第6話 命で奏でた終わり(後編)

文字数 9,570文字

 レガートを含めた東安部の関係者は、三神のいる司令室を占拠した。
 三神達の部隊は抵抗せずに素直に従い、データと場所を提供した。
 東安部は、同行したレガートと共に制御システムの接続と解析をした。リブラとの接続は空になったプログラムのレコードを穴埋めし、バイパスをするだけだった。人工知能が接続したコードを自動で修正する。負担は軽く、作業は簡単に進んだ。
 リブラが保有しているプログラムの照合と解析を開始した。回りくどく、処理速度はリブラよりはるかに落ちる。
 オペレーターの一人は次々と現れるデータにあきれを覚えた。「駄目ですね、最小限の制御しかできません」
 上官は渋い表情をしてレガートの方を向いた。レガートはオペレーターと共に解析をしていた。「ロン博士、貴方ならできますか」
「プログラムを最適処理するなら、私よりプログラマに依頼した方が100倍楽よ」レガートはオペレーターに返した。
 上官は三神に近づいた。「我々が何故、駐屯地を制圧したかわかるか」
 中央の席に着いている三神はため息をついた。手錠が腕に付いている。「リブラを接続して、政治結社の傘下に置くためだ。リブラが縮小する先のご時世、同等のシステムが必要か」
「縮小して人に任せれば争いになる。資源を平等に配分しなかったがため、殺し合いに突入する話は、昔からキリがない。平等なコントロールを求めるからこそ、リブラと同等の人工知能が必要なんだ」
「コントロールを平等にすれば、何でも解決できるか。できないからこそ、リブラは縮小を求めたのではないか」
 上官は黙った。リブラの縮小が最適解と認めはしない。最適と判断し、最悪になったケースは無限にある。
 隊員はレガートに近づいた。
 レガートは次々と現れるデータを解析し、サンセベリアへの接続手段を模索していた。
「APWとの接続は」
「通信するにしても仲介するプロトコルが合致しないわ。仮に合致してもできるかわからないわ。異世界に飛ぶ程の性能を持っているのよ、相当なエネルギーを持っているから弾くかも知れない」レガートはコントロールパネルを操作し、サンセベリアとの回線との接続を試みた。次元の転移により位置の特定もままならず、特定も難しい。
 上官はレガートの話を聞き、眉をひそめた。
 通信が入り、音が鳴り響いた。ディスプレイには政治結社本部からと通信元が映っている。
 オペレーターの一人が通信回路に開いた。鮮明な画像で政治結社の重役達の姿が映った。
『諸君、任務ご苦労。唐突で済まないが、駐屯地内で戦闘が発生しているのはわかっているな』中西は大げさな口調で尋ねた。
「無論だ」上官は平然と答えた。
『前置きを話さずに済んだ。君達に新たな指示を与える』
「他の東安部には伝達しているのか」三神は政治結社の重役に尋ねた。
『極秘の任務だ。重大な、かつ重要な柱のな』
「死ね、玉砕しろ、自爆以外の命令なら聞く」
『真下の人間にしては反抗するか。軍は命令に従うのが常識だ』
「軍は生還率の低い作戦は採用しない」三神は言い切った。
 中西の笑い声が聞こえ、マルチウィンドウが切り替わり、デスクに東北地方の地図が浮かんだ。マークが暮広がいる駐屯地と現在地に重なる。
『現状、投降を拒否した駐屯地で戦闘が発生している。交戦では物量を含め我々の側の勝利は確実とにらんでいる』暮広のいる駐屯地が拡大し、周辺を取り囲む部隊のマークと共に、推定している駐屯地内の戦力が映る。港湾を除く3方をほぼ数倍の戦力で囲い込んでいる。
 上官は布陣を見て、兵法通りだと察した。「勝利は近いか」
『普通ならな。現時点で厄介な問題が発生した。未確認の兵器が大隊レベルの部隊を次々せん滅していると、報告が現地から入った』
 つり下がっているディスプレイが切り替わり、静止画像が映る。白い光を放つ重武装のインシグネが、炎に塗れた廃虚に映っている。
