第7話

文字数 4,403文字

 二人の少女は正面に見える白い壁にひとつだけ開いたアーチ型の入りへと歩いて行った。その向こうはかなりの広さがあるスペースみたいで、そこは十分な明るさの光が灯されていて、暗い場所に慣れた目には眩しくて中の様子が白んでよく見ることが出来なかった。

 ヨウコが中を覗くようなポーズをとろうとして、顔を出す寸前で止まった。突然部屋の中からピアノの奏でる音楽が聞こえてきた。その音色はほどよく反響していて耳に届いてきたた。ピアノも部屋の作りもけっこう良いもので作られているのが分かる。
〈ヨウコ・・・誰かピアノを引いてるよ〉
〈うん、クラッシック曲だね〉
 少女二人が小声て中を伺っていると、続いて誰かの歌声が聞こえてくきた。伴奏に合わせて歌う若い女性の声だ。それはとても高い音域の声で、いわゆる裏声というやつだ。その声はとてもか細くて悲痛な嘆きの音色に思えた。
〈なんなのこれ?怖いんだけど・・・〉
 旋律のほぼ全部が裏声で奏でられるその曲がサビに達すると、さらに高音域になりファルセットの長いスキャットが始まる。
〈あっこれ知ってるよ・・・モーツアルトの魔笛だ〉
〈オペラの曲だよね。でも誰が歌ってるの・・・?〉
〈普通じゃないことは確か。さっきまでなかったこの空間。それにこの頑丈そうな白い壁もそうだけど、床もい今まで見たことないくらい綺麗で磨かれている感じだし、廃墟って感じまったくしないでしょ?〉
〈うん〉
〈とにかく中を見てみるか・・・〉
歌声はサビを終えてAメロに戻り、依然として長い旋律を奏でている。その演奏は同じ曲何度も練習した手慣れたもののもつ安定感を醸していたが、どことなく神経を逆なでするような響きも混じっていた。
「君たち入って来なさい」
突然低音の落ち着いた男性の声が、部屋の中から聞こえてくる。

魔笛の旋律が継続して奏でられる中、レイカはあまりの驚きに目を見開いて息を止めた。ヨウコは表情を変えずにじっとレイカの顔を見ながらしばらく様子を中を伺っている。


そして魔笛を歌う声は再びサビに至り、ファスセットがはじまった。
「君たち隠れる必要はないよ。遠慮無くお入りなさい」
〈バレてる〉
〈うん・・・〉
 息を合わせる間をおいて、二人は少しだけ壁際から顔を出して中を覗いた。

 そこは幅10メートル奥行きはその倍の20メートル以上ありそうな、広い空間だった。全体的に白を基調とした空間で、安楽椅子に腰掛ける白髪白ひげを蓄えた老人が杖を持ち、入り口から覗くヨウコとレイカの方を見つめていて、その後ろにはピアノを引く少女とその伴奏に合わせて歌う少女がいる。他にも西洋風の立派な調度品が壁沿いに並べられていてどれも白で統一されていた。椅子に座る老人から少し離れた場所に、材質は分からないけど白色の立派なテーブルと椅子が据えおかれていた。そして部屋の奥には更に奥へ続く同じようなアーチ型の出入口が開いていた。

 老人は黒い上下のスーツを着こなしたきちんとした身なりで、右手に白い杖を持っていた。ピアノを演奏する女性その横で魔笛を歌う女性二人も、それぞれ青と赤の上等なロングドレスを着ていて立派な身なりをしている。その顔をよく見ればヨウコとレイカと歳の変わらないうら若い人間に見える。
「やぁ君たち。ようこそ私のビルディングへ」
「あなたは誰なんです?」
ヨウコは隠れることをやめて姿を表しながらも、入り口から中には足を入れないまま、そう老人に尋ねた。この少女はなかなか賢い人間のようだ。
「私はこのビルのオーナーだよ」
「それじゃ、後ろの歌っている人たちは誰なの?」
「フフフ、この二人は私の娘たちだ。彼らは君たちを歓迎するために歌っていたんだよ」
老人はニヤリを笑いながら奏でられる魔笛の演奏に合わせて、杖で床を軽く突いてリズムを取り始めた。

〈これって・・・動画にあったところじゃない?〉
〈・・・だね〉

「どうやら君たちはひそひそ話をすることが好きなようだ」
「そうじゃないけど、なんかおかしいと思って。ここって10年以上前に廃墟になったって聞いてたから
、誰もいないはずだって話してたの」
ヨウコは部屋に一歩踏み出して中を見渡した。

