第9話

文字数 1,821文字

 頭の中に、映像が流れ込んでくる。
 まるで古い映画のフィルムのような。舞台はこの邸で、あらゆる情報が脳に直接送り込まれてくる。まるで夢の中のように。私たちはどこにも存在していない。まるで映画館の客席と、フィルムの関係性のようだ。
 見ているものの詳細まで「何故か」私にも分かる。
 誰かの記憶と、その情報を見ていく。

〈〈この邸の中。ディアボロが椅子に座っている。
「ディアボロの顔」が、何故か、塗りつぶされたかのように消えている。

 幹部の青年「クラーク」が少し離れたところに立っている。クラークは、ブラウンの髪と目、歳も28歳と、若いうちに「マフィアの幹部」にまで成り上がった。若い体と野心を持った、悪の才能に満ち溢れた青年だ。
 それと、顧問弁護士の「ガルシア」も。
 マフィアのお抱えの初老のこの顧問弁護士は、公私に渡って「ファミリー」に信頼されている。顧問弁護士ガルシアは、厳格で、悪どく、隙も見せない。趣味で「高級な腕時計」を収集している。ガルシアは「マフィアの仕事が一番高額な報酬が得られて、腕時計を集めるにはいい」と冷徹に考えている。
 顧問弁護士ガルシアは宝石で出来た腕時計を確認した。
「時間ですね」とガルシアが言った。
すると、一人の男が玄関の扉を開けて現れた。
 30台くらいの男は特徴もないが「死相」が見える。
『――お呼びでしょうか、ボス』
 男が中に入るとクラークが玄関の扉を閉めた。
 ディアボロが男に優しく告げる。
「まあ、こちらへ来たまえ」
 男は、指示されて大広間の中央まで歩かされた。
 男が「怯えている」ことが表情から読み取れる。
 その顔は、まるで、彫刻のように生気を失っている。ディアボロはまだ何も言っていないが、ここに呼び出された意味を知っているかのようだ。男は丸腰だ。武器等は邸に入る前にボディーチェックされている。

 ディアボロは口元だけ微笑み、男に話す。
「実は、君に聞きたいことがあってね」
 男は震える声で「何でしょうか、ボス」と聞く。
 クラークは口元に不敵な笑みを浮かべてこのやり取りを見つめている。
 ディアボロは「実はね」と、座ったまま少し前かがみなって両手を握って、諭すように静かに目の前の男に話していく。
「この国には、大小様々な「麻薬カルテル」が存在していることは君もご存知の通りだ。各カクテルは、我々に上納金を払わなければ「我々の密輸ルート」が使えない。それは君たちも分かっていることだろう」
 男の表情はまるで冷たい大理石のようで、青ざめている。
「それが、半年前からどうにも怪しく思える件があってね。どうにも、密輸ルートの取締りが「ルーズ」になっていると」
 ディアボロは男に話し続ける。
「つまり、何者かが賄賂をもらって、秘密裏に、上納金を収めていないカクテルに、密輸ルートを使わせていることになる。君のやったことは我々に全てがバレているんだ。その「始末」を付けなければならない。分かるだろう? 我々は「組織」なんだ。処分しなければ、組織が脆くなっていく」

「まあ、そういうわけだ」
 クラークがスーツから短銃を取り出した。
「お前とは以前に組んでいたが。悪いな。お前の神を呪え」
 クラークがそう言った。銃声が鳴り響く。
 男は胸に銃弾を受けてもまだ生きていて「どうか、慈悲を。お助けてください」と言いながら、流れる血を手で押さえてペルシャ絨毯の上を這いつくばっていた。それを見た顧問弁護士ガルシアは、不機嫌そうに「今日のスケジュールに遅れが出る」と言った。そして高級腕時計を見るのだった。
 クラークが男の頭部に銃を押し付ける。
「ここで死んだ方が、まだ「救い」なんだよ」

 二度目の銃声が響く。
 そして、男は動かなくなった。

 絨毯に赤黒い血が染み込んでいく。
 クラークが「この絨毯は高かったのですが」と言う。
 ペルシャ絨毯はクラークが海外より取り寄せたものだった。
 ディアボロが「死体を処分しておくように」とクラークに指示を出した。
「かしこまりました。ボス」
 クラークはすぐに数人の信頼できる部下を呼び出して、この場の後始末をすることになる。死体は、この後、跡形もなく始末されるであろう。
 この邸で誰が殺されようが、その証拠は出てこない。
 同時に、邸で何が起きたのかを外部に証言したものも、命も尊厳もない。
 顧問弁護士ガルシアは「仕事」のために与えられた己の書斎に向かった。そして、ディアボロも、一度自分の書斎へと戻っていく。
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