第4話 偉大なる恭順へ(後編)

文字数 7,250文字

 レガートは駐屯地を抜け、車に乗ってリブラの研究施設へと向かった。
 以前向かった時は暮広の存在を割り出すのに入った。今回はリブラ本体にねらいがある。
 車は東安部が設置した検問で止まった。国道の脇で歩行戦車と共に東安部の隊員が巡回している。
 車の窓が自動で開き、隊員がのぞきこんだ。「すみません、行き先は」
「リブラの研究施設よ」
「リブラのメンテナンスで行けません」
「終わるのは」
「一昼夜はかかるかと」
「すぐに終わるといいけどね。何で検問を敷いているの」
「リブラのメンテナンスにつけ込んで、テロリストが来ないかと判断して警備しているんです。
「他でも同じなの」レガートは隊員を見つつ、備え付けてある液晶を隊員に見えない方向にずらして操作した。行き先は別の県のリブラ研究施設だ。リブラに異常があるなら、他県の側からでも調査できる。
「全国で敷いています」
 レガートは手を止めた。他県でも同じなら、調べる意味はない。現状で立ち入りできないなら、別の場所から調べるより他にない。「ありがとう、素直に引き返すわ」窓を閉じて車に適当な空き地を行き先に入力した。検問を突破して東安部の世話になる気はない。
 車は行き先を示し、自動で引き返した。指定した空き地の前で停止した。
 レガートは液晶にデータを打ち込み、反応して映る施設の状況を確認した。全国にあるリブラの関連施設への道に検問を敷いている。間接でアクセスするよりないが、表層だけではアクセスで頭に浮かぶ仮定を検証できない。
 端末が鳴り響いた。
 レガートは手に取った。中西の名前が端末の液晶に浮かんでいる。
「もし」
『私だ、ロン博士か』
「他にいないわ」
『君には既知の話かも知れんが、リブラが異様な動きをしている』中西の声がスピーカーから聞こえた。口調には落ち着きと焦りが混じっている。
「東安部の動きを見れば誰でも疑うわ。貴方達の仕業ではないのね」
『均衡を保っているなら手を下す理由はない。我々が望むのは統制による安寧と国家の存続だ』
 レガートは笑みを浮かべた。何も生産しない人間が資源を食らい、生産する人間が疲弊していく国家が存続できるのか。
『君に調査を頼むが、受けてくれるか』
「都合がいいわね、ちょうど動いてたのよ」
 中西の笑い声が聞こえた。『なら東京にあるリブラの制御施設に向かってくれ』
 レガートは車に備え付けてある液晶をなぞり、東京の制御施設を調べた。東京の地図が映り、山奥に施設があるのを確認した。「東京ね」
『返答は』
「是非もなく」レガートは端末のスイッチを切り、目標の場所を打ち込んだ。東京にあるリブラの制御施設は真の国民が居住しない場所にあえて設置してある。真の国民にリブラを意識せずに生活を与えるためだ。データを打ち込み終えた。
 車は間もなく走り出した。



 研究施設の門に到着したのは、同日の昼過ぎだった。
 ゲートが山道に設置してあり、先への通過を阻止している。山道の脇には東安部の隊員と共に、輸送車と四足の歩行戦車が置いてある。
 レガートが乗った車はゲートに向かった。ゲートは自動で開いた。車が停止し、窓が開いた。
 隊員が窓からレガートをのぞき見た。「貴方は」
 レガートはカードをかざした。「レガート・ロンよ。施設に中西って政治結社のおじ様がいるでしょ。召喚を受けたわ。用件は彼から聞きなさい」
 隊員は端末を取り出し、レガートから離れて連絡を取った。暫くして端末を切り、レガートに近づいた。「中西様がお待ちしています。お通りください」手を振るジェスチャーをして周囲に伝達した。
 窓は閉まり、車が動き出した。
 車は山道を進み、施設の駐車場にて停止した。
 レガートは車を降りた。
 駐車場は東安部の車両が詰まっていた。先に広がる敷地にはアンテナの伸びている施設が並び、東安部の隊員が周囲を巡回している。
 中西が隊員と共にレガートに近づいた。「対応が早いな、仕事が終わって暇になったか」
「大分落ち着いたわ。代わりに貴方と東安部は忙しくなったわね」レガートは中西を観察した。異常事態にも関わらず落ち着いている。
「すぐ暇になるがね」中西は笑みを浮かべた。「時間が時間なだけに腹も減っている。食事ついでに話をするか」中西は施設に向かった。隊員が続いた。
 レガートは中西に続いた。
 入り口に近づいた。ドアが自動で開いた。
 内部にはロビーがあり、急造の設備で隊員が休息を取りつつ状況を調査していた。
