序 オーバーチュア(2)

文字数 8,155文字

 翌日の早朝、榎本を乗せたガソリン車はオフィスビルの残骸が生えそろう都市を走っていた。ロボットが通りの角ごとに警備をしている。自動車は電気駆動が主流で、ガソリンで動く車はパワーが必要な作業車を除いて使用出来なくなった。電気自動車は道路に埋め込んだ非接触式の電力供給装置がないとまともに機能しないので、磁気伝達システムの道路が普及していない偽の国民の居住エリアではガソリン車で向かうしかない。
 榎本は後部座席で外の景色を見ている。他に人は乗っていない。車に内蔵したロボットが運転している。「手術は成功するか」無人の運転席に尋ねた。
『明示した医療行為は前例がない為、不明です』運転席から合成音声が流れた。
 榎本は黙った。人工知能は過去の状況から参照する。前例のない出来事は枠の外にあるので判別出来ない。
 車は東京から地方に向かうゲートに来た。金網で一帯を囲っていて、天井には機銃が設置してある。東安部の隊員が管理している。
 東京や大阪をはじめとする主要都市は真の国民が住むエリアで、他の場所は偽の国民が住む領域だ。余りに文化の落差が激しいので偽の国民の不法侵入が後を立たない。都市と地方の境には東安部が管理するゲートを設け、真の国民に都合の悪い存在を排除するシステムだ。
 車はゲートで停まった。東安部の隊員が近づき、運転手側のサイドウィンドウに端末をかざした。端末のモニターに身分と登録してある内容が映る。窓からのぞき込んだ。後部座席に榎本が座っている。
 榎本は隊員と目があった。ドアを開けた。「厳戒態勢でも敷いているのか」
「普段通りです。すみません、お通しします」隊員は頭を下げた。
 榎本は窓を締めた。
 車が走り出した。
 都市を離れ、偽の国民が住むエリアに入った。電気が通っていないので、ビルの窓から光はない。アスファルトがひび割れている。舗装が表に出ているだけマシで、路地はほとんど土と草が覆っている。
 ビルとモニュメントの残骸で占める領域から、作物が生い茂る地域に入った。偽の国民が居住するエリアは軍事基地を含めた真の国民の生活に直結する施設を除いて電力を供給していない。税金を納めていない為、国民の義務を果たしていないとみなして公共システムを断ち切っている。偽の国民で税金を払っている者はいない。偽の国民に課す税金は、人間が経済活動をするのに必要な金をはるかに越えているからだ。よって経済は自給自足と市による物々交換が基本となる。東安部に入隊すれば給料は出るが、追徴課税で消える。税金の借金を返済する為に就職しているにすぎない。
 車は遠く離れ、軍事施設の前に来た。研究施設は駐屯地内にある。魔導力学に関する研究は外からの介入を防ぐ為、主要な施設を地下に作っている。駐屯地のゲートを通り、地下に入った。車から榎本が降り、通用口から施設に入った。周辺には東安部の隊員が護衛として付いている。
「例の子供は届いたのか」榎本は隊員に尋ねた。
「輸送は夜明け前に完了しています。精神面、肉体面の健康状態は調査済みです。1時間以内に接続手術を開始します」隊員は端末を差し出した。
 榎本は端末を受け取って内容を読んだ。双子の診断結果が映っている。知能に若干の低下がある代わり、量子プログラムへの順応が高く、他は平均で遺伝子検査も良好だ。「早いな」
「技術の発展は速度の圧縮と同義です」隊員は榎本の方を向いた。
「APWは」榎本は隊員に尋ねた。
「本日は視察と会談をすると聞いていますが」
「来たついでとしか言っていない。午後に回してくれ」
 隊員は眉をひそめた。
「お前を責めはせん。先方が怒るなら、私の名前を出してなだめろ。矛を収めないなら直に行って頭を下げる」榎本は隊員に話しかけた。
 隊員は一瞬、眉間にシワを寄せた。「組み上がっているのは神経だけです。リンク手術の後、テストを重ねない限り組み立ては難しいです」
「部品だけでも見せてもらえんか」
