1 アマナムとアマト

文字数 5,554文字

 四十川とRXもとい饗庭の前に現れたそれは、言葉を喋るアマナムだった――

 深い緑色の身体、先ほどの跳ねるアマナムと違い、こちらはもう少し、いや形だけなら随分と人に近い。しかし全身の禍々しさからは、人間的なものは何一つ感じられない。

「しゃ、喋った!?」

 四十川は気味が悪かった。
 さっきのアマナムのせいでアマナムは喋らないと思っていたし、顔の殆どを黒い石、マスクで覆われ、一体どこから声を出しているのかも分からない。
 大体こいつらは何なのだ――。頭はこんがらがるが、とりあえず悪い奴だ、やっつけようと四十川は力強く拳を構えた。

「……アマナムの中には喋る者もいる。俺も初めて見たがな……」

 そう言うと、饗庭は腰につけていたRG-B7を投げ捨ててしまった。

「!? 何してんだ! ソレであいつやっつけろよ!」

「いや。あれは一回きりしか使えない。今はただの刃渡り20センチの刃だ……」

 ……それで最初から使わなかったのか。四十川は納得した。

「フム、頼みの武器はもうナシですか。ザンネンでしたねえ……」

 アマナムは不気味にかすれた声で喋っている。
 声からして男かな? いやオスか? 四十川は思った。

「そうそう、このやけに戦意の低い黒いアマト。あなた方にお返ししマスよ」

 アマナムは担いでいた黒いアマトをひょいと投げた。そのまま石畳の上に叩きつけられ、傷付き動かないアマト。四十川は駆けより呼びかる。返事はないが、呼吸と鼓動を感じ、生きていることは確認できた。

「てめー何てことしやがる! 誰だか知らんが黒いアマトくんをボコボコにしやがって……」

「オヤ? 知り合いではありませんでしたか。まあどうでもいいデスけどね」

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 アマト研究所から数十メートルの場所で三人が対峙する中、研究所に一人の女性が駆け込んだ。そして廊下の窓から外を覗く白衣の女性に駆け寄っていく。

「先生! なんや表でアマナムとあのRXがいてますやん! あと変な女も」

 金髪のショートカットで、綺麗に真ん中で分かれたワンレン。身長は秋より少し高く160ほどの関西弁の女子大生は白衣の女性にそう言った。

「あっ緋仙道(あかせんどう)さん! そうなんです。なんだか今日は色々ありまして……」

 入ってきた女子大生を見て秋と字浪は目を見合わせた。
 そこにいたのは、髪の色は違えど、どう見ても彼ら二人と四十川のいたSF研究会の部長、緋仙道だった。

「部長! 何でこんなところに!」
「そのカンサイベンとキンパツは何ですかな? ぶったまげた!」

 二人は緋仙道を囲んで騒いでいる。それを見て金髪の緋仙道は眉をひそめた。

「……先生。ダレですかこいつら。やかまっしい。」

「さあ……? そういえばどなたでしたっけ……?」

 秋と字浪は漂うアウェー感に背筋を凍らせた。特にさっきまで部室で四十川と喧嘩していたはずの緋仙道が、まるで自分たちを知らないかのように言う。暑さと事態の不明さで二人は汗を流した。

「……えーと、あの、部長じゃないのでして……?」

 字浪は恐るおそる緋仙道に尋ねた。顔を見ると、心なしか自分の記憶の中の緋仙道より若く見える気がする。そしてちらりと胸を見ると、これも記憶の中の緋仙道よりよりボリュームがある気がした。

「当たり前や誰やねんアンタ。そんでブチョーってなんやねんコラ」

 2人は顔を合わせた。どうも髪型と性格と口調がすっかり変わっているようだが、とりあえずこれは、これ以上追及してもどうしようもないだろう。そう目くばせすると二人は誤魔化すようにとりあえず外を見た。

「まあコイツラはほっといて。先生それにしてもスゴいですやん。あのRXがこんなところにおらはるなんて」

「そ、そうなんです! しかもあのポニーテールで背の高い真っ朱な女性はなんと、アマトだそうですよ! それに、今は姿が見えませんが先程までは黒いアマトのかたも!」

「えっなんやそれ! あの変な女が!? それに黒いアマト!? 先生こんなとこおらんと、もっと近くで見な!」

「えっ! あぶないです緋仙道さん!」

 金髪の緋仙道は興奮気味で外へ駆けだした。白衣の女性はあたふたとそれを追う。
 秋と字浪も、仕方がないので着いて行った。

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「おい待て!」

 今にも喋るアマナムへ向かって駆け出そうとする四十川を、饗庭が制止した。
 四十川がなんだよと聞くと、自分がこのアマナムを何とかするからお前は黒いアマトを介抱しろとのことだった。当然四十川は反論する。

