第14話

文字数 2,299文字

 私は、今「市バス」に揺られている。
〈Marshallのヘッドフォンが欲しいなあ〉
 平日の通勤時間帯を避けた朝10時。
 郊外へ向かう市バスは、今はそれほど混み合っていない。私は座席に座って、安物のイヤホンで音楽を聴きながら窓の外を眺める。まだ到着まで時間がかかる。今のうちに考えを整理しておくことにした。
〈私はこれから、再びあの邸に行く〉
 先日、出版社で「邸の鍵」を受け取っている。
〈この感覚に別れを告げたいよ〉
 まだ「夢の中に居るような感覚」があるんだ。
 あの「非現実の出来事」が、現実感を遠のかせてしまったのだろう。心を囚えている。それを、早めに治したいと思い始めた。生活もある。もう一度、邸に行くことが「解決策になるかもしれない」と考えるようになった。
「コール」それと「ディアボロ」は夢なのか?
 それとも、何かの真実が隠されているのか?
〈この「違和感」は解消されるのだろうか?〉
 はっきりさせる。そこまで行かなくとも「調べてみる」ことで、ある程度「一連の出来事に決着をつけられる」かもしれないと。意味があるのか、ないのか。物語があるのか、ないのか。大きな意味があったのか、大した意味がないのか。
 ふと、イヤホンに指先で触れた。
〈心に、音楽が響かないこと状態から抜け出したいよ〉
 音楽を聴きながら窓の外を見る。
 老人がバス停の赤いベンチに座って別のバスを待っていた。
 バス停にある広告看板は「大手飲料会社のCola」のもの。赤と黒の、炭酸飲料の広告は少し年代物70’sで「赤錆」が見てとれた。

 * * * * *

 郊外のバス停で降りて歩いて再び邸に赴く。
 玄関までやって来た。前回と比べて変わっているところもない。
「あれは夢だったのか?」
 今でも思い出せることが夢じゃないような感覚がする。
〈何も成果がないのなら、それでもいい。あれは全てが夢だったのだと分かる。それと、ネットの書き込みもデタラメだと否定出来るだろう〉
「気を付けよう」と思った。
 ここに、悪霊が居ることは判明している。

「鍵」を差し込み、扉を開けて警戒しながら中に入った。
 邸の中は薄暗く、静かだ。前回来た時は夜になる前の夕方で、怖くて確認出来なかった場所が多くあった。今日は、それを踏まえて午前中にやって来た。邸の中は、一応、窓から差し込む光で詳細が分かる。
 それでも薄暗いが懐中電灯は必要なさそうだ。
 夢の中で見た邸、と間取りは同じ。
「あの夢は、この邸が舞台で間違いなさそうだ」
 一つ、違っているところは廃墟になっていて、鬱蒼と「ミント」が至るところに生えている。こういうミントはほぼ食用にはならない。食用は、食用として栽培されているミントだけ。その鬱蒼と生えているミントが不気味だ。
 まるで「この邸を支配している」ように感じた。

 私は「絵画が飾られていた場所」を確認して回った
「絵画、は流石に残っていないか」
 コールもディアボロも存在した証拠は見つけられず。それどころか、今日は幽霊の気配もなかった。ふう、と安堵と少し残念なため息を吐く。
「結局。今日は何も起こらず、か」
「帰ろう」そう思った時「その扉跡」を見る。
「そういえば。この先を見ていないな」
 不意に忘れていたことを思い出した。
「そうだ。夢の中だと「鍵のかかった扉」だった。だから行けていない。今は扉もない。この先へ行ける。この先にもしかすると「何か」があるんじゃないか? 何も解決しないまま、もやもやを残して家に帰るのも、嫌だな」
「その先」へ、私は足を踏み入れた。
 そこは広くない区画になっていた。
「ここは客室。あるいは、使用人の部屋だろうか?」
 窓から外が見える。そう思った時だ。

 * * * * *

『何かをお探しでしょうか?』
 声に振り向くと、大広間のあたりに「彼女」が立っている。
「あなたは「リリー・ミントフィールド」だよね?」
 あの夢、親切で友好的な邸の案内人。
 コールやディアボロについて話せる。
「ねえ、あなたは知っている? コール、ディアボロ。それとこの邸のどこかに「ファントム」が居ると聞いたんだけど。あなたは私のこと覚えている? ああ、夢で出会ったから。覚えていないかもしれないね」
 そう私が歯切れ悪く言うと。
「覚えていますよ。ジェローム様」
 彼女は私に向けて「ニコッ」と笑った。

 その時、私の理性が「警告」した。
〈いや? おかしくないか?〉
 私は一歩、後ろに下がった。
〈どうしてここに居るんだ?〉
 目の前に立っている彼女は「危険」なんじゃないか?
 そうだ。ここは悪霊が居る邸「ここに居る存在は危険なんだ」現れた存在は「悪霊なんじゃないか?」例外なく、彼女も。
 そう思った時に彼女が私に話す。
「ジェローム様に一つ聞きたいことがあったんです」
 私は「何を?」と身構えた。
「「ボルヘス・K・ジェローム」は本当の名前ではないですよね?」
「何故、そう思ったんですか?」
「あなたを『この邸に取り込めなかった』からですよ」
 そう言ったかと思うと、リリーはおよそ人に形とは呼べないように「ぐにゃっと潰れた」かと思うと、無数の亡霊が一つになったような「悪霊の集合体」になった。それは「禍々しい存在」であることを感じ取れる。

〈逃げろ! 今すぐに、この邸から逃げるんだ!〉
 彼女が「ファントム」だったんだ!
 だけど、走っても、全く動くことが出来ない。
 これは悪夢の中だ。気が付くとこの世界は歪んでいる。
〈いつから、私は夢に迷い込んでいるんだ?〉
 逃げられないと感じると同時に、邸の中の「鬱蒼と生えているミント」から、無数の手が伸びてきて、私を暗闇の中へと引きずり込んだ。
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