 隊員は眉をひそめた。「了解しました。ご案内します」隊員は廊下の先へ歩き出した。
 榎本は隊員の後に続いた。廊下を抜け、別棟に入り階段を降りていく。階段を抜けると幾重ものゲートとセキュリティで固めたドアを通過していった。
 地下にある工場の開けた場所に出た。真下のエリアには無数の部品が転がっていて、隊員達が運び出す部品の精査作業をしている。縁にはコードで覆った10メートル程の機械の塊が置いてある。
「状況は」榎本は柵に寄りかかった。
「中枢神経の接続回路の組み立てなら出来ています。形の組み立てはテストが完了してからです。魂は人と同じ成長速度ですから、数年単位ですかね」
「俺は世を去っているな」榎本はぼやいた。APWとはAdvanceParallelWalkerの略称で、リブラの計測により判明した平行世界の調査、観測を行う最小の小型船だ。人工知能は人に従順な限り受け身で、未来を見据えても自らの足で歩かない。一方で魂は未来を夢見て歩み続けるが、処理も演算も限界があり常に忘却の危機にある。互いの欠点を打ち消さないと計画は達成出来ない。太陽社は人の魂とコンピュータを統合して一つの概念として中枢神経に組み込む手段を取った。魂とプログラムの融合を可能とするには、魂のレベルで親和性がないと成立しない。
 別の隊員が榎本の元へ駆けつけてきた。「榎本様、工場にいたのですか。司令がお待ちしています」
 榎本は機械の塊から目をそらした。「分かった」
 隊員は榎本を連れてエレベーターに向かった。
 エレベーターが止まり、ドアが開いた。装飾のない、白い壁と天井の廊下が伸びている。
 榎本は隊員の後をついて廊下を歩き、会議室の前に来た。ドアは木製で、厳重に閉まっている。
 隊員は引き下がった。
 榎本はドアの脇にある端末に手を当てた。静脈と手のひらに埋め込んだチップで認証した。ドアが開いた。
 飾り気のない会議室で、肌の白い軍服を着た男がノートパソコンをいじっている。
 榎本は男の元に向かった。「ローランド、来てやったぞ」
 ローランドと称する男は榎本の近くにいる隊員に手をかざした。隊員達は頭を下げて部屋から出ていった。榎本が近づいたのを確認して立ち上がり、手を差し出した。「和正様。予定より若干遅れてきましたが、ハプニングでもありましたか」
「APWを見に行っていた」榎本はローランドと握手をした。
「感想は」ローランドはノートパソコンの液晶をいじった。画面が切り替わり、計画の概要が映る。
「何も組み上がっておらんかった」
「リンク手術はハードウェアの段階から接続が必要ですからね。手術次第で加速する」
 榎本は席に座り、端末を取り出して操作した。リブラによる国家の統計データと共に報告書が映る。偽の国民の人口が増大する一方で真の国民の人口は減っている。
「居住地を平行世界に広げ、資源を独占して自らの地位を確立する。危険を考慮してもやる内容か疑問ですよ。まして理論は魔導力学頼みですから、今すぐ日本が崩壊するよりも確率が低い。余りにもナンセンスな賭けです」
 榎本は大まかなロードマップとリブラがはじき出した結果を見た。平行世界は以前から理論として存在していたが、立証する術はなかった。リブラが座標を含め立証した時、太陽社はフロンティアの発見とみなし投資をした。平行世界から資源と居住地を確保すれば大いなる遺産が出来る。一方で平行世界に何があるか分からず、行き来するには特異点になる程の膨大なエネルギーが必要と判明した。
 普通なら簡単に諦めるが、太陽社は食らい続けた。他国が先を取った時点で日本は終わると読んでいた。リブラによる理論の構築と魔導力学は膨大なエネルギーを開放する縮退炉を搭載した、APWと呼ぶ最小限の調査船を設計した。制御を可能とする人間とAPWの完成をもって計画は実行に移る。
 ローランドのノートパソコンから電子音が鳴った。キーボードをたたいて内容を確認する。英語で記述してあるテキストが開いた。手術が始まったとの知らせだった。「始まったよ、接続出来ればAPWはタダの調査船ではない、人類史上初の魂を持った演算装置が出来上がる。別の使い道もあるよ」
