第一話 ミーム・パウダー

文字数 16,120文字

 東京近郊の空港は人工知能で動く警備ロボットが行き交っている。労働は人工知能とロボットが務めている。真の国民は労働をせず、国家より保護費として支給している無限の金を使い倒す日々を過ごしていた。偽の国民は偽の国民のみで固まり、表には出てこない。
 レガートは空港内にあるレストランで食事をしていた。スパゲティをフォークに絡めて口に入れる。工業製品としては優秀な一方で味が足りない。窓ガラス越しに景色を見た。高層ビルが遠くにかすんで見える。カウンターに備え付けてあるテレビジョンには、海外でツアーをしている日本人ロックバンドの姿が遠目に映る。次いで海外で民族浄化に関わったとして、兵士を処刑する映像と解説が映っている。映像を見ている人々は残酷な映像に憤っていた。
 机に置いてある端末が、軽快な電子音を発した。
 レガートは端末を手に取り、軽くなでた。液晶に連絡元が映る。笑みを浮かべ、端末に映るスイッチを切った。東北にある駐屯地の名前が映っている。残ったスパゲティを食べ終え、端末を見た。1時15分を示している。テーブルの中央にあるセキュリティ端末とカードを重ねた。電子音が鳴った。
 ターミナルを歩き、外に出た。真の国民専用のタクシーが行き交っている。松が歩道に植えてあり、人口の森が奥に見える。周辺には何もなく、風が潮の香りを運んで来た。脇に黒塗りの高級車が1台置いてある。
 レガートは一台の車の前に来た。後部座席に搭載しているカメラがレガートを捉え、認証する。認証が完了し、自動で開いた。車に乗り込んだ。後部座席のドアが閉まった。
『レガート・ロン様。こんにちは』声が車内に響いた。
 レガートは車載の時計を見た。1時半を示している。「時間通りに止まっているわね。インプットしてある場所に動いて」
『了解しました』地図が後部座席に搭載しているディスプレイに映り、現在地から駐屯地までのルートが映る。
「遠距離移動に車以外ないなんてね。列車でも通せばいいのに」
『県を越えた移動には、許可が必要です』
「10年経っても過保護は変わらないのね」
 車は空港から去った。
 後部座席のディスプレイが切り替わり、電子音が鳴る。通信元は太陽社と映っているが、詳細はない。オペレーターを含め、無知な人間が通信をする時の常とう手段だ。
 レガートはディスプレイに手を触れた。画面が黒くなった。
『レガート・ロン博士。召喚に応じてくださり、ありがとうございます』女性の合成音声が響く。
「日本に呼んだのは貴方ではないわ、最後に決めたのは要請ではなくて好奇心よ。私が車に乗り込むのを監視していたわね」
 返答はない。
 レガートは笑みを浮かべた。「私が何を理由に日本に来たのかも分かっているわね。では貴方達は私に何を求めているのかしら。まさかスパイじゃないでしょうね。無理よ。私はスパイ映画の主人公でもCIAの工作員でもないわよ」
『貴方には期待しません。依頼は要請にすぎません。概要を説明します』映像がリブラのカーネルの図式に切り替わった。リブラの処理階層のうち、外部からのデータをフィードバックする部位が全国各地に拡散している映像が流れる。『リブラは日本国内にある事象を解析し、適所に分散して人工知能で集積するシステムを採用しています。回収している特定の部署にて、回収不能のパケットが発生しています』
「不具合一つに私を呼ぶなんて、基礎レベルで落ちているのね」
 映像が切り替わり、リブラが鍵を照合して接続する仕組みが映る。『リブラは接続に鍵がかかっている場合、類似するデータから照合し、作成して照合する機能を持っています。現在拒絶しているデータは鍵であるかすら判別できず、サンプルとして作成したキーが断片から照合しても、変化しているデータに合わせて過剰に作成しては照合してのループに陥っています。プログラムが進行せず、データの回収ができません』
「相手を鍵に固めて、一致で照合できる状態に直してくれって訳ね」
『はい』
 レガートはため息をついた。人工知能のプログラムエラーの修復を頼んだだけだ。プログラムのエラー修復の基礎もできないのか。「魔道力学との関係は」
『リブラ側が明示したデータは、太陽社が管轄しているエリアの駐屯地です。リブラすらも拒むとなれば、同等のシステムで制御していると予測できます』
 レガートは話を聞いていく。話の概要が読めてきた。リブラと同等のシステムが駐屯地で動いているとなれば、リブラ同様にクラウドとして広がっていく危険がある。リブラを脅かすとなれば、国家が壊滅しかねない。『概要は以上です』
「報酬は」
『国家を正常にすれば、相応の対応は致します。吉報を期待しています』通信が切れた。
「ひどいわね、東安部一つも制御できないなんて」レガートはため息をついた。軍部の暴走を食い止めるのに一介の外国人を呼び寄せる。過剰な愛国主義に塗れた日本が、自らの国を守るのに外国人に頼むとは、相変わらずねじれている。外の景色に目をやった。田舎の光景が窓を通して見えた。
