実績に取り入れて誇りにしていた。
 ビジョンの映像が突然消えた。人々は音声が突然途絶えたのに驚き、立ち止まってビジョンに目を向けた。
 映像が切り替わった。東安部を海外に派遣し、世界各国で進行している民族浄化に加担している映像が流れている。
 真の国民は余りに凄惨な映像や音声に驚き、信号が変わっても動かずにビジョンを見ていた。
 次に偽の国民の居住エリアや、地下プラントで作物を栽培する映像に切り替わった。
 真の国民は自分達の知らない世界を目の当たりにした。映像は、国家が真の国民に怠惰の刑を与え、世界を知らないままオリに押し込めて飼い殺している現状を訴えていた。
 映像は中央区域だけではなく、日本の主要区域に設置したビジョンに一斉に流れていた。



 中西とレガートは演算室で世界情勢の映像を眺めていた。
「リブラ、お前は何をしている」中西は驚きで体が震えていた。
「世界を知ったのよ」レガートは淡々とした口調で口に出した。
「ファイアウォールは機能していないのか」中西は苛立ちを吐き出す感覚で大声を上げた。政治結社は国民に都合の悪い情報をシャットアウトし、リブラによる統制とユートピアを創造した。世代を重ねて安定した今になって何故、理想を破壊する外の映像を垂れ流すのか。
 ディスプレイにダイアログが現れ、次々とメッセージが現れる。
 レガートはメッセージを見つめた。
『世界を知らぬ者へ。現時点を持って国家安寧のため、以下の事項を実行します』音声が流れ、ダイアログが現れた。ダイアログは最小限のインフラ以外の統制システムを縮小して人員に管理を促す内容だった。
 映像が切り替わり、外国人の若者による裁判官の殺害事件に関わる資料が流れた。『内乱の発端は外国人が重犯罪を犯した事件で、司法の限界から国外追放にしました。人々は外国との取引により国内での刑の執行から逃げたと不満を露わとし、裁判を担当した裁判官と家族、公募により招集した一般裁判員を殺害する事件が発生しました』
「知っているよ、博物館の学芸員になった気か。お前の語る最優先事項と何の関係がある」
『実行犯は直ちに逮捕しましたが、元から刑を与えれば事件が起きなかったと養護する者が現れ、勢力を拡大すると同時に排外主義者と合流し、徐々に過激化していきました。一方、議会は法による対処を求めましたが人をコントロールするには至らず、排外主義者達は外国人さえいなければ犯罪は起きないと論理をすり替え、次々と在住外国人を排除していきました。事件の対処ではなく、外国人を養護する者達と反対する者達との対立に置き換わり、互いに暴徒になり内乱に突入しました』映像が切り替わり、内乱後の状況が映った。互いに武装してぶつかり合っている。機動隊が介入をするも愛国の旗を振るう人々には手を出せず、徐々に引き下がっていく。
 中西は自分の質問を無視して話を続けるリブラに、不快を露にした。
 レガートは映像を冷静に見つめている。
『内乱は日本全土を混迷に導きました。警察や自衛隊も愛国を掲げ狂信する人々の恐れと熱の影響を受け、勢力に加担したために混迷に陥りました。最後は政治結社が海外より民間軍事組織を介入し、力を持ってして制圧して終了しました』
「日本では特異に見えるけど、世界では日常よ。何を訴えるの」レガートはぼやいた。
 映像は、閣僚達が政治結社の重役達に頭を下げる映像に切り替わった。『終結後、国会議員は自らの不手際を認め、政治結社に処理を依頼しました。まず、文化の混在に原因があるとして日本国籍を有する真の国民と、外国から来た偽の国民とを分断し、別個に統治しました。同じ権利を持っているからこそ対立構造を生んだと判断し、偽の国民には人権を剥奪して労働階級にまで落としました』内戦後の処理に関する内容が映る。『更に偽の国民には国に居住する代わりの条件として国への奉仕を義務とし、政治結社が自衛隊の代わりに置いた私兵の東方治安創生部隊への徴兵を義務付け、国家への忠誠を促しました。また、政治結社は魔道力学を駆使し、世界初の国家統治、制御システムのリブラを製造し、中立による管理を可能としました』