「魂とシステムを同期するのは自分達のリブラを作るのではない。人工知能と魂、双方の呪縛を解く為だ」榎本は端末を操作した。平行世界に向かった先のシミュレーションが映る。動いているAPWは、人の形をしたロボットとして表示している。
「成功率は」
「適性から3、4割と聞いている。双子だから片方が成功すればいい。1人だけでも十分だ」
「高いな」榎本はうなった。「両方成功したら」
「魂は複製も統合も出来ない。よって2つの装置が出来上がる。APWを新設しないとな」
「予備か」
「ありえない話だけどな。確率からして片方だ。失敗した側を処分し成功した方を使う」
 榎本は端末の電源を切り、立ち上がった。「滞在は一週間だ。終わったら即知らせろ」
「了解です」自身の後ろにいる隊員の方を向いた。「護衛を」
 隊員はうなづき、榎本に近づいた。
 榎本は手を振った。「以前から言っている、不要だ」
「最近はリブラが不安定と言い張っててね。締め付けが厳しいんだ」
 榎本はうなづいた。リブラが不安定になのに心当たりはある。「分かった。勇気があるなら付き合え」榎本は立ち上がった。
 ローランドは後ろにいる隊員の方を向いた。隊員は頭を下げた。「列車は物資搬送用しか空いてない」
「構わん。手術が終わったら知らせろ。成否関わらず病室に顔を出す」榎本は会議室を後にした。隊員は榎本の後をついていった。
 ドアが閉まった。
 榎本は隊員と共に更に下に降り、地下駅のホームに出た。列車が止まっている。主要な都市間で移動を確実にする為、主要な場所を地下通路で接続した。かつては一般人が交通の為に使用していたが、非常事態宣言が出て以降、東安部の移動用通路として再設計し物資や人員の定期輸送に使っている。
「いいんですか、一等も二等もないですよ。車でのご移動が」
「舗装していない道を走るのか、ガソリンはすぐ切れるわすぐに酔うわでメリットは薄い。目的地に着けるなら、私は確実な手段を取るよ」
 榎本は開いたままのドアから列車に入った。薄暗く、座席に空きがある。乗っているのは皆、同じ制服を着た東安部の隊員だ。
 隊員は腕時計を見て時刻を確認した。「間もなく動きます。せめて席について下さい」
 榎本は空いている席に座った。対面席で、他に誰も座っていない。
 隊員は榎本と対面する形で座った。
 間もなくドアが閉まり、浮く感覚を覚えた。外の機械音が内部に至るまで響いて列車が動き出した。窓から見える景色は軒並み黒に染まっている。
 榎本は隊員の手首を見た。わずかに隆起している。偽の国民は出生時、体の主要な箇所に2センチメートル四方のチップを埋め込む。異質な物質が入った体は抵抗して外へ押し出す働きをするが、チップは体内のタンパク質と結びつく物質を生成して固定する。故に埋め込んだ場所は隆起する。チップは肉体や精神の情報を解析し、健康状態を適切に管理する為のツールとうたっているが、実際は精神の情報をも抜き取り、管理をするツールだ。更に偽の国民のチップはリブラの監視範囲外、つまり決まったエリア外への移動した場合、即座にチップにより生命活動を停止するシステムを組み込んでいる。人工知能である為に処理は徹底している。榎本を含めた真の国民にもチップが組み込んでいるが1ミリメートル程度と非常に小さく、手のひらに埋め込む。監視ではなく健康管理や移動、経済活動を容易にする機能しかない。
 電車は次の駅に向けて進んでいく。誰一人として会話をしない。列車が揺れる音だけが響き渡っていた。
 20分程経過した。列車の速度が下がり、金属がこすれる音が車内に響く。
 列車は駅に到着して停止した。ドアが開き、隊員達が出ていく。榎本も隊員達と共にホームに出た。
 隊員達は列車の後部にある貨物車両に向かい、搬送作業を開始した。
