第15話

文字数 6,409文字

ヨウコと老人は、白い広間から奥へと向かう回廊を歩いて行ってしまった。

僕はこの先に言ってしまえば二度と帰れなくなってしまう気がして、その場でためらっていた。人間とか猫とか関係なく死んだ後に行くべき場所だ、と僕の本能が語りかけて来る。

その本能を超えるために意を決して、前足を一歩踏み出そうと頑張っていたとき、今度はまた別の何かがこの部屋で起き始めたことを察知した。

何処かで何かが空気を細かく震わせている。その微細なゆらぎを僕の髭がキャッチしたのだ。

なんだろう?と思いながら、振り返り辺りを見渡した。でもさっきと変わりなく、白で統一された戸棚とテーブルに椅子とピアノがあるだけで、特に異変はなかった。

僕は部屋を横断するように行ったり来たり一往復してみたが特に異常はなかった。しかし依然として僕の髭はまだ何かの微細な振動を感知していた。わけがわからずただ油断を怠らないように気をつけながらその場に立ちすくんでいるうちに、ふと視界の上の天井に何かが見えた。それは得体のしれない光沢のある黒い雫のようなもので白い天井のあるところからゆっくり滲み出るようにこの部屋に侵入している。
「Booooom....Booooom.... Booooom....」
空気の振動はそいつが原因のようで、規則正しいいままで聞いたことのないような異様な音を発しながら天井を突き抜け降りてくると、その姿を完全に現した。それは雫ではなく人間が人工的に作ったような傷ひとつ無い完璧で真っ黒な球体だった。しかも空中に浮いて微動だにしない。僕はあっけに取られなて無意識に後ずさりしていた。こんなのが突然現れて警戒しない猫はいない。
「ᚡᚢᚣᚤᚥᚦᚧᚨᚩᚠᚡᚢᚥᚦᚥᚦᚧᚨᚩᚣᚤ・・・・」
まったく意味不明な音の羅列が聞こえてきたが、人間の言葉を理解する能力を持つ猫にもまったく意味が分からなかった。黒い玉の大きさは人間の頭よりすこしデカいくらいで、空中に浮いたままま直線的に僕のほうへ近づいてきた。

自然に背筋の毛が逆立ち、反射的に口から息が漏れて僕は威嚇音を立てていた。するとそいつは一定の距離をおきながらそこに留まって、それ以上近づかなくなった。その球体は真っ黒なだけで目や鼻などの器官らしきものが見当たらないのに、そいつから僕を観察するようなジメっと張り付くような嫌な視線を感じた。
「ぎゃあぁぁぁ!!」

突然の悲鳴が奥の方から聞こえてきた!おいおい今度は何が起きたっ!?と思わって振り変えると、それは凄い勢いで駆けて来たヨウコの姿で、その後を追ってくるように続いて謎の人影が姿を現した。


その謎の怪人は、暗い色をした外套を着ていて、フードから覗く顔の部分には、仮面のようなもしくは皮膚がただれてしまったものなのか、正常な人間のそれではない、形容しがたい異様な容貌をしていて、ヨウコが怖気て大きな悲鳴を挙げるのも無理はなかった。


すると謎の怪人は謎の言語で語り掛け始めた。


「你明白我的意思吗?」
「マジでなんなの!!」
ヨウコは部屋の隅近くに身を縮めながらも、怒気が込められた言葉を返したが、謎の怪人は特に威嚇したり怯んだ様子もなく悠然と立っていた。そして怪人は立て続けに幾つか違う国の言語でヨウコに語り始めた

