第6話 命で奏でた終わり(前編)

文字数 8,864文字

 政治結社からの通達は、暮広のいる駐屯地にも伝わった。
 司令のローランドは住民に避難命令を出し、港湾に駐留している船や取引先の相手を排除した。ついで所属している隊員に戦闘配備を指示した。政治結社の脅迫は予め予想していた。対応はスムーズに進んだ。
 避難命令が出てから3時間程で、東安部が街に入った。隊員は街を車で走り回り、住民へ避難の警告を発して回った。
 車に乗っている隊員は余りに静かな街に不気味さを覚えた。「降りて調べてみますか」
 隣に座っている隊員はうなづいた。
 車は雑貨店の前で停まった。
 隊員達は銃を持って車から降り、店の前に来た。自動ドアは開かない。手で無理にこじ開けて店に入った。電気は付いていない。
「誰かいるか、避難命令は出ているんだ。指示に従え」隊員は大声を出した。反応はない。
 隊員達は警戒しつつ店内を歩き回った。誰もおらず、ワナもない。
 一人の隊員が電設盤を見つけ、銃でつついた。反応がないのを確認し、カバーを開けて確認した。ブレーカーのスイッチは入っている。
 別の隊員は店のカウンターに近づいた。荒れた形跡はない。奥にある、黄色く日焼けした白いプッシュボタン式の電話に近づいた。受話器を銃でつつき、反応がないのを確認してから受話器を取った。音は何も出ない。インフラを元から切っている。
 太陽社の異世界探索計画は、国家の方針を無視していたため敵対すると予測していた。武力行使に出た時への対処で、予め地下のシェルターへ向かう通路を住民の邸宅や広場、各公共施設に設置していた。住民達は普段から訓練をしていたため、避難指示が出てから1時間足らずで地下シェルターへの避難を完了していた。
 隊員は周辺を見回した。既に避難は完了している。「戻るぞ」
 指示に従い、隊員達は引き返した。
 隊員達は車に乗り込み、発車した。



 ローランドは駐屯地内にいる幕僚を招集し、対処を話し合った。話し合いと言っても、大幅な方針は決まっていた。
「結論は既に出ているか」ローランドはテーブルに並んだ書類を眺めていた。書類にはインシグネとリブラの仕様が書き込んである。
 幕僚達は一斉にうなづいた。
「自分達に有利な路線を継続するため、リブラの後継を渡せと脅すか」ローランドはコントロールパネルを操作した。デスクと一体になったディスプレイには街の状況が映る。東安部の部隊が政治結社の方針に従って展開している。街に住んでいる人間はいない。「避難は完了したか」
 幕僚の一人がコントロールパネルを操作した。映像には地下シェルターと装備格納庫に人々が集まって説明をしている。「奴等は追い出したと言っていますがね、近辺をろくに捜索しない奴等の戯言ですよ」
「態勢に入るのは」
「およそ半日で十分です。非戦闘員は地下鉄を介して逃します」映像が切り替わり、居住区域外へ伸びる列車の経路図が立体で映る。
 ローランドはうなった。「インシグネの準備は」
「縮退炉に火は入っていますから、動くだけなら芦原の準備次第ですかね。問題は異世界に飛ばす出力に至るまでで、予備縮退炉の起動とメインにしている縮退炉の出力を上げる必要があります。動かすだけならすぐですが、転移可能なエネルギーの確保までなら、同じく半日はかかります」
「時間を稼げば完了するか」
「乗ってくれますかね」
 ローランドは渋い表情をした。「無理だな。時間を稼げば稼ぐ程、奴等が不利になる」
「動いたら」
「奴らが動いた場合、即座に戦闘して時間を稼ぐ」
 幕僚達はうなづいた。
「インシグネも出しますか」
「エネルギーを充填しつつ立ち回ってもらう」ローランドは座り直し、ディスプレイに目をやった。「芦原は」
「インシグネに乗せています」ディスプレイが切り替わり、インシグネの操縦席内部が映った。「今すぐ戦闘開始のゴングを鳴らしますか」
「交渉の失敗と、奴らが攻めてきた時の対策だ。直前まで待て」ローランドは隅で状況をモニタリングしているオペレーターの方を向いた。「応接室にいる使者を呼んでこい、結論を話す」
「了解しました」オペレーターは使者のいる応接室に回線をつなげた。
「結論は」
「話した通りだ」
「すぐにでも、ですか。時間稼ぎもできません」
 ドアが開き、隊員達と共に東安部の使者達が入ってきた。