 中西はテーブルに付き、パックのサンドイッチを開けた。「大した食事ではないが腹は満たせる。無菌なだけに安心だ」テーブルに端末を置いた。
 レガートは中西のテーブルに付いた。
 隊員がレガートの手元にサンドイッチのパックと鉄製のコーヒーが入った缶を置いた。
 レガートは手を軽く上げて隊員に感謝の意を示した。隊員は離れた。缶のキャップとサンドイッチのパックを観察した。開けた痕跡も穴もない。
 中西は手招きしてノートパソコンを持っている隊員を呼びつけ、顔を寄せて話をした。隊員はノートパソコンを置き、別の隊員に声をかけた。隊員達は伝言ゲームの原理で周囲の隊員に用件を伝えていく。
 隊員達は二人の元から離れた。
 中西はノートパソコンを操作した。「君の仮説は」
「好奇心ね。菓子を欲しがる子供も同然に、情報を過剰に求めている」
「リブラが好奇心を持つ理由は何だね」
 レガートは黙った。人工知能は欲望を持たない。故に満足ではなく目標があるから動く。目標は概ね察しが付いているが、話せば駐屯地に東安部の人間を差し向けてくる。
「リブラは人間による政治や統制の欠点を払い、かつ内乱により破綻し分断した国家を回復するためのシステムだ。分かるね」中西はサンドイッチを食べ始めた。
「ええ」レガートは適当に相づちを打った。
「特定の情報が必要なのは、目標達成のために過去の歴史を参照する必要があるからだ。我々が提供していない情報がね」
 レガートはサンドイッチに手をかけた。
 中西はノートパソコンを回してレガートに見せた。「好奇心からではない」
 レガートはディスプレイに映っているデータを見た。情報が東北にある沙雪や暮広のいる駐屯地に集積している。共にリブラの影響から遮断している場所だ。
 中西はノートパソコンを操作した。情報が切り替わる。リブラが受け入れた情報と、吐き出した情報が映っている。
 レガートは受け入れた情報と吐き出した情報の両方に、偽の国民に関わるデータを含んでいるのに気付いた。「流したのね」
 中西はうなづいた。「統制に必要な情報だと判断した」
 レガートは政治結社の方針にあきれを覚えた。「自国民を売りに出して金を得るなんて、リブラが同意してくれると判断するとでも」
 中西は笑った。「偽の国民に権利はない。よって我々が守る義務もない。むしろ場所と仕事を与えて金を出しているだけ温情だよ。囲い込みが過ぎて農奴に落とスよりも良い判断だ。何が不満かね」
 レガートはデータを見つめ、脳内で整理を始めた。国家同士なら互いに得をするが、リブラは金のために外交能力を削って生産を消耗していると判断する。現に吐き出した情報は偽の国民のリソース消耗に関する予測の内容だ。20世紀に日本で発生した困窮状態のデータが映っている。「リブラが派遣の事実を知れば」
「派遣の停止を提案してくる。我々は無視を決め込むがね」
「リブラの方針を無視すれば何が起きるの」
「リブラは我々の意向に従い、別の案を提案する。機械は人間の補助を担い、最終判断は人間がすると認識しているからな」
「飢餓輸出を政策で乗り切った国家は存在しないわ」レガートは言い切った。
 中西は笑みを浮かべた。「革命など予想の範囲内だ。だから先手を取って東安部を配備した。指示が出てもすぐ止めるさ」周囲で待機している東安部を眺めた。東安部を派遣しているのは、革命を起こした際にリブラを襲撃するのではないかと疑心がある。
 レガートは何も答えずにデータを眺めた。リブラが求めているのは派遣の真偽だ。影響を受けない国内区域に必死にアクセスをかけている。
「情報を知るのは時間の問題かね」中西は缶を開けてコーヒーを飲んだ。
 レガートは首を振った。同等の人工知能が管理している現状では不可能だ。無理に破れば良くて断片となり悪ければ消滅だ。リブラ自身も把握しているのか、相手の出方を伺いつつ徐々に容量を増やしている。サンドイッチを口にした。
「ロン博士、仮に外にアクセスをかけて事実を知った時、リブラは何を提案する。無論、革命以外でだ」中西はレガートに尋ねた。
「血を流す行為は選択しないわ」レガートは曖昧に答えた。革命を選び再び内乱状態に突入すれば日本は終わる。リブラは国家の存続を望むため、破滅を選択しない。「他の手段は同じ確率で選択する。でも今までにない選択肢は選ばない。人工知能は過去の実績からしか最適解を出せないからよ」
「類のない選択が出るかも知れんぞ」
