3 戦いの終わり

文字数 2,767文字

「――さあ、お喋りも飽きてきましたか。少し考えたのデスが、朱いアマトのアナタ、やはりアナタは殺すことにしました。色々おかしな存在ではありますが、結局はアマトですしね……」

 その言葉を聞いて四十川は覚悟を決めた。戦うしかない。左の拳を握りしめると、アマナム向かって一気に走り出した。

「おやおや。自ら向かってきますか。そんなに急がずとも――」
「――ここで瞬時に回り込む!」

 アマナム目前でそう宣言すると、四十川は素早く後ろへ回り込んだ。そして大地を強く蹴る。

「おろかな、そんなものはもう通用しないと――」

 素早く振り向いたアマナムの視線の先、そこに四十川はいなかった。

「――上だこのミドリ野郎!」
 四十川はアマナムのほぼ真上から、その脳天向けて跳び蹴りを食らわせようとした。だがそれが叶うかと思われた寸前、彼女の足は緑色の腕につかまれ、そしてイチョウの木へと投げつけられた。

「――ぐほぉっ!」
「そんな小細工が通用するわけがないでしょう!」

 まるで地震でも起きたかのように、四十川を受け止めたイチョウの木は激しく揺れ、まだ秋でもないのにその葉を激しく散らせた。

「……てめえ、イチョウの木は大切にしな……」
 四十川はゆっくりと起き上がる。その朱い身体は、血を流していなくとも傷ついているのが横にいる饗庭には分かった。

「ハハ、わかりました。これからは大切にしますよ……。まあ、アナタは今殺すんですけどね……」

「――約束守れよ!」

 四十川は再び飛び出し、今度は真正面からその長い脚で上段への蹴りを食らわせようとした。だがそれは軽く受け止められ、そしてアマナムは彼女の首を掴むと四十川を持ち上げ、ひたすらに彼女を殴り続けた。

 四十川は声も出せない。ただいたぶるように殴り続けられる。そしてついにはその口から、人間のものとは思えぬほど紅い血を吐いた。

「ハハハ! どこまでもちますかねえ!」
 
 だがその猛攻も長くは続かなかった。アマナムが背後から銃撃を受けたのだ。彼が振り向くと、そこには銃口を向ける饗庭の姿があった。イチョウの木を背に、その威力ゆえの猛烈な反動をそこに受け止めさせていた。だが身体への負担は大きい、大きすぎる。饗庭は顔を苦痛にゆがめていた。

「邪魔をするなと言ったでしょう……」

 アマナムは四十川を地面に叩きつけると、饗庭のもとへ寄りその銃を取り上げ、その拳で破壊した。
 そしてその隙を見た四十川が血へどを吐きながら「お前たち! 今のうちに逃げろ!」と秋たち四人へ叫んだ。

「……全く、面倒デスね……」
 アマナムは破壊した銃を放り投げると、地面に這いつくばる四十川を跳び越し秋たちのもとへ近寄った。そして緋仙道に狙いを定め、ゆっくりと近づいて行く。

「ぎゃああああ! ま、まさかウチがあああああ!?」

「……アナタは過去にアマナムに襲われたような経験があるのでは?」

「ああああ確かにいいいい!」

「良かったデスね……。これからはもうそんな経験をせずに済む……」
 アマナムは彼女の首へその緑色の右手を伸ばした。

「ぎゃああああウソややめてやあああああ!」

 絶叫する緋仙道。そして他の三人は恐怖のあまり尻もちをつき動けない。
 だがアマナムは衝撃とともに吹っ飛ばされた。四十川が左足で蹴りを入れたのだ。
 その右足は地面へとめり込んでいる。

「……ホウ、まだそんな力がありましたか。隙を見て逃げることもできたでしょうに……」

「……あのなあ。緑色のバケモンに一言、言っておいてやる……」
 
「……ホウ、なんでしょうね……」

 四十川は真っ直ぐアマナムを指差した。そしてその手をゆっくりと天へと向ける。

「正義のヒーローは、ゼッタイに逃げたりしない!」

 まさに神風か、そのとき彼女の艶やかな黒髪が大きく風に揺れた。

「……ヒーロー? ハア、何を言っているんでしょうねえ……」

「惡のアマナム! テメーはあたしがブッ倒す!」

「……これから死ぬというのに、まあ威勢がいいですねえ……」

 四十川は正直覚悟した。――死を? いや、それはわからない。ただ何か、恐怖とそして諦めの様なものを感じた。
 ――ああ、せっかくヒーローに成れたと思ったのにな。四十川はそう思い目を瞑ると、ゆっくりと拳を構えた。

「……? ハハハ、なんですかそれは諦めですか? それとも何か策でも思いつきましたかな?」

「……いいからさっさとかかって来いよバケモン野郎!…………」

「良い覚悟です。それでは……」

 アマナムはゆっくりと四十川の方へ歩いた。そして段々とその歩みを速めてゆく。
――これで最後か。四十川は目を閉じたまま少しため息をついた。


「―――待て」

 不意にアマナムの後方から男の声が聞こえた。
 そこに居たのはあの、黒いアマト。

「……? 戻ってきたのデスか、アナタ……。まあ、アナタもこの朱いアマトも満身創痍だ。どうということはな――」

 その瞬間に黒いアマトはアマナムの目の前へと移動していた。一瞬の事にアマナムも、そして四十川たちも驚く。

「……何だ! だが……」

 アマナムは先刻そうしたように、彼を、黒いアマトを圧倒的な力の差で屈服させようとした。緑色の右手を伸ばし彼の腕を掴もうとする。だが掴まれたのは、その緑の腕の方だった。そしてアマナムはそのまま、黒い脚に踏みつけられた。

「……な、何だと! バカな……!」

 黒いアマトは、その黒い腕をアマナムの顔へとゆっくりと伸ばし、そして鷲掴みにした。

「……な、何をする! は、離せ、ぐ、グ……」

 アマナムはそのまま力なくその場に膝をついた。あまりの展開に、四十川たちも呆気にとられている。

「……お、おい何だ! 何しやがったんだ!」

 四十川は黒いアマトに叫んだ。
 ピンチは脱した。だが色々と腑に落ちないのだ。

「……アマトは、本人が知らずとも何らかの能力を有している。私の場合、アマナムを操れるというものだ……」

「……! そ、そんなこと……?」
 四十川は聞き返すが、黒いアマトはそのまま去っていく。そして、アマナムもそれに従って行った。

「お、おい待てよ!」
 四十川は言うが、彼はそのまま呆然としている秋たちの横を歩いて行く。そして振り返り四十川に尋ねた。

「……朱いアマト。貴様は、2人いるのか……?」

「……は?」

「……いや、何でも、ない……」


 そう言うと黒いアマトとアマナムは人間の姿へと戻り、誰もいないイチョウ並木を歩いて行った。
 四十川は何も言うこともできずただ、遠ざかるその姿を眺めていた。
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