第8話 第一章/出会い 侵入者 -1

文字数 3,064文字

 サム王様(老人)の棲む国には城があり、城は白亜の美しい建物でした。

 国の王であるサム王様はそのお城にすみ、ひとりの息子をもち、王子の名はハンといいました。

 またその王子にもひとりの男の子があり、孫の名はナジムといいました。


 国は肥沃(ひよく)な大地にめぐまれ、永らくつづいた戦国の乱世はとおい過去のできごとのように忘れさられて、
城門は開けはなたれたまま、行きかう町の人びとの明るくなごやか暮らしのようすは、
ことあるごとに城の中にまでとどけられておりました。

 こうして、国のなかには大きな(わざわい)もなく、平穏な毎日がつづいておりました。

 しかしある日の晩のこと、
街なかをうごきまわる一風かわった人びとのすがたが目撃されると、
その数は日に日にふえつづけ、
気づいたときには、街なかの空き家はそれらの人びとで埋めつくされておりました。

 この人びとは、
目だたぬ服に素顔のわからぬ化粧をぬり、
昼間はもの音ひとつたてずひっそりと暮らし、
夜になって闇のなかからあらわれだすと、
国中の家々をまわって……あるものを置いて、
また闇のなかに隠れて見えなくなりました。

 そのあるものとは、
〝マギラ〟とよばれ、
人びとのよろこぶあらゆる仕掛けのほどこされた装置になっておりました。

 それ以来、
老いも若きも男も女も、
国中のだれもが〝マギラ〟の(とりこ)となり、
爆発的にひろまって、
近所で交わされるあいさつや談笑は
〝マギラ〟の話題でもちきりになってゆきました。


〝マギラ〟とよばれ、
闇の中から鮮やかな光と音を(まと)ってあらわれだす不思議の魔術は、
人間の意識にはたらきかけると、日常を、機能性と利便性にあふれるゆたかな生活へと変貌させ、開発競争を日々に激化させながら、
人間の意識のなかにはぐくまれる、自然のひかりや、音のいろまでも掻き消してゆきました。

〝マギラ〟の浸透してゆく街なかでは、たがいに交わすことばも少なくなり、
肩と肩がふれただけで、傷害事件や殺人事件がひきおこされるようになり、
やがてそれが、
考えられないような悲惨な事故や凄惨(せいさん)な事件へと発展しながら、
〝マギラ〟のひろまる速度にあわせるように国の中に蔓延(まんえん)してゆきました。

 こうしてひろまる殺伐(さつばつ)とした空気のなか、
〝マギラ〟はついに城の中に持ちこまれました。

 ある日のこと、王様が孫のナジムの部屋にやってくると、机の上にその箱が置いてありました。

 王様は、箱を掴んで部屋をでると、

「オイ! なんでこんなものがここにあるのだ! 
……おい! これはいったいだれの仕業だッ! オイッ!」

 と大きな声で叫びながら、頭上高くに持ちあげた箱を、

「んんん――、こんなものはこうしてくれるッ!」
と、広間の窓をはげしく開いて、中庭めがけて投げ捨てようとしました。

 そのとき、ナジムの親であるハン王子が駆けつけてきて、

「お父さま、おまちください! 
 その箱は、国のためにわたしが取り寄せているものなのです!」と叫びました。

 ふり返った王様は、そのことばに目眩(めまい)をおこしそうになりながら、

「なぁーに~っ! 
 おまえは今、な、なんということを口にいたした! 
 よくも、よくも、こんな不埒(ふらち)なものを儂の国にもちこんだな! ん・ん・ん~」
とふたたび持ちあげた箱を、
王子の足もとめがけて叩きつけました。

 箱は、はげしい金属音とともにキラキラとしたいくつもの破片になって砕け散り、
床をすべって王子の足もといっぱいに広がりました。

 王子は、その一番大きな破片を拾いあげて、

「お父さま! なんということを。
〝マギラ〟は、世界がみとめる文明の利器(りき)なのです。
 世界中の国と国との関係が、この〝マギラ〟によって保たれているのです。
〝マギラ〟を否定することは、即、国の繁栄を窮地に追いやることになるのです! 
――お父さま、いまや世界は、
武器を持って戦っていた時代とはわけがちがうのです!」