 駐屯地に着いたのは、4時間後の日が傾いていた頃だった。
 家屋の構成は日本を離れた10年前から変わっていない。想像力が働いた想像家は10年、20年先の未来をあたかも数百年が経過したかの如く、破格のユートピアとして描いた。実際には10年は余りに短い。文化ですら100年経っても変化は薄いのだ。未来は人が予想するよりも変わらない。
 車は駐屯地の前に来た。東安部の隊員が近づいてくる。車の中にレガートの姿を認めた。ゲートが自動で開き、車は駐屯地に入った。
 駐屯地は一つの町を形成できる程の敷地だ。国家ではなく政治結社の太陽社が管理しているが、長の榎本が死去してから東安部の直轄となった。方針が変わったのは世界が魔道力学の一部を科学分野として編入したためだ。日本は魔道力学の優位を失い、外貨を稼ぐのは難しくなった。代わりに平和維持活動の名目で東安部を海外に派遣する必要があった。派遣の背景には偽の国民の人口増加がある。体よく数を減らすには都合がいいのだ。
 レガートは駐屯地内に転がっている輸送者と二足歩行戦車をガラス越しに見ていた。一人乗りの戦車で、複数の砲と太い脚部が細長い弾丸に近い形状に付いている。脚部は折りたたんで無限軌道を展開する機能がある。自動車とほぼ同じ速度での移動を可能とし、踏破能力もある。敷地の中央付近には2階建ての建物が立ち並んでいる。高いと目標になりやすく、被害が倒壊で拡大するので地上は2階までしか建てない規則がある。
 車は道路に従い、地下に入った。地下通路は黄色のナトリウム光を模したLEDの照明が一帯を照らしている。駐車場と行き来するだけの通路で、らせん状に最深部まで向かう構造になっている。地下の駐車場に入った。白い光が天井から差している。空いている場所に停車して、ドアが開いた。
 レガートは車を降りた。入り口に入り、ゲートを通過する。セキュリティゲートは10年の間に変わった。壁に付いたセンサーが自動で顔や体型から対象者を判別して自動で通過できるシステムだ。不審者は天井や壁に設置した機関銃で、一瞬で肉の破片へ調理する。
 廊下を通り、ロビーに出た。
 ロビーは体育館程の空間にテーブルと椅子が並んでいる。ディスプレイと操作用のコンソールがテーブルごとに立て掛けてある。調理機能を持った食料の自動販売機が端に並んでいて、窓を模した壁掛けのディスプレイには景色が映っている。空いている隊員が休憩している。
 レガートは周囲を見回した。テーブルに座っている隊員の一人がレガートに気づき、手を上げた。隊員の元に向かった。
 隊員は女性で、黄色混じりの髪を肩につく直前の長さで留めている。
「変わっていないわね」
「上の人は外にばかり目を向けて、内には関心がない。だから変えたくても変える労力も金もくれないわ」
 レガートは苦笑いをした。「私を直に呼んだのには理由があるんでしょ」
「司令に聞きなさい。呼び出したのは私ではないわ」隊員は席を立ち、休憩室を出た。レガートが続いた。
 廊下から駐屯地の奥にまで移動した。豪華な両開きの扉が突き当たりにある。会議室とドアの隣に記述してあり、認証用センサーとカメラが設置してある。
 隊員は会議室のセンサーに手を触れた。認証が完了し、電子音が鳴る。扉が開いた。
 扉の先には机が並んでいる。机にはディスプレイとコントロールパネルが乗っている。先には男が座っている。男は肩や胸に勲章や階級章を付けている。男の両脇には護衛の隊員がついている。
 男は立ち上がり、レガートに近づいた。脇にいる隊員も続いた。「よく来てくれた、レガート博士。私は御神と言い、駐屯地内を直轄している司令に当たる」手を差し出した。
 レガートは握手をした。「用件は聞いているわ」
「大まかにだな。詳細は今話す」御神はレガートを席にまで案内した。
 レガートは御神の案内で席に座った。
 御神は対面する形で座った。「飲み物は何が良いかね。アメリカ人だからコーヒーか」
「夜には飲まないわ、ココアで十分よ」
 御神は脇にいる隊員の方を向いた。「では用意しろ、私も同じでいい」
 隊員は頭を下げ、会議室を出ていった。
 御神はテーブルの中央にあるコンソールを手に取り、ディスプレイを起動した。レガートのテーブルに置いてあるディスプレイも起動した。
 ディスプレイにはメニュー画面が現れる。
 状況を示すアイコンが開き、駐屯地内の状況を示した。立体地図と重なった情報網が映る。神経を模していて、外部とはゲートを介して駐屯地外を含めた国を管理するリブラと接続している。ゲート内には過剰とも言えるファイアウォールが存在し、外からの情報を遮断している。
「我々の駐屯地を制御しているのはズベン・エル・ゲヌビと称する人工知能だ。リブラによって拡散せず内密に処理する関係で非常に使い勝手が良いので利用してもらっている」
