2 暗躍と能力

文字数 4,609文字

 そもそも自分が変身したアマトってなんだろうな? 変身する直前に会った、あの正体不明の男かも女かもわからない人間が関係してんのかな? 
 アマナムが喋っている。それを半分聞きながら四十川は夏風に揺れるイチョウの葉を見ながらそんな事を考えていた。すると横から「逃げろ!」 と饗庭の声がした。

「え?」
「もう遅いですよ!」
 四十川が気付いた時にはもう既に、アマナムが眼前で拳を振り上げていた。何もする間もなく、四十川はすぐ後ろのイチョウの木の幹に叩きつけられた。轟音と共に、ずっと学生を見守っていただろう、たくましくも老獪に太いイチョウに木が揺れ、青々としたその葉が散っていった。

「うげ、え……」

「なんというバカなアマトでしょうね。油断しきってボケッと上の方を見つめて。これではアナタなどすぐ倒せてしまう。つまらないデスね……」

 アマナムが四十川の朱い身体にめりこんだ腕を離すと、彼女はそのままその場に膝を落とし崩れ倒れた。おい大丈夫か! 饗庭が走り寄り小刻みに揺れる四十川をゆすると、彼はそばのアマナムを力強く睨んだ。

「……アナタ、いくら普通の人間と言えど、邪魔が過ぎるようでしたらタダではおきませんよ?」

「な、なんだと……」

「そ、そうだ……。アブないぞどいてな……」

 四十川はそう言いゆっくり立ち上がると、左手でそのポニーテールをサっと解き放った。力強くしなやかな黒髪が、ムッとした夏風に揺れる。

「……ちょっとビックリしたけど、ダメージは思ってたほどじゃない……。ニンゲンの状態でくらってたら、内臓でも破裂して死んでたろうけどな……」
 
 四十川は言いながら、半ば無理矢理にくっと口角をあげると、その髪を結んでいたゴムを饗庭に託した。

「……フム。まあ本気で打ったわけではありませんしね……。ところで髪を解き放ったのは、何かイミがあるので?」

「……モチロンさ。これを解き放ったが最後。あたしはホンキで行くぜ……」

「ほお……」

 もちろん嘘だった。適当な事を言って自分を奮い立たせたのだ。
 だが、四十川のその人間を超えた力強い身体の全体が、そして直感が自信に告げていた。
 ――コイツにはまず勝てない。自分は人間を超えた強い力を手に入れたには違いないが、だからといえども目の前のコイツは完全にそれを超えている……
 
「なあ、ホンキでぶつかり合う前にもう少し教えてくれないか? アマトとかアマナムとかについてさ。あたしホントにその、何も知らねえからな……。あ、ちなみにあたしは四十川 一(あいかわ まこと)ってんだ。ヨロシクなって……」
 
 四十川はへっへへと笑いながらそう言ってみせた。会話をしながら、何か突破口でも見つけたかった。

「……本当におかしなアマトですね……。アマトに覚醒せずとも、その素質がある時点でアマナムに狙われる。いやおうにもその存在を認識するハズですが……」

「……あたしがいた所は、アマナムも、そんでアマトもいなかったぜ……。今日初めて見た……」

「……ありえない話ですね……。世界中にそんな場所など、どこにも有るハズはない……」

「そいつはどうかな……?」

「……アナタはさっさと殺そうと思っていましたが、正直少し迷ってますよ……。あなたの話の内容もそうですし、その左手の甲の黒い石。通常アマトは石をその手の甲に宿しますが、それは右手であって左手ではない。そして色は赤のハズ。……先ほどの黒いアマトがそうだったのを、アナタも見たデショう……?」

「んああ、そうだったかね……。まあアレかね? あたしの身体が朱いし、分かりにくいからこのヘンな石?が、黒いのかもよ……」

「……幾多ものアマトを倒してきましたが、ワタシはそんなアマトは見たことがありません。……ハテ、アナタをどうしたものでしょうね……」

 アマナムはまた指でポンポンとそのマスクを叩き、考え込むような動作をした。しめた。このままコイツがどっかに行ってくれれば幸いだ。四十川はそう思ったが、臆病な思考をしてしまった自分に少し嫌気もした……

「……フム、ワタシも少し考えるついでに、アナタと話でもしましょうか……。そうだ。あそこにアナタ方のお仲間が4人ほどいますよね?」
 そう言うとアマナムは秋たちの方を指差した。

「オヤ? 黒いアマトもあそこにいましたか……。まだ生きていますか。まあ、あのような臆病者は放っておいても構わない気もしてきましたね……。」

 その声を聞いてか聞かないでか、黒いアマトはハッとも目を覚ました。そしてアマナムの方を見ると、怯えたようによろよろと立ち上がった。

「……! 黒いアマトさま! だ、大丈夫なのですか……?」
 
 そばで彼を見守っていた白衣の女性は心配そうにそう言うが、黒いアマトは聞こえないかのようにそのままよろよろとアマナムの反対方向へ歩いていく。秋や字浪、それに緋仙道も少しどよめく。

「ま、待ってください!」

「――放っておきなさい」
 アマナムはそう言った。そしてこうも続けた。
「まあいずれあの臆病なアマトはワタシが倒します。それよりも重要なのは、アナタ方4人の中にアマトになりえる者がいるという事。それも1人ではない……」

 4人はびくりとする。そして四十川、饗庭も驚いた。

「今日はおかしな日だ。アマトに日に二度も会うなどあり得ないし、そしてそれに成りえる者が同じ場に二人以上いるなどという事もこれまであったことがない。……もしかして、ナニか起ころうとでもしているのでしょうかね……」

