第55話 第二章/ふたつの葛藤 新たな政策 -4
文字数 2,144文字
政治に関して素人であった七人の男たちの下で不満をためこんでいたもと重臣たちは、
街の声を代弁者に、法の撤廃 を求めました。
それらの意見を、壁の一点をみつめながらきいていたサムは、
ナジムに目配 せすると、
二人は立ちあがり、
「ならば――、わたしたちが手本になるまでです!」
と言い放ち、街の人とかわらぬ服に着替えると、城の庭を真っすぐに突きすすみ、群衆の押しよせる城門の前までやってきて、
「門を開けてください!」
サムのことばで城門が開かれると――、
群衆は、開かれてゆく門のむこうから自分たちと変わらぬ身なりをしたサムとナジムが颯爽 と歩いてくるので、
「おお――」
と、どよめきながら後ずさりしました。
サムは街の人びとの前に立つと、
「本日ただ今より、この城を国民の所有物とします。
必要なものは、皆で分かちあわなければなりません。
わたしはここに、すべての国民の平等を宣言します――!」
と、宣言しました。
一瞬……、だれもがわが耳をうたがい、目を瞬 かせました。
――が、つぎの瞬間、人びとはその目を血走らせ、サムとナジムを目がけて一気に押し寄せ、その勢いに番兵たちも、わが身を庇 って見送ることしかできませんでした。
城のなかへと突入した群衆たちは、
『日々の鬱憤 を晴らさん!』とばかりに暴徒化すると、
城の壁に飾られた絵画や床におかれた装飾品を奪いあい、
壁や床を打ちこわし、剥 ぎとって、庭や花壇に踏み入っては花々や木々を引き抜き、
なにも手に入れることのできなかった者たちは芝や石や土まで持ち去りました。
……それはかつて、
開かれた城門の下を、和 やかに往 き来 していた人びとのすがたからは想像もできない光景でした。
こうして、城のなかは廃墟のように荒れ果て、城の生活はまたたくまに奪い去られてしまいました。
暴徒の去った城のなかには茫然自失 の家臣や女官 がうずくまり、
サムとナジムは、
「みな、ぶじですか。怪我 をした者はありませんか、」と声をかけてまわりました。
そして、
「だいじなはなしがあります」
と、庭に出るよう、皆を促しました。
芝を剥がれた庭に出てみると、
だれもが項垂 れ、すすり泣いておりました。
サムは、ひとりの家臣の前に屈 みこむと、ふるえる肩に手をおいて、
「なぜ……、泣いているのだ?」と声をかけました。
家臣は、
「わたくしたちは……これから、
どのように暮らしを立ててゆけばよいのでしょう」
そのことばに、
ほかの家臣も女官もいっそう声を大きくして泣きました。
サムは立ちあがると、打ちひしがれた人びとにむかって、
「皆のなかで、いのちを落とした者があるのですか?
身内に不幸があったのですか?
それとも、友を失った――と!」
声をあげて泣いていた者は泣くのをやめ、顔をあげました。
「あなた方のかなしみようは、
家族を失い、友を失い、
未来も希望も失って――、
まるで……、
生きるすべての力を奪いとられてしまった人のようです。
しかしそれはちがう!
断じてちがうのです!
わたしたちは、ただ、
――見てください!
あなた方はいったいなにを失ったというのですか?
あなた以上に大切ななにを?
それはすべて、この身が滅び去るときに手放さなければならない、
物質ばかりではありませんか。
わたしたちは――、
滅び去ることのない命を守るために、
それらの物を手放したのです!」
サムは皆の正面に出ると、
「聴いてください!
わたしは、
〝マギラ〟の支配がこのまますすんだ国のすがたを見てきました。
〝マギラ〟が支配する心の世界には、
ただ、不安だけが築かれ、
いのちを、儚 いもののなかに埋もれさせて、
この世に、
多くの未練をつくりのこしながら死 に逝 く運命を、
自ら背負うことになるのです。
しかし人間には、この身が滅び去ろうとも、
決して滅びることのない、
『永遠のいのち』
というものが備 わっていて、
ひとりひとりのこころのなかに息衝 いているのです!
〝マギラ〟は、
その永遠なるものを、
滅び去るものに置きかえてしまうのです。
皆、聴いてください!
わたしたちは、この永遠なるものを守るために、滅びゆくものを手放すのです!
国民のもとに、こころやすらかなる生活をとりもどすために、
まずわれわれが、身 を削 ったのです!――」
サムは身を乗りだし、家臣ひとりひとりにとどくように声の限りに訴えました。
「われわれはこれから、城を守るためにはたらくのではありません。
われわれは、
国民ひとりひとりの盾 となり、
滅び去ることのない命を守るために戦うのです!
真に、世界に誇れる国造りを、
ここからはじめてゆくのです――!」
サムのことばは、城の隅々にまでひびきわたりました。
そのとき……、
庭を見おろす城の最上階の窓ぎわにあって、
つぶやく声が、
「終わったな、……サム。
いちどは国を棄 て、
つぎには国民の仕事と財産を奪いとり、
あげくの果てに……滅び去ることのないいのちを守る。
――だと?