 レガートはズベン・エル・ゲヌビの存在を聞き、顔をしかめた。日本を離れてから調査をしても、不明としか出ていなかった。
「ズベン・エル・ゲヌビを設計した君なら分かる。人の魂とリンクしている限り、データの抜き取りはできないシステムになっている。抜けば死ぬのだからな。当然侵入もできない。侵入を試みた形跡がある」
「知っているわ」レガートは簡潔に答えた。車で通信をしてきた輩の言動から、リブラはズベン・エル・ゲヌビに手を伸ばしているのは把握している。ディスプレイにはズベン・エル・ゲヌビはリブラへのアクセスを遮断していると表示している。影響も汚染もない。「箱の中身を見ていないけど、外の輪郭から鍵の形を把握するのは時間の問題よ」
「輪郭は触れてないわ、正面から削っているの。現に飛び散った破片の形跡がある。リブラが破片を拾っているわ」
 ディスプレイの表示が切り替わり、リブラが判断したデータのログが映った。共に映っている件数では中立の判断をしているが、内容は人口比率に比例して偽の国民の側に若干偏っている。リブラは真の国民に権利を与え、偽の国民に義務を与える人工知能だ。偽の国民に肩入れしない。表示が切り替わり、情報が映る。現在いる駐屯地へ触手が伸びて拡散している。
「リブラの判断に影響を与えていると」
 御神はうなづいた。「リブラが栄養としている情報は真の国民に有利になる仕組みになっている。でなければリブラ自身の制御ができる人間がいなくなるからな。自力で飯が食えん子供は、親に文句を言える立場になく甘える」
「親に反発してでも有利な情報を突き放しているのは、ズベン・エル・ゲヌビから弾いた断片を情報として取り込んだからね。国家を担う人工知能が、たった一人の言動に左右するほど小さいかしら」レガートは明瞭に言い切った。一人の意見で政策を簡単に変えるなど、無能な独裁者か政治に関心のない木偶以外にない。
 隊員がココアの入ったカップを持ってきた。二人のテーブルに置いた。
「削った側だけが影響を受けているのではない、ズベン・エル・ゲヌビも影響を受けている可能性がある」御神はカップに口を付けてココアを飲んだ。「削ったとなれば欠けていると認識できる。数値では影響が見えないが、数値以外に影響があるやもしれない」
「私に心療療法士になれと」
 御神は渋い表情をした。人工知能は人による統制では限界があるという認識から開発した経緯がある。リブラは想定外の事態を設計時に検討したシステムを照合して回避するが、ズベン・エル・ゲヌビは人間の魂とリンクしているので照合は自らが学んだ内容からしかできず、止めるにも意思がなければ不可能だ。欠けた知能が意思なら終わりだ。「見えない影響をリブラとサンセベリアを始めとした、可能性のある要素を徹底して洗い出せ。リンクしている当人の意思だけではない。魂との接続を含め要因は複数ある。魔道力学に通じていなければ行き詰まる。だから君を呼んだのだ」
「理由ね」レガートはカップに口を付けた。甘ったるいココアが喉を通る。「ズベン・エル・ゲヌビはAPWに接続していたでしょ、抜き取ったの」
 ディスプレイがサンセベリアと称する機械とのリンク状況に切り替わる。エネルギーの経路と仕様が映る。
 レガートは眉をひそめた。「随分と軍事仕様になっているわね。兵器にでも使う気かしら」
「異世界に何があるか分からんからな」
「一番の売りは」
「エネルギープライマーと呼ぶ兵装だ」ディスプレイの映像が切り替わる。エネルギープライマーの仕様が映る。周囲一帯のエネルギーを相殺するシステムだ。「仕様の段階で、効果は他の兵器を圧倒する。起動後にサンセベリア自身も制御不能に陥るのが欠点でな」
 御神はコンソールを操作してディスプレイのスイッチを切った。
「重大な話だけど、移動中に政治結社からコンタクトがあったわ。リブラが介入できないのに苛立っているわ」
「リブラを介してデータを抜き取る気か」
「軍はシビリアンコントロールよ、不可解な穴を取り除きたがっているの」レガートは席を立った。「サンセベリアと芦原沙雪の居場所は」
 御神は隊員に目をやった。隊員は頭を下げた。「案内しろ」
 隊員はレガートの元に移動した。「ご案内します」会議室を出た。
 レガートは隊員に続き、会議室を出た。
「政治結社と通じていますね、問題を起こさねばよいのですが」
「ズベン・エル・ゲヌビは魂だ。分割もコピーもできないので持ち出しは不可能だ。飽和した人工知能に何ができるか。調べれば調べる程、何もできないと気付くだけだ」御神は残ったココアを飲み干した。
 レガートは廊下を出てエレベーターホールに向かった。ホールと言っても物資搬送のスペースで、電気式のフォークリフトが散乱している。
 開きっぱなしのエレベーターに入った。簡素なコンクロートの壁で、オフィスの一区画程のスペースがある。隊員がボタンを押した。モーターの動く音がして壁が上がっていく。次第に冷えた空気が下から湧いてきた。
