第69話 第三章/銅鏡の秘密 ナジムの企て -3

文字数 1,876文字

……しかしシムネは、
同僚の者たちを川辺に追いやり、サムとナジムを追いつめながら傲慢(ごうまん)きわまりなく進められてゆくゼムラの政策に、
ただつき従い、操り人形のように動いている自分とは、
子や孫に、とりかえしのつかない罪を重ねているだけではないのか? 
……と、
日に日につのる自責の念に苦しみつづけ、

シムネは、
おなじような思いに沈む仲間を見つけだしては密かな絆をむすびあい、
仲間の数は増えるにしたがって、
思いの強さを倍加(ばいか)させてゆきました。

 そんなおりもおり。
この不満の捌け口となる事件が勃発しました。

 それはシムネと仲間が、
(こぞ)って、川辺の集落へ追放される。
 という、機密情報をつかんだことにはじまりました。

 ゼムラは、
〝マギラ〟のあらたな機能により、
世界各地に遺された過去に遡るあらゆる資料を探り出し、その中から、サム一族に繋がる血縁者の情報を洗いだすと、
順位をつけて、一冊の名簿にまとめあげました。

 そして、組織内の強化がすすむにしたがって、順に、川辺の集落へと追放してゆきました。

 このシムネの探り当てた機密情報により、
仲間うちの結束はいよいよ強固となり、
……思いはついにゼムラ暗殺計画へと至り、
祝賀のその日に向けて準備は着々と進められてゆきました。

 祝賀の会は、
〝マギラ世界〟の推進に一際(ひときわ)功績のあった者を表彰し会食をたのしむ昼の宴と、
もうひとつは、ゼムラ一族の神に誓いを立て、あらたに重臣にとりたてられた者を祝う夜の祝宴とに分けて催され、
かつては、シムネとシムネの仲間も、
夜の祝宴のおなじ壇上に顔をそろえて、誇らしげに顔を上げて笑っておりました。

 毎年きまった日取りで催される祝賀の会の昼の部がおひらきになると、
人気(ひとけ)のなくなった場内は片づけられて、
居残った各国重鎮(じゅうちん)の一部と、
シムネをふくむ既存の重臣、
そしてあらたに取り立てられた重臣たちが整えなおされた席にもどり、

壇上に居並ぶ各地より集められたゼムラ一族の代表と、
中央に座るゼムラに対して、
この上ない忠誠と、この上ない祝辞と謝辞と……と、
このうえなく(こび)を売る会が彩りも華やかにはじまりました。

 この催しに出席したシムネと仲間は、
あらたにとりたてられた側近たちのとびっきりに媚びへつらうすがたを見るうちに、
かつての自分をそこにかさねて、強い嫌悪と悔悟(かいご)の念に襲われました。

 そして当初は、ゼムラ一人を狙うはずの暗殺計画は、
急遽、この忌まわしい光景ごと焼きはらう計画へと変更されて、

シムネはその実行犯に名乗りをあげました。

 シムネは、
仲間うちに伝達をすませると、急いで階下へ下り、
内外から招かれた重鎮の帰ったあとの手薄になった警備の目を盗み、
入口にならべられた花輪やかざりに火を点けてまわりました。

 火は、
おりからの乾いた風に(あお)られながら、
花輪やかざりの燃焼しやすい素材につぎつぎに燃えひろがると、
飛び火して、シムネの上着にも燃えうつり、
火達磨(ひだるま)となったシムネは上着を脱ぎすてて炎のなかから転がりでました。

 火は――、
消防が駆けつけたときにはすでに手の施しようもないほどに燃えひろがり、
非常階段へまわると、
シムネの合図をうけて逃げだした仲間と、
そのあとを押しあい()しあいやってきてごったがえす人とで道が(ふさ)がれて、どうにもなりませんでした。

 火は……、
空からの救助がやってくるあいだもうねりながら、最上階の祝賀の会場めがけてゴオゴオと燃え上がり、
壇上につながる通路で揉みあうゼムラと一族の人びとを呑み込んでゆきました。

 ゼムラは顔に大火傷を負い、暗殺計画は失敗に終わりました。

 火傷を負ったシムネは、すぐにも、自分の身に放火の疑いがかけられると覚悟をしましたが、
しかし矛先(ほこさき)は、サムとナジムへ向けられました。


 裁判の日――、

 シムネと仲間は、法廷となる会場の中で、
たがいの顔を見ることもできずにちりぢりに座っておりました。

 そして――、
 サムとナジムが引きだされ、縄をとかれたそのときに、

シムネは立ち上がり、

『じぶんが犯人である!』と名乗り出ようとしました。

 が――、ゼムラの姿を見たとたん、
腰が砕け、立ち上がることができなくなりました。

 そして、その後なんども、
サムのもとにかけより、懺悔(ざんげ)しようと腰をうかしかけましたが、
そのたびにまきおこる場内のおそろしい空気に圧倒されたまま、
……その上を泳ぐように、
ゼムラへの忠誠を誓うじぶんとなかまのすがたを、ふしぎなきもちでながめておりました。


 二日後シムネは、妻宛の遺書を部屋にのこして、
ひとり……、
法廷となった会場の人目につかぬ場所にこしをおろして、手にした毒を呑み干しました。

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