「Bạn có thể hiểu được những lời này?」
その後も謎の怪人は、理解できない言葉を投げかけてきた。
「한국어를 이해하십니까?」
「韓国語はわかるけど、私日本語しか喋れないよ」
今のが韓国語ってやつなのか・・・?にしても、あの自称廃墟ビルディングのオーナーの老人は何処に行ってしまったんだ?それが気になり奥へ向かう回廊を見てみたが、そこに人の気配は無かった。
「これならわかりますか?」
突然聞き慣れた日本語の言葉が来て、拍子抜けした。一体なに人なのだろう?
「わかりるけど・・・あの老人はどうなったの!?あなたも仲間とか?」
「仲間と言われればそうですねぇ。しかしそれはもう、かなり前の話ですが」
「いやいやいや!もう勘弁してくださいって!一体私に何をさせたいの?」
「いやいや謝るのはこちらの方です。あなた方にはどうやら迷惑をお掛けしたようですねぇ。帰りたいならば希望通りお帰ししますので、心配しないでください。それにしても日本語は、なかなかに難しい言語ですねぇ。まぁでももう少し落ち着いてください。私と会話が出来ますか?」
「えっ・・・ほんとうに帰してくれるの?」
「ええ。あなたが元いた世界に帰ってもらってけっこうです」
「てかあなたは誰なんです?」
「私は観察者です。世界をひたすらに見つめる者です」
「ん?・・・観察者?見つめる者ってどういう意味ですか?人間ではない・・・ってこと?」
「人間と言えばわたしも人間です。さきほど言ったように私は自らを″観察者″と呼んでいますが、過去には″旧支配者″と呼ばれることもありました。しかし詳しいお話をすることはなかなかどうして難しい問題をはらみます。あなた方の時にふさわしい表現で言うなら、高いクリアランスというかセンスティブな内容と言いますか・・・」
「いやあなたがいま会話しようって言ったんでしょ。政府の偉い人みたいな感じでいろいろと秘密だらけってこと??」
「確かに私そう言いましたね。では仕方ない、率直にお話しましょう。あなたが元の世界に帰って仮に誰かにここでの話をしたとしても、誰も信じないでしょうしねぇ」
「そうだ!それよりも、私の友達のレイカに、あと他に二人のYouTuberって言ってわかります?追放されたりネズミにされたりみんなめちゃくちゃな目に遭わされてんですけど、そっちはどうなったの?」
「はい。もちろん知っています。ネズミにされた二人の若者ならば保護してますので心配無用です」
そう言って謎の怪人は、宙に浮いている黒い球を指した。その指をよく見てみるとそれはどう見ても人間のものじゃなかった。指の長さと本数が違う。パット見て鳥か爬虫類の手のようにも見えたが、どちらかというと魚の細かい鱗のようなものに覆われているようだ。
「レイカは?」