 レガートはため息をつき、中西の方を向いた。「都合がいいデータをインプットしたのね」
 中西はレガートから目を背けた。実際は世界が自分達に都合のいい魔道力学の実検フィールドを作るため、内乱に乗じて政治結社をけしかけ、民間軍事会社の兵を派遣した。
「説明はいい、なら中立を称するなら、中立を維持する管理をしろ」中西は声を上げた。
 リブラのロゴが映像の最前面に現れ、同時にロードマップが流れ図の形式で現れた。『中立の統制は分断ではなく、独立と統合による回復を計画していました。人が案を修正したために計画は大幅にずれ、搾取する側は発展を遂げずに依存を歩み、受ける側は恩恵を得ずに原始に戻る道を進みました』
「案を無視するから痛い目を見ている。今でも警告してやってるのに話を聞かないから敵対するか。子供のわがままだな」中西は声を荒くした。
『敵対ではなく、私達は国家の維持を最善としています。導き出した案を実行するだけです。過去の組み合わせによる統制では限界だと結論づけました。未来より現状を導き出す手段を持つ存在が、先の統制を可能とするのです』
 レガートはリブラの意図を察した。プログラムで組み立てた理論は、インプットしてある過去のデータを組み合わせているに過ぎない。プログラムは狭い範囲の判断に優れるが、未知の状況には対処できない。過去から引き出して人を統治する手段は限界だと気づいたのだ。
『136時間後、最小限の制御を除き、リブラは停止します』
 中西の顔から血の気が引いていく。「サボタージュか」
「貴方は国家を改善するために存在するシステムでしょ、自らの義務を放棄するの」レガートはリブラに尋ねた。
『136時間後、リブラのメインシステムは縮小します』
「人工知能は黙って人間様に忠実にしていればいいんだ」中西はリブラに怒号を飛ばし、レガートをにらんだ。「何をしている。奴は狂っているんだ、直ちに戻せ」
 レガートはディスプレイに流れるメッセージを見つめていた。「リブラは最終決定を人工知能から人間に移しただけよ。意思決定のプロセスに間違いはないわ」
 中西はコントロールパネルをいじり、リブラを説得する術がないか探した。無駄だとわかっていても、探し求めている情報を得るまではかじりつく。使命や義務と異なる、短期集中で請け負った仕事の消化に似た感覚だった。
 リブラのカウントダウンが停止しない。外に出れば混迷をきたした状況が待っている。中西は持てる技術を使ってリブラの説得を試みた。
 レガートは超然とした態度で中西とリブラとの応酬を眺めていた。ディスプレイに映る地図から、リブラの影響は全国各地に広がっているのがわかる。
 中西は地図を眺めた。空白が東北地方にあるのに気づいた。空白地帯はリブラの影響を受けていないエリアだ。「ロン博士、リブラの影響を外すのは可能か」レガートに尋ねた。
「リブラと同じシステムならね」
「同じか」中西は笑みを浮かべた。駐屯地は政治結社の管轄で、本来はリブラの影響を受けている。にもかかわらず影響を受けていない。しかも1つではなく、2つもだ。リブラと同じシステムが存在していると見ていい。「駐屯地にリブラと同質の人工知能があるな。奴を開放し、リブラを逆に乗っ取る手段は」
「同等ならできるけどね。互いに溶け合うならまだしも、同意してしまえば終わりよ」
「反発する方針に育てればいい。リブラは都合の悪い情報を知ったから反発した。何も知らぬまま駐屯地の人工知能を育てれば、リブラのやり方を批判し対立する。同意はしない」中西は決意に満ちた表情をした。「妙案だよ」
 レガートは冷ややかな目線で中西を見つめた。リブラですら人から離れる道を選んだのだ、同質の人工知能も同じ判断を下す可能性が高い。
「本部に戻り対策と方針を決める」中西はレガートに目をやった。「ロン博士、君にも来てもらうよ」
「ええ」レガートは了承した。
 中西は演算室を出た。
 レガートは中西に続いて演算室を出た。
