第47話 第二章/ふたつの葛藤 ナジムの回想 -8

文字数 2,151文字

 その後も困難は、見たこともない宝物につぎつぎにすがたを変えながら、旅の最後には、ついに、旅人がおもいえがくどんなにすばらしい宝物をも(しの)ぐ大宝物に変身しました。

 お噺の結末は、いつもそこでおわりになりました。

「そのおおたからもの……って、なんだったの?」
とナジムが問うと、

「それをみつけるのが、おまえのこれからの旅なのだよ。
……おやすみ、ナジム」
と、ほっぺにキスをうけながら、ナジムは、旅のつづきを楽しみに、夢の世界へと(いざな)われてゆくのでした。

 その物語の結末は、
サムも、そしてその親も、またその親も、
先祖代々うけつがれ語りつがれてきた、
心ときめかせる、
解き明かすことのできない謎……、とされました。

 ナジムはそのことをおもいえがくとき、
心の苦しみをいっとき離れて、こころやすらかになれるのでした。


 そんな日がつづいたある日のこと、
ナジムは思い切って、母の言っていた、街の外にあるその集落をたずねてみようと思いました。

 ナジムは……、
合鍵をつかって祖父の寝室に入り、寝台の下にもぐり込んで秘密の扉を開くと、石垣の壁をてさぐりに、洞窟の中へとやってきました。

 そして、母の用意してくれた小舟に飛びのり、櫂をとって漕ぎだせば……、
城壁の外は、今はじめて見るような新鮮な光にあふれて、
まるで――母の懐のなかに包みこまれてゆくようでした。

 おさない頃には、祖父といっしょにここからなんども川辺の探検に出かけました。

 小川の両側には花々や草木が茂り、川の先には(せき)があって、堰には街と城の境界となる柵が設けてあり、街からの立ち入りが禁じられていたために、祖父との川遊びのあいだはだれに邪魔されることなく、川の流れに舟をまかせて釣りを楽しんだり、川岸に上がって木の実を採ったり虫を捕まえたりしてすごしました。


 祖父がいなくなったとき、
ナジムは、
『きっとお祖父ちゃまは舟で出かけたにちがいない』と考え、だれにも内緒で桟橋までやって来ると、
じっとそこに座って、
一日中、祖父の帰りを待ちました。

 しかし一年待っても二年待っても、
祖父を乗せた舟のもどってくることはありませんでした。



 胸のキュンと痛くなるようなおもいでの場所をみおくりながら、
やがて堰まできて舟をつなぐと、柵をのりこえ、草をかき分けながら通ううちにできた小径にそって街へと出ました。

 するとナジムの胸は、まだ見ぬその場所へと(はや)るきもちでいっぱいになり、
街なかの(にぎ)やかな景色も、彩りをぬかれたように流れ去って見えました。

 人集(ひとだか)りを分け、まだ見ぬ場所を目指してすすんでゆくと、
やがて町外れに出て人影もまばらになり、
建物もなくなってしばらく行ったそこで……、
道もなくなっておりました。

 道は高い土手にぶつかったところでおわっていて、
ナジムは、草木の生い茂る土手を見上げて、
登れそうな場所がないかとあたりを見まわしました。

 土手のまわりをしばらく歩き、手頃な場所を見つけて斜面に取りつくと、
草の根と木の幹を掴みながら急な坂をのぼり上がり、頂上近くで高い柵に行く手を(はば)まれた……そこで、
ナジムの鼻は異様な臭気を嗅ぎました。

――顔をあげると、そこに真っ赤な構造物がありました。

 それは、対岸どうしをつなぐ橋の支柱で、
対岸は見えませんでしたが、柱の大きさからしてかなり大きな川であることが想像されました。

「あの川は、ここへ流れてくるのか……」

 ますます強くなる臭気のなかを、左手で金網をたどり、通り抜けできる場所がないかと進んでゆくと、
見つけた柵の出入り口には鍵がかけてありました。

 しかし、そこからしばらく行った草むらのかげに柵の(めく)れをみつけて、
それはやっと子どもがくぐれるくらいの小さな穴でしたが、
……ナジムは穴の上部に手をかけ力まかせに捲れをひろげると、
からだを(ひね)らせながらくぐりぬけて、
草をつかんで土手の頂上へと這いあがりました。

 土手の上は広い道になっていて、
渡りながら対岸に目をやった、そこで……、
ナジムの足は釘づけになりました。

 そこには、
川底に打ち込まれた丸太木の上に角材を渡し、板をならべて――、
つぎはぎの廃材を壁や柱にしてその上に平たい板をかぶせただけの、
いまにも毀れそうな建物があって、
それが――、
川岸の両側に見えなくなるまで連なっていました。

 ところどころには、対岸どうしをつなぐ小さな橋も見えましたが、しかし大雨がきたら、どちらもいっきに押し流されてしまうのではないか――、
と思われるほど、粗末(そまつ)な作りに見えました。

 するとそこに、
街で最初にみた少女たちのすがたがよぎり、
『さっきの穴は、ここに住む子どもたちが、街に出るときにつかっているのにちがいない、』とナジムは思いました。

 ナジムの足はしばしその光景に(すく)んでいましたが、
しかし、思いを胸にやってきたナジムは、
こんなところで(ひる)んでいるわけにはいきませんでした。

 ナジムは、道の反対側にもおなじような捲れを見つけておなじ要領でくぐり抜けると、勇気を奮い起こして――、
家々の建ちならぶその場所をめがけて、
土手の斜面を一気に駆け下りました。

 そして、近づいてきた一軒の家の前で立ち止まると……、
辺りには、なんともいい匂いのお香の(かお)りが立ちこめていて、
とどうじに、刺すような異臭がナジムの鼻を突きました。
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