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文字数 839文字

頭のてっぺんからつま先まで、哀しみが流れる。流れる哀しみの傷みだけを感じながら、灰になりたい。
心地いい風に混ざって跡形もなく消えてしまえたら。
この世に生まれて、少しずつ出来上がったこの形。もうきっと大きくは変わらないだろう。哀しみを繰り返す先の未来と向き合うことが、私は上手くできないようだ。
いつまで経っても、扉の開け方を覚えようとしないのだから。


文音と会う。
いつもの喫茶店。
今夜は、話したいこと、があるそうだ。そんな誘い方は珍しくて。緊張してしまう。なんとなく、分かってしまっている。話したい事柄はきっと、私を哀しくさせる。
文音はオムライス。私はえびピラフにした。
文音は、学校でのことを話し、最近見た映画の話をし、近所のケーキ屋が移転することを話して、食べ終えたオムライスの皿を机の端によせ、食後のデザートを決めるべくメニューを開いてから、話したいことを話し始めた。
就職活動が上手くいけば、ここから新幹線で二時間。文音はそこで新しい生活を、一年後には始めるという。
私は心から、その事を応援したいと思った。愛する人の決めた事。私から離れてしまったのだ。もっと離れていってしまうことに、私から何が言えるというのだろう。



母でなければならないことがあった。
母でなければならないときがあった。
そんな唯一無二の存在なんて、一人一人に与えてくれなくていい。そうすれば誰もが、それぞれに与えられた温もりだけを知って生きていかれる。
私はいつまでも、随分昔の小さな自分を思い出している。
触れられなかった哀しみを。

私は私自身が唯一無二になり、何かを刻むことができただろう。それは、怒りや哀しみのほうが色濃いかもしれないし、それだけではないのかもしれない。
愛されたい。
物理的でいいから側にいてほしい。
一人にはなりたくない。
けれどどんな形を手に入れても、一人だと思わずにはいられないだろう。
だから私は、灰になりたいのだと思う。
そうなればきっと、体温を必要とすることなんて、ずっとないんじゃないだろうか。



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