 アマナムは考え込むように顎をその手で支えた。その隙を見て、白衣の女性は黒いアマトへと走り寄ろうとした。

「……おやめなさい! アナタ方の中には勿論普通の人間もいますが、余りでしゃばるとタダではおきませんよ!?」

「ひっ!?」

 白衣の女性はその場で崩れアマナムの方を見た。よしよしそれでいいのデスよ、アマナムはそう言う。

「――まあ、この場にいる普通の人間の方々には、おとなしくして頂ければ危害を加えるつもりもありません。――ただ、アマトやそれになりえる方々は殺しますがね……」

 ――ダメだ、実力差があろうとなんだろうと、コイツはこの場で倒さなきゃならない……。四十川は静かに拳を握りしめた。


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 四十川たちを尻目に、傷付き真面に動かないその身体で黒いアマトはよろよろと歩き続けた。逃げなければ、私は間違いなく殺されてしまう――
 黒いアマトがそう思った時、彼の前に紅い身体の何かが立ちふさがった。両の手の甲には、黒いアマトのそれよりも一周り以上も大きな黒い石が埋め込まれている。
 ――! コイツはアマトだ――。黒いアマトはそう思った。

「――キサマ、相当に傷付いておるな……」
 
 見透かされたような、どこか悲しげな低い声。だが確かに女の声でそれは言った。
 ――この声。似た声をさっきも聞いた。黒いアマトはそう思った。

 するとその紅い身体は、瞬時に人間の姿となった。黒いアマトはその顔を見て愕然とし、そして後ろを見た。百㍍以上も後ろ、四十川たちはこちらには気づいていない。

「フ、キサマをどうしてやろうか。この場で倒すか、それとも……」

 黒いアマトは愕然とする。こいつに自分は倒されるというのか。今しがた命からがら、アマナムから逃げてきたというのに……。
 だが、女の姿のその人間の言葉にはそう思わせる何かがあった。人間の状態でもその両の手の甲には、黒い石を宿したままだ――

「……キサマは面白い能力を持っている。それを使わせるのも一興か……」
 
 女はそう言うと、その威容からは考えられないほどのやさしい手つきで黒いアマトに触れた。するとどうだろう、彼の傷はみるみるうちに治っていく。そして体中からよみがえってくる力と、そして暖かいものを彼は感じた――

「……! 何だ! どういう事だ!」

 彼はそう問う。だが彼女はただ彼の頬に、やはり底知れぬやさしい手つきで触れるとこう言った。

「――いいことを教えてやろう。アマトたるキサマには、キサマ自身も知らぬ能力が眠っている……」

 黒いアマトはただ、何も言うこともできずそれを聞いている。――能力? アマトは何かの能力を宿すと聞いた事がある。自分にもそれがあるのか――

「――それは、アマナムを操る力だ。……よく考えるのだ。アマナムに怯えるキサマだが、その怯える対象を操ってしまえばもうその心配はなくなる。わかるな……」

 ――私にそんな力が! ……だが、この女の言うこと、そしてこの伝わってくる底知れぬやさしさと力には、言い知れぬ説得力というものがある……

 彼女は手を離した。そして彼は自分の身体を見渡す。この溢れてくる力はなんだ……

「――わかったな。さあ、先程のアマナムのもとへ行け。その力が今こそ発揮されるだろう……」

「……! き、貴様は一体何なのだ! 向こうにいるあのアマトの女と、似――」

 彼女は遮るように再び彼の頬に触れた。そして言う。さあ、行くのだ、と……。すると黒いアマトはまるで、女のその言葉その力に動かされるように、ゆっくりと踵を返し再び四十川たちの方へと歩を進めた――


「――どういうつもりですか? 貴女がアマトを生かして帰すなど……」

 どこからともなく現れた、男とも女ともつかぬ面容のそれはそう言った。四十川たちも、そして黒いアマトもその存在には気付いていない。

「――キサマか。わたしの邪魔をする気か?」
 女はちらりと振り向くとそう言った。敵意とも取れる視線を向ける。

「何を言うのです。そんなつもりはありませんよ。貴女と私は、同志でしょう……?」

「フン。目的が同じだけだ。――わたしにとってアマナムも、そしてキサマも本来は気にくわぬ存在だ。いつかはその全てを消し去ってやりたいがな……」

「……フ、こわいですね。――して御存知ですか? 今しがた見てきましたが、向こうにいるあの妙な朱いアマト、名を四十川一(あいかわまこと)と言っておりました。これは貴女と同――」

「――だから何だと言うのだ。そんな事は何も関係ない……」

「――流石ですね。そしてあのアマトの彼女はこうも言っていましたよ。――自分はさっきこの時代に来た。と……」

「……フン、キサマも分かっているだろう。それはあの女の能力だ。おおかた世界を超えてきたのだろう。かつてのわたしがそうだったように、な――」
「……いいのですか。そうなればあのアマトは貴女とつくづく似て、いや同じという事に――」

「黙れ。分かっているだろう……。わたしの目的は、全てのアマトを倒すこと。例外などない――」

「――フ、心強いですよ……」

 二人はゆっくりとその場を後にした。四十川たちにも黒いアマトにも、アノアマナムにも何も気取られる事なく――


 そして黒いアマトはゆっくりと、そして段々と自信を覚え一歩一歩、四十川たちに近づいて行った。
 ――自分は変わった。今からそれを確かめる――
 彼は右の手の甲、赤い石を見つめた。
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