 レガートは下から上がっていくコンクリートの壁を眺めた。照明が壁に直付になっていて、一帯を照らしている。
 扉と出入り口が重なった。エレベーターが停止した。扉が開いた。
 一つの庭園が入る程の空間が広がっている。50メートル程の深さで、ギャラリーと足場が多層に、かつらせん状に重ねている。中央には15メートル程の高さの人型ロボットが設置してある。ハッチが開いていて、無数のケーブルがギャラリーに置いてある計器類につながっている。人々が忙しなくギャラリーを行き来していた。廊下がオフィスビル内の如く空間を囲んでいて、アクリルガラスで遮っている。
 隊員とレガートは廊下を通っている。
 レガートはアクリルガラスを通して中央を見た。人型ロボットが設置してある。「APWね」驚きの表情を見せる。
「サンセベリアと呼んでいます」隊員は廊下を歩く。レガートが続いた。
 ドアが突き当たりにある。隊員がドアの隣りにあるセンサーに手をかざした。静脈と指紋を読み取り照合する。ドアが開いた。
 先は制御室になっている。司令室に似たレイアウトで、置いてある計器類は若干古く、取り掛かる隊員もほとんどが若者から外れた年齢だ。壁一面に張り付けたディスプレイにはサンセベリアの状態や操縦席の状況を始めとするデータが映っている。
 レガートは映像の一つに目を向けた。沙雪が操縦席内で座っているのが見える。プロテクター状の筋電位を読み込むセンサーが四肢に被さっていた。隣には筋電位の状況と、操縦席内に映るVRの景色が映っている。
「筋電位で動かすなんて、アナクロなのね。ズベン・エル・ゲヌビと魂をリンクしているのだから、コンソールを介さないくても問題ないでしょ」
「脳波はノイズがかかりやすいので、人工知能のフィードバックや対話用に割り切っています」
 レガートは黙った。生物は無数の情報を同時に処理し、周囲一帯に存在する危険から守る仕組みだ。複数の処理を同時に、かつ無意識にこなす生物と単純な作業に絞る機械との相性は劣悪で、ダイレクトに判断すれば余計なノイズを命令と判断して実行してしまう。フィルタを介しても何が重要で、何が不必要なのかは分からない。
「何でリンクしているのよ、データを取る意味がないわ」
「十分あるわ、量産するにあたってね」
「量産」レガートはオウム返しに声を上げた。機械が量産できても、人工知能や魂が人工知能に適合する人間は量産できない。10年前の計画では遺伝子改造と人工授精をもってしても二人しか適合者が見つからなかったのだ。技術が発展しても量産は無理がある。「適合する人間も作るの」
 隊員は首を振った。「魂のリンクは類似した人工知能の開発で魂の適合と負担を抑え、誰でも操縦を可能とします。過剰に複雑な制御はせずとも、動かすだけならズベン・エル・ゲヌビでなくても十分だと分かっています。異世界に飛べるまでのエネルギーを持つだけでも十分、戦略兵器として価値があります。魔道力学でも他国に抜かれつつある現状では、日本が優位に立つ輸出産業になり得る、金のなる木です」
 レガートはディスプレイに映るズベン・エル・ゲヌビの状況を確認した。確かにズベン・エル・ゲヌビが必要なのは異世界における調査や解析、帰還を含めた状況や複雑なミッションに対応するためだ。兵器として使うだけなら別の国に派遣して破壊と殺りくをして戻ってくればいいだけだ。特に複雑な制御はいらない。代わりに搭乗者の育成が問題となる。宇宙飛行士と戦闘機のパイロットは別になる。「沙雪には話しているの」
「ズベン・エル・ゲヌビは駐屯地とリンクして制御下に置いているのよ、話さなくても分かっているわ」
 レガートは顔をしかめた。「矛盾していないの、独立した人工知能が駐屯地を制御下に置くなんて」
「兵器は単機で動かせないわよ」隊員は言い切った。
「もう一機のAPWは」
「不明よ」隊員は簡潔に答えた。
 レガートは隊員のそっけない返答に眉をひそめた。知らないのだから追及する意味はない。「話を逸らす気がしてごめんなさい、沙雪に会える」
「会えるけど調整が必要よ」隊員は時計に目をやった。18時を示している。「今日は無理かもね」
「分かったわ、ではホテルに戻るわ」レガートは扉に向かった。
 隊員がレガートの前に出た。「宿泊する場所は用意してあります。ご案内します」
「駐屯地から堕したくない気持ちは分かるわ。でも必要な道具を置いてあるのよ」
 隊員は胸ポケットから端末を取り出した。「場所を教えて下さい。我々が責任を持って宿泊する部屋に届けます」
「何が必要か分かる。下手をすればホテルの備品を勝手に持ち出す羽目になるわよ」
 隊員は黙った。
 レガートはあきれた。緊急事態が絡むとはいえ、相手が滞在する場所の配慮ができていない。「案内して。明日、一緒に東京へ取りに行くわ」