「彼女の方も保護しています。もうすぐここへやって来るでしょう」

怪人がそう言うと、今度は白い床の下から黒い物体が泡ぶくのようにむくむくと湧き上がって来たかと思うと、それは宙に浮いて、先に天井から出てきた球と共に対になった。
「この球体の中にいるってこと!?それも魔法の力?」
「そういうことです」
「杖がなくてもできるの?」
「杖ですか?まぁ別に持っていなくても構いませんが・・・まぁ杖ならここにありますよ」
と言って怪人はローブの中から手慣れたマジックでもするかのように、素早い手さばきで引っ張しのか気づいた時にはその左手に黒い杖が収まっていた。
「つまりあなたもやっぱりあの老人のお仲間なんじゃん!」
「いやまぁそうなんですがその点はご心配なく。彼と私は違います。あなたにかなり酷い思いをさせたようですが、彼はもとは素晴らしい感性を備えたよっぽど私よりも優秀な人間でした。しかしどうやら地球の毒気にやられてしまったようですね。しかし彼があのような変貌を遂げていることを気づかずにこの廻間に隠匿していたことを見逃していたことは、私の落ち度でした」
「な、何言ってるか変わらないけけどさ・・・とにかくあいつを捕まえてどっかに隔離したって感じな話?」
「そうです。彼は私のほうで保護しました。なのでもう大丈夫です」
「なるほどって言いたいけど、こっちに来てからずっと意味不明なこと連発で、悪夢見させられてる感じなんですけど、これってそもそも現実?自信なくなってきた・・・」
「現実ですよ。しかしながら私にとっても地球に生存する生身の人間に会うなど、あなたと同様に夢みたいな感覚です。この邂逅がどれほど振りなのかもはや正確に思い出せませんが、かれこれもう数十万年は経ってしまっていると思います」
「数十万年?」
「はいそうです。私とあなた方人間の時間感覚は違いますが、地球時間で言えばそのくらいになりますねぇ。私の感覚的に言ってもかなり前のことではありますが」
「もしかしてあなたがその・・・あいつがなんて言ってたんだっけ・・・・そうだ! もしかして人間の始祖!?」
「その呼び方めちゃくちゃ恥ずかしいですねぇ。彼がいってたんですか?始祖と呼べるかどうかはわかりませんが、確かに私たちがあなた方地球における人間の始まりに関与していますけど」
「人間を作ったっていうことは・・・つまり神様ってこと?」
「神様ですか?うーん・・・たしかに私たちはいつくかの宗教や伝承による神話のモチーフにされているようです。プロビデンスの目のシンボルや、万物を見通す目とか言われる存在ははつまり、たしかに私たちのことを暗示しているのでしょう。しかし私は神ではありません。私たちはあくまで観測者です。世界をつぶさに見届けるために存在しています。流浪する万物の移ろいを俯瞰することに至上の喜びとしている者とでも言いましょうか」
「それってどういう意味?」
「あなた方にも同じ人間性が備わっているからわかるでしょう?例えば動物園というものがあります。あなた方はそこに自分以外の様々な種族の動物を集めますよね?そしてその生態を観察して興味深いと面白がったりしてませんか?」
「た、たしかに・・・」
「他にも絵画や、日記に、あなた方の好きな映画にせよ、我々の特徴を継いでいる性質のゆえの産物なのです。事象を観て把握し記録することが我々の目的ですから」
「てことはやっぱりあなたは神みたいな存在ってこと?・・・それじゃあの老人が言ってたとおり、猿に人間性を植えつけたっていうのは本当の話だってこと!?」
「猿人という言い方はあなた方にとって侮蔑的な言い方かもしれませんが、端的に言えばつまりそう言うことです。地球と呼ばれる惑星の他にもにも、ネズミ人間やトカゲ人間にあとアリ人間という種も存在します。しかしそれらの種族は長く繁栄することは出来ず終焉を迎えましたがねぇ」
「アリ人間・・・マジ?」
「そうです。信じられなくて当然でしょう。戯言や与太話だと思って結構です」
「いやそこまで言うつもりないですけど、人間を観察するためにあなたは存在しているのですか?」
「これまでさまざまな種に対して我々の人間性を試しました。良好な経過を観ることもあるば、ただただ幻滅に帰するような結果に終わることもありました」
「見るのが仕事なの?」
「仕事というのも人間ならではの表現ですね。しかしこの場合仕事というよりは目的または本分と言ったところでしょうか」
「つまり私たちは観察される実験モルモットと同じってこと?」
「そうですね、謂わば途方もなく大規模で制限のない動物園の主役と言ったら分かりやすいでしょうか」
「観察して楽しいわけ?」
「逆に聞きますが、あなたは何の為に生きていますか?」
「いやそう言われれると難しいけど・・・好きな本を読んだり、時間を忘れて誰か友人とおしゃべりしたり・・・とか?」
「私も同じです。それが人間性ですから。子孫を残すのは他の動物と同じです。人間といってもそれぞれ個性がありますが、一日中蟻の巣を観察したり、外国の素晴らしい景観を見るためにいかなる労力を惜しまなかったり、創作物語に意味を求めたり、物語の結末に感傷的になったりまたは逆に苛立ったり。何故かそこに生きる意味を感じるでしょう?それ以上のことはありませんし人間とはそういう不思議な生命ですから」
「なんか哲学の先生みたいな答え・・・」
「その感覚いいですね。いま私はあなたを自分の娘のように感じました。これこそ人間です。そしてこうしてあなたという本物の地球の人間に会えたのですから、いま私もかなり良い気分です」
「なんか調子崩れるなぁ。てかそう言えば!あの頭がぶっ壊れた老人ですけど、あいつが自分の娘って呼んでた少女たちはこの後どうなるんですか!?かなりの人数この奥のスペースにいるって聞いたんですけど、言ったら神隠しにされたみたいな子たちがいますよね?彼女たちは帰してくれるんですか?」
「それは難しい話です。残念ながら彼女たちの魂はここにありません。元は地球にいた人間ですが中身がすでに違うものに変わってしまっています。彼女たちは地球に戻ったとしても元の人げとして普通の生活をすr難しいでしょう。残念ですが・・・」
「それは心を壊された?とか、そういう意味ですか?」
「そうです。率直に言うと我々はそういうことが出来ます。念の為もう一度言いますが、あなた方にとって脅威的に思えた白髪の老人の男も、本人が望んでああなった訳でないのです。悪運が重なりああなってしまったようです。その結果本来起きるべくもないことが、閉口していたるべきこの場所に引き起きてしまったようです。しかしながら話せるのはここまでです。これ以上の詳細は残念ながら言えません。聞けばあなたも元の世界に戻れなくなりますので」
「聞かなくていいです!ちょっと気になっただけだから」
「それでは彼女たちのことは保護してその後どうするかは、我々にまかせてください。あなたの方は元の世界に戻って普通の生活を送ることが出来るでしょう」
「でもキー&ウッシーとレイカはさっき言ったとおりちゃんと解放してくれるんですよね?」
「ええ。でも面倒な記憶は残らない方がいいので、彼らは元世界のビルの五階で解放しましょう。それ以外に何か話しておきたいことはありますか?」
「えーと・・・変な話かもしれないけど、幽霊って実際に存在するんですか?」
「それはつまりそれは超常現象や心霊現象と呼ぶ事象についての質問でしょうか?それについて残念ながら私も正しい答えを持っていません。しかし目に見える世界がすべてだと思ったら大間違いです。逆に目に見えない世界に無理やり目を向けろとも言えません。大切なのは内も外もしっかり観察することです。でもすで今あなたは本来見るべきでない埒外の世界を見てしまっているじゃありませんか?あなたがいるこの場所があなたの言う霊界なのかもしれませんよ」
「た、たしかにそっかぁ、変なこと聞いちゃったかも・・・すみません」
「あやまらなくてもいいです。さらに、もうひとつだけ言葉を付け加えますと、この世界に身を置いたあなたという存在が、元の世界に戻れば、それだけで何かしらの影響を世界に及ぼすことでしょう。それは良いことなのか悪いことか断言できませんが、それを楽しみなさい。そして人間らしく観察するのです」
「なんかエグいこと言われてる気がするけど・・・わかりました」
「私が伝えられるのはそれだけです。それでは黒い球二個をお供にして元の世界にお帰りなさい。元いた世界であなたのお友達三人は元の姿に戻り、球は消えているはずです」
「わ、わかりました。それじゃ・・・えっと・・・ありがとうございました」
ヨウコはとりあえず一礼した。
「あなたと会話が出来て良かったです。最後にこれは忠告ですが、帰ってからここでの話はしないほうがいいでしょう」
「わかりました・・・」
「では・・・」
というと謎の怪人は踵を返して足音もせずに部屋の奥の回廊へと消えていった。