 三神は画像を見て顔をしかめた。「APWか」
「出て行った奴と同型か」上官は三神に尋ねた。
「確証はないが似ている。たった1機で大隊との交戦は可能なのか」
「1機だと」上官は三神に尋ねた。
「APWは用途と人工知能の兼ね合いから量産できない」三神は顔をしかめた。
『我々も疑ったが、戦況からして事実だと認めざるを得ない。物量による足止めで手一杯だ。解析班によると、膨大なエネルギーを発生しているとの話だ。よってエネルギー切れを狙っているがな。切れる気配がないんだ』
 三神は顔をしかめた。縮退炉によるエネルギーは尽きず、単機で異世界の調査をするために年単位での無整備、無補給でも動ける設計だ。楽観が過ぎる。
 上官は三神に近づいた。「対処法はあるか」
「ない」三神は言い切った。「魔道力学の粋を集めた兵器だ、既存の技術では不可能に近い」
「制御不能の兵器を作ったのか」上官は三神に声を上げた。
「制御不能ではない、人間が内側から制御する」三神は反論した。
「内側からだと」
「操縦者の魂とリンクしているの」レガートは上官の言葉に答えた。
「魂だと」上官はオウム返しに尋ねた。
「人工知能は魂とリンクしている。人工知能では不可能だった、未来を基準に逆算した意思決定を可能にしている」
 上官は眉をひそめた。三神の言葉の意味が理解できない。
「操縦者を殺せば止まるんだな」
「できればな」
『できれば、か。実はな、我々も同じ結論に達しているんだ』デスクの映像が縮小し、周囲一帯の駐屯地から暮広のいる駐屯地へミサイルの弾道を示す立体の矢印が無数に映る。
「ミサイルによるじゅうたん爆撃か。せん滅はできるがAPWは落ちない。駐屯地か一帯の都市が、廃棄物と死体まみれになるだけだ」
『丸ごと掃除できるよ』矢印の下に『Carorium Bome』と表れた。
 映像を見た三神達の表情が凍った。「カロリウム弾頭か」
『カロリウムは核に劣るが現状で扱える最強の兵器だ。太陽のコロナに匹敵する温と酸欠を起こせば、最強の兵器といえど無事では済まん』
 三神は黙った。カロリウムは国連の通達で使用を禁止している。エネルギー資源確保のために保持を認めているが、兵器として使用すれば、世界が一斉に日本を非難する。APW1機を破壊するには割が合わない。
「カロリウム発射まで時間を食います」
『10分以内に撃て』
「無理です。発射まで半日はかかります」
『やれと命令したらやるんだ。無茶を可能にするんだよ』
 三神は上官を見た。上官はうなづき、コントロールパネルに手をかけた。通信が切れた。
「世話をかける」三神は上官に頭を下げた。
 レガートは立ち上がり、三神に近づいた。「カロリウムを撃つって、自国内にですか」
「他に撃つ場所があるか。命令だ、覆せん」
 レガートは黙った。外国人のレガートは、事態に関係のない部外者だ。決定に意見する権利はない。
「発射まで実際にかかる時間は」上官は三神に尋ねた。
 オペレーターはコントロールパネルを操作し、シミュレーションを開始した。シミュレーションの状況がつり下がったディスプレイに映る。弾頭の運び出しからセット、燃料の注入に気候から弾道を割り出すまでと、手間が多く最低でも半日近くはかかる。
「発射時点で既に戦闘は終わっている。半日も足止めを続ける物量など、我が国にはない」
「既に発射態勢に入っている弾頭は」
「ない」三神は言い切った。「隣国はアメリカと朝鮮、中国だ。抑止力も無意味になるまでに国力に差がある。臨戦状態にする意味はない」
 上官は黙った。住んでいる土地で痛い目を見るは嫌だ。
「現状、無意味でも命令なら撃つしかない。軍は命令に忠実なロボットだ」三神はオペレーター達の方を向いた。「通達しろ、カロリウム弾頭のミサイルを駐屯地に発射する。態勢に入れと」
 オペレーターはいぶかしげな表情をしつつ、うなづいてコントロールパネルを操作して指示を出した。