 榎本と隊員はホームから通路に上がり、施設の1階を経由して外に出た。1つの町が埋まる程の敷地で、かがんだ状態の歩行戦車や輸送車が置いてある。通路を忠実に通り、ゲートの前に来た。隊員が重武装で哨戒していた。ゲートバーには微弱な電気が走っていて、触れると即座に高圧電流が流れる。バーがかかっていない場所は3メートル程の塀で境を付けていて、上には有刺鉄線が貼り巡っている。ゲートバーと同じく電気が流れている。ゲートの受付に向かった。話を付けるとゲートが開いた。先は広場がある。かつては駅前広場を兼ねた公園だったが諸施設を軒並み撤去した為、欧州の広場を模した空間に変化した。駅ビルが薄汚れた状態で建っている。年数が経過していて整備もしていないが、解体するにも労力がかかるので手を付けていない。
 広場から先は馬で荷物を引っ張って移動しているのが見える。偽の国民の居住エリアは電気自動車が使えず、ガソリン車が入手出来ない。運搬や移動は馬を含めた動物か、原始の乗り物に頼りざるを得ない。
「行き先は」
「軽く食事を済ませる。以後は知らせを待つ」榎本は広場を歩いていく。隊員は後をついていった。
 広場で子供と遊んでいた男は、榎本が通り過ぎたのに気づいた。
「お館様」人々は榎本の元に駆け寄った。
 隊員が榎本の前に飛び出てきた。「前に来るな」声を上げた。人々は引き下がる。
「やめろ」榎本は隊員の肩をつかんだ。隊員は榎本の方を向いた。険しい表情をしている。
 隊員は引き下がった。
 榎本は周辺を見回した。広場にいた人々が榎本の周りに集まっている。「すまなかった。おどす気はない」
 男は榎本にかしこまった。「お館様、ご失礼ですが我々の地へ来てくださり感謝しています」
 人々は一斉に拍手をした。偽の国民の居住地は消滅集落になった場所だ。榎本は生産する側になる偽の国民が先細っていけばタダでさえ資源のない日本が沈んでいくと懸念して偽の国民の居住地に手を差し伸べた。政治結社の立場を利用して東安部を隠れミノにして物資を与え、外国籍の船と取引が出来る程度の経済を回した。他の居住地に比べ裕福でいるのは榎本のおかげだ。
 隊員は人々を観察した。人々に反乱分子が潜んでいないか不安だった。
 榎本は隊員の目線に気づき、軽く肩をたたいた。「気にしなくてもよい。周りは皆同志だ」
 隊員はうなづいた。
 榎本は人々の方を向いた。「近場に食堂はないか」人々に尋ねた。
 一人の男が出てきた。「俺の女房がやってる店があります。広場から外れた場所ですが、お館様のおみ足に支障がなければ」
 榎本は懐からメモ帳を取り出して書き込み、隊員に差し出した。「食事をしてから集会所に向かう。先回りして待っていてくれ」
 隊員は眉をひそめた。「大丈夫ですか」
 榎本はうなづいた。「死体になったら奴らが片付ける、犯人諸共な」
 隊員はうなづいた。「分かりました」引き下がり、広場から去っていった。
 榎本は肌が浅黒い男をつかんだ。「お前の店で飯を食う。案内を頼む」
 男は喜びで体が震えた。「はい、今すぐでも」榎本の前に出て広場の奥へ進んでいった。
 榎本は広場の奥へと進んでいく。
 人々の塊は榎本の動きに合わせて動いていて、隊員が榎本の移動を妨げない為に近づく人々を払っている。
 広場から離れた。日本と韓国の様式が混ざった、簡素な民家が並んでいる。
 男は民家の庭に案内した。庭の前には手書きで書いたメニューの立て看板が置いてある。一室が開いたままで、座敷席に人が入っている。人々は男と一緒にいる榎本の姿を見て、皿を持ったまま奥へと移動した。
「お館様が来なさった。一押しを頼むぞ」男は奥に向かって大声を出した。
「あいよ」女性の声が奥から響いた。
 榎本と隊員は式台に向かうと靴を脱ぎ、座敷席に入った。特別席の待遇を自分を箱に詰めるパッケージと捉え、人の感覚を奪っていくと認識していた。自分から席に入って待つ方が性に合っている。
 座敷席の棚にはラジオチューナーが乗っていて、軽快な音楽が流れている。
 男も座敷に上がり、榎本と異なる席に座った。食事をしに来た榎本には、自分の存在が邪魔になると判断した。
