第25話 第二章/ふたつの葛藤 あらすじ・コボルの王様 -1

文字数 3,721文字

(あらすじの後に本文がつづきます)

<第二章・あらすじ>
〝悪〟は、自分の中につくりだしていたのだ。
と気づいたサムのまわりに、次第に人が集まりはじめて、十年後、サムは、「キング」というニックネームで呼ばれるようになります。
 しかし、その呼び名が苦悶の日々を招くことになり、あるとき、
『その、心に抱えるその闇にこそ、問題の解決策が隠されているに違いない!』と、
自分の導かれている運命の絆に確信を抱いたサムは、
街角に立ち、勇気をもって語りはじめます・・

〝マギラ〟とは、サムの息子、ハン王子の側近に取り立てたゼムラという男によってもたらされた〈人心をコントロールするマシン〉でした。
 ゼムラの先祖はその昔、サムの先祖にその地を追われた先住民族で、長きにわたる屈辱の歴史のなかで、〝マギラ〟を、復讐兵器に作り上げたのでした。

 そんなゼムラの素性も知らないまま、国へ戻ったサムと七人の男たちは、
孫のナジムと共に、
ゼムラと、〝マギラ〟に立ち向かうべく新たな政策を打ち出してゆきます。



<本文>
第25話 第二章/ふたつの葛藤 コボルの王様 -1》≫

 キマはルイにあずけることにして、
サムはきもちも新たに、
コボルのひとりひとりをたずねて歩くことからはじめてゆきました。

 サムのおこないは水が流れるように人びとのほうへとむかい、
ことばかけも徐々に、ひとりひとりに寄りそうものになってゆくと、
コボルの人びとの(かたく)なだった口もとに笑みがうかびはじめ、ことばも溢れはじめて、
 人びとは……、人と人との間にあった距離を縮めるようにサムのまわりに集まりはじめました。

 こうして、どんなはなしも否定することなく聴くサムの噂が口々につたわり、
集まる人びとを日に日にふやして、
いつしかねぐらのまわりは、十重(とえ)二十重(はたえ)人集(ひとだか)りで賑やかになってゆきました。

 このようにして、時は二年三年とながれ、
この国に入って十年あまりがすぎるころ、
サムは、
『キング』というニックネームで呼ばれるようになっておりました。

 しかしその呼び名が、
記憶のそこに沈めていた苦い過去を甦らせて――、
『わたしはただ、
ここの人たちのはなしをきいているだけにすぎないではないか。
 たとえそのことで、
心にいっときの平安が訪れたとしても、
国に還ったわたしに、いったい何ができるというのだ。

「国を捨てた王に何ができるのだ!」
国民のその声に、
正面から立ちむかい、説得できることばを、
――今のわたしがもっているのか!

 いいや……、今のわたしでは駄目なのだ!
 コボルの人びとの、心にかかえた苦しみを、(みずか)らが立ち上がり、自らの力で取りはらい……自ら(あか)りを(とも)す!
 そのときを見届けるまでは、
国へ還ったとしても、今のわたしでは――、
どうすることもできようはずがない!』

 しかしその思いは、新たな苦しみをもつくりだしました。

『しかし……、わたしが人を救おうなどと、そんなことが許されるのか!
 医者であれば、病気や怪我で苦しむ人を救うこともできよう。

 しかし、こころの病を癒やし、魂を救おうなどと……、
そんなことが、
人間である自分に許されるのか!

 それは神のみが行う御業(みわざ)ではないのか?

 自分と対等の人間にたいして、
その生きる選択に手出しをくわえるなど、
おもいあがりもはなはだしいだけではないか!

 わたしはまたしても、
まちがった考えに囚われているのか!

 自惚(うぬぼ)れ、のぼせあがっているだけではないのか!』


 サムは遠く離れた国にあって、こころの中でゆれる、光と闇の狭間(はざま)を行ったり来たりしました。

……それは、苦痛をともなう、ながくてつらい時間でありました。

――しかしあるとき、

『人間の、そのこころにかかえた闇にこそ、
病を治癒する光が隠されているにちがいない!』
と、自分のみちびかれている運命の絆に確信を抱いたサムは、
町角に立つと、
自身の闇をみつめて、
人びとにむかって勇気をもって語りはじめました。


「みなさん――!
 聴いてください!

 人は、
――こころで生きるのです!

