第71話 第三章/銅鏡の秘密 遺書 -2

文字数 3,115文字

 そのとき――、

「ようこそ、みなの衆!」

 と広場にこだまして、
火傷の顔に黒いベールをかけた黒馬に(また)がるゼムラが、ゆっくりとした足どりで村人のほうへ近づいてきました。

 ゼムラは、ナジムの前にきて立ち止まると、

「おじいさまを釈放してください!」
ナジムが間髪を入れずに叫びました。

 ゼムラは、

「なにをたわけたことを。
 ナジム!
 約束どおり、火を放った者を連れてきたのであろうな!」

 そのとき、牛車を下りたヨキ王妃がナジムのまえに出て、

「ゼムラ――! 悪ふざけはやめて、無実の陛下をすぐに釈放しなさい!」
と言い放ちました。

 ゼムラは、ヨキ王妃を見おろし、前屈みになると、

「これはこれはお后さま。
 あいかわらず、おうつくしくて、
なによりですな……」
とからだを起こして、

「それにくらべて、……ごらんなさい!」
と、顔にかけられた覆いを(ひるがえ)すと、
あらわれた顔には眉も睫毛(まつげ)もなく、
火脹(ひぶく)れが破れて赤く(ただ)れておりました。

 ヨキは、その顔に一瞬(ひる)みそうになりましたが、

「ゼムラ、お聴きなさい。
 昨晩、シムネの妻カナイが、
これをもって、わたしのところにやって来ました!」
と、胸元に仕舞っていた封書をとりだして、

「ご覧なさい!
 陛下の無実をしるしたシムネの遺書です!――」と(ひろ)げて、

「これが、うごかぬなによりの証し!
 ここに、事実のすべてが記されています。
 このことは、すでにあなたも承知のはず。
 とぼけても無駄です!

 シムネの亡骸(なきがら)はカナイにかえしなさい。
 そして夫は、
――わたしに返しなさい!」

 ヨキは声をかぎりに訴えました。

 ゼムラは、そのことばに睫毛のない目を()くと、

「死んだ者に用はない。のぞみどおりにかえしてやろう。
しかし、サムは返さぬ。
なぜなら、
シムネは、サムとの血のつながりを持つからだ。
火を放った者がシムネであろうがだれであろうが、サム一族の仕業であることに変わりはない!」

 そのことばに、ナジムは――、

「それはちがう!
 そんなことで恨みが晴らせるわけがない。
 あなたの行っていることは、さらなる恨みを増殖させているだけだ!

 あなたの燃やすその復讐の炎は、
 祖父やわたしや一族の人たちを燃やし尽くしたところで、
 消えてなくなるようなものではないのです!

 あなたが、その燃えさかる炎で焼き尽くそうとするのは、
じつは、
あなた自身が抱えた、その苦しみなのではありませか!

 それは――、
だれも触れることができない、あなた自身の問題なのに、
あなたは、
そこに、つごうのよい人間を()めこんで、
燃やし尽くそうとしているだけなのです!

……だから、
あなたに近づく人たちは、
その炎に戦慄(せんりつ)し、こころを(とざ)して、
まわりを敵対するものに囲まれながら行き場をうしなって……、

――あなたは、
あなた自身の問題をそうやってあらたな苦しみにして作りだしながら、
自らも、追い詰めているだけです!」

 ナジムは思いの限りをぶちまけました。

 ゼムラは、拳を握り締め、全身をふるわせながらナジムのことばを呑み干しました。


 それは……、
だれにも触れることのゆるされない、ゼムラの、神聖なこころの事情でした。


「小僧ぉぉぉ、言わせておけばよくもぬけぬけと。
 ウぅぅ~、おまえもいっしょに燃やしてやる。
――全員、引っ捕らえよ!」

 その急展開に、ヨーマは、何の指示も出すことができませんでした。

 一行は軍団の銃口に小突かれ、街なかを列になって引かれてゆきました。


 そのころカナイは、ヨキ王妃の配慮で村に留まっておりました。

 カナイは――、

『たとえ、
ゼムラにシムネの遺書を見せたとしても、
ゼムラが易々(やすやす)と、
捕らえた獲物を手放すわけがない!』
と考えておりました。

 ヨキ王妃に遺書を届けたあと、カナイは、
ナジムと村人たちがサムの救出に向けて準備をすすめるなか、ある者に宛てて手紙を認めて、
村一番の疾足(はやあし)にそれを託しておりました。

 街のジョギングすがたに化けた村の青年は、カナイの手紙をからだに巻きつけると、
不夜城の街なかを、疾風のごとくに駆け抜けてゆきました。

 青年から手紙を受けとった男は、
中を見るなりすぐに仲間をあつめて、
手紙に書かれた一言一句を、もらさぬようによみあげました。



♢♢♢ 

ヤモイならびにお仲間のみなさま へ


シムネは、自らの行いを償うために遺書をのこして自害いたしました

明日、お妃さまと殿下がその遺書を持って、

村の人びととともに、陛下の救出にそちらへ向かわれます

しかし、ゼムラが、容易く陛下を引き渡すとは考えられません

なんとしても、陛下をお救いしなければなりません

みなさま――、

魂が永遠であるならば、犯した罪もまた同じでありましょう

陛下やお后さまや殿下にもしものことがあれば 

それは、私たちの末代にまでおよぶ罪になる。と、
みなさまもご承知である。――と、お察しして申しあげます

事を起こせば、国を潰すことになるやもしれません

しかし、国が潰れ、われわれの負うた罪が癒やされなくとも

国民ひとりひとりの人生は、かならずや、あらたなスタートを切れる!
 
――と、わたしは信じて申しあげます。


急がねばなりません

急いで各国の大使のもとへ走り

ゼムラ政権によって伏せられてきた、この国の繁栄の実体を曝けだすのです

ゼムラが、いかなる手段を用いて多くの人びとを服従させてきたか!

ゼムラの側近であるあなた方がこぞって証言すれば

各国の大使らにしても、

このような無謀な判決をこのまま放って置くことができなくなり、

判断は、国際裁判に委ねられることになるでしょう

大使たちがそれでも躊躇するようであれば、このことを告げてください

自白した遺書がある――と。

シムネは、みなさまのことにはいっさい触れずに、

 自分一人の罪といたしました

どうか、夫の死を無駄にしないでください


                     カナイ・アラモ

                                ♢♢♢


 手紙を読み終えたヤモイは、
顔をあげると、

「こうなったからには行動あるのみだな。
 シムネが自白した以上、われわれに怒りの矛先が向けられるのは時間の問題。
 われわれにのこされた道は……」

 ヤモイは、仲間の顔を見ました。

「――戦いあるのみ!」

 皆は声をそろえました。

 ヤモイは頷くと、
「たしかに、われわれに今できる対抗手段は、カナイ婦人の言うとおりであるのかもしれない。
――みなの衆! 
死ぬまえに、一矢報いようではないか。
 そしてもし、そのことで享けなければならない罰があるのならば、
それは、陛下を罪人にした償いとして、
末の代まで()けようではないか」

 皆は頷きあいました。

 ヤモイと仲間はそれぞれに分かれ、各国の大使のもとへ(エレタクル)を急がせました。

……しかし、
裏切り者を泳がせていたゼムラは、
シムネの遺書を読み終えるや、直ぐに、事を封じる手立てを講じておりました。

『飛んで火に入る夏の虫。……とはこのこと。
 向こうからわざわざやってくるとは手間のかからぬ奴ら。
 一匹残らず燃やしてやる!』と――。


 ヤモイと仲間は、大使館門前にまち構えていた党員に捕らえられ、連行されてゆきました。
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