 レガートは三神達の対応を黙って見つめていた。
「君は戻って通常通りにすればいい。民間人だ、配慮はする」
 レガートは元の席に戻った。



 東安部の別働隊部隊は、駐屯地のある住宅地よりも離れた山道で待機をしていた。山道は尾根に沿って舗装していて、カバーをかけた大型車両が道に沿って一直線に止まっていた。周辺は無数の偵察用ドローンが飛んでいる。
 隊員達は端末を介して駐屯地近辺の戦闘状況を確認していた。応援要請が出ている。
「奴ら、粘りに粘ってますね。外堀を攻める前に、水攻めでもやればよかったんですよ」隊員は隣の隊員に尋ねた。
「身内の不和で決壊に走るかも知れんぞ」
 隊員は笑い、端末から車両に目を向けた。「本当に撃つんですかね。撃ったら俺達の責任になって首が飛びますよ」
「責任は別の人間が取るって言ってたけどな。反対しても無駄だよ、奴らの方が正しいんだから」
「偉い奴は正義、正義って振る舞ってるだけで金も支持も得るんだからよ。俺らなんか命がけで汚れ仕事をやる割にボランティア同然の給料なんだから」
「ぼやくなよ、でなけりゃ俺達偽の国民はとっくに墓に埋まってる」
 端末に連絡が入った。連絡の内容を見て、隊員達は真剣な面持ちになった。
「命令が出たぞ」声が響く。
 隊員は端末を片付け、他の隊員達と共にカバーを外していく。小型のミサイルランチャーを搭載した車両が現れた。
「駐屯地に向けろ」声が響く。隊員は端末で操作し、ミサイルランチャーの発射装置が立ち上がる。
「発射カウントは」
「隊でまとめている」
 隊員はミサイルを見た。ミサイルの弾頭はカロリウムのマークが付いている。
「抑止力じゃないのか」隊員は顔をしかめた。カロリウム弾頭のミサイルを駐屯地に撃てば何が起きるかは把握している。
 隊員の一人が駆けつけてきた。調整を確認している。「政治結社からの命令だ、撃つんだ」
 ミサイルランチャーの角度の調整が完了し、電子音が端末から鳴った。「捕捉してから2分で自動発射する。離れろ」
 隊員達はミサイルランチャーの群れから山道を伝って離れた。山道は急斜面で、暗闇が先に広がっていた。退院達は必死に走った。東安部の隊員でも暗闇を前に不安を覚える。
 端末から、カウントダウンの電子音が鳴り続けた。隊員の一人は2分経過したと推測し、端末を見て状況を確認した。発射まで20秒を切っていた。真下を見た。ライトで照らしたミサイルランチャーが、現在地より数十メートルも下に見える。
 カウントダウンの電子音が甲高く響いた。
 ミサイルが爆音と煙を発し、山道に並んでいる車両からから駐屯地へ一斉に飛んでいく。
 隊員は疲労で力が抜けた。発射した先に何があるのか不安だったが、ミサイルが飛んでいくのを見ると、自分が請け負う作業は終わったのだと安心した。



 駐屯地では攻める側が徐々に防衛側を押していく。インシグネは物量による足止めで動きを止めていた。
 他の部隊がインシグネを尻目に、駐屯地へと進んでいく。防衛側は地下に格納してある歩行戦車や武装した人型兵器を導入して迎撃するが限度がある。
 暮広は焦りを覚えた。縮退炉のエネルギーは既に異世界に飛躍するまでに充填しているが、転移への行動は起こしていない。今転移してしまえば、均衡が崩れて相手がなだれ込んでくる。渋い表情をしつつ、オーバーヒートに伴う冷却で動かなくなったチェーンガンや、空になったミサイルランチャーを確認した。
 インシグネは砲身が赤く染まったチェーンガンを格納し、エネルギーを刃に流して硬くした剣で歩行戦車を潰し、建物で射撃をする人型機械を建物ごとなぎ倒していた。
 突然、空気を切る雷鳴に似た音が響いた。
 暮広は反応があった方向を見た。マーカーが映る。高エネルギー体で、識別コードはない。
 高エネルギー体は瞬時に転移し、インシグネから10メートル程離れた道路に着地した。