 隊員は眉をひそめた。「東京、ですか」
「当たり前でしょ、日本国内でまともな宿泊施設は東京しかないわよ。外国人が偽の国民の居住エリアにワザワザ来る訳はないでしょ」レガートは苦笑いをした。「行きたくないならいいわ、明日の朝に出るから、滞在する部屋まで案内したら車と連絡をお願い」
 隊員は端末についているペンを外し、書き込んだ。書き込みが終わるとレガートに目をやった。平然とした表情をしている。
 レガートは隊員と目があった。「案内は」
 隊員はペンと端末を胸ポケットにしまい、ドアに向かった。ドアは自動で開いた。
 滞在する部屋は駐屯地内の宿舎にある。設備は一通り整っている。食事は食堂で十分だ。窓はなく、液晶が壁一面に敷き詰めてある。壁に付いているコンソールで壁紙を自由に設定できる。
 レガートはベッドに横たわった。天井を眺める。シミはなく質素で飾りの類いはない。余りの無機質さに飽きてきた。次第に眠気が遅い、意識が沈んでいった。
 翌日になった。
 レガートは隊員が用意した車に搭乗し、滞在する予定だったホテルに向かった。部屋から荷物を取り出し、車に詰め込んで駐屯地に運び込んだ。損害は東安部が支払った。ゲートを出る際に荷物のチェックがあるが、政治結社からの通達により簡単に通過できた。政治結社側はレガートが駐屯地に入らないと困ると判断したからだ。駐屯地に入ると滞在先の部屋に荷物を運び出した。小型の機械をまとめ、端末の電源や回線を接続して各々のネットワークに組み込み、動作確認をした。
 ドアが開き、隊員が入ってくる。
「今は荷物を整理しているのよ、午前は用件がない限りは入るなって言ってたでしょ」
「用件ならあります」
「重大なの」レガートは隊員に尋ねた。
 隊員はうなづいた。「芦原3尉から直に話をと申していました」
 レガートは荷物を整理する手を止めた。「時間と場所は」
「昼を共にと要望がありまして、正午に特別室でと言っていました」隊員はコントロールパネルに近づいて操作をした。立体地図がディスプレイに映る。カーソルは駐屯地の奥にある一室を示した。
「案内は出るの」
「ロン博士の居場所が分かれば出します」
「なら無理ね、リストに入れておくわ。彼女に私の連絡先は入れて」
「回線を接続していれば、検索で引っかかります」
 レガートは片手を軽く上げた。「用件ありがとう。続きがないなら出ていって」
 隊員は頭を下げて部屋から出ていった。
 荷物の整理が正午近くに終わった。
 レガートは部屋を出た。端末に映る案内を頼りに、駐屯地の敷地を歩いて特別室のある棟に向かった。
 入り口にはゲートが設置してあり、隊員が脇で警備をしている。ドアを通過する際に簡易ながら対象者の体型や顔つきを読み取り、データベースを参照して照合する仕組みだ。
 レガートはゲートを通過した。電子音と共に、認証が完了したランプが光る。棟に入り、廊下を歩いていく。
 廊下は白を基調としながらも所々薄汚れている。
 レガートは端末の表示通り、階を上がり奥の部屋の前に来た。女性隊員が扉の前で待機している。
「レガート・ロン博士ですね」
「見れば分かるでしょ、他に来る人がいて」
「了解しました、先に芦原沙雪3尉がお待ちしています」女性隊員は丁寧な口調で扉を開けた。軍属ではなく、外部から呼んだメイドの印象を受ける。
 レガートは女性隊員に疑念を覚えるも、特に聞いても意味はないと判断して部屋に入った。
 部屋は廊下の印象と異なり、清潔な洋室だった。中央にテーブルがあり、簡素な食事が盛り付けてある。ディスプレイもコントロールパネルもない。
 先には褐色じみた肌をした、肩まであるつややかな黒い髪をした少女が座っている。他には誰もいない。
「貴方が芦原沙雪3尉かしら」レガートは少女に尋ねた。
「はい」少女はうなづいた。「私が芦原沙雪です。東安部東北師団に属しています」
「少年兵で3尉を持っているなんてね」
「名目です。機動兵器に搭乗できるのは将校からと決まっています。年齢に関しては伏せていますが」
 レガートはうなづいた。18歳未満の人間が関わっていると分かれば国際問題になる。「10年ぶりね、植物園で会ったきりだけど覚えて」
 沙雪は眉をひそめた。
 レガートは沙雪の表情を見てから、周囲を見回した。表立った場所に監視カメラの類いはない。「覚えていないのは仕方ないわ、子供の記憶は曖昧に離れていくのよ」
「単に浮かばないだけなら探せば見つかるかもしれません。記憶は随時データとして保存していますから」沙雪は自分の目の脇を人差し指で軽く突いた。
「探す気がないなら一緒よ。記憶をたどって私を浮かべても、今の私とは別よ。同一人物か否かって意味じゃなくて、骨格から変わっているって意味でね」レガートは席に座った。
 沙雪は笑みを浮かべた。「話には聞いています。魔道力学者で父の知り合いであると。ズベン・エル・ゲヌビの設計と共に、私の魂と接続する手術を担当した。ですよね」
