第3話
文字数 2,330文字
市バスを降りてブエノスアイレス、レティーロ駅前。
夜。街灯が点いているとはいえ、治安的に少し不安。
〈明日は大学だ。夜になっちゃったけれど「鍵」を返しに行きたい。行く前に、夜に出版社に立ち寄ると伝えている。向こうも待っているかも〉
隣の駅だ。電車を使えばすぐだろう。
ついでに今日の「交通費の申請」も済ませておけば、後日の手間が省けるってものだ。そのくらいなら今夜中に出来そうだ。
「ささっと行って、ささっと家に帰ろう」
そう思って駅に入ると、人々の様子がいつもと違う。
ある人は途方に暮れて、ある人はスマホでどこかにかけている。私は「まさか?」と予感がして、電光掲示板を見る。
「やっぱり「ストライキ」か」
電光掲示板に「本日の営業は終了しました」の文字。
「またか。何かあるたびにストライキ。もう文化と言っていい」
思わず大きなため息が出てしまった。
「インフレだったからな。あるだろうとは思っていた」
一時的なインフレが起きると国民は我慢出来ず。
こうしてストライキは各所で起こる。しかし、それで次に来るのは「ポピュリズムに染まった政権」なんだ。結局、国として、長期的な政治が出来ずに、政権は次々に変わり現状より悪くなっていく。先を見据えて「我慢」という言葉がもっとも苦手なアルゼンチン。これは、この国のお決まりのパターンだ。
「あとは、タクシーか」
駅の外で並んでいるタクシー群を見る。
「タクシーは公共交通機関じゃないから実費だ。隣の駅まで出版社に鍵を渡しに行くとなると、余計な出費が大きくなってしまう。後日にするか」
一応、行くと言っていたから出版社に電話で一報。電話で事情を伝えると「じゃあ、一週間後に」ということだった。それで、今日は家に帰ることになる。幸い、今回のストライキでも市バスは生きているからそれで家に帰る。
* * * * *
鍵を開けて部屋の玄関になだれ込む。
「はー。疲れた」
夜更け。自宅に帰ってきてため息を吐く。
「狭くてボロい部屋だけど、今は楽園に思えるよ」
19世紀に建てられたゴシックな建物の2階、202号室。一応、ブエノスアイレスにあるということで、狭くて古い割には家賃はそこそこする。まあ、それでも「安い」と言っていい方だ。古い建物だけど、壁が厚い。
騒音はそこまで気にならないことは良いことだ。
窓ガラスも厚い「網入りガラス」だ。
「ぱぱっと、インスタントで済ませて休もう」
夕食はマカロニチーズ。買っておいたインスタント食品。
中に入っているマカロニを茹でて、チーズと和えるだけ。
「さっさと記事をまとめて寝ちゃうか」
マカロニチーズを机に置いて、パソコンを起動してWriteソフトで取材をまとめていく夜。草稿だ、明日の夜にまとめ直す。
もっとも、少し色々と付け足すけれど。
〈〈××邸に現れた女性の幽霊との遭遇に成功。これがその時の写真である。女性は、そして、口元で何かを呟いて、私をおびき寄せるように手招きしていた。取材は危険なものになり、一時退却をして邸を出て、振り返ると、窓から「悪霊たち」がこちらをじっと見つめていた。私は、カメラで撮影した。
写真はその時のものになる。
映っている「無数の手」は人間のものではない。
私は「噂」が本当であると確信した。
その噂は「ここは古代に冥界の入口があったとされる森だ」とされる噂で、先住民たちは恐れて近づかなかったというものである。その森を開拓して、邸が出来た。やがて邸に亡霊たちが集まって不幸が重なり住民は居なくなった。その後に、悪霊たちが住み着いてしまっているという噂だ。
もっとも危険な悪霊が「ファントム」だ。
