第38話

文字数 2,785文字

 安藤に連絡を取ると、
(取り引きかい?)
 と察したように言って来た。
(ああ。キングとの取引だ)
(それはいい。大物との取引は中田会以来だな)
(詳しい事は電話では何だから、今から会おう)
(OK。良いよ。中野の女の所にいる)
(分かった。中野に向かう)
 電話を切った三ツ矢は柳沢課長に、
「課長。話したSと連絡が取れました」
 と言った。
「今から会いに行くのか?」
「はい」
「ならば私も一緒に行く」
 柳沢は三ツ矢と共に、中野へ向かう事になった。三ツ矢の運転する車に乗り込んだ柳沢は、安藤の事をいろいろと尋ねて来た。
「一度命を助けてますから、私の申し出を断る事は無いと思います。更には司法取引で、これ迄の覚せい剤容疑をチャラにすると言えば、100%OKと返事をする筈です」
「君の眼を信じよう」
 柳沢に言ったように、三ツ矢には安藤をこのミッションに組み込む事に自信があった。中野に着くと、安藤は柳沢を見て訝し気な表情をした。
「俺の上司だ」
 三ツ矢がそう言うと、女に、
「悪いが部屋を出てくれないか」
 と言った。女は渋々ながら外へ出て行った。
「あんたの上司を交えての話とはどういう事です?」
「さっきも話したが、キングとの取引の話だ」
「中田会以来の大物との取引だね」
「ああ。ただ一回きりではない。取り敢えず一回小口で取引して見て、それで反応が良ければ大口取引に向かう」
「一回目は何グラム?」
「二百グラム。グラム一万で話をつける」
「で、俺の役目は?」
「売人だ。俺に話を持ち掛けて来た売人という事にする」
「マトリがキングを狙っているのは知っているが、その為の取引かい?」
「そうだ」
「俺への報酬は?」
「今回は無い。その代わり司法取引でこれ迄のを含め、覚せい剤事犯での刑を軽減する」
「司法取引?」
「そうだ。あんたに取って悪い話じゃないと思うが」
「本当に司法取引ってやつで俺をパクっても刑が軽くなるんだね?」
「ああ。今回の取引だけでも捕まれば無期は食らう。そうならない為の司法取引だ」
「あんたは俺の命の恩人だ。あんたの言う事を聞くよ」
「安藤さん。私は彼の上司だ。私からも司法取引の件は確約するよ。今回の件のみならず、その後の事も宜しく頼む」
 柳沢が重みのある言葉で言った。
「そうと決まれば、後は俺がキングの所へ行って、今回の取引の段取りを付けて来るだけだ」
 三ツ矢はそう言って柳沢に目配せをし、安藤の所を辞した。
「課長から見て安藤はどうでしたか?」
「うむ。大丈夫だろう。GOサインだな」
「では早速キングに接触します」
「そうしてくれ。俺はここで降りる。このまますぐさまキングの所へ行ってくれ」
 柳沢はそう言って三ツ矢の車を降り、最寄り駅へ向かった。三ツ矢はその足でキングの所へ向かった。電話を掛けると吉良が出た。今すぐ取引の件でキングに会いたいと言うと、丁度キングがいるから今から来いという返事だった。このところ、なかなかキングに会えなかったので久し振りだ。アジトに着くと、いつものように吉良が出迎えた。
「取引の話らしいが、基本的には全て私を通して貰う事になっている」
「いや、これはキングと会ってから話す」
「分かった。あんたの事だ。良い話なんだろう。取り次ぐよ」
 最上階へ行くと、キングがソファでくつろいでいた。吉良がキングの傍へ行き、何か耳打ちをした。キングがこちらを向く。瞳孔が開いている。一発シャブをいれたか?
「取引きの話をしたい」
 三ツ矢が言うとキングは、
「Wの貴方が取引をしたいとはどういう風の吹き回しですか?」
「たