文字数 718文字

愛する人の子供が欲しいなんて。
一度も思ったことはない。

煩わしいと思われるくらいなら、いらない。


あなたが望んだ結果。
私はあなたの愛し方を、忘れてしまった。

もうきっと、戻れない。

欲張った結果だと思う。
あなたは、受け入れなくてはならない。



「少し痩せた?」
よく待ち合わせている喫茶店の前で、私は娘にそんなことを言われた。私達は二週間ぶりに会う。
「そんなことないと思うけど」
文音(あやね)の艶のある髪。
真っ直ぐに伸びた長い足。
潤んだ瞳に長いまつ毛。
会う度大きくなる我が子に、私は驚く。
私の、唯一かけがえのないもの。
そして、いつもあの日の言葉を思い出す。

「大丈夫よ。わたしはパパの所に残るから」

店は仄暗い照明で天井が高く静かなクラシックが流れている。
いつも決まって、入って右奥の突き当たりの席。ここがいちばん落ち着く、と文音は言う。
ホットコーヒーとプリンアラモード、それからコーラフロートを注文した。文音はティラミスと迷っていたけれど、ママはプリンが好きだから、とプリンアラモードにすると言った。
「テスト。今日終わったの。それとね、来週旅行に行くの。(たける)くんと。もちろんパパには言ってないけど。友達と行くって言ってある」
コーラフロートのアイスクリームを少し溶かしながら、嬉しそうな文音の表情は、私を幸せにする。
そして少し、寂しくさせる。
文音の連絡があればいつでも、こうして会えることができるけれど。
寂しくなるようにしてしまったのは私。

「ママ。また遊びに行っても、いい?」

文音の笑った顔は、あの人を思い出させる。

それは私に、何かを問いかけて、響かせる。

何よりも大切な文音。


私はわたしのあるべき場所へ帰る。

帰るべき場所があると思えるのは、とても幸せだと、今は思う。


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