ファントムは「何か」を言うらしいが、その言葉が分かった時に恐ろしいことが起きるということだ。そして、あなたが全てを理解した時に、あなたの前にファントムは現れる。どこでも。たとえ、あなたの部屋の中でも。そして気付いた時、あなたは「邸の中」に居て、無数の亡霊の一部になっている。
調べればどの邸か分かるかもしれない。
だけど、亡霊になりたくなければ決して行くことのないように〉〉
「パンチが弱いが、今回はこれでいいや」
そんな、毎回毎回、良い話も書けない。
マカロニチーズはすっかり冷えてしまった。
ふと、一瞬。将来について考える。
「一体、いつまでこうやって暮らすんだろう?」
アルゼンチン国内に残りたいけれど。
中には「アメリカ合衆国」に渡っている連中も居る。
もちろん、渡った人々は「仕事」をしに行っている。
でも、聞くところによるとアメリカ合衆国の暮らしも「結構、酷い」らしい。あの国は世界一の大国だけど、貧富の差が激しく、治安も悪い。あの国は決して「楽園」ではなく「貧困大国」という地獄の一面を持っている。
「出来ることなら母国のアルゼンチンに残りたいけれど」
この母国に愛情はある。
「将来。一つだけ確かに言えることは「インスタントのマカロニチーズを食べ続けたくはないな」ということだね。未来、もっと良いものを食べていると思いたいよ。柔らかい子羊の肉や、赤い高級ワインの食卓のテーブルに着きたい」
気付くと、既に深夜11時を回った。
分厚い窓の向こう。遠くでパトカーのサイレンの音が鳴っている。
「夜になっても騒々しい街」
インスタントコーヒーを淹れて飲む。
「美味しくないインスタントコーヒーだ」
安物。珈琲本来の、味も香りも薄い。
これも「私の世界」だ。
いっそ「誰か」ここまで、私を迎えに来てくれないか? そして「光の世界」へと私を案内してよ。まだ見ぬハニー。とにかく「ここに一生居るとは思いたくない」私の未来は薔薇色だって思わせて。それが今の願いかもしれない。
夜。街灯が点いているとはいえ、治安的に少し不安。
〈明日は大学だ。夜になっちゃったけれど「鍵」を返しに行きたい。行く前に、夜に出版社に立ち寄ると伝えている。向こうも待っているかも〉
隣の駅だ。電車を使えばすぐだろう。
ついでに今日の「交通費の申請」も済ませておけば、後日の手間が省けるってものだ。そのくらいなら今夜中に出来そうだ。
「ささっと行って、ささっと家に帰ろう」
そう思って駅に入ると、人々の様子がいつもと違う。
ある人は途方に暮れて、ある人はスマホでどこかにかけている。私は「まさか?」と予感がして、電光掲示板を見る。
「やっぱり「ストライキ」か」
電光掲示板に「本日の営業は終了しました」の文字。
「またか。何かあるたびにストライキ。もう文化と言っていい」
思わず大きなため息が出てしまった。
「インフレだったからな。あるだろうとは思っていた」
一時的なインフレが起きると国民は我慢出来ず。
こうしてストライキは各所で起こる。しかし、それで次に来るのは「ポピュリズムに染まった政権」なんだ。結局、国として、長期的な政治が出来ずに、政権は次々に変わり現状より悪くなっていく。先を見据えて「我慢」という言葉がもっとも苦手なアルゼンチン。これは、この国のお決まりのパターンだ。
「あとは、タクシーか」
駅の外で並んでいるタクシー群を見る。
「タクシーは公共交通機関じゃないから実費だ。隣の駅まで出版社に鍵を渡しに行くとなると、余計な出費が大きくなってしまう。後日にするか」
一応、行くと言っていたから出版社に電話で一報。電話で事情を伝えると「じゃあ、一週間後に」ということだった。それで、今日は家に帰ることになる。幸い、今回のストライキでも市バスは生きているからそれで家に帰る。
* * * * *