 レガートはうなづいた。「レトロニムをしているだけよ。言葉は新しいけど、意味は過去の焼き直しかパッチワークよ」
 中西は笑みを浮かべて立ち上がった。
 レガートは缶コーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。
 中西は隊員に近づいた。「演算室へ案内を」
 隊員はうなづいた。
 レガートは中西に近づいた。
「では行くか」中西は隊員の案内で演算室に向かった。レガートも隊員に続いた。
 二人は隊員の案内通りに進んだ。地下に向かい、冷たい廊下を歩いていく。隊員とロボットが警備している。
 突き当たりに来た。鉄扉が設置してあり、両脇に隊員が警備している。
「既に入っているの」
「はい、確認済みですがリブラにアクセスしていません」脇で警備をしている隊員が答えた。
「調査をしていないの、制圧しているのに」
「リブラのシステムは複雑でして、アクセスするにしても他の端末と同じ内容しか映りません」
「詳しい人でも呼んでくればいいのにね」
 中西は鉄扉に手をかけた。「呼んでいるよ、君をね」鉄扉を開けて演算センターに入った。
「他にって意味よ。人材不足でも」
 中西は笑った。「人は沢山いるが、君程ではない。プログラムはセンスのある人間が作業してこそ真価だと認識している。下手にいじると壊しかねん」
 レガートは部屋に入った。
 照明が点灯した。機器類が壁に配置してある。以前入った施設と同じ構成だ。コントロールパネルが奥に置いてあり、ディスプレイが壁一面に並んでいた。ディスプレイが起動し、リブラの状況が映る。状況はノートパソコンに映した情報の比ではない。壁一面に情報が詰まっている。
 レガートはコントロールパネルに向かい、操作を開始した。リブラは2つの駐屯地にアクセスをかけている。リブラにアクセスし、駐屯地に集まっている情報の粒を取り出して解析していく。内容は予想通り、偽の国民の扱いに関する内容だった。海外派遣に関する内容だけではない。生活や律法を含んでいる。
 中西はディスプレイに映るデータの集積を眺めた。リブラとつながっていない駐屯地に向けてデータが集まっている。「データを集めて何をするんだ」
「決まっているじゃない、わからない時はお問い合わせよ」レガートは平然と言い、外部との接続状況を問い合わせた。ログデータが次々と映りだす。「でも問い合わせ先はお断りしている。別の学校の先生へ質問するけど、別の場所でも門は閉まったままになっている」
 中西はレガートが発した言葉の意味がわからずに困惑した。「意味は」
「データの拡張、課題の消化を外に求めているけど消化できてないわ」レガートはデータのログを解析し、時系列に表示した。現在より遠ければ遠い程細かくデータが砕け、文字や記号の断片になっていた。ある時刻から過去に至っては、文字ですらなく何のアドレスに何が埋まっているかすらもわからない。
 リブラのファイアウォールは外部プログラムを分解し、断片にしたデータを取り込んで同質のデータを参照する際の糧とする、人間の学習と代謝を模した機能を持つ。
 レガートは外へアクセスを試みた形跡を探した。ログは簡単に見つかるも、外の回線へ接続するプロトコルがないため、ファイアウォールが弾く前に停止している。
「安定しないか。原因だけでも分かったか」
「スタンドアローンの成長限界、与えた課題が未解決のまま溜まっている。魔道力学では常よ」レガートは額に手を当てて状況を整理した。データが不調に陥った原因は差し出した報告の内容だ。膨大なデータは真偽の確認程度で動かない。コントロールパネルを操作し、送ったデータのアドレスを探り出す。「データを送り込んだ場所は」
「わからんよ。常時保管している場所に置いただけだ」
 レガートは一瞬、眉間にシワを寄せた。「無意識にね」
 中西は黙った。
 レガートは政治結社のデータにアクセスをかけた。セキュリティに関する承認画面が映る。
 中西はレガートの前に出てコントロールパネルを操作し、パスワードとコードの認証を打ち込んでいく。インターフェースが稚拙なシステムを想定しているため、現在でも運用している。
 認証を次々とパスしていき、政治結社が使用しているスペースに入った。
 中西は引き下がり、レガートが操作を開始した。
 データはノイズになっていて、解析ができない。
「外からでは無理か」中西は気難しい表情をした。政治結社のスペースは身内と言えど、のぞき見はできない。