 使者達は空いている席に座り、端末を操作して一体の情報を見せた。人は誰もおらず、東安部が即席の拠点を展開している。「一帯に居住している非戦闘員は、確認できる限り脱出しました。今すぐでも戦闘できますね」
「君達は戦いを望んでいるのか」ローランドは使者達に尋ねた。
「まさか」使者の一人は首を振った。「貴方達の返答次第です」
「人質を取った人間の言い分だな」ローランドはぼやいた。「やるにしても君達が有利と限らんがね」
「こもる側が有利な戦闘か、聞いた試しがないな」
 ローランドはうなづいた。「君達の要求を改めて聞く」コントロールパネルを操作し、ディスプレイに文書を映した。リブラの変動に伴い、駐屯地にある人工知能の接収を要求する内容だ。
「偽の国民を虐げる現状を維持するために、我々の構築したシステムを取り上げるか」
 使者達は黙った。東安部の隊員は皆、偽の国民だ。現状からの闘争を望み、政治結社の方針に同意する者は少ない。かと言って、内乱を起こし革命を引き起こしてもz海外から兵を派遣して鎮圧に図るのは目に見えている。
「異世界、いや平行世界か。概念はわかるか」
「話をそらすか」
「そらす気はない。返答は」
「ユートピアな世界に飛んで女を囲い幸福に暮らす世界か。おとぎ話にも劣る、妄想好きな人間が作り出した娯楽だよ」
 ローランドはコントロールパネルを操作した。細い線が一つの太い線に複数絡みついている映像が現れた。「魔道力学による平行世界の理論だ。我々の世界は一つの概念で動いているのではない。特異点を中心にするメインの世界に、付随するサブの世界が取り付いていて成立している」
 映像内で太い線が拡大し、一つの点が現れた。点にはカーソルが付いていて、『特異点』と表している。「我々はメインの世界にいる。複数絡み合っているサブの世界はメインと似た概念を持ちながら異なる世界で、フロンティアでもある。人工知能は、平行世界に飛ばす船の制御用だ。明け渡しはしない」ローランドは言い切った。
「異世界に飛ぶって、トラックの事故にあって転生でもするんですかね」
 使者達は大笑いをした。
「近いな」ローランドはうなづき、コントロールパネルを操作した。
 使者達の笑い声が止まった。
「現時点でわかっているのは、平行世界に向かうには物質では不足だ。精神体でなければ移動はできず、かと言って精神体は純粋なエネルギーだ。物質に還元できない。故に精神体に近いエネルギーを膨大なエネルギーで維持するバリアを作り、物質をエネルギーに還元せずに平行世界へ移動する」
 使者達は黙って映像を見ながら、ローランドの説明を聞いていた。異世界に行くのは妄想だと捉えていたが、話を聞いていくうちに本気だと受け止め始めた。
「異世界への移動には高性能なソフトウェアとハードウェアが必要になる。不測の事態に対応できる、人間の柔軟さと人工知能の判断能力を成した存在がな」
「異世界への探索などと夢物語に使わず、国家の未来に尽くすのが愛国ではないか」
「資源だけではなく、居住地を獲得すれば我々、偽の国民は政治結社やリブラの束縛から逃れ得る。虐げる世界から開放する絶好の機会ではないか」
「我々に同志になれと」使者はローランドに尋ねた。
「政治結社や真の国民の犬で終わるなら、蹴ってもいいがね」
「話はしておく」使者達は立ち上がり、隊員と共に司令室を出た。
 ドアが閉まった。
 ローランドは一息付いた。
「仲間に入りますかね」
「時間稼ぎだよ。同胞に落ちれば、後ろからミサイルが飛んでくる。寝返りはない」ローランドはオペレーターの方を向いた。「今のうちに配備を急げ。インシグネを稼働状態にしろ。明け渡す前に飛ばすぞ」
「了解しました」オペレーター達は一斉に伝達を開始した。
 司令室は数時間の間、隊員達が慌ただしく行き来し、指示が飛び交っていた。ローランドの手元にある端末とデスクは随時更新するデータで埋まっている。配備状況がデータの一部として映っている。急ごしらえながら十分だ。
 通信が入った。
「司令、通信です」オペレーターの声が響いた。
「回せ」
 通信がローランドの端末に回った。迷彩服を着た、いかつい赤ひげを生やした男が映っていた。『君がローランド司令かね、司令自ら応じてくれるか。私が一帯の統率を担当している』映像の隅にフルネームと共に略歴が映る。実戦は東安部の特性から皆無だ。代わりに統制に関する実績が多い。