レイカはままその後ろで黙ったまま尻込みしている様子だ。
「確かに建物自体は長い年月でくたびれた外観になってしまったがね。この通り内はしっかりしたものだろう?私も、幽霊が出るとか無責任な流言飛語が流されていると知っているよ。しかし困ったものだねぇ。だがまぁ人々の噂も七十五日というからねぇフフフ」
老人は口を少し開いて短く笑った。

ちょうどその時、魔笛の演奏が終わった。そして赤と青のドレス姿の少女二人は静かに、老人の顔を伺うように見ている。


すると喉の奥から短い濁った唸り声を発して老人は大げさな拍手をした。

「ありがとう娘たち。しかし残念ながら、我々の歓迎の気持ちが彼女たちに伝わらなかったようだ。どうも音楽の趣味が合わなかったようだねぇ。どうか君たちからも、彼女たちへ歓迎の意思を伝えてやってくれないか?」
そう言われた青と赤のドレスを着た二人は、人形のようにヨウコとレイカの方へ向き直ると無表情だったその顔が不自然なほど笑顔に切り替わった。
「ようこそおいで下さいました。私たちはあなた方を心から歓迎いたします」
〈・・・・なんか変だよ〉
〈・・・わかってる〉
「まぁそういうわけだ。君たちこちらへ来なさい」
老人は杖を使ってテーブルの方へ促した。

ヨウコはレイカに目で合図すると奥へと進んだ。レイカも仕方ないとその後に続いた。
「おや?君たち以外にもう一人小さな客人が紛れていたようだ。いや一人ではなく一匹かな」
おっと!見つかってしまった。まぁ仕方がないとおもって、僕はじたばたせずとことこ部屋に普通に入っていって中央付近まで行って腰をおろした。
「君らの猫か?」
「私たちの猫じゃないよ。さっき下で見かけたから、私たちと一緒に入ってちゃったんでしょ?」
「ニャー」
「黒い野良猫か・・・まぁいいさ」
といって、老人は僕から視線を外して再び彼女たちに向き直った。
「まぁ遠慮しないでこちらへ座りなさい」
老人はそう言うと、自分の安楽椅子に腰掛けた。

レイカとヨウコは素直にしたがって、テーブルに添えられた椅子にそれぞれ腰掛けると、二人は神妙な面持ちで改めてその周辺を見回した。

「何をそんなに緊張しているだい?私が何か怖がらせるようなことをしたかな?」
「いや、そうじゃないんですが・・・・」
「まぁゆったりしてくれて構わない。それではお前たち、奥へ行ってお茶を持って来るように言ってくれないか?」

老人はそちらを見ないまま、赤と青のドレスの少女たちに指示した。


すると少女二人は、幽霊のように部屋の奥の方へ消えていった。

「あの、ここに何人住んでいるんですか?」
「えーそうだな・・・・娘たち全部で何人だったかな?十人ちょっとだと思う。私もいちいち覚えていないがねぇフフフフ」
「娘が十人もいんですか!?」
「ああそうだ。私の自慢の愛すべき家族さ」

ヨウコの方は黙ったままそう答えた老人の意図を探っているようだ。
「あ、あの・・・さっき演奏していた女の子たちは、高校生くらいかなって、思ったんですけど・・・」
「あぁそうだね。たしかにそのとおりだ」
「あなたの娘にしては、孫くらい歳が離れてますよね」
「ああ・・・どうやら君は私に何か疑いを持っているようだねぇ。ひょっとして私が誘拐などする悪者とかそんな風に思っているのかな?」

「い、いや悪者と言うつもりはないけど、この場所もあの少女たちもすべて何かおかしいと思って」
「まぁそうかもしれないねぇ。確かにここは、外から見れば異界もしくは異常にすら見えるだろうなフフフッ」

そう言いながら老人は足を組んで不敵に笑った。



するとそこに新たな一人の少女がメイド服の姿で、お茶を載せたトレイを手に持って奥の方から現れた。


そしてテーブルの横に着いた少女は一礼してから、載せていたティーカップをヨウコとレイカの前に一つづつ置くと、ポットに入れたお茶を注ぎはじめた。

「ユカ、ありがとう」
老人にユカと呼ばれた少女は可愛い笑顔でそれに答える。
「なぁユカ、ここにいる二人の客人が言うには、君は私の娘と言うには若すぎると言うんだ。君は私の娘で間違いないよね?」
「はい、私はお父さまの娘です」
「ユカ、本当に君は素晴らしい!君は私の一番のお気に入りだよ」
老人は言いながらユカの頭を撫でた。

