文字数 825文字

ジャークチキンピザとポテトチップス。
私はそれらを階下に取りに降りる。
ジャークチキンピザは今日のおすすめ。
ポテトチップスは人気メニュー。じゃがいもをスライスしてそのまま揚げたようなもので、厚みがあってとても美味しい。私も気に入っている。

熱々のものを菜穂(なほ)ちゃんに渡す。お客さんに運ぶのは彼女の役目。
私の役目は注文されたものを用意すること、お酒。そして掃除。雑談も時々。
今日はとても暇な日のよう。
水滴ひとつ残すことのないよう、シンク周りを拭き取るオーナーの翔平(しょうへい)さん。
ここはオーナーそのものだ。紫と黄色のネオンが強く光る空間。全体的には暗く、カウンターあたりは白く明るい蛍光灯が瞬く。
一息ついて、薄めに作ったウィスキーの水割りを飲むと、翔平さんに声をかけられた。
「来てるよ慶人(けいと)
入り口から一番奥のカウンター席に座っていた。
私の心友。肩までの髪を今日は一つに束ねて、丸い眼鏡をかけている。瓶のビールを持つ手には、いつものシルバーの指輪。
私は正面から声をかけた。
「珍しいね。この時間にビールなんだ」
私に気づいた心友は、私の手元を見ている。
「ミナミこそ。飲んでるそれ、茶?」
私の持っているグラスには、氷のよく溶けたウィスキーの水割り。ほんのり茶色がかっている。

ミナミ。

私はそう呼ばれたことに対して、口を真一文字にして、ケイさんを睨みつけた。
「あ、悪い」
美波(ミナミ)、は、私が結婚していた頃の姓。
私は仕方ないと分かっていて。
少し微笑む。
「みぞれ酒。飲みに行こう」


今夜翔平さんは、早く上がらせてくれるだろう。そしてケイさんとみぞれ酒を飲みに行く。みぞれ酒のある店に行くということは、いつもより酔いが回るといい日で。酔ったケイさんは、私を抱き竦めてくれる。
そして私は、それを望んでいる。
それ以上の情事がない事を分かっているから。

人、の温もりは恋しい。

そしてそれは好きな人でないと意味がない。
けれど、好き、であっても、私は何も求めないし何も答えられない。

ずっとずっと、行き止まり。



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