第51話 第二章/ふたつの葛藤 戦いの火蓋

文字数 2,632文字

 一方、十八年まえのあの夜――、

 ゼムラは、自分のしかけた(わな)から逃してしまったサムを暗殺するために、すぐさま刺客を差しむけました。

 しかし、三人目の刺客を放ったあともいっこうに「サム暗殺」の報せが届けられず、
(ごう)を煮やしたゼムラは、いつサムが舞いもどってきても対処できるよう、
祖国に待機させておいた多くの研究者や技術者を呼びあつめ、国中に(あまね)く配置させて、
〝マギラ〟の普及を急がせました。


〝マギラ〟とは、
ゼムラの曾祖父(そうそふ)によって着手・命名され、
その子その孫へと開発のすすめられてきた、
世界征服を果たすための科学兵器でした。

 ルイの祖父によって発見され、
のちに〝マギラ〟と呼ばれることになったこのNEO(ネオ)エネルギーの開発は、
発見された当初は、まだささやかな施設のなかで、世界平和を目的にすすめられておりました。

 しかし、世界征服を目論(もくろ)むゼムラの曾祖父に目をつけられたことで、
秘めたるその力は〝マギラ〟と名づけられ、
ルイの祖父の研究とはかけ離れた、科学兵器の心臓部に移植されることになりました。

 そして、兵器開発であることをかくされたまま、
ルイの祖父は莫大(ばくだい)な資金援助を受けることになり、研究はおおいに進展しました。

――が、その息子、ゼムラの祖父によって、〝マギラ〟の未知なる力は際限なく増幅されることになり、
その予測できない危険に対してルイの祖父が猛反対をしたために、
研究は二つのグループに分けられることになりました。

 一つは、ルイの祖父を中心とする、
エネルギーに秘められた宇宙の神秘をとき明かし、そこに人間科学的高い意義を見いだして、人類平和に役立ててゆこう。
とする研究と……、

 一つは、ゼムラの祖父の(たくら)む、
〝マギラ〟の秘めた力を利用して、世界征服を果たそう――、
と、野望に燃えて突きすすむグループに。

 このときすでに、ルイの祖父と研究は、いつ(ひね)りつぶされてもおかしくない状況にありましたが、
しかし、秘められた力を際限なく引きだそうとするグループが、予測不能な〝マギラ〟の性質によって相次ぐ事故をひきおこし、多くの犠牲者をだしつづけたために、
見かねたルイの祖父が、暴れる〝マギラ〟を停止させ、安定した状態にして保つコントロール機構を開発して、
結果、多くの研究者や技術者や作業員の生命(いのち)も守られることになりました。


 その間、確立されてゆくコントロール技術を間近に見ていたゼムラの祖父と父は、

『このコントロール技術を応用すれば、〝マギラ〟はおろか、人間の心までも(あやつ)れるのではないか――。
そうよ!、〝マギラ〟のもつ強大な力と、このコントロール機能をもってすれば、
世界を(ひざまず)かせることなど、容易(たやす)いことよ!』
と考え、ルイの祖父と研究を、しばらく監視下に置くことにしました。

 こうして、世界平和の陰に隠してすすめられる世界征服の野望は、
抑制(よくせい)のためのコントロール機能を促進(そくしん)の技術におきかえながら、
ルイの祖父と研究を、手順どおりに……、闇の底へと葬り去ってゆきました。

 その〝マギラ〟を生みだした国で生まれたゼムラは、サムの国に送り込まれた工作員でした。

 〝マギラ〟の国からサムの国に送り込まれた工作員はゼムラだけにとどまらず、
それはゼムラの曾祖父の時代にまで(さかのぼ)り、
ある者は旅人を装い、ある者は歴史研究家を、またある者は商人を装い……と、
さまざまなすがたに(ふん)して忍び込んだ工作員たちは、
ながい時間をかけて、
サムの国の国民として同化してゆきました。

 そしてある者たちは、国の重要な任務を遂行(すいこう)するまでに深く潜入すると、
〝マギラ〟普及のための闇の組織を結成し、
準備の整ったところへ――、
指導者となるべく、ゼムラは送り込まれました。

 ゼムラは、文化人類学を専攻する留学生として入国すると、まもなくその非凡な才能を発揮して城へと招かれることになりました。

 サムは、一国の王に謁見(えっけん)しながらも、物怖(ものお)じなく堂々と受け答えする青年の、
その度胸と、豊かな知見(ちけん)と話術に(いた)く感心すると、
国の内外からやってきて王子の家庭教師に名乗りをあげていた多くの知識人を差し置き、
青年ゼムラを、ハンの家庭教師に任命し、城のなかへと迎え入れました。

 ゼムラは、先に潜入していた工作員のもたらす王家の内情を把握するその度ごとに、王子の才能をもちあげてはほめそやしながら、

「お若い王子さまが、今のうちに、
激動する世界の情勢をご覧になり、その動向を見極め判断する力をお養いになれば、
かならずや将来、世界のリーダーとなって、
この国の繁栄をゆるぎなきものになされるでしょう」

と、海外視察の必要性を執拗(しつよう)なまでに訴えました。

 その考えがまさに、サムの望みにぴったりと沿っていたために、
ゼムラは、海外視察の同伴者に指名されて、
世界をめぐる研修旅行は、
ゼムラの思惑どおりに運ばれてゆくことになりました。

 ゼムラは旅の途中、祖国〝マギラ〟の国に立ちより、
ハン王子を国の主だった場所へと案内してまわりながら、
〝マギラ〟の魅力にふれ、
その成果を示して、
国民生活に取り入れるべき必要性を、
若いこころのなかに()()んでゆきました。

 またその間も、ゼムラは、世界戦略を企てる組織に立ちより、進捗(しんちょく)状況を確認すると、今後の方針を示して、組織はその指示に従って戦略の立て直しをおこないました。

 この組織の大半が、サムが国を出た後に呼びよせられて、
表むきは〝マギラ〟をあつかう商社の名を(かん)し、内部では、国を征圧する地下組織として強化されてゆきました。

 ゼムラはまた、
〝マギラ〟の普及もさることながら、
城の主だった重臣たちを地下の組織に引きこむことにも抜け目がありませんでした。

 ゼムラは、
城の重臣たちのひとりひとりに近づき秘密の集会に誘いだすと、
サムの国では見ることのできない(きら)びやかな()しものを披露(ひろう)し、酒や料理をふるまい、
賭け事や(みだ)らで妖艶(ようえん)なたのしみをあたえて、
秘密の会員へとまるめ込めてゆきました。

 そしてこれらすべてのことが、
ハン王子には気づかれぬよう、
陰にかくしてすすめられてゆきました。

 サムが城を出て六年後、
ハン王子が体調を悪化させて一線から退(しりぞ)くと同時に、
組織の中枢(ちゅうすう)は城のなかへと移され、
命令に従わないものは、重臣であろうと、一族郎党、地位も名誉も財産も、
市民権さえも剥奪(はくだつ)されて川辺の集落へと追放されてゆきました。

 そして、城にのこった重臣たちも、
いつ、一族の破滅を突きつけられるやもしれない恐怖に怯えながら、身の縮むような毎日を送らなければなりませんでした。

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