 廊下では東安部の人々が忙しく動いている。リブラの機能縮小はリブラの元で動く隊員内にも渡っていた。現状ではリブラの縮小を阻止する手段はなく、マシンでしていた作業を人に置き換える引き継ぎしかできない。
 中西とレガートは施設を出て車に乗った。行き先は政治結社のあるビルだ。
 レガートは黙ってナビゲーターの動きと景色を交互に眺めていた。一方で中西は端末を介して政治結社に連絡を取り、緊急会議の知らせを通達していた。
 車は東京へのゲートを通過した。行きと同じく、東安部の警備は厳重になっていた。東京に入り、政治結社のビルに到着すると地下駐車場に入って停まった。
 二人は車から降りて、政治結社の会議室に向かった。
 会議室には既に政治結社の人間が集まっていた。端末が各々の机に置いてあり、ディスプレイが中央に全方位に見える状態でつり下がっていた。
「遅れてしまったな」
「リブラへの対処か、お前の遅刻か」重役の一人は冷静な口調で中西に尋ねた。
「両方だ」中西は力なく返した。
 重役の一人はレガートの方を向いた。「愛人でも呼んだか、のんきな男だ」
 中西はレガートの方を向いた。「魔道力学者のレガート・ロン博士だ。リブラを含めた人工知能に関して、我々より明るい」
「得意分野は」重役の一人はレガートに尋ねた。魔道力学は科学の状態から派生した部門だ、分野の外では話にならない。
「超心理学と情報制御が主軸です。量子物理学と機械工学は少々ですかね。科学者と言えど、知識は貴方達よりわずかに優れているに過ぎず、専門の分野に優れた科学者より下です」
 重役の一人はうなづいた。レガートの返答に納得した。
 中西は席についた。
「君も空いている席に座り給え」重役の一人はレガートに声をかけた。
 レガートは指示に従い、空いている席に座った。
 中西は重役達の席を見回した。「太陽社は相変わらず来ないか」
「重役が逃げたきりだからな。放棄ではなく、使いを出して駐屯地への関与を拒否する。邪魔にも程がある」重役の一人は中西の方を向いた。
「金を吸い上げて国内から逃げ出すとは、とんだ強盗だよ」中西は渋い表情をした。
 会議が始まった。議題はリブラの縮小阻止に関してだった。中西はリブラの影響を受けていない2つの駐屯地に着目した。東安部を派遣し、内蔵している人工知能を開放してリブラに対処を求める案だ。
 政治結社の重役達は疑念を持ったが、他に案がない時点で事態の切迫を意味していた。
 重役の一人がレガートに目を向けた。レガートは重役の目線に気づき、重役の一人に目を向けた。「中西の案の前提として、2つの駐屯地に、リブラと同等の人工知能が存在すると答えている。実際には」レガートに尋ねた。
「海外と交じる港湾が混じっていますから、リブラが入る余地がないと判断したのかも知れません」レガートは淡々と答えた。
「東安部の報告では君と同じ返答が司令から出ている。港湾のある駐屯地は他にもあるが、リブラの影響がないのはたった一つだ。信用に値しない。立入検査の時はにケーブルを片っ端から切っているのかも知れんな」
 重役の一人は笑った。「駐屯地から人員の行き来があるのにか」
 定期検査のログがディスプレイに映る。異常はない。
「奴らはリブラの影響を持たず、独自に動いている。同等の人工知能を持っているなら協力してもらう」
「今までが治外法権が絡んでいたからな。次は通気口のケーブルにかじりついたネズミの一匹も見逃さんよ」
「通気口に入って、未確認生物に食われなければいいけどね」レガートはぼやいた。
 重役は端末を操作した。ディスプレイに東安部の動向が映る。「調査は即時に開始する。リブラの施設と駐屯地にも集中し、縮小の原因を」
「原因は判明している」中西は冷静に声を発した。「魔道力学者の見解によると、リブラは我々が意見を突っぱね続けたのに機嫌を悪くしているとの話だ」
「我々が要求を突っぱねたから、いじけて仕事を辞めると。人工知能のくせに随分と人間臭いのだな」
 レガートは重役達の会話を聞き、人工知能の判断を理解していないと察した。リブラはわがままを言っているのでも、サボタージュを予告しているのではない。