 操縦席の映像は揺らぎを取り除き、着地した物体の姿を表す。コードが書き換わり、エネルギー体の正体をサンセベリアと識別した。
 暮広の顔が強ばる。「サンセベリア、敵に回ったか」手持ちで扱える武装を確認した。飛び道具は通じず、近接戦を挑むにしても破損のリスクを負う。部品が破損すれば異世界への転移が不可能だ。攻める手段を頭で模索しつつ、歯を食いしばった。
 沙雪はインシグネを確認して、落胆と安心が混じった表情をした。戦闘に入れば互いに潰し合い、本来の目標である異世界転移はできなくなる。通信回線を開いたが、反応はない。量子通信が互いに発生しているエネルギーで阻害していた。
 インシグネの腰部に設置してあるグレネードランチャーが展開し、内蔵しているグレネードを発射した。グレネードは空中で爆発を起こし煙幕を引き起こす。
 沙雪は煙幕により視界が白くなった操縦席を確認した。
 サンセベリアは煙幕から下がり、腰部に設置したナイフを抜いて手に持った。電磁の光が刃に入り、残像を伴う。近接戦を迎え撃つ体勢に入った。
 インシグネは脇構えの体勢で、サンセベリアに間合いを詰めてきた。間合いに入るなり、即座に前腕を落とす体勢に入、剣を振るう。
 サンセベリアはインシグネの攻撃を読み、ナイフで受け止めて弾いた。電磁の刃がぶつかり、甲高い金属音がこすった音が幾重にも重なって鳴り響く。
 暮広は弾いた反動を体をよじって吸収する。
 沙雪は足に力を入れた。
 サンセベリアは踏み込んで後ろに重心をかけ、転倒に耐える。
「暮広、暮広でしょ。貴方も私と同じ理由でAPWを扱っているんでしょ。素直に引き下がって」沙雪が開いている通信回路に声をかけた。
 暮広に通信が入るが、ノイズで何を話しているか聞こえない。「投降勧告か、素直に引くかよ」体を前に重身を傾けて動かした。
 インシグネは前傾姿勢で剣をサンセベリアに向けて横になぐ。サンセベリアは引き下がって回避し、同時に腕部に搭載しているグレネードを発射する。インシグネの眼前で爆発した。
 暮広の操縦席が青白い光に染まった。不意の行動に一瞬、動きが止まった。
 サンセベリアはインシグネの足にケリを入れた。ケリが腰に入り、インシグネがよろけた。
 暮広は重心のずれを受け止めた。顔をしかめ、体幹に力を入れる。
 インシグネは体勢を整えるが、サンセベリアは顔面を殴り、押し倒した。インシグネは仰向けに倒れた。周辺のがれきが粉じんとなって周囲に散らばり、地面から衝撃が響き渡る。
 暮広のシートに衝撃が伝わった。暮広は痛みを覚えつつ、エネルギーを増幅して後方に転移した。サンセベリアはインシグネが立ち上がるのを予測し、引き下がった。
 インシグネは転移する前に瞬時に立ち上がり、剣を晴眼に構えた。
「政治結社の犬に落ちたか」暮広は息を荒げた。ダメージの状況を確認する。外付けの生命維持システムに損傷があるが、致命ではない。新たな反応が複数現れた。反応の詳細を確認する。熱反応からミサイルだとわかった。じゅうたん爆撃をする気だ。「時間稼ぎだったか」反応の座標を割り出す。瞬時にミサイルの座標と着弾の予想時間が映る。2分もない。止めないと駐屯地が吹き飛ぶ。
 インシグネは空中に転移した。
 暮広は武装を確認した。チェーンガンの冷却が完了した。空中からの一斉砲撃でミサイルを迎撃する。
 サンセベリアも空中に転移し、インシグネの前にサンセベリアが現れる。
 暮広はいらだった。「とことん邪魔をしやがるか」
 沙雪は駐屯地の状況と縮退炉のエネルギーを確認する。1基分のエネルギーは最大で、予備の縮退炉も稼働している。シミュレーションでは自身を中心に半径10キロメートルの範囲を、10万キロメートル以内の距離へ転送できる。転送先は現時点から最も遠いブラジルのケイマーダ・グランデ島だ。
 サンセベリアは駐屯地に向けて転移する。
 インシグネはサンセベリアを追跡した。サンセベリアのエネルギーが徐々に肥大している。