鍵を開けて部屋の玄関になだれ込む。
「はー。疲れた」
夜更け。自宅に帰ってきてため息を吐く。
「狭くてボロい部屋だけど、今は楽園に思えるよ」
19世紀に建てられたゴシックな建物の2階、202号室。一応、ブエノスアイレスにあるということで、狭くて古い割には家賃はそこそこする。まあ、それでも「安い」と言っていい方だ。古い建物だけど、壁が厚い。
騒音はそこまで気にならないことは良いことだ。
窓ガラスも厚い「網入りガラス」だ。
「ぱぱっと、インスタントで済ませて休もう」
夕食はマカロニチーズ。買っておいたインスタント食品。
中に入っているマカロニを茹でて、チーズと和えるだけ。
「さっさと記事をまとめて寝ちゃうか」
マカロニチーズを机に置いて、パソコンを起動してWriteソフトで取材をまとめていく夜。草稿だ、明日の夜にまとめ直す。
もっとも、少し色々と付け足すけれど。
〈〈××邸に現れた女性の幽霊との遭遇に成功。これがその時の写真である。女性は、そして、口元で何かを呟いて、私をおびき寄せるように手招きしていた。取材は危険なものになり、一時退却をして邸を出て、振り返ると、窓から「悪霊たち」がこちらをじっと見つめていた。私は、カメラで撮影した。
写真はその時のものになる。
映っている「無数の手」は人間のものではない。
私は「噂」が本当であると確信した。
その噂は「ここは古代に冥界の入口があったとされる森だ」とされる噂で、先住民たちは恐れて近づかなかったというものである。その森を開拓して、邸が出来た。やがて邸に亡霊たちが集まって不幸が重なり住民は居なくなった。その後に、悪霊たちが住み着いてしまっているという噂だ。
もっとも危険な悪霊が「ファントム」だ。
ファントムは「何か」を言うらしいが、その言葉が分かった時に恐ろしいことが起きるということだ。そして、あなたが全てを理解した時に、あなたの前にファントムは現れる。どこでも。たとえ、あなたの部屋の中でも。そして気付いた時、あなたは「邸の中」に居て、無数の亡霊の一部になっている。
調べればどの邸か分かるかもしれない。
だけど、亡霊になりたくなければ決して行くことのないように〉〉
「パンチが弱いが、今回はこれでいいや」
そんな、毎回毎回、良い話も書けない。
マカロニチーズはすっかり冷えてしまった。
ふと、一瞬。将来について考える。
「一体、いつまでこうやって暮らすんだろう?」
アルゼンチン国内に残りたいけれど。
中には「アメリカ合衆国」に渡っている連中も居る。
もちろん、渡った人々は「仕事」をしに行っている。
でも、聞くところによるとアメリカ合衆国の暮らしも「結構、酷い」らしい。あの国は世界一の大国だけど、貧富の差が激しく、治安も悪い。あの国は決して「楽園」ではなく「貧困大国」という地獄の一面を持っている。
「出来ることなら母国のアルゼンチンに残りたいけれど」
この母国に愛情はある。
「将来。一つだけ確かに言えることは「インスタントのマカロニチーズを食べ続けたくはないな」ということだね。未来、もっと良いものを食べていると思いたいよ。柔らかい子羊の肉や、赤い高級ワインの食卓のテーブルに着きたい」
気付くと、既に深夜11時を回った。
分厚い窓の向こう。遠くでパトカーのサイレンの音が鳴っている。
「夜になっても騒々しい街」
インスタントコーヒーを淹れて飲む。
「美味しくないインスタントコーヒーだ」
安物。珈琲本来の、味も香りも薄い。
これも「私の世界」だ。
いっそ「誰か」ここまで、私を迎えに来てくれないか? そして「光の世界」へと私を案内してよ。まだ見ぬハニー。とにかく「ここに一生居るとは思いたくない」私の未来は薔薇色だって思わせて。それが今の願いかもしれない。