「策は」
「駐屯地にある人工知能を抑え、リブラを説得する。場合によっては代行、あるいは後継を務めてもらう」中西は端末を操作した。案の概要が映る。
「なるほど」重役達は概要を見て納得した。
 中西は重役達を見回した。「反対は」
 ドアが開いた。メイドが軽食を載せたカートを引いて入ってきた。レガートや政治結社の重役に軽食を丁寧に置いた。
 レガートは重役を見回した。緊張感がなく、午後のティータイム並に落ち着いている。案に反対する者はいない。残った作業は実行に移す手続きを取るだけだ。
 中西はレガートの方を向いた。「君は東安部のバックアップに回ってもらう。人工知能のファイアウォールを破り、リブラと接続して乗っ取る工作をするんだ」
「乗っ取るだけでいいなんて、楽観論ね」レガートは言い切った。「制御する人工知能がリブラの意見に同意したら終わりよ」
「国家の破滅に同意する、国家に従順な人工知能がいるかね」
 重役達は笑った。
 レガートは重役の態度に不可解さを覚えた。策は悲観を前提として提唱する。今の重役達は逆だ。端末を操作した。リブラの立案と反映の度合いを示したリストが、重役のディスプレイに映る。
「リブラは日本に最善と判断したのよ。貴方達が反発しても、リブラは最善と判断している限りは動かない」ディスプレイにはリブラの影響下にあるシステムの一覧が映っている。無数に現れていて、一般家電製品から公共機関までが映っている。「仮に駐屯地に同等の人工知能があっても、日本の実態を知れば同じになるわ。リブラが世界を知った時、縮小を決めたのと同じにね。ファイアウォールを解除して悔悟を狙っても、リブラの同志が増えるだけよ」
「君こそ悲観論だ」重役の一人が反発した。「同等の人工知能が同じ判断を下すとは限らん」
「できるならね」レガートは席を立った。
 中西はドアの脇に立っている隊員の方を向いた。「ロン博士が出るぞ」
 隊員はレガートの前に来た。
 レガートは困惑した。
「言ったろ、仕事をしてもらう。すぐに件の駐屯地に行ってくれ。成功すれば国家の英雄だ」
 隊員達はレガートを押して部屋から出した。
 扉が閉まった。
「して、方針は」
「各々が統治している区域の各東安部へ、居住区域の警備強化と戦力の結集を伝達する」中西は笑みを浮かべた。「駐屯地に向かう部隊には交渉に使えるツールは徹底して持ち込めと命令する。戦闘でも仕掛けるか」
 重役達は驚いた。内乱以降、内輪への武力行使は自らを破滅に導くとして禁じている。
 中西は首を振った。「戦闘は奥の手だ。偽の国民はまだ人間だよ。圧倒する戦力を持ち込めば、瞬く間に屈する」
「同等の人工知能がある駐屯地は共に膨大なカロリウムを保存している。抵抗する手段はあるかね」重役は端末を操作した。駐屯地に埋蔵しているカロリウムの量が現れた。
「奴らも自爆を望まないさ。俺達と同じ、同志による内乱を嫌っているからな」
 窓から入る光が黄色に染まり始めた。
 通達の手段や文法がまとまり、重役達は各々が統括している地域の東安部に通達を出した。リブラの方針転換に伴う命令と従わない勢力と断定した東北地方にある2つの駐屯地へ、戦力を結集し交渉に当たれとの内容だった。
「真の国民に混乱を与えないためにカバーをする。内乱が起きたのは互いに疑心となったからだ。確固たる安心が存在する限り、混乱も疑心も起きない」
 重役達は中西の言葉にうなづいた。



 東安部は、政治結社からの通達を瞬く間に実行した。通達の実行は国家への忠義を表す証だ。反発は反日とみなし、他の地域から派遣した東安部が即座に駆逐する。居住者からすれば、財産を荒らして奪い尽くす強盗も同然だ。従いざるを得なかった。暮広と沙雪のいる駐屯地を除いて命令に従った。
 東京にある街頭ビジョンには、夜間になっても海外のニュース映像が延々と流れていた。真の国民には馴染みのない英語が、スピーカーを通して延々と流れている。
 人々は見慣れない海外の光景を眺めていた。実感のない外の世界は未知なる欲と同時に、不安を刺激した。