 レガートは一息ついた。「私が担当したズベン・エル・ゲヌビは初期設定と貴方との魂のリンクしか請け負っていないわ。当時担当したクルーに聞いても、同じ答えしか返ってこないのは分かるわよね。人工知能は実行してから主の指示に従って変化していくの。変わり果てた先は私も知らないわ。独立してから職業を知って盾突く親はいないわよ」
「いいえ」沙雪はトンガに手を付け、皿に乗っている料理を取った。「あなたが一番、子供を知っていると認識しています」
 レガートはうなづいた。
 扉が開いた。
 女性隊員が飲み物を乗せたトレーを持って入ってきた。女性隊員はテーブルに来て、カップに飲み物を注いだ。紅茶の匂いと共に湯気が立ち込める。
「タイミングがいいわね、監視カメラがないのに」
 沙雪は笑みを浮かべた。「ありますよ」自分の頭を軽く突いた。
 レガートはうなづいた。沙雪は駐屯地を統括するズベン・エル・ゲヌビとリンクしているのだから、範囲を狭めての通信は容易にできる。「貴方は単に女子会を開くのに私を呼んだのではないわよね」
「無論です」沙雪は女性隊員に目をやった。女性隊員は頭を下げて出ていった。扉が閉まった。「ズベン・エル・ゲヌビにリブラが干渉した話は聞いていますね」
 レガートはうなづいた。
「元来、リブラは干渉不可能な領域に手を伸ばしません。けれどズベン・エル・ゲヌビに手を伸ばしている。矛盾していませんか」
「リブラは例外よ」レガートは簡素に答えた。リブラは条件を満たした場合、自らのプログラムに組み込む捕食プログラムが施してある。
「例外でも、知恵がある限り死を引き起こす毒キノコは食べません」
「リブラは無能とでも」
「いえ」沙雪は首を振った。「生物は欲に勝てません。リブラ自身を誘引する欲をズベン・エル・ゲヌビがばらまき、飛びついたとしたら矛盾は減りませんか」
 レガートはトンガを手に取り、手元の皿に食べ物を乗せた。「ズベン・エル・ゲヌビがリブラを食べているの」
「私は人間レコードとして登録しているので、命令なくして一度も、いえ一生駐屯地から外に出るのは叶いません。理由は分かりますね」
 レガートはうなづいた。沙雪はズベン・エル・ゲヌビと魂をリンクしている兵器の端末で、かつ本体でもある。当人のリンクを経由しない稼働は不可能だ。東安部に囲い込む必要がある。
「けれど外の世界を知らねば動けと言っても動けません。故に外と接触する東安部が持ち込んだデータに入るのです」
 レガートは皿に盛ったスパゲティを食べた。丁度良い柔らかさで茹でている。東京で食べたのとは違う。
「東安部が持ち込んだデータでは正確さに欠けます。私は自分自身の判断で外を司るシステム、リブラに接触するため餌をまいたのです」
 レガートは皿に盛ったスパゲティを食べつつ、沙雪の話を聞いている。今までの話を整理するとリブラがズベン・エル・ゲヌビと接触したのではない。リブラに存在した削り取った破片は、わざとズベン・エル・ゲヌビがばらまいたのだ。飛びついたリブラに触れ、東安部が用意した外の世界と異なるデータを手に入れている。「リブラに接触した時の印象は」
 沙雪の表情が固くなった。「別の駐屯地に置いて、リブラと接触している別の人工知能が存在するのを確認しました。父の死後に別れた暮弘と推測しています。現在リブラの戸籍に暮弘の名前は存在しますが接触はなく、データの変動もないので死亡に近い行方不明だと認識していました。私が貴方を呼んだ理由です」
「戸籍、データベースと違うの」レガートは沙雪に尋ねた。戸籍と称する制度は日本しかないので、理解し難い。
「同じと見て構いません」沙雪は明確に答えた。現在の日本では真の国民を登録して各特権の配布基準の判別に使う。偽の国民は日本国民と見なしていないので戸籍に登録していない。登録しているか否かによって権利の有無を始め、日本で正当に扱う『区別』をするのに便利だ。現在でも使用している。「戸籍に登録したままとなれば、生存している可能性はあります。けれど実際には見ていません。リブラがウソを付く理由はないのですから、私と同じく何らかの処置を受けている可能性があります」
「暮広を探し出してくれって訳ね」
「はい。東安部は当初の計画である異世界探索計画を捨て、ズベン・エル・ゲヌビをリブラにすり替え、偽の国民を主軸とみなす革命に移行する計画を立てています」沙雪は明瞭な口調で話した。「ズベン・エル・ゲヌビは既に東安部の駒に成り果ててしまいました。残った人工知能に手を付けていないのなら、別個の人工知能に本来の計画を委ねるより他にありません。行方不明なのも隠匿のためではないかと推測しています」
 レガートは紅茶に手を付けた。甘みはなく、ぬるくなっていた。政治結社の要望や東安部の依頼に加え、沙雪の依頼もこなすのは大変だ。「確かに、リブラと同等の人工知能が2つもあるとなれば、利用しに飛びつく輩が増えるわね。善処するわ」
