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文字数 907文字

年齢 その欄で私の書く手は止まる。
分からなくなる。
実際の年齢、その上かその下。
どれでも同じで。
そんなふうに思う日がくるなんて。


今日は誕生日。
私は

があまり好きではない。
祝ってもらえれば、気を使ってしまうし。祝ってもらわなければ、寂しい。
どちらにしても。
けれど、愛した人に祝ってもらったあの年々。その歳だけは、好きになれた。
ホールのケーキが魅力的で。でもきっと食べきれない。けれど迷いなくこう言ってくれた。
「食べたいなら買おう」

私はそんなことを思い出していた。小さなキッチンで。缶ビールを飲みながら。そうして、文音の好きなものを用意している。
シチュー、生ハムとモッツァレラチーズのサラダ、レーズンカンパーニュをオーブンへ。

「ママ、誕生日、おめでとう」
背の高い文音。今日のスカート丈は短くて、ゆったりしたパーカーを合わせている。
ほんとうに、大きくなった。
私の宝物。
「ハロウィン終わったけどね、無理言って作ってもらったの。かぼちゃのクリームを使っていて、中には黒豆が入ってて。これ絶対ママ好きだよね」
ケーキの箱を机に置いて、開けて中を見せてくれる。二人で食べきれそうな大きさのロールケーキ。それはきっと私好みで、とても甘そうで、それでいて少しビターな感じもする。
ケーキは特別を思わせてくれる。
宝物が用意してくれた特別。

「ここは落ち着くね。見慣れたママの物が、たくさん置いてあるからかな」
窓から、夜空を見上げながら文音はそう言った。そうしてワインを一口飲む。
「でも、よそよそしい感じもする」
置いたままの皿からフォークでケーキをすくう文音の手元を見ながら、私は飲むことも食べることもできなくて。文音の言葉を待つ。
「ママは変わらないね。ずっとずっと、変わってない。なんだか、羨ましい」
骨ばった大きな手。それは私の手によく似ている。
「そのままでいてね」
ふっくらした丸い頬は昔の私。
私は頷くのがやっとで、何も言うことができなくて。しばらく、文音の横顔を眺めていた。



ただこの子が、誕生日を忘れないでいてくれるなら、私はいくつ歳をとっても構わない。

その為なら、起きて眠るということが、これからも少しだけ、続けられるような気がする。


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