「近くに来るといい」榎本は男に話しかけた。自らを招いておきながら避けるとは矛盾している。
 男は渋々榎本の席に着いた。
「最近、東安部の搾取が強まったと聞いている」
 榎本の隣に座っている隊員は一瞬、顔をしかめた。
 男は渋い表情をした。
 榎本はうなづいた。男の表情を見れば状況は分かる。隊員がいる手前、明確に話が出来ないのを把握していた。「若者を東安部に徴兵している現状、人が不足しがちなのは分かる。真の国民はリブラで統制して最小限の人数で運営しているが、君達の住んでいるエリアは都合よく行かん」
 男は黙って榎本の話を聞いている。
 榎本は軽くうつむいた。「時代は常に変わる。延々と同じ状況が続くのはあり得ん」
「革命でも起きると」男は榎本に尋ねた。
 榎本はうなった。「リブラが人に変化を始めた。変節の時が来ている」
「お館様、ひどい言い方ですけど何も来ませんわ。リブラが変わっても人は変わらない。人が人を支配するシステムを維持するには、支配を仕向ける力と受ける力を同じ属性にするんです。現に俺達から財産を奪い取る東安部は皆俺達と同じ、偽の国民です。だから殴りたくとも出来ない。リブラが変わっても属性が変わらない限り、何も変わらんのです」男は声を上げた。
 周囲の人間の会話が止まった。男が余りに感情をむき出しにして声を上げたので、黙ってしまった。
「東安部は役割を演じているに過ぎない、リブラが変われば味方につく」
 男は困惑した表情をした。
 筋肉質な体つきをした女性が、盆を持ってきた。榎本に目を向けるなり驚いた。「お館様ですか」
 榎本はうなづいた。
「デザートは」
「余計なサービスはいらん。一品でいい」
「はい」女性は榎本と男の元に料理を置き、去っていった。白身魚の切り身と目玉焼きが乗った、焼き飯に似た料理だ。
「今日、油の乗った魚が取れたんですわ」
「食えるのか」榎本はテーブルに乗っている箸を手に取った。
「質の検査はリブラが立証している。俺達が毎日食ってるんだ、今すぐ食べて死ぬなんてありえませんて」男は箸を手に取り、器用に切り身を割いて食べ始めた。「外の人間も買ってくれるんですわ」
「円でか」榎本は男に尋ねた。海外の人間からすれば円など無価値だ。
「外で通じなくとも、身内で通じればいいんです。たまにしか来ない、札束燃やす相手にまともな取引は期待出来ません」
 榎本も男に習って食べ始めた。味は薄い。
 ラジオの音楽が途切れ、リブラによる天気予報が合成音声で流れ出した。食べ終わると財布を出して札を1枚置いた。「料理、うまかったよ」
 男は驚いた。「いえいえ、お館様からお金を取るなんて」札を手に取り、榎本に差し出した。
「飯屋なのだから客から金を取るのは当然だ。私は当たり前の行為をしているに過ぎん」榎本は席を立った。
 男は札を下げた。「ありがとうございます」榎本に頭を下げた。
 榎本は定食屋を出て、集会所へ向かった。人々が一緒についてきたので、近場でありながら時間がかかった。
 集会所に着いた。会議室入ると、護衛の隊員と老人達が待っていた。
 榎本は席に座り、近辺一帯の状況と方針について説明を受けた。東京の会議と異なり、綿密で逐一決めておかないとバランスが崩れる。内容は収穫の割り振りや経済の取引に関わる内容で、東安部が関わる魔導力学や治安に関する話は一切なかった。承認の印を押して退室して護衛の隊員と共に奥まった場所にある別荘に入った。
 別荘は山にある寺の一帯を改修していて、僧侶が管理をしている。豪勢な東京や自宅に比べて簡素で自然の匂いが漂う。
 榎本は無駄を喚起しない別荘を好んでいた。
 日が暮れると予め用意した簡素な精進料理を食べ、堂で眠りについた。
 翌日の早朝、手術が成功したと連絡が入った。
 榎本は食事を終えて山を降り、東安部の駐屯地内に入った。
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