 暮広は顔をしかめた。転移を起動し、ゆがみで周囲を吹き飛ばす気だ。転移を阻止するため、インシグネのエネルギーの肥大を開始した。転移を阻止するには、サンセベリアにエネルギーをぶつけて現在いる世界から吹き飛ばすしかない。消えてからでミサイルを迎撃すれば被害を抑えこめる。
 サンセベリアは駐屯地の中心区域に転移した。既にエネルギーの肥大が進んでいて、緑色の光が覆っていた。
 沙雪は状況を確認した。一帯にエネルギーを開放して壁を作り、座標を移せば即完了する。息を吸い、起動を脳内で促すも、寸前でインシグネが現れた。
「お前を吹き飛ばす」暮広は顔をしかめた。
 インシグネはサンセベリアに殴りかかった。
 サンセベリアはインシグネの拳を受け止めた。同時に互いのエネルギーが開放し、周囲一帯がゆがみだした。
「何が起きているの」沙雪は周辺を確認した。空間が大きく曲がっている。浮かんでいる情報には平行世界の座標が映っている。現在の世界における存在率が低下している。別の世界へ飛び始めているのだ。
『お前が周りを巻き込んで』暮広の声が鮮明に聞こえた。
 沙雪は初めて聞こえた青年の声に驚いた。「待って、今転移を」
『お前だけが出ていけ』
「わかってないの、貴方も飛んでいるのよ」沙雪は暮広を諭し、データを送信した。
『俺はギリギリで抜ける』
「簡単に言わないで、動いている時間に逆行できないのよ」沙雪は声を上げた。
 緑色の光がインシグネとサンセベリアを覆い、2機を中心にエネルギーの球を構成していく。球は膨大なエネルギーを変換し、緑お色光を瞬時に放つ。緑色の光は周囲一帯を覆い尽くした。ヘリコプターは殺虫スプレーを食らったハエの如く一斉に墜落し、残っている歩行戦車や人型兵器の動きが止まった。緑色の光がエネルギーを相殺したのだ。
 光は瞬時に消えた。2機のAPWは消滅していた。
 ミサイルが次々と飛んできた。エネルギーが停止した状況で止める術はない。ミサイルは次々と駐屯地と周辺の住居に着弾し、カロリウムの爆風を発した。
 爆風の光と熱は一帯に存在する物体を生命と共に焼き尽くし、分解した。駐屯地内に埋まっているカロリウムも連鎖反応を起こし、内側からも爆発して光と熱を発した。
 一帯が光に消えた。



 ミサイル発射の中止命令が、三神のいる駐屯地に出た。発射命令が出てから4時間後だった。三神は、ミサイルが既に発射態勢に入っていた最中だったので面食らったが、態勢に入っていただけで準備段階だったのもあり、戸惑いがあった。
 三神は処理は意外な程素早く完了した。
 知らせが観測班から入り、データがデスクに映った。中止命令が何故出たのか、謎だったがすぐに解けた。何者かがカロリウム弾頭のミサイルを撃ち込んだため、撃ち込む理由がなくなったのだ。
 レガートはがく然とした。国連がカロリウムの輸送を止めるのは必至だ。輸送が停止すれば日本が海外から輸入しているエネルギー源がなくなる。政治結社の決断は愚行でしかない。
 中止命令が出てからの処理は、意外な程簡単に終了した。元々準備段階だったのもあり、片付けるのは容易だった。
 処理が終了してから、三神を国家反逆罪の容疑で逮捕した。逮捕は名目で、実際には後処理で駆けつけてくる調査団との接触を避けるための措置だった。
 レガートは政治結社から直に依頼を受けていたため、機密を口外しないのを条件に不問とした。
 政治結社は一連の出来事を偽の国民の派閥争いであると外国に公表した。駐屯地の壊滅はカロリウムの暴発事故であるとして謝罪した。
 多くの国は手打ちとしたが、一部の国は納得できず調査団を派遣する要請を出した。国連は了承した。
 数日後、国連の調査団が、駐屯地で使用したカロリウムの調査のため、佐渡ヶ島にあるアメリカ軍の空港から駐屯地に降りた。
 調査団は駐屯地だった現場に到着した。