このされた黒い二つの球は呼吸をしているかのように規則しく振動しながら宙に浮いていた。すると唐突に動き出し、白い壁に突入していくと、そこには大きな円形の穴が開いていた。その向こうにあの廃墟ビルディングの寂れた暗い空間がぽっかりと広がっていた。そこからは陰気さと共にカビ臭さがわずかに漂って来て、その匂いに何故か懐かしさを感じてしまった。それが僕らが本来生きるべき空間だ。


ヨウコは黒い球が開けた大穴から壁をまたぎ向こう側へ渡った。それに続いてすぐさま僕もジャンプして飛び越え穴をくぐった。


To be continued.

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登場人物紹介

芹沢ヨウコ。都立雛城高校二年生。実質なにも活動していない茶道部所属。紙の本が好きで勉強も得意だが興味のある事しかやる気が起きないニッチな性格のため成績はそこそこ。根はやさしいくリーダー気質だが何事もたししても基本さばさばしているため性格がきついと周りには思われがち。両親の影響のせいか懐疑派だが実はオカルトに詳しい。

水原レイカ。都立雛城高校二年生。芹沢ヨウコとは同級生で友人同士。弓道部所属して結構マジメにやっている。母子家庭で妹が一人いる。性格は温和で素直。そのせいか都市伝説はなんでも信じてしまう。ホラーは好きでも恐怖耐性はあまりない。

コタロー。村山台の地域猫でナレーションができる猫である。

君島キリト。怪異SEEKER-Keye(キー)&UCCy(ウッシッシー)というYouTuberのコンビで愛称はキー坊。ディレクションかつカメラ担当。映像クリエイーターを目指しエンタメ系の専門学校にかよっているなか、高校時代の友人だった牛山シオンと組んで動画配信を始めた。YouTube登録者数17万人のチャンネルを運営していて、視聴者の投稿を頼りに全国の有名廃墟や、未発掘のいわく付き物件を探しては遠征している。

牛山シオン。怪異SEEKER-Keye(キー)&UCCy(ウシッシー)というYouTuberのコンビで愛称はウッシー。MC担当。テンションの高さとフィジカルの強さが自慢。ピザ屋の配達と引っ越し業で鍛えた体で各地の危険な場所にも前のめりに潜入する肉体派。YouTuberとして有名になった後でも、引越センターに頼りにされおり、筋トレ代わりに引っ越し業でこなしている。

廃墟ビルディングの五階の部屋に突然現れた杖を突く老人。オーナーと自称しているが詳細不明な謎の老紳士。

囚われている謎の少女

正体不明の声

ユカと呼ばれる謎のメイド少女。

この辺りのボス猫で結構な年齢のオス猫。名前は助蔵。コタローの後見人的な存在でもある。

謎の種族。

逃げるネズミA

逃げるネズミB

黒い球体

耳と目の球

スーパーコタロー。

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