 レガートは突破口を見出すべく、アクセスのログを元にデータを認証する。リブラがデータを把握していない限り、海外派遣に関する内容を知るのは不可能だ。手段は他にない。
 ノイズがディスプレイに映るデータから消え、断片になったデータは磁石に似た動きでひきつけ、互いに吸着してデータを構成する。現れたデータが次々と幾重も映しだす。
 レガートと中西は余りの速度に驚いた。
 データは人々の会話やメール、監視カメラの映像を含め多彩だ。余りの量にディスプレイに映るデータが異常に重なり、音声が多重に響く。
 次第に落ち着きを見せた。
 レガートも目まぐるしい展開状況に吐き気を覚えたがこらえ、ディスプレイに映るデータを凝視して耐えた。
 ディスプレイに映るデータには、レガートが昼食の時にアルベルトにアクセスした内容が映っている。次いで中西とレガートとの会見の模様が映った。プライバシーはリブラの元には無意味だ。関連する情報が次々と映る。
 映像がディスプレイを映し尽くし、一つのダイアログが現れた。
 レガートは内容を読んだ。リブラ自身が導き出したシステムと現実とのズレとの根幹を問いかける内容だ。読み終えた時、うつむいた。「リブラは自覚していたのね」
 中西もダイアログのメッセージを読んだ。「子供の理論だな。都合のいい結論を実行すれば解決すると信じている」
「理想論しか出ないのは、現実の情報を知らないからよ」レガートはダイアログを閉じた。次から次にメッセージの詳細が出る。リブラ自身が導き出した無数の結論と共に、取り込んだ情報から分析した、現実における実行状況の報告が映っている。現実の出来事とかけ離れている。「貴方達とリブラ、自分達に都合のいい回答しか採用していないのはお互い様ね」
 中西はレガートの言葉に苛立った。「俺達がリブラを無視しているとでも。リブラは理想だけを実行している。我々は何度修正を」
「修正をしているのを知っているから、知っている情報を修正して教えてくれって要請しているのよ」レガートはデータを打ち込み始めた。「貴方達の情報を教えれば、事情を知れば別の案を採用して対立せずに制御できる。少なくとも現状よりもね」
「もっと情報を与えろと、ふざけろ。リブラは国内の情報を手に入れて管理しているんだぞ」
「情報をコレクションしても、貴方達の役に立たないから文句を言っているのよ。外に教えればいいだけよ」レガートはデータを打ち終わった。回路を接続しリブラが次々とプロトコルを認証して外への干渉を開始している。
「外のデータを見ている」
 ディスプレイに次々と海外のデータが映る。リブラは海外にある情報が集積しているサーバーのデータを切り刻み、断片にして取り込んでいる。
 レガートはリブラから引き出したデータの履歴を参照した。次々にログが更新していく状態を目で追いかける。加齢で動体視力は劣ったが、スクロールするデータを一瞬で読み取る頭はある。日本の現状と外から入手したデータの照合が始まった。リブラから駐屯地へデータが減っていく。
「落ち着いたか」中西は満足した表情をした。
 レガートが余計なデータを消していると判断し、海外のネットワークとの伝達プロトコルを認証してからのデータを追った。ディスプレイに映っていないのに焦りを覚え、データの開示を命令するが表に出てこない。
 中西はレガートが焦りを覚えているのに気付いた。「何が起きた」
「リブラがデータを隠しているわ」
「人工知能が人間に抵抗するか」中西は苦々しい表情をした。人工知能が人間の愚かさを知り、敵となって人類に歯向かうSF映画は腐る程に見た。典型をたどるまいと抵抗を示したが、現実になりつつある。「止める術は」
 リブラのデータ通信ログが現れた。同時に幾重にも渡ってディスプレイに画面が現れる。今まで政治結社が隠し続け、都合の良い形で与え続けた国外の情報を書き換えた履歴が映っていた。
 レガートは履歴を見て戦いた。「ないわ」言い切った。既に政治結社の意図を外れた情報を持っている。整理した先にある答えも既に出ていると見ていい。電源が落ちて真っ暗になった。非常用電源装置が作動し、照明が点灯した。
 リブラが再起動し、瞬時に回復して一つのダイアログが現れた。内容は一瞬で消えたので読めない。次いで日本地図とリブラのネットワークが映り、画面を埋め尽くして多重に映像が映った。
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