第2話

文字数 2,242文字

 邸の中に入ってから思い出す。
 出版社からのメールは、常に次の文章で「締め」られている。それは「親切」というより「注意喚起」の意味合いが強い。

〈〈ボルヘス。身の安全は自分で守るように。君は女性なのだから。オカルト相手でも人間相手でもね。我社は、君の記事を買う契約をしているが、取材の現場で何があってもその責任は負わない、そう契約書に君のサインがある。そのことをくれぐれも忘れずに〉〉

 言葉を思い出してあたりを見回す。
「自己責任ってこと。取材も、基本的に一人だから」
 それでも「原稿料」はそれなりに出る。
 雑誌「Munew」は根強いファンが居てオカルト雑誌としてはメジャーだ。
 他に職を探すとなっても良い求人もないだろう。大学にも通っているため、フルタイムは出来ないわけだ。すると、若干の不満や懸念があっても今のこの「心霊ライター」は、私にとっても「旨い話」になる。
 原稿料は生活が出来るだけはもらえる。
「それに、他の退屈な仕事にはない刺激もある」
 それは、思いの外「楽しく」もあった。

〈廃墟だ。普通に怖いんだけど〉
 邸の中を懐中電灯で照らしながら歩く。
 悪霊「ファントム」が出るらしい。
 何でも、かなり危険な相手らしい。
〈眉唾もの、ではなさそうなんだよね。今回は〉
 どうにも、事前に聞いている話では「本当に心霊現象が起こっている」ようで、入居者は出ていって邸が廃墟になっているそうで。取り壊しも「祟り」が起こってしまって、現状はどうしようもないとか。取材料は僅かでいいから「その代わりに分かったことを教えてくれ」とオーナーが言ったらしくて。
 ということは心霊現象は間違いなく起きている。
「まあ、全く何も起こらないよりは好都合かもね」
 私も回ってきた「案件」は断らない。これでも「心霊ライター」と名乗っているからには、幽霊相手に逃げるのはごめんだ。
「独り言」を言いながら歩くのは「恐怖」に有効だからだ。
「不審者、が一番怖いよな。実際。バールでも持ち歩くか。バール。でも、それじゃあ私が不審者になっちゃうんだよな。バールを持ち歩いても倒せない相手? サイボーグとか。お化け関係なくなっちゃったな。B級映画にも程がある」
 不意に、懐に一度手を伸ばして「それ」に触れておく。
 オカルト相手に効きそうな物は一つだけ。
『ムーンストーン』だ。
 祖母に「お守り」としてもらったものだ。
 本当に効くのか分からないけれど、懐に入れてある。
「心臓ドッキドキだな。甘い恋がしてえー」
 微妙に怖いので「独り言を言いながら探索する」のだけど、人間、怖い時の独り言は割と、マジで意味不明なものになる。
「甘いシュガーのような恋愛。そんなね、君たちのハートがキャッチされるような作品を贈りたいわけさ。天才「ボルヘス・K・ジェローム」が送る甘々な恋愛物語「ハートのベルはトゥインクル☆」発売日は未定。恋の処方箋を君に」

 突然『バタン!』と、開けていた扉が勝手に閉まった。
「にゃあああ! 普通にびびった!」
 他にも、足音。何かの音や影。
 やはり、この邸には「何か」が居るようだ。
〈しかし、こっちも仕事。記事にしなければ心霊ライターとして食っていけなくなる。やらねばならぬ、ジェローム。マジでヤバかったら逃げよ〉
 私がそう警戒して進んで行くと。
 行く手に「揺らめく白い女性の影」が現れた。
「で、出た。悪霊「ファントム」だ」
 実態はよく見えないが古い女性だ。婦人のような服を着て居る、敬虔そうな見た目の若い女性。どことなく厳かに、彼女は警告のように口を動かした。その声は聞こえなかったが、何か「警告」めいている。
〈何を言っているんだろうか?〉
 怖いけれど、知りたくもある。
〈その声は聞こえない。でも、おそらく「これ以上は行くな」と伝えている。つまり、この先に危険があるということか〉
 白い女性の影の向こう、奥は不気味な暗闇。
 不意に「重要なこと」をようやく思い出す。
「あ、写真撮らなきゃ」
 と思ってデジカメを取り出した時には遅かった。
 それで、ふっ、と蝋燭の炎が風で消えるように彼女は消えた。

 * * * * *

 白い女性の幽霊が消えた後、一瞬「向こうへ行くか」考えた。
「どうする。あの先へ行ってみようか?」
 と思っていると何やら、周囲の空気が「変わってきた」ざわめいている。それも、明らかに「悪い」ものを感じ取っている。
 それは「邪悪」と表現していい感覚だ。
「これで十分だ。そろそろ逃げるか」
 何か「身の危険」を感じる。
 来た道を引き返して玄関の扉から表へと出た。
 邸の玄関の扉。何かが出てこれないように来たときのように鍵をしっかりとかけておいた。私も自分の身は自分で守る以上、ヤバそうな相手なら逃げることが最優先だ。私は「エクソシスト」ではないんだから。
 邸の外は、既にほとんど夜だ。
「夜や闇は向こうのテリトリーだから正解だった」
 手に持ったままのデジカメを見つめる。
「でも、心霊写真の一枚くらい撮っておかないと編集に苦言を言われる。取材した証拠にも。でも、邸に戻るのも流石に怖いよね」
 邸を振り向くと大きな窓がある。
「とりあえず、外から窓を撮ってみるか」
「パシャリ」と一枚試しに撮ってみる。
 デジカメの機能を使って、撮った写真をその場で確認すると「ビタッ」と無数の白い手が窓に張り付いていて、流石に肝が冷える。
「やっぱり「何か」が居たんだな」
 とりあえず今回はこれで「よし」としよう。
「ここ」に長居しない方が良さそうだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み