レイカはあからさまに嫌な顔をして、ヨウコは怪訝そうにしながらもユカと呼ばれた少女の方ををじっと見ている。

「ねぇユカさん、私は雛白高校の二年生、芹沢ヨウコっていうの。たぶんあなたも高校生くらいに見えるんだけど、ここではいつも何をやっているの?」

「わたしは身の回りの世話の他に、お父さまの好きな曲を弾けるようにフルートの練習真面目にしています」
「学校には行ってないの?」
「・・・・」
「まぁほら見たとおり、彼女は私を愛してくれているのだよ。君たちもそうしてくれるといいのだが」
「え!?」
「ユカ・・・ありがとう。下がってくれていいよ」
「はい、お父さま」
ユカが奥へ消えていくと、老人は改めてヨウコに向き直った。
「さて、それでは君たちに逆に尋ねたいんだが、君たちは今送っている自分の生活をどう思っているんだね?そもそも幸せだと思って生きているのかな?」
「幸せですよ」
「本当にそれは幸せなのかな?」
「だって家族もいるし・・・・友達もたくさんいるし」
「そのとおり。当然家族も友達も居ることは大事だとおもうよ。でもね、都内の狭い空間に1000万人も隣の人間の顔も知らず住んでいて、毎日息を詰まらすような電車に乗って、マスクから出た目でスマホだけを睨みつけた人間が棒立ちになって誰もが身を寄せ合うほど密集していながら、隣にいる人間を無視し合うような世界が、君は本当に幸せな世界だと君は思っているのかい?」
「それは・・・」
老人はそう言うと少し広角を上げて不敵な笑みを浮かべた。そして次にヨウコの方へ杖を向けた。
「隣の君の方はヨウコくんだよね。君らの話はずっと聞いていたんだ。私の耳は地獄耳なのでねぇ・・・。君は物凄く有望な才能を秘めた娘だ。私は非常に期待できる逸材だと感じているのだよフフフ」

老人がそう語りかけても、ヨウコは無言で返して何も答えなかった。


彼ら三人のあいだの空気が緊張感が漂っていた。僕はその空気に気圧されれるように中央から壁際へ逃れた。


僕だけが気づいているけど、さっき入ってきた入り口は無くなってというか、塞がれしまっていてて全面がただの白壁になってしまっている。この大きな部屋には何処にも小さな空気穴すら無い。僕はここから生きて帰れるのだろうか?猫すら出れない世界から人間が出ることはもっと難しいだろう。一体少女たちはこの後どうなってしまうのだろうか?


To be continued.

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登場人物紹介

芹沢ヨウコ。都立雛城高校二年生。実質なにも活動していない茶道部所属。紙の本が好きで勉強も得意だが興味のある事しかやる気が起きないニッチな性格のため成績はそこそこ。根はやさしいくリーダー気質だが何事もたししても基本さばさばしているため性格がきついと周りには思われがち。両親の影響のせいか懐疑派だが実はオカルトに詳しい。

水原レイカ。都立雛城高校二年生。芹沢ヨウコとは同級生で友人同士。弓道部所属して結構マジメにやっている。母子家庭で妹が一人いる。性格は温和で素直。そのせいか都市伝説はなんでも信じてしまう。ホラーは好きでも恐怖耐性はあまりない。

コタロー。村山台の地域猫でナレーションができる猫である。

君島キリト。怪異SEEKER-Keye(キー)&UCCy(ウッシッシー)というYouTuberのコンビで愛称はキー坊。ディレクションかつカメラ担当。映像クリエイーターを目指しエンタメ系の専門学校にかよっているなか、高校時代の友人だった牛山シオンと組んで動画配信を始めた。YouTube登録者数17万人のチャンネルを運営していて、視聴者の投稿を頼りに全国の有名廃墟や、未発掘のいわく付き物件を探しては遠征している。

牛山シオン。怪異SEEKER-Keye(キー)&UCCy(ウシッシー)というYouTuberのコンビで愛称はウッシー。MC担当。テンションの高さとフィジカルの強さが自慢。ピザ屋の配達と引っ越し業で鍛えた体で各地の危険な場所にも前のめりに潜入する肉体派。YouTuberとして有名になった後でも、引越センターに頼りにされおり、筋トレ代わりに引っ越し業でこなしている。

廃墟ビル五階に現れた杖を持つ老人。自称ビルオーナーと名乗るが正体不明の老紳士。

囚われている謎の少女

正体不明の声

ユカと呼ばれる謎のメイド少女。

この辺りのボス猫で結構な年齢のオス猫。名前は助蔵。コタローの後見人的な存在でもある。

謎の種族。

逃げるネズミA

逃げるネズミB

黒い球体

耳と目の球

スーパーコタロー。

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