第8話

文字数 2,355文字

 コールが絵画の前に立つと絵画はシーンを「記憶を」浮かび上がらせて、最後にコールに告げる。その声が、コール自身のものであると気付く。
 コールと同じ声が邸に響く。

『私は偽りだった』
『私は憂いだった』
『私は海だった』
『私は戻ってきた』

 メッセージの意味は、私には分からない。
「そうだ。思い出してきた」
 コールは「記憶の断片」を手にしていく。
「断片的だけど。私は、子供の頃は「自分を偽って」社会に溶け込もうとした。自分が、マフィアの家族「ファミリー」の人間であることに嫌気が差したんだ。そして、大勢の中で孤独になり、憂いを覚えた。一人で遠くの海を見ていた」
 私は聞いていて大きな驚きはなかった。
〈おそらくはこの邸がマフィアの関連だ。そう思っていた〉
 この邸も、この邸に居る存在たちも。
 私はコールの話の続きを聞いていく。
「遠い海の向こうで「違う自分になれたら」と思った。だけど、20歳になった時には、結局はもとのように「ファミリー」に戻ってきてしまったんだ。そう、この邸へ。失望があった「普通の人間になれかった」ことに対して」
 そこまで話して「まだ思い出せないことがある」と言う。
「だけど、肝心なことがまだ思い出せない。見た断片の全てを繋げる「キー」のようなものが、まだ足りない。そのキーは「自分自身が何者であったのか」全ての記憶に開けられない扉があるようだ」

 コールは改めて絵画の前に立って、話す。
「どうして私の記憶が「絵画になって」飾られているのだろうか? これは、あのディアボロがやっていることなんだろうか?」
 コールの疑問はもっともだ。
「「ディアボロの目的」は一体何なんだ?」
 こういう時「私は過去に読んできた怪奇小説」を考えてしまう。
〈もしかすると、この邸に来たものの記憶を絵画として奪う。みたいなことか? それは何か、かなり私の好きな怪奇小説染みているじゃないか〉
 危険かもしれないが、興味が向く。
 コールも同じような予測を立てていた。
「彼が、私の記憶を奪ったのでは?」
 推測を出ない想像だけある状況で「知っているのでは?」と、私とコールはリリーを見る。彼女は、明確に邸の存在だ。
「君は何かを知っているんじゃないか?」
 コールの言葉にリリーが言う。
「私は主人がどこで絵画を集めてきたのかは知りません。あくまでも「この邸の存在」外でどのような人と会って、どのように絵画を集めたのかまでは分かりません。一つ言えるのなら、絵画を案内しなさい、と言われただけです」
 リリーは「次の絵画へ行きますか?」と聞く。
「……ああ。次の絵画へ進もう」

 * * * * *

 コールが絵画を見て回る。
 三人の最後尾。後ろを着いていく私は色々と考える。
〈ファントムがディアボロなのだろうか?〉
 私の居た現実は「ここ」に当てはまるだろうか?
「ファントム」という噂は、どこからやってきたのだろうか?
 オカルトの怖いところは「嘘から出た真」ということが普通にあり得ることだ。誰かが、いたずら半分に「ここは幽霊が出るぞ」と言って、誰かを怖がらせると「そこに幽霊が生まれることがある」これは奇妙なことに、事実だ。
 それが「言葉の魔力」だ。
 言葉には霊的な力が宿る。
 それについて以前に調べたところ日本にある「言霊」というものの存在を知った。それで、日本のオカルトについていくつかの記事を「Munew」でも書いたことがある。なので、アルゼンチン人にしては日本通になった経緯だ。

 何にせよ、絵画をコールと一緒に見て回れば「その謎」は解けるのかもしれない。彼が、思い出していくうちに「キー」を手に入れれば。その時、ある程度の疑問が解かれる、そんな予感がしていた。

 * * * * *

 その絵画は「一人の女性」だった。
〈16歳くらいの女の子の肖像画だ〉
 その絵画に描かれた女性は、若い。そしてコールともどこか似ている。特別豪華ではないが品の良い黒い服を着ていて、手をモナリザのように交差させて座って微笑んでいる。肖像画ということは、おそらく「ファミリー」の一人なのだろう。コールの思い出した記憶では、ここに住んでいたのは「ファミリー」だ。
 その絵画の前に立つと、声が聞こえた。

『私は「あなたの妹」だった』

 それはコールの声ではなく「若い女性の声」だった。
 コールは「大事なこと」を思い出したようだ。
「彼女は、私の妹だった」
 コールは肖像画の女性を優しく見つめていた。
「私は妹「エミリア」を愛していた。殺伐とした日々の中でかけがえのない存在、家族として愛していた。彼女を守りたいと思った。この世界で、唯一「心を許した」私の妹。この邸の中で、私の心の支えだった」
 しばらく肖像画を見つめていたコールが私に聞いてくる。
「絵画について。ボルヘスさんはどう思う?」
 言われて「そのこと」を伝える。
「絵画の中に「男」が必ず立っているんです」
「ああ。私も気付いていた。だが、その男の顔は、全ての絵画でぼやけている。この絵画の中にも居る。だけど、この絵画には他にも居るようだ」

 言われて、私は「さっきは居なかったはず」と絵画を覗き込む。
 絵画の中に、男以外にも複数人の人物が居ると気付く。
〈誰だろう? 浮かび上がってきた〉
 絵画に浮かび上がってきた人物たち。
 それは「私とコールとリリー」だった。不意に、絵画の中に意識がフェードインして空間が歪む。この感覚は「悪い」と分かる。
〈絵画の世界に取り込まれたのかも〉
 オカルトは、影響力を増したのか、私たちを「絵画の中の世界」に引きずり込んだ。オカルトの中のオカルト。何度も上から塗られた油絵の具のように、何重にも重なった世界は「どこが現実の境界線か分からないような」そんな感覚。

 私たちは「その記憶の世界」に迷い込む。
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