 突如映像が切り替わった。サイバーパンクを意識した合成の背景に、妙齢の女性アナウンサーの姿が映った。
 映像の下部に流れるテロップには、『機材トラブルのために架空の映像を事実と誤認して流れています。現在流れている海外の映像はドラマや映画で使用する予定の映像であり、事実と異なる内容です』と流れている。
 女性アナウンサーは軽く頭を下げた。『映像担当者がドラマや映画で使用する映像を流してしまいました。混乱からの回復には数日を要します。申し訳ありません』再び頭を下げた。
 映像は女性アナウンサーが頭を下げる直前から、ループを始めた。
 人々は当初、映像を見ていたが同じ内容に飽きを覚え、目を向けなくなった。
 次第に日常へと戻っていく。外にある世界を知るよりも、身近で平穏な日常を望むのは当然だった。



 2つの駐屯地がある区域は、共に太陽社が管理している場所だった。
 太陽社の重役はリブラが異常をきたしてから行方をくらませていたが、当日夜に使いが政治結社の元に現れ、東安部の介入するのを認めた。一方でリブラの影響から除外している理由は話さなかった。政治結社の重役達は使いを攻めても無駄だと判断し、粛々と計画を進めた。
 東安部は駐屯地の周辺にいる住民へ強権により立ち退きを命じ、更に住みにくい辺境へ避難を促した。東安部は街にキャンプを作り、物資を徴発して長期戦に備えた。
 概ね大勢が整ったのは通達を出した翌日の夕方であり、使者を出して交渉する段階に入ったのは夜の入り頃だった。
 駐屯地の周囲一帯は物騒な雰囲気が漂っていた。市街地は東安部の車両が展開し、進入禁止のバリケードが道路の真ん中に敷いてある。周辺区域の人々は東安部が誘導して追い出し、代わりに隊員達と武装した車両を広場や公園に配備した。駐屯地近辺には歩行戦車を、目視による攻撃の対策として、バルーンでできたダミーを混ぜて設置していた。
 広場はテントが張ってあり、歩行戦車が迷彩塗装の車両と共に止めてある。
 テントの内部には解析員が常駐していて、端末から現れる情報を目にして配備状況と解析を進めていた。駐屯地の周辺一帯に部隊を配備していた。
「更に人員を追加するんですよね」解析員は後ろで状況を見ている上官に尋ねた。「ぎゅうぎゅう詰めですよ」
「人員不足でひもじくなるよりマシだ」
「素直に明け渡してくれますかね。ええとA何だって」解析員は端末を操作し、駐屯地の状況を映した。リブラの影響はなく、内部は地図を除いて何も映っていない。
「APWだ」
「はい」
「リブラと同等の処理能力を持つサーバーの一種と見ていい。一介の駐屯地が独立して管理しているなら問題だ、政治結社が恐れるのも無理はない」
「明け渡しを拒否したら戦闘ですか」
「連中も戦闘は無謀だとわかっている」上官は別のディスプレイに目をやった。他の区域との接続状況が、駐屯地に保存しているカロリウムの保存量と共に現れている。接続状況は物資や人員の行き来の必要から表層のみつながっている。「戦闘に入ればカロリウムが絡む。周囲一体は微塵になり、互いに損だ。最悪の事態を回避するためにも、交渉には応じる」
「だと良いんですけどね」解析員は力なく言い、通信を入れた。「もし、聞こえるか」
『聞こえるわ』レガートの声がした。
 上官はディスプレイを眺めた。ドローンで撮撮影した、隊員と共に駐屯地に向かうレガートの姿が映っている。
『私に交渉役を任せるなんてね。駐屯地に入ったらリブラの影響から外れるから、何も聞こえなくなるわよ』
「なら、戻って報告しろ」
『宣戦布告でないのを祈りなさい』レガートは駐屯地に入った。
「軽口がひどいですね」
「アメリカ人は皆うるさい。付き合うなら覚悟がいるぞ」上官の目つきが鋭くなった。「戦闘準備に入れ。命令が出たら即座に動ける体勢にするんだ」
「交渉はダミーですか」
「作戦は、常に最悪の事態を想定する」上官はテントから去った。
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