「はあ? なんだあたしが弱いって言いたいのか!?」

「そうだ。お前はさっきアマナムにも苦戦していたじゃないか。俺は今まで何度もアマナムを倒してきた。だからさっさとしろ」

「……なんだい先輩ヅラしてエラそーに! ……フン! まあええよ。言う通りにしっちゃるわ!」

 四十川は口をふくらませてプンスカしながら、そばにいるアマトを担いで20㍍近く離れた秋たちの所までぴょん、ぴょん、ぴょんと3歩で辿り着いた。相変わらず凄いジャンプ力だと秋は見とれてしまった。


「ああ! アマトさま!」

 そう言って真っ先に四十川たちに駆け寄ったのは白衣の女性だ。2つのアマトを目の前にアタフタしているが、とりあえず自分を助けてくれた黒いアマトを抱きかかえた。

「ああ、黒いアマトさま…… こんなに、ぐったりと……」

「死んじゃいねえよ。とりあえずはな」
 四十川は黒いアマトを少し怪訝な目で見た。こいつはどういう訳かアマナムと積極的に戦おうとしなかった。だがまあ、話を聞いておくか。そう思い膝を落とした。
 するとRXとアマナムの方から、けたたましくフルオートで銃を発射する音が皆の方へ聞こえてきた。アマトの身体でなければ耳をつんざくような音。四十川は戦いの方を見、そして驚く。アマナムに、どう見ても銃撃が全く通じていない。
 どう見てもRXはピンチだ。四十川は再び立ち上がり真っ直ぐアマナムの方を見据えた。
「よっし今助けに行くぜ! レッツゴ……」

 四十川が大地を踏みしめ発進しようとしたそのギリギリの一瞬、白衣の女性が四十川の黒く埋め込まれた石光る左の手の甲、そのすぐ下の女とは思えぬほどがっしりとした手首をつかんだ。
「……っいやなんだよ! スタートダッシュ寸前のところで止めやがって!」  
四十川はアマトの身体で女性を睨み付けた。

「ひいいっ! す、すみませんっ! ……で、ですが! せっかくアマトさまに、それも二人も会えたのに、2人とも倒されるなんて嫌ですっ!」

 女性は明らかにシク、シクと泣いている。そんな光景を見てしまった少し気をそがれた気もしたが、四十川は涙を流す彼女の肩をポンと叩きサムズアップすると
「RXがピンチだ。助けなきゃヒーローじゃないだろ?」
とにこやかに言い、再び戦いへと舞い戻っていった。


「――た~すけに来たぜRX!」
 四十川は5㍍の上空からズザザザザッと着地すると、サムズアップでRXに向かってウインクした。

「やめろ! こいつは強い! お前などすぐやられてしまうぞ!」

 RXは銃さえアマナムにはたき落とされ、機械に身を包んだ身体それだけで戦っていた。アマナムがはそのボディに蹴りを食らわせる。飛び散る火花と共にRXはその場に倒れた。

「……いやすげー負けそうじゃねえか! いいから黙って助けられてろ!」
 四十川はそう言いアマナムに殴りかかったが、腕を掴まれその場に叩きつけられてしまう。うげえ、と思わず声が漏れた。

「ばか! だから言わんこっちゃない!」

 しかし四十川は負けじと立ち上がると再び殴りかかる。アマナムそれを払いのけようとするが、四十川はその素早さで瞬時に回り込むと力いっぱいボディーブローを食らわせた。

「へっ見たかコラ!」

 攻撃をくらったアマナムは少しよろけると、ゆっくりと首を四十川の方へ向けた。

「……なかなか素早いようデスね。まあ、そんなものは分かってしまえば道という事も無いんデスがね……」

「うるせーミドリ野郎!」
 四十川は再び回り込もうとしたが、アマナムは後ろ手でそれを掴み、そのままRXの方へと投げ飛ばした。ものすごい音とともに2つはぶつかる。そのままRXは吹っ飛ばされ、転がりイチョウの木へとぶつかった。

「おっ、おい大丈夫か!」

 四十川はRXへ走り寄り彼をゆすった。饗庭は右腕のゲージを見た。もうすでにEMPTYの表示が赤く点滅している。

「くそう! ……こんなはずでは!」
 饗庭は悔しそうに叫ぶと、右腕のゲージの下のスイッチを押す。そして画面に表示されたEXITの表示をタッチした。

「ふおっ!?」
 四十川は驚いた。顔、腕、胴、足……すべての部分が観音開きで開いたかと思うと、中から短髪の、全身の筋肉質な身体を黒いタイツの様な物で包んだ男が現れたからだ。