「頼みました」沙雪はうなづいた。
 二人は他愛ない話をした。
 沙雪は少女でありながら会話が論理を伴い明瞭で、レガートが時折面食らう時もあった。霊性がプログラムに適応していたのに加え、遺伝子改造を受けて知能増幅を図っていたので年相応ではない知識と順応を見せていた。ただし経験はなく、上っ面だけの知識しかない。レガートの実践を元にした知識の前にたじろぐ場面もあった。
 一時間後にレガートとの食事を終えた。皿は既に片付けてあり、空になったカップだけがテーブルに乗っていた。「有意義だったわ。ありがとう。早速調べるわね」席を立った。
 沙雪はレガートに合わせて席を立ち、頭を下げた。「私こそ感謝しています。自身の内を話したのは久しぶりですから。ワガママで部屋を手配したかいがあります。今日はサンセベリアの調整に時間があります。間近に見てみませんか」
「見ていいの」
「データは直に受け取った方がいいでしょう」
「でも勝手に動かしていいの」
「再調整の名目でスケジュールのデータを書き換えます。駐屯地では私の」沙雪はレガートの前に向かい、扉を開けた。脇に女性隊員が待機している。
 レガートは少女らしからぬ言動に、まだ子供だと察した。
「サンセベリアの調整をします。アドバイザーとしてロン博士が同行しますので、共は不要です」
 女性隊員は頭を下げた。沙雪とレガートは棟にあるエレベーターホールに向かった。
 エレベーターのボタンを押すと扉が開いた。二人はエレベーターに入り、地下に向かった。地下階に到着し、扉が開くと通路を通ってドアの前に来た。生体認証によるセキュリティゲートが設置してある。
 沙雪は認証用のセンサーの前に手をかざした。ゲートにあるランプが点灯した。レガートも沙雪と同じ動作をして認証した。二人はセキュリティゲートを通過した。
 空間はサンセベリアを中心に回り込む形で無数のタラップと足場が設置してある。レガートは足場を通してサンセベリアに近づいた。
 サンセベリアは直立した状態で設置してある。APWと特殊なカテゴリーの名前が付いているが、実際には巨大人型ロボットでしかない。
 二人は回り込む動きでサンセベリアの胸部に近づいた。胸部は開いていて、内部の動力系統がむき出しになっている。
 レガートは整備士が調整している動力系統を見て驚いた。10年以上前に港で見た部品と構成が似ている。「胸部に駆動系があるのね。小型核融合でも使っているの」
 隊員はレガートの方を向いた。レガートは興味深く動力系統を眺めている。
「レガート・ロン博士です。魔道力学のアドバイザーとして駐屯地に滞在しています」
 隊員は作業を止めて立ち上がった。「博士でしたか、司令から伝達を受けています」レガートに頭を下げた。
 沙雪は操縦席の前に来た。操縦席は自動で開いた。サンセベリアの人工知能は沙雪の魂とリンクしているので、意思のままに操作できる。
「動かすの」
「炉は停止していますから無理です。起動するのにカロリウムボム数百基分のエネルギーが必要ですからね。確保するには今いる駐屯地だけではなく、他の駐屯地にあるカロリウム発電炉から融通する必要があります」
「机上の兵器って訳ね。試験もしていないの」
 隊員は近くにあるコントロールパネルを操作した。ディスプレイに縮退のデータと実験の履歴、状況を示す写真が多重に映った。「稼働試験はしています。仕組みとしては炉の内部で圧縮をかけて縮退を起こして類似ブラックホールを生成します。同時に周辺にも出力の小さい類似ブラックホールを生成し、相殺して外部への影響を阻止します。縮退が発生した状態で質量を放り込んでエネルギーを取り出すといった具合です。発生する熱まで奪いますが、保温処理もまた縮退で対処します。らせんにして徐々に力を慣らしていく形ですね。核融合炉を用いる案もありましたが、技術のパテントが高額で、東安部に割り当てた予算では確保できませんでした。仕方なくの対処です」
 レガートはデータを眺めた。「子供でも分かる説明、ありがとう」
 沙雪は飛び出たシートに座った。操縦席に入り格納する。ディスプレイが切り替わり、操縦席の内部が映る。内部は昨日、監視室で見たのと同じ光景だ。
「実際に動かせないのに、訓練はするのね」
「彼女は他に利用手段がないのです」隊員は胸部から手を離し、回路の接続を始めた。「少女ですし、容姿も十分ですからアイドルとしての使い道はありますよ。でも少年兵を表に出せば国連がうるさい。東安部がかつての自衛隊と同じく国防組織であって、軍隊ではないと説明しても通じませんからね。タダでさえ魔導力学の実験場としてにらんでいる状態ですから、些細な状況でも表に出すのはまずいというヤツです」
 レガートはディスプレイに映る沙雪の状態を見ていた。各部位の筋電位と脳波の状況が映っている。昨日見た光景と変わりはない。
