第36話 第二章/ふたつの葛藤 七人の友 -6

文字数 2,843文字

 
 しかし、はなしを聞いて顔色を変えたのは、サムの方でした。

 砂漠の中を、飲むものも食べるものも持たずに独り歩きとおした奇跡を、陰で支えつづけていたのが、
……じつは息子のハン王子であった。
 などとは、露ほども考えていないことでした。

 サムは、喉が渇いて動けないでいるときに、
「水はいらないか?」
「パンはいらないか?」
と、どこからともなくやってきて、水や食べ物を差しだす水売りが、てっきり、神様のお導き。とばかり思っていました。


「それが……真実(まこと)のことだったのですか」

 サムは立ちあがり、天を仰ぐと、

「わたしの命は……、
ハンが守ってくれていたのだ――!」

両手で顔を覆い、その場にひざを折り、

「知らなかった! ハン――!
 ゆるしておくれ。

わたしは……、
ほんとうになにもしらなかったのだ‼――」
と、砂に、額をこすりつけて詫びました。


 そして、顔をあげると、

「よくぞ、よくぞ、おはなしくださいました。
 あなたが……あのときの、
わたしをみちびいてくださった、
その方だったのですね!」
と、水売りの両手をとって固く握りしめて、

「こころより礼を申します」
と、深く頭を下げました。

 そして、
「どうか、急いで国へ戻らねばならない事情をお察しください。
 水と食料と、それから……」言いよどむと、
 水売りは、
滅相(めっそう)もございません、国王さま。
 あなたさまのいのちの永らえるために、ひつようなだけの水と食料と、
――それからラクダも!
 なんなりとお持ちください!

 そしてどうぞ、
一刻も早く、王子さまのもとにお急ぎください!」
そう言って、サムよりもさらに深く頭を下げました。

 しかしこのことで(こうむ)るであろう水売りの身の上を案じて、
「しかし……、あなた方は、
決まった量の水と食料を届けなければ(とが)められるのではありませんか?」と問うと、
水売りは、
「――なに、盗賊に襲われたが、戦いぬいてこれだけは護り通した。
と、胸を張って言ってやります!」
と言うので、

「恩に着ます。礼は、あらためていたします」と、苦笑いして、

「ところで……、イラとはどこで別れたのですか?」
 サムが訊ねると、

 水売りはとつぜん俯き、

「どうしました? イラに……なにか、」


 サムが〝マギラ〟の国にたどり着いたその日……、
数人の男たちの襲撃を受け、呼吸を失い、たおれているそこへ、
駆けつけ、蘇生術(そせいじゅつ)を施し、ルイに助けを求めた……その人こそ、
そしてその後も、マギラの国にとどまりつづけ、つかずはなれずサムを見守りつづけた、
その人こそが……イラでした。

 水売りは、高い塔の街に定期的にやってきては、余所(よそ)の国のめずらしい品々を納めながら、そこでイラとも会っていました。


「……じつは、」

 水売りは、うつむけた顔をふるわせ、
とまどうようにおこすと、

「国王さまが……、高い塔を爆破した首謀者として捕らえられ、牢につながれたそのときに、
『もし、わたしの身になにかあったら、サムラダッタのハン王子さまに、イラは役目を果たしました。……と伝えるように』と、そう(おお)せられたまま……」

 そのさきは、嗚咽(おえつ)ばかりでことばになりませんでした。

 そこへ、息子のひとりがやってきて、父親の肩にそっと手を置き……、
父親は、息子の手に自分の手をかさねて、
イラの死をつい先頃知ったこと。
 そしてすぐに、ハン王子のもとに息子のひとりを急がせたことを告げました。

 サムは、そのことばのおわらぬうちにまたも天を仰ぎ、
両手を強くにぎりしめて跪き、

「イラよ!
――ハンの武術の師よ。
 わたしは、そなたの犠牲によって生かされたのですか!

 ううぅ……イラよ!

 そなたの家族はわたしの家族としてむかえます。
 わたしは、そなたのために石碑を築き、
貴方の武術家としての名誉を後の世まで讃えます。

 わたしの使命を、貴方のまことにかけて、かならず果たすとちかいます!

 イラよ――!

 どうぞ、天にあっても皆々のしあわせを見守りつづけてください!」

 サムは顔を覆い、男泣きに泣きました。


 サムの様子をうかがっていた男たちは、
ただならぬ様子に、
なにごとが起こったのかと駆けよってきました。

「キングどうしたんです。――キング!」

 男たちは、からだをゆすりながら泣き崩れる見たこともないサムのすがたに、どうすることもできないまま、
いっしょに泣きだしておりました。


『……あのとき、ハンとその取り巻きを、
国外追放にしようとした決断が、
このようなかたちになって返ってきたのだ!』

 サムは、
ハンとイラに詫びながら、そして、ひとしきり泣きおえると、
すっくと立ちあがり――、

「とんだ醜態をお見せしました」と、
顔を上げて、
泪を払い、

「さー、急いで帰らねばなりません。
 国に着いたら、あなた方にもうんとはたらいていただきますよ!」
と笑顔で、
七人の男たちに力強いことばをかけました。

 男たちは、サムのすがたに安堵の胸をなでおろすと、
「おおお――っ!」
 と、かけ声も高らかに、
天に向かって人差し指を突き上げました。


 こうしてサムと一行は、旅に必要な品々をラクダの背にたっぷりと括りつけ、
水売り親子に別れを告げて、
一路、サムラダッタ王国目指してあゆみをすすめてゆきました。



 七人の男たちのリーダー、ヨージン・アジマ、ことヨーマは、
力自慢ではコボルのだれも(かな)う者がなく、
そのうえ情けに厚く、
自分のことよりも仲間のことを気遣いながら、皆の意見をうまくまとめました。

 男たちのひとり、シットロ・ヤーロ、ことシロは、
動物好きの控えめで、ロバはシロの持ちものでした。
 年若いころを砂漠ですごしたシロは、
砂漠で役立つさまざまな知恵のもちぬしでした。

 男たちのひとり、ボロヤン・ダン、ことダンは年若く、計算ごとに長け、建物をみて数字にあらわすことができました。
 またダンは、星座にもくわしく、星をみて砂漠のなかを迷うことがありませんでした。

 背の高いサバル・ナダクル、ことナダクルは、砂漠の生きものにくわしく、
水の湧きだす場所をしり、
サソリや毒蛇を食料にする方法を心得ていました。

 色黒のシゴロ・ヤルキー、ことヤルキーは、
選り分けた砂で色鮮やかな絵を描き、また捨てられた廃材を利用して、さまざまな道具を作るのが得意でした。

 ムルセル・テンセン、ことムルセンは、からだは小さかったのですが、
男たちのなかではいちばんの機知(きち)に富み、たいへんな読書家で、
コボルの図書室と渾名(あだな)され、語学にすぐれ、世界の国々の歴史や文化にもくわしく、
また、光るものも大好きでした。

 最後に、ヨーマン・マーブ、ことヨブは、
食べることが唯一の関心ごとで、
材料のにおいを嗅いだだけで、あらゆる国の料理に仕立て、
どのような部分も余すことなく調理を施して、
皆は、最後の汁や欠片(かけら)まで残さずに食べることができました。

 そのため、食べ残しを狙う牙や毒をもつ動物たちに、寄りつく機会を与えることがありませんでした。


 こうして、七人の男たちの力と知恵により、
わずか三月足らずで、サムラダッタ王国の入り口は見えてきました――

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