「重大な交渉は頭がやる。当然だ」
 赤ひげの男は笑った。『君の話は聞いたよ。異世界探索計画、実に興味深い。我々偽の国民が真の国民を出し抜き、富を得て地位を返す。素晴らしき革命の夢想だ』
「して返答は」
『我々も確かに、虐げる生活を来世に渡って繰り返すのは嫌だよ。徴兵で真の国民の盾になり、死んでも名も残らぬまま、塗料と落書きまみれの墓に埋まるだけだ確かに辛い、辛いがな。何もかも捨てて革命に身を投じる勇者は我が部隊にいない。方針に従うだけだ』
「政治結社に従うと」
『我々にも家族がいる。歯向かえば終わりだ。虐げる生活を今すぐ変えるにも危険が多すぎる。例え100年、200年かかってもいいではないか。今は運がなかっただけだ』
「100年経過して同じ言葉を吐くに決まっている。なら今やるだけだ」ローランドは、つり下がっているディスプレイの映像を確認した。機甲部隊の配備は完了している。
『我々は食い止めなければならん。家族と安寧を守るため、力づくでもな』
「相容れぬなら、仕方がない」
『君は個人の理想を、皆の理想と勘違いしているな』
 通信が切れた。
 ローランドは隅にいるオペレーターに目をやった。
 オペレーターはローランドと目が合い、うなづいた。
 つり下がっているディスプレイの映像が切り替わった。インシグネの稼働状況が映る。暮広は仮眠を取っている。「奴を起こせ、出撃命令を下す」ローランドは司令室の壇に移動した。壇にはカウンターが設置してあり、埋め込んだディスプレイには駐屯地の各区域の状況や映像、データが重なって映っていた。
 オペレーターは回路を接続した。駐屯地の各区域のモニターにローランドの姿が映る。
 ローランドの表情が強張った。「諸君、私だ。ローランド司令だ。既に伝達した通り、政治結社に従う東安部が駐屯地周辺に展開している。彼等は我々の制御システムであるズベン・エス・カマリを明け渡せと指示が来たが、管轄する太陽社の意向により指示を蹴った。戦闘は不可避だ。我々に勝ちはない。異を唱える者は武装放棄をし、非戦闘員と共に離脱せよ。私や太陽社の意向に同意する者は直ちに武器を取り、命を捨てる覚悟で戦闘に入れ」壇から降りた。「居住区域一帯を占拠した輩が攻めてくる、戦闘態勢に入り、非戦闘員の避難と縮退炉のエネルギー充填の時間を稼げ」
「はい」オペレーターはコントロールパネルを操作し、各部隊に伝達した。
 ローランドはインシグネの状況を確認した。居住、調査用のモジュールを追加装備していて、更に武装を搭載しているので15メートルの高さの割に太く、大きく見える。
「インシグネは戦闘しつつエネルギーを充填する。充填が完了次第、異世界へ離脱する指示を出す」ローランドは席に付いた。ディスプレイに平行世界の概念と座標が立体で映っている。
「インシグネと非戦闘員が出てからは」暮広はローランドに尋ねた。
 ローランドは顔をしかめた。「奴らの狙いは消滅する。素直に白旗を掲げて被害を抑える」



 暮広は上官の命令により、宿舎で待機していた。普段は人型機械が置いてある詰め所で過ごしているため、余計な道具がなく、きれいに整頓してある。ベッドに横たわり、スピーカーから流れる音楽を聞いていた。次第に眠気が出てきた。
 ドアが開いた。芦原はドアの方を向いた。隊員が立っていた。「芦原、インシグネの搭乗命令が出た。動くぞ」
 暮広はベッドから起き上がった。眠気で意識が混濁していたので、ベッドから降りた瞬間に軽くよろけた。「済まない」
「気にするな、待機命令が暇なのはよくわかる」
 暮広は隊員の元に向かった。「出撃は」
「当面は搭乗だけだ。状況はズベン・エス・カマリを介してわかる」隊員は案内をした。
 暮広は隊員に続き、廊下を進んでインシグネのある空間に来た。
 空間内では、整備担当の隊員が歩行戦車や人型兵器に武装を搭載する作業を勧めていた。インシグネにはパイロンを介して装備を搭載している。
 暮広は周囲を見回した。歩行戦車や人型機械には銃器を装備し、弾薬を搭載し稼働状況を確認している。
「人を殺すのは初めてか」隊員は暮広に尋ねた。
「シミュレーションでは街一つ壊している」暮広は平然と答えた。「操縦席から人を殺すのは、ナイフで直に殺すのと違う。ボタンを押すだけで終わる仕事だ、書類にサインするのと変わらない」