 映像で差雪は目を閉じた。金電位の反応が極端に鈍りだす。
「どいて」レガートは隊員を払いのけてコントロールパネルの前に来た。
「待って下さい、3尉に直結しているんですよ」
「問題なら人工知能自身が止めるわ。古いけど魂と接続する手術をしたのは私とクルーよ。貴方よりはブラックボックスを把握しているわ」
 隊員はたじろいだ。「では何を」
「データを記録して。私の部屋で解析するから」
「なら直にクラウドを使えば」
「スタンドアロンでないと駄目よ」レガートはポケットからメモリカードの入ったカードケースを取り出し、開けた。クリアケースを通して見えるメモリカードと同じ型だ。
 隊員は驚いた。生産は既に完了していて、海外を経由しても入手が厳しいにもかかわらず保有している。
 レガートは他委員の反応を見て笑みを浮かべた。「軍の事情は一緒よ」カードスロットにカードを入れた。入っているデータの内容のウィンドウが開く。軍事用のシステムは最新の機械を使うのは、軍を知らない人間の錯覚だ。更新する際、一瞬でもシステムが停止すると問題になるので、関連する機械を停止しない限りアップデートをせず、枯れた技術を使い回す。
 カードに入っているデータの内容が映る。リブラを解析したログが入っている。容量は解析したデータを放り込む分には問題ない。
 レガートはコントロールパネルを操作し始めた。ズベン・エル・ゲヌビのプログラムの実行ログが多重に映っている。レガートは幾重にも現れるプロットをまとめ、メモリカードに保存していく。隊員はレガートの手際の良さに感心した。ズベン・エル・ゲヌビは自律式の制御システムを持っていて、沙雪はプログラムの穴を埋めている。
「問題でもありますか」
「いえ」レガートはログを見ながら簡潔に答えた。ズベン・エル・ゲヌビの調整とAPWのシミュレーションをしているとしか見えない。モニターの中ではサンセベリアが機体に搭載してあるブースターを使用して飛行している。縮退炉の出力を計測している。百分率では1パーセントも出ていない。数値として換算している表示では、少なく見積もってもかつて存在していた原子力発電所の10基分程度の発電量は出ている。
 20分が経過した。異常な反応は特になく、検知もしない。プログラムも制御システムのコードとしては標準だ。魂とのリンクは脳との直結を超えた次世代のシステムに見えるが、単にキーボードとマウスを精神に組み込んでいるだけだ。審査基準がズベン・エル・ゲヌビ自身だ。異常はまず検知しない。
 モニターではサンセベリアが着陸し、荷物の運搬をしている。モニターは一通り荷物を運び終えた状態で切れた。テストが終わった。
 ズベン・エル・ゲヌビの稼働状況が安定していく。サンセベリアによるシミュレーションが終わり、通常稼働に戻った。20分以上も変動の薄い状況を監視していると飽きてくる。隊員は睡魔からあくびをしていた。
 サンセベリアの操縦席のハッチが開き、シートを引き出した。
 沙雪はシートから降りた。近くに待機していた隊員はシートの状況を調べ始めた。
 レガートはコントロールパネルを操作し、メモリカードへの記録を止めた。ズベン・エル・ゲヌビが沙雪から離れたので、計測する意味はない。リアルタイムにモニターするなら、自室で接続すればいいだけだ。メモリカードスロットからカードを抜き、ケースに入れた。沙雪に近づき、笑みを浮かべた。「ありがとう。参考にするわ」
「はい」沙雪は頭を下げた。「次は自室にこもるのですか」
「ええ」レガートは軽快に答えた。「リブラにアクセスして照合するけど、駐屯地内でリブラに干渉できるの」
「バッファを介すればできますが、ズベン・エル・ゲヌビの内容は漏れていません。リブラはズベン・エル・ゲヌビ内から手に入れたミームを垂れ流しにする程間抜けではないです。フィルタを介して消しています」
 隊員はコントロールパネルを操作して、リブラを介したデータを映した。何もない。隊員は安心した。
 沙雪はレガートの袖を引っ張った。レガートは沙雪に顔を近づけた。沙雪はレガートの耳に顔を近づけた。「実際にはズベン・エル・ゲヌビにある私のミームはリブラの中に溶け込んでいます。自分のプログラムにしているので引っかからず、量子キーで封じているので人間に解析できないだけです」ポケットからメモ帳を取り出して書き込み、レガートの手に渡した。
 レガートはメモ帳を握りしめた。
「何かありましたか」隊員は沙雪に尋ねた。
「渡す資料では不足だと判断しました。即席ですが補足のメモを渡しました」沙雪はレガートから離れた。「休憩します。連絡をお願いします」
「はい、3尉」隊員は声を上げた。
 レガートは隊員に手を上げた。「自室に戻るから、何かあったら連絡して」空間から出ていった。
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