きれい、だった。

文字数 488文字

 伸ばした手は届かなかった。
ぐずっ、と重い水音がして、僕は崩れ落ちた。
俯せに倒れ込んで、それでも腹這いに這い擦って……ヒメ先輩を目指す。
 それでも微塵にも進まず蠢くだけの僕に
いつから、
ヒメ先輩が近付いて来た。
あなたは、取り込まれてしまったのかしらね
 あ……あ……と、息も絶え絶えに洩らす僕の顎を撫でる。
ヒメ先輩の指先が触れた途端、ぽうっ、とそこだけが、あたたかく灯って。
まぁ……私たち(・・・)には、関係無いわねぇ?
 きれい、だった。
ふんわり、花が綻ぶように笑んだヒメ先輩は、崩れる泥みたいな中から『僕』を抱き上げた。
────にゃぁー……ん────
おかえりなさい。家族も待ってるわよ
 抱き抱えられ、『家族』と言う単語に、僕は思い出す。
“ほら! 凄いだろっ、最新機種! いっぱい、写真とか動画を撮ろうな”
“もうっ。お父さん、少しは私も撮ってよー!”
“えー、良いじゃないの。せっかくの端末だもの。お母さんは、お父さんに賛成”
“うー……お母さんまでっ”
 老いた野良猫を引き取って、たいせつにしてくれた、僕の『家族』。
 それが、みんないなくなってしまうなんて、誰が予想出来ただろう。
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登場人物紹介

ヒメ先輩。『A高校郷土史研究会』を掲げた奥の部屋にいつもいる女性。セーラー服を着ていて、一見普通の女生徒のようだが……?ただ歩くだけで怪異と遭遇する世請くんを見兼ねて、世話を焼いている。

世請くん。何をするでも無く、ただ歩くだけで怪異や事件に巻き添えを食らう男子高校生。ヒメ先輩曰く、世請くんの意志に関係無く自ら怪異に向かっているとのこと。本人に自覚は無く何なら不服ですら在る……が、実質ヒメ先輩に助けてもらっている現状から強く反論出来ない。

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