馬鹿馬鹿しい。
そんな、絵に描いた菓子 などを欲しがる者がいるものか!
人間は、もっと現実的なのだ――。
サム、いまこそ地獄への引導を渡し、
おまえたち一族を、根絶やしにしてくれる!」
ゼムラは、不敵な笑いを浮かべてサムを見下ろしました。
街の声を代弁者に、法の
それらの意見を、壁の一点をみつめながらきいていたサムは、
ナジムに
二人は立ちあがり、
「ならば――、わたしたちが手本になるまでです!」
と言い放ち、街の人とかわらぬ服に着替えると、城の庭を真っすぐに突きすすみ、群衆の押しよせる城門の前までやってきて、
「門を開けてください!」
サムのことばで城門が開かれると――、
群衆は、開かれてゆく門のむこうから自分たちと変わらぬ身なりをしたサムとナジムが
「おお――」
と、どよめきながら後ずさりしました。
サムは街の人びとの前に立つと、
「本日ただ今より、この城を国民の所有物とします。
必要なものは、皆で分かちあわなければなりません。
わたしはここに、すべての国民の平等を宣言します――!」
と、宣言しました。
一瞬……、だれもがわが耳をうたがい、目を
――が、つぎの瞬間、人びとはその目を血走らせ、サムとナジムを目がけて一気に押し寄せ、その勢いに番兵たちも、わが身を
城のなかへと突入した群衆たちは、
『日々の
城の壁に飾られた絵画や床におかれた装飾品を奪いあい、
壁や床を打ちこわし、
なにも手に入れることのできなかった者たちは芝や石や土まで持ち去りました。
……それはかつて、
開かれた城門の下を、
こうして、城のなかは廃墟のように荒れ果て、城の生活はまたたくまに奪い去られてしまいました。
暴徒の去った城のなかには
サムとナジムは、
「みな、ぶじですか。
そして、
「だいじなはなしがあります」
と、庭に出るよう、皆を促しました。
芝を剥がれた庭に出てみると、
だれもが
サムは、ひとりの家臣の前に
「なぜ……、泣いているのだ?」と声をかけました。
家臣は、
「わたくしたちは……これから、
どのように暮らしを立ててゆけばよいのでしょう」
そのことばに、
ほかの家臣も女官もいっそう声を大きくして泣きました。
サムは立ちあがると、打ちひしがれた人びとにむかって、
「皆のなかで、いのちを落とした者があるのですか?
身内に不幸があったのですか?
それとも、友を失った――と!」
声をあげて泣いていた者は泣くのをやめ、顔をあげました。
「あなた方のかなしみようは、
家族を失い、友を失い、
未来も希望も失って――、
まるで……、
生きるすべての力を奪いとられてしまった人のようです。
しかしそれはちがう!
断じてちがうのです!
わたしたちは、ただ、
滅びゆくもの
を手放しただけではありませんか。――見てください!
あなた方はいったいなにを失ったというのですか?
あなた以上に大切ななにを?
それはすべて、この身が滅び去るときに手放さなければならない、
物質ばかりではありませんか。
わたしたちは――、
滅び去ることのない命を守るために、
それらの物を手放したのです!」
サムは皆の正面に出ると、
「聴いてください!
わたしは、
〝マギラ〟の支配がこのまますすんだ国のすがたを見てきました。
〝マギラ〟が支配する心の世界には、
ただ、不安だけが築かれ、
いのちを、
この世に、
多くの未練をつくりのこしながら
自ら背負うことになるのです。
しかし人間には、この身が滅び去ろうとも、
決して滅びることのない、
『永遠のいのち』
というものが
ひとりひとりのこころのなかに
〝マギラ〟は、
その永遠なるものを、
滅び去るものに置きかえてしまうのです。
皆、聴いてください!
わたしたちは、この永遠なるものを守るために、滅びゆくものを手放すのです!
国民のもとに、こころやすらかなる生活をとりもどすために、
まずわれわれが、
サムは身を乗りだし、家臣ひとりひとりにとどくように声の限りに訴えました。
「われわれはこれから、城を守るためにはたらくのではありません。
われわれは、
国民ひとりひとりの
滅び去ることのない命を守るために戦うのです!
真に、世界に誇れる国造りを、
ここからはじめてゆくのです――!」
サムのことばは、城の隅々にまでひびきわたりました。
そのとき……、
庭を見おろす城の最上階の窓ぎわにあって、
つぶやく声が、
「終わったな、……サム。
いちどは国を
つぎには国民の仕事と財産を奪いとり、
あげくの果てに……滅び去ることのないいのちを守る。
――だと?
馬鹿馬鹿しい。
そんな、絵に描いた
人間は、もっと現実的なのだ――。
サム、いまこそ地獄への引導を渡し、
おまえたち一族を、根絶やしにしてくれる!」
ゼムラは、不敵な笑いを浮かべてサムを見下ろしました。