 金属粉で真っ黒に染まった砂漠が広がっていた。カロリウムは範囲内にある物質を内部から焼き尽くし、水分を吹き飛ばして粒子にまで分解する。がれきや金属、人間の肉体に至るまで粉々になった。
 調査員は砂を試験管に回収し、検査キットにかけていた。別の調査員は調査に参加している三神や中西から話を聞いていた。政治結社の重役達は報復への恐れを理由に海外に飛び、一斉に関与していないと白を切った。一方で中西だけはカロリウムを兵器として使用したと認めた。国家の破綻を防ぐためのやむを得ない措置だと、アメリカが太平洋戦争の末期に落とした原子爆弾を引き合いに出して説明した。
「よく自分の首を絞める話ができるわね」レガートは中西に尋ねた。中西達と同じく、国連の調査団に同行していた。
「首を絞めているのは否定している側だ」中西は平然と答えた。「政治結社の愛国心なんて、自分が有利な立場にいるから言えた言葉だよ。不利になれば逃げ出して責任を他人に押し付ける。けど今回は無理だ。軍人は命令がなければ動かない。まして戦略兵器なら尚更だ。逃げても誰かが事実をバラす。国際法定に出るなら、素直に認めて処理に当たった方が楽だ」
 レガートは果てしなく広がるフラットな世界を眺めた。敷き詰める金属粉が熱を吸収し、蜃気楼を作っている。「偽の国民は貴重なリソースよ。平然と潰すなんてね、リブラが反発する理由がわかるわ」
「他に手段がなかった。撃たなければ止まらなかったよ。戦闘は時代を問わず、最強の兵器でケリがつく」
 レガートはかがんで地面の土をつかんだ。冷たい白い砂の層が、熱く乾ききった金属粉の下にある。端末を操作して映像を映した。駐屯地の近くを偵察していたドローンから撮影した、空中で2機の大型の人型ロボットの映像だ。エネルギーを発した直後に映像が途絶えている。調査委員会ではカロリウムを搭載した飛行試作機で、戦闘により空中分解したと解釈している。レガートは2機は異世界に飛んで行ったのだと推測した。
「本当に分解したと信じるかね」中西はレガートに尋ねた。「星の王子さまを知っているか」
「知っているわよ。消えたAPWが王子と同じとでも」
 中西は笑みを浮かべた。
 レガートのいる調査団は別の調査団と合流した。調査団にアルベルトの姿があった。
「お前、調査団にいたのか」アルベルトはレガートに近づいた。
 レガートはアルベルトに驚いた。「貴方こそ、何でいるのよ」
「いちゃいけないのか」
 レガートは眉をひそめた。一介のジャーナリストでしかないアルベルトが、何故国連の調査団に入り込めたのか。
 アルベルトはレガートの表情から、疑念を察した。「政府の監視役で付いて来たんだよ」レガートの肩をたたいた。
 中西は二人に間に入った。「知り合いか」
「業界って意外に狭いのよ」
 調査団は砂漠を奥へ進んでいく。
「ぼやぼやしているとはぐれて焼け死ぬぞ」中西は調査団に続いた。
 レガートとアルベルトは互いを見てうなづき、中西に続いた。



 調査団は事故と報告した。日本への制裁は最小に留まったが、あからさまな配慮が見え透いていた。
 真の国民にとって致命だったのは委ねていたリブラの縮小だった。リブラに依存していたため、社会や判断すらも失っていたのだ。偽の国民を奴隷同然に扱い、快楽を得る手段に出たが、社会や環境の適応を含めた能力で、偽の国民より劣っていた。故に力による統制は不可能だった。残ったわずかな資源を食らい、奪い合うだけの存在に落ちた。
 政治結社は海外に移住した。移住先に個別の臨時政府を設け、偽の国民の難民申請の処理を請け負った。偽の国民を酷使した政治結社が、偽の国民に手を差し伸べるいびつな図式ができあがった。互いに安住を求め、手を取り合ったのだ。
 カロリウムの輸送と魔道力学の研究フィールドは縮小した。日本は急速に老いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み