第43話 第二章/ふたつの葛藤 ナジムの回想 -4

文字数 1,901文字

 そのころになると、
『自分の行ってきたことが、逆に、国民を追いつめているのではないか!』
と、ハン王子は(みずか)らを責め、夜も眠れぬ毎日を送らなければなりませんでした。

 ハン王子は、決してこのような国造りを望んだわけではありませんでした。

『これいじょう 〝マギラ〟に頼りきった生活をつづけてゆけば、
国民の、自ら考え自ら起こす行動力が衰退し、
自分の身にふりかかる問題は、
他人や社会や国の所為(せい)にされたまま放置されて、
国の中は、自ら解決できない問題ばかりが溢れかえり、
……やがて、国の構造自体を危うくし、
自滅の道をたどることになるのではあるまいか!』

――と、そのような考えばかりが、ハン王子のこころを(むしば)みつづけました。

 ハンは、意を決してゼムラに向かうと、

「ゼムラ! 〝マギラ〟の開発は、もう止めにしよう!」と詰めよりました。

――がゼムラは、

「なにを言いだすかとおもいきや。
 ――殿下、ご覧なさい!
 今のこの豊かな生活を国民の手から奪い取ってしまったら、
彼らはいったいなんとするでしょう。
 彼らは、以前の生活にもどるよりは、反乱を選びますぞ!

 殿下、国の治安が乱れるだけではありません。
 そうなれば、われわれも立場を失い、国は、進む道を断たれて、
他国の侵略に堕ちることになるのですぞ!
 殿下――。
もはや、後もどりは許されないのです!」

と、掴みかかるようになじり返しました。


 ハン王子の心身に変調があらわれだしたのはそのころからのことでした。


 やがて歩くこともできなくなったハン王子は、枕元にナジムを呼ぶと、

「ナジム……、ゆるしておくれ。
 わたしは、おまえのおじいさまを城から追いだし、その上、国まで滅茶滅茶にしてしまった。

 わたしは、おまえのおじいちゃまや国の人びとに、
けっして(ゆる)してはもらえぬ罪をつくってしまったのだ。

ううぅぅ……ナジム。
――ゆるしておくれ!」

 ハン王子は、九歳になったばかりのナジムを抱きしめて泣き崩れました。

 ハン王子が病に伏したことで、後継者には、まだおさなかったナジムが立たなければならなくなりました。
 しかし、三歳のときに祖父と別れ、いつ、父との別れがやってくるやも知れない状況の中……、後継者として矢面に立つにはあまりにおさなく、その荷はあまりにも重すぎました。


 ナジムは無口になり、部屋の中に閉じ籠もってしまいました。


 ナジムの母サラは(つつ)ましく、夫のハン王子のすることにはいっさいの口出しをしませんでしたがこころの強い女性(ひと)でした。

 サラは、夫と、その父(サム)との〝マギラ〟をめぐる親子の葛藤を目の当たりにしながら、
〝マギラ〟のもつその力に怖れを抱き、ナジムから遠ざけました。

 サラは、
サム王様が城からすがたを消したあと、
ハン王子がつねに、
王様の居場所を確認していることを知ると、

「お祖父さまは、かならず帰っておみえになるから、信じて待っていなさい」
と、ふさぎこんだナジムを(なだ)め、野遊びや川遊びにつれだして、ときには三日もかけて山登りにも出かけました。

 こうしてサラは、国の(まつりごと)と〝マギラ〟の脅威からナジムを遠ざけ、
それは、ナジムが十五歳の誕生日をむかえるころまでつづけられました。

 やがて年頃になり、自然にばかりに気持ちがむけていられなくなったナジムは、
ある日――、
『そうだ! 城をぬけだして街にでてみよう――』
と思い立ち、サム王様の寝室に入ると、寝台の下にもぐり込み……、秘密の扉を開いてまっ暗な通路へと下り、石の壁をてさぐりに、城壁を()()いてつくられた(どうくつ)窟のなかへとやってきました。

 洞窟には、森の中へとつづく細ながい通路が穿(うが)たれてあり、
足もとに広がる水路が……、
差し込む外光を映してきらきらきらきらとゆらめき、
水面(みなも)にひろがる光のつくりだす幾重にも連なる波紋が……洞窟全体を()めるようにゆり動かしながら、
(たたず)む桟橋を、時の彼方へと(いざな)っているかのようでした。

 すると桟橋には、
おさないころ、サム王様といっしょに遊んだ……そして一緒にいなくなった、
そのときとおなじ小舟がつながれてあり、
水鳥がたてたのか、小さな波に、
おいでおいで……と、
まるでナジムをさそうように真新しい船体を揺らしておりました。

『いつのまに、』

ナジムは不思議に思いました。
が――、
『しめた!』
とこころに叫んで小舟に跳び乗ると、
(かい)を取って……、光にあふれる世界にむかって()ぎだし、
城壁をくぐりぬけてふりそそぐ陽の光のほうに顔を上げて目をとじれば、

こころは――、

これから見るであろう世界に翼をひろげて、櫂の一掻(ひとか)き一掻きに(はず)みをつけてゆくのでした。


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