 王子は幼いころより、王様のもっとも信頼をよせる側近を伴い世界中をめぐると、
すぐれた国の歴史や文化はもとより、
科学や工業や医療の最先端の現場をひんぱんにおとずれ、

それこそ、国どうしでおこなう大きな取り引きから、小さな市場のかたすみでおこなわれる怪しげな個人の取り引きにいたるまで、
たがいが利益をもとめておこなうさまざまな駆け引きや(はかりごと)にふれ、
世の中の表の事情にも、裏の事情にも通じ、こころえておりました。

 しかし、その王子のことばが、王様の逆鱗(げきりん)にふれました。

「なにを! ふざけたことを。
 おまえがいったい、世界のなにを見て、しっているというのだ。
 見えぬか、おまえには! 
 自分が持ちこんだもので、どれほどの国民を不幸に(おとしい)れているかが!
 
 おまえのこころの目は、いったい、
世界のなにを見てそれほどまでに汚れてしまったのだ! 

 今すぐに、この〝狐箱(きつねばこ)〟のすべてを国のなかから排除せよ! 
 おまえの命に懸けて取り去るのだ!」


 しかし、王様のことばにひるむどころか、王子はさらに語調を強めて言いました。

「いまさら、なんとおっしゃいます。
 おわすれですか? 
 これはお父さまとわたしとのお約束からはじまったことではありませんか。

 あの日、お父さまのおっしゃった、
『国民の()やしとなるようとりはからえ』
とのおことばがあったればこそ、
今まさに、そのおことばを実現しようと、
国の力をひとつにまとめている大事なときなのです。

 お父さま、今、世界では、
より大きな〝マギラ〟の力を持つ国の主導によって、

(しょう)した
〝マギラ〟の普及が、
流行病(はやりやまい)のように広められているのです。

 それが、世界中のゆたかな資源を必要いじょうに掘りおこし、
切り倒し、汚染し、搾取して、
そのさいえられる莫大な利益をふたたび〝マギラ〟に投じながら、
この星の、かぎりあるありとあらゆる資源が、〝マギラ〟の食事のごとくに失われているのです。

そして――この、

「〝マギラ〟によって物質的に発展してゆくすがたこそが豊かさの象徴である!」
と主張する人びとのつくりだす渦が、

いまや、世界中の人びとを巻きこんで、
この星全体を呑みこんでしまおうとしているのです。

……もし、世界中の資源が、
このまま〝マギラ〟に食べ尽くされてしまうことになれば、
この星は、
その資源とともに生きるエネルギーさえも失って、
やがてほんとうに、
人間の棲めない星になってしまうでしょう! 

 お父さま――、

わたくしは、そんな(わざわい)(うず)のなかに、
この国とこの星を巻きこみたくないのです!
 
 だからこそ、今、

他国に負けぬ〝マギラ〟の開発にとりくみ、
この国を、
世界のどのような国からも侵略されない強い国につくりあげて、
そして……、
この星のゆたかな資源と財産をまもるために、

……いいえ、

人間が生きるうえにひつようとなる

を、この禍の渦から守るために、
全力をつくして闘っているのです。

 お父さま! 

 いいえ、国王様。

 どうかこの国のために、わたしが世界中を歩いて、観て、そして考えぬいたすえにたどりついた答えを信じて、ご支援ください! 

 国がかわろうとするときに苦難をともなうことは、
だれよりもお父さまが、一番にごぞんじのはずなのではありませんか? 

 今やっと、国の人びとに、
〝マギラ〟の主導権をにぎる必要性が認識されはじめ、
世界をリードする〝マギラ〟の開発に取り組もうと、
こころもからだもひとつに、皆、寝るまも惜しんで、
国のために力を合わせ、まとまりかけている大切な時期なのです。

 ですから、今、
〝マギラ〟の開発を中止せよ! 
 などとおっしゃられても、

断じて受け入れるわけにはまいりません!」 
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