「ダレだあんた!」

「……俺は饗庭(あえば)だ! しかしそんな事はどうでもいい! ……バッテリーがなくなった。もうRXとしては戦えない……!」

「えっまじかよ……。まあしょうがないね。あたしが戦うからココで見てな?」

「バカを言え! お前などまたすぐに負けてしまうぞ!」

 饗庭はそう言うと、丁度そばに落ちていた専用の銃、RGG-2を手に取った。そして生身の体で銃口をゆっくりと歩いてくるアマナムへと向ける。

「おやめなさい。そんな大層な銃、いくらあなたの様な男性でも生身で撃てば身体を痛めマスよ?」

 アマナムは余裕そうに言うとそばに落ちていた一撃必殺の武器、今はもうその力を失ったRGB-7を拾い上げた。そしてそれを饗庭のもとに放り投げる。

「――!? 何だ! どういう意味だ!」
 饗庭は銃口を向けたまま叫ぶ。

「どうもこうも、それと今脱ぎ捨てた蒼い鎧を持ってもうお帰りなさい? ……まあ、鎧の方は持てませんかね……」

 アマナムは両手を広げ、まるでおかしくて笑うようかのようにそう言った。これはどういう事だ。四十川も疑問符が浮かぶ。

「――どういう事だ! なぜ俺を倒さない!」

「どうもこうも、アナタはアマトではないデショう? そんな人間を倒す必要もないし理由もないんですよ、我々アマナムにはね。」

 ――! それを聞いて思わず饗庭は銃を下した。四十川も意味がわからずアマナムの方を見る。

「おい! どういうことだ! あんたら緑色のバケモノは何がしたいんだ!」

 四十川のその言葉を聞くと、アマナムは右手の人差し指で、まるで考え込むようにその黒いマスクをコンコンと叩いた。そしてこう言う。

「――アナタは何なのデスか? 拳の石を見る限り、アマトだと思うのですが……」

「あたしもよーワカランわ! さっきこの時代? に来たばっかりでなあ!」

 四十川は中指を立て挑発しながらそう言った。2099年、いきなりこんな所へ飛ばされて意味もわけもわからないのだ。

「……? どういう意味デスかそれは。アナタは色々と、モノを知らないみたいだが……」

「……まあそーだな。折角ならいろいろ教えてくれてもいいぞ?」
 四十川はエッヘンのポーズでそう言った。

「……変なアマトですね。まさかとは思いますが、我々アマナムがかのアマト、そしてそれに成りえる人物を襲っているのはご存知デスか……?」

「……! ……ふーん、そうなんだ……」

 なんと言っていいか分からず、四十川はそう呟いた。まずアマナムとかアマトとか何だよ。そうツッコみを入れたくなった。

 だが、饗庭はアマナムの言葉を聞くと目を見開いた。まさかとは思っていたが、本当にそうなのか――? 悔しさにも似た思いが頭を巡った。

「ああ、普通の人間たちは、今言った事を知らないのかもしれませんね。……まあ我々としては、知っていようがいまいが構わないんデスが……」

 そしてアマナムは饗庭の方に首を向けた。そして右手を優しい動作で彼の方に向けると、丁寧にこう言った。

「――ですから、蒼き鎧を身にまとっていたアナタ、アナタはアマトではないのですからもうお帰りなさい……。ワタシには、ただの生身の人間となったアナタを襲う理由は無い……」

 そう言うと、アマナムはまた可笑しそうに両手を拡げた。そしてこうも続けた。

「――ああ、これもきっとご存じないのデショう。我々アマナムは、アマトに変身できる人間、そして将来、アマトになりえる人間がわかるのデスよ。――これはいい情報デショう? お仲間にも伝えておやりなさいな。」

 それを聞いた饗庭は、ぶらりとした手で持っていた銃を力なくその場に落とした。そして問いただした。
「それは、俺はアマトには成れないという事か――」
と。

「そういう意味デスよ。――なんですか、アナタ、アマトにでもなりたいのデスか? アマトに成れる者は大変珍しいのデスよ。まあ、諦めなさいな。」

 ふーんそうなんだ、四十川は思った。
「待てよ、だったらあたしってばスゲー珍しい存在ってコトか?」
 四十川は鼻の下を人差し指でこすりながらそう言った。

「そうデスね。大変驚いていますよ、一日でアマトに2つも出会うとは。――まあ、我々アマナムに日に二度も出会うあなた方も、大変貴重な経験だったとは思いますケドね――」

 そう言った瞬間、アマナムは四十川の方に走り寄った。
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