 隊員は暮広の言葉に苦笑いをした。「ゲーム感覚で人を殺してると、精神が壊れるぞ」
「お前は大丈夫か」
「俺がか。元々壊れてるんだ、問題ない」
「壊れた人間は組織には使えんぞ、精神鑑定でもしてもらえ」暮広はギャラリーを通り、更衣室に入った。
 更衣室のロッカーに防護服が入っている。宇宙服より薄く、自動でし尿処理や栄養補給もできる新型だ。異世界探索や居住に当たって重大な、生命維持が可能な最新技術の塊だ。
 暮広は防護服に着替えた。訓練でよく着ているが、生命維持を優先しているので単独での活動に向いていない。着替えを終えると、腕に付いた端末のスイッチを入れた。生命維持機能が動く。ぎこちない動きで外に出て、操縦席があるインシグネのでん部に向かった。
 インシグネのでん部から操縦席が露出していた。操縦席の周辺はモニターや計器類が並んでいて、隊員が調整をしていた。
「すぐに搭乗できるか」暮広は隊員に尋ねた。
 隊員は操縦席から離れた。
 暮広は操縦席に乗った。操縦席のコンソールが起動し、次々とデジタルの計器が映りだす。
「閉めるぞ、挟むから離れろ」
 隊員達は暮広の言葉を聞き、操縦席から離れた。間もなく操縦席が閉じた。
 シートを介してチューブが防護服のソケットに接続する。同時に暮広の腕や足に栄養補給用のパッチが押し付いた。体に張り付く感覚は慣れず、かゆみを覚えて軽く体をゆすった。
 外の景色が操縦席の周囲一帯に映る。インシグネの各部位に搭載したカメラからコンピューターで処理し、全方位に外の状況を映し出す。同時に立体映像で機体の状況が映る。武装との接続パルスに揺らぎがある。
「仕様を変えたか」暮広は整備を担当している隊員に通信を入れた。
『シミュレーションと勘違いするな、実戦はコンピューターの意図通りに動かんぞ』
 暮広は武装と本体の接続状況を確認した。良好で故障はない。「次の命令は」
『司令の判断次第だ、今は待機しろ』
「了解した」暮広は整備兵の状況を眺めた。武装の搭載を歩行戦車に完了次第、人型兵器や隊員の誘導により出撃している。外の状況を確認するため、リブラを介して駐屯地外の状況を映した。
 リブラから映る外の情報では、駐屯地一帯は人を排除していて、東安部が部隊を展開している。部隊の詳細は現れていないが、一帯を制圧して配備しているのだから、相当な兵器を配備しているのが予測できる。
 暮広はリブラの方針を確認した。リブラは120時間以内に最小限のライフラインを除き廃止する。統制から電化製品の制御に至るまで一括していたシステムが停止するとなれば、混乱は必至だ。
 東安部はリブラの縮小と関連して、駐屯地に目を付けている。人工知能を手に入れても同じ方針を繰り返すだけだ。偽の国民は搾取を受ける側に変わりはない。
 暮広に眠気が襲ってくる。当初は抵抗していたが、次第に意識がなくなった。
 しばらく経った。通信が入った電子音が鳴り響いた。
 暮広は目を覚まし、通信元を確認した。ローランドからだ。回線が開く。ローランドの全身と共に指示が映る。一通り再生して閉じた。
 別の通信が入った。暮広は回線を開いた。『芦原、インシグネの調子は』
 暮広は目の前にウィンドウを開け、インシグネの状態を確認した。各部位に火器と近接戦闘用装備を搭載している。縮退炉は一基が6割、もう一基は予備として1割程度の出力で稼働している。機体の接続状況は問題ない。筋電位と魂とリンクした人工知能で動かすため、人間と同等の反応速度を持つ。
「各機体状況は万全だ、戦闘は」
『数を減らせ』
「了解した。ついでに質問いいか」
『何だ』
 駐屯地の状況が立体で映る。「勝ち目はあるか」
 返答はない。
 暮広はため息を付いた。
 インシグネを固定するエレベーターが動き出した。天井が同時に開き、上昇していく。地上に出ると急停止した。
 日が沈み、夜になっていた。
 暮広は周囲を見回した。駐屯地の建物が足元に見える。レーダーには立体で兵器類の動きが映っていた。
 インシグネを固定するボルトが炸裂して外れた。周囲の空間が揺らぎ、空中へ瞬時に転移する。現在の次元を超越して別の次元を介して移動したのだ。移動元は存在しないために消失し、代わりに膨大なエネルギーによる次元の障壁を形成する。転移を繰り返し、戦闘が発生している場所に向かった。
