12

文字数 869文字

平日、夜。私は掃除をしている。
机の裏、椅子の脚、窓枠。普段しない所を丁寧に。
ピザ屋、その上である此処も、今夜は静か。
雨だからだろうか。あまり人手は賑わしくない。
静かで心地良い音。
天気が良くない日が続いている。

綺麗好きな翔平さんはよく、掃除をしようと言う。ここは住む家でもあるからだろうけど。

ある程度できた頃、私の前にはビールが置かれていた。
「慶人と

の?」
はっきりと。不意に聞いてくる。そしていつも、少し遠慮がちに。
それはずっと前からの事で、慣れている。
「いいえ。なんにも」
翔平さんとは気が合うと思う。そう思ったのはここで働くようになってから。それまでは、二人で話す事はあまりなくて気づかなかった。
似ているということに。
神経質で人見知り。慎重で臆病。人に合わせているようで、合わせられない。揺るぎない。そんなとこが。
「寂しくないの?俺は誰かいないとダメだから。百合ちゃんは無理してるでしょ」
私は泡のハンドソープで手を洗う。爽やかなシトラスの香り。タオルで手を拭いて、ビールのある席に着いた。
「無理してる。かな?」
ビールは国産のビールで、キリッとした喉越し。一口目がとても美味しい。掃除をした後だから、特に。机に体を預けてビールを飲む翔平さんは、いつもより地味な色の服を着ていて、なんだか疲れているように見える。
「俺は、二人のこと好きだからさ。一緒にいてほしいっていうか」
窓から下を見下ろしながら、そんなことを言う。
私はなんだか、切なくなった。
一緒にいたいから、なんにもないのに。寂しくても、それ以上寂しくならない為なのに。
大切なものを守り続けるのは難しい。


帰る頃雨は止んでいた。
家に着いてすぐお風呂に入る。
ゆっくりと湯船に浸かって体を温めた。
髪を乾かして、温かなウィスキーを作る。
湯冷めしてしまうかもしれない。けれどそれを手に、私はベランダに出た。
一人で飲むお酒は、限りなく静か。

誰か、後ろから抱きしめてくれないだろうか。
けれど、誰の顔も思いつかない。

大人になれてよかった。
私が依存し続けられるのは、この手にある琥珀色の液体だけだから。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み