 そして……このこころは、
今とはちがう場所をもとめて羽撃(はばた)きたいと望むのです。

……人は、人として生まれ、育ってゆく過程のなかで、いつか、期待と不安のなかに翼をひろげて、夢中に羽撃けるその時をむかえるでしょう。

そして飛びたった翼は、
……そこに、
美しく輝くものと、それとは逆に、(みにく)()まわしいものをも発見することになるでしょう。

 しかしもしそこで、
美しいものだけを求めて、
醜く忌まわしいものを避けてしまえば、
翼は、
しだいに飛ぶ場所を失い、
飛ぶ場所が狭くなるにつれて飛ぶ力も失われ――、
やがて飛ぶ場所がなくなったとき、
……羽根は(しお)れて、飛べなくなってしまうでしょう。

 すると飛べなくなったこころの翼は、
こんどは、
自分の中を、
ただ、ぐるぐるぐるぐるとめぐることをはじめるでしょう。

……みなさん!
 自分の中をめぐることしかできなくなったとき、心の翼は、
いったいそこに――、
何を見ることになるのでしょうか?

 そこに、こころやすらかとなる風景があらわれてくるのでしょうか?

 いいえ……そこは、
こころやすらかであったものが、
逆に……、
とても危険なものへとすがたをかえる場所になってしまうのです。

なぜならそこは……、
自分のすべてを受け入れる場所であるために、
翼は、羽撃く必要を失い、
長びけば、
羽撃く喜びとともに、かつてのすがたも忘れ去り、
……いつか、はばたきたいと望んでも、
羽撃き方をわすれた翼にとっては、
翼そのものが邪魔になり、
はばたくことを醜く忌まわしいすがたにかえて、
――自らを、
窮地に追い込んでしまうことになるのです。

 そしてついに、飛ぶことをあきらめたとき、
……翼は、
意志も気力も失って、退化せざるを得なくなってしまうでしょう。

――みなさん!

 翼は――、
今とはちがう場所をもとめ、
つぎつぎにあらわれる未知なる風景に出会ってはじめて、
飛ぶよろこび――つまり

を、
見つけることになるのではありませんか!」


 サムはそこでいったんはなしを切り、

「……しかし、羽撃くためには決意が必要であり、
つづけてゆく、意志と忍耐がひつようになるのです!」

と、ひとりひとりの顔を見まわして、

「〝マギラ〟は――、
この意志と忍耐の隙間に侵入して、
飛ぶことを阻害しようとするのです!

 みなさん!――、
心とはいったいだれのものですか?

 こころを、自分のものだけにして留めておいてよいのでしょうか?
 もし、ほんとうに、
こころを自分のためだけにつかっていったら、
――人はやがて、
自分のことしか考えられなくなり、
世界中が、
この……、自分のことしか考えない人ばかりで溢れてしまったとき、
そのとき、
このばらばらにされた世界は――、
何をもって支え、何によって繋ぎ止めればよいのでしょうか‼

 それはまるで……、
自分が自分を持ちあげようとすることに等しく、
やがて崩れ去る運命を――自ら招く!
 ことになるのではないのでしょうか。

〝マギラ〟は――、
このありえない世界を、
あたかも、
実現できるもののようにして見せるのです!」


 そして、はなしは核心へとむかい、

「みなさん、

『人間のほんとうのしあわせ』
というものを、
いちど……、
真剣に考えてみてください!

 いまの自分が、
輝きを失っているからといって嘆いてばかりいてはなりません!

 自分のほんとうの輝きは、
実に――、
隠れていて見えないものなのです。

 自分が見ている表のすがたとは……、
全体のほんの一部分にすぎず、
輝きは、
今の自分が、隠しているために、
見えないのです!

 その……、隠れているところにある、
見えないところの自分を、見つけださなければなりません。

――そのために、仮初(かりそ)めにしている今の場所を離れるのです!

 そして、その執着していた場所を離れて、
醜く忌まわしいと思っていた自分の本来のすがたを発見した、
――そのときに、
『飛ぶよろこび』は、
はじめて、
動くことのない、
事実になるのです!

 わたしは、
この一個の人間のかかえる闇にこそ、
世界を照らす光がかくれている! 
――と、信じて疑えません。

 生きるとは、
それを(にな)う――、
こと、なのではないのでしょうか!」

サムは、つよい願いを込めてさらにつづけました。


「〝マギラ〟は、
翼のまだ見ぬ景色は現せても、
はばたくこころになることはできません。

〝マギラ〟の開く扉は、
人工的な光でもって、
あなたの心にベールをかけ、見た目だけの世界へと誘い、
……あたかも、あなた自身が変化しているようにして見せるのです。

 しかし、――今、
 みなさんのいる、この現実の世界は、
――常に、最初の世界であるのです。

最初の世界は、まだ識られていないために……、
ひかりとはならないのです。

ひかりは、
みなさん自身のものになるために、
重たい扉に守られていなければならないのです。

 みなさん――!

 みなさんのその暗く、冷たい、闇に鎖されたひかりは、
その重たい扉を、あなた自身のその手で開くまで、
視ることがゆるされないのです。

あなた自身が開いて、
そして視る――、
紛れもない世界でなければ、
現実とはならないのです。

なぜなら現実は――、

あなた自身が変化してゆく世界でなければならない! 
――からなのです‼」



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