 駐屯地の近くでは戦闘が発生していた。施設を偽装した地下エレベーターから武装した人型機械と歩行戦車を送り込み、敵対する東安部の兵器を不意打ちで破壊していた。
 人型兵器は火器を駆使した強襲で市街地に展開する歩兵を建物ごと潰し、東安部は歩行戦車による砲撃と地道な展開で次々と駐屯地側の兵を潰していく。
 空中では無数の戦闘ヘリコプターが飛び交い、ロケットによる爆撃とガトリングガンによる砲撃をしている。歩兵は遮蔽物ごと微塵になり、人型兵器は鉄くずに分断して倒れる。一方で反撃を受けて撃破し、墜落する機体もあった。
 インシグネは転移を繰り返し、ヘリコプターの群れの前に現れた。
 操縦士は白い光を発する。巨大な人型兵器が突然現れたのに驚いた。
 インシグネは背部に搭載している機関砲を前方に回した。ヘリコプターの群れは一斉に搭載しているチェーンガンの雨を浴びせるが、弾丸はインシグネの前に発生している次元の揺らぎにより消失した。
 操縦士は不可解な現象に驚いた。
 インシグネは対空用の機関砲をヘリコプターの群れに掃射した。鈍い音を立てて発射した弾丸はヘリコプターの装甲を貫き、撃墜していく。撃墜したヘリコプターは地面に落ちて建物を破壊する。一通り撃墜し、機関砲を格納すると転移を繰り返し最前線に向かった。
 暮広は縮退炉を確認した。エネルギーは7割近くにまで充填している。異世界に向かうのに必要なエネルギーは最低、8割はないと厳しい。
 インシグネは転移を繰り返し、地面に降りると同時に背部に搭載している剣を取り出した。刃にエネルギーが通り光と電気を放つ。近くにいる歩行戦車に突き刺した。歩行戦車は衝撃で潰れ、火花を出して動きを止めた。剣を抜き取った。
 暮広は周辺の状況を確認した。マーカーが入り乱れている。通信が入った。ノイズ混じりで聞こえにくい。ゆがみが原因だとわかり、出力を抑えた。揺らぎによるバリアは弱まるが、現状の兵器を防ぐには十分だ。通信を確認した。通信元は周辺にいる人型兵器を操縦している東安部の隊員だ。
『すげえ兵器だな、何で先に出さなかった』ノイズ交じりの声が響く。
「インシグネだ。駐屯地一帯の制御システムも兼ねている。連中が欲しがっている宝だ、簡単に出せない」
『量産すれば苦労もしねえのによ』
「金出してくれるなら」
 直後に発煙弾が次々とインシグネの周囲に放り込んでくる。地面につくなり一斉に着火した。煙幕と爆音が広がり、目をくらますフラッシュが全方位から発生する。
 暮広はバリアを強め、外部から入る音を縮小した。次にカメラを切り替え、モーションと熱から物体を識別した。無数の人型兵器が映っていて、一斉攻撃を仕掛けつつ近づいてくるのが見える。味方の人型兵器は次々と敵機の攻撃を受け、動きを止めた。
 インシグネは人型兵器の間に割って入り、敵の人型兵器をつかんだ。人型兵器は装備した火器で抵抗するが、揺らぎにより効かない。腕を振って抵抗しても、6メートル程の人型兵器が15メートル以上もあるインシグネを押し切るのは不可能だ。人型兵器を殴った。人型兵器は吹き飛び、動きを止めた。
 暮広は止めを刺した人型兵器を確認するまでもなく、味方の状況をを認する。
 煙幕が薄まり、次第に視界が開く。
 味方の人型兵器はほぼ、動きを止めていた。味方側は撤退をしている。通信が入っているが、ノイズで聞こえない。敵側の人型兵器は引き下がりつつ、インシグネに射撃を仕掛けている。インシグネが発生しているゆがみで弾丸が消失していた。
 暮広は数を確認し、肩部ユニットから折り畳み式のミサイルランチャーを展開して敵機を捕捉する。
 インシグネは展開したランチャーから、ミサイルを斉射した。
 小型のミサイルは正確に対象に向けて飛んでいく。歩行戦車の迎撃システムが働き、迎撃ミサイルを発射して相殺していくも、残ったミサイルが当たり撃破していく。
 ミサイルは建物にも当たった。
 建物は爆風と共に音を立て、砂ぼこりを発生しつつ勢いよく壊れていく。
 周囲には破壊しつくした建物と、先程まで動いていた鉄くずが転がっている。
 インシグネは自身の周辺を確認した。ヘリコプターの類いは周辺になく、援軍の動きもない。空白地になったのを確認すると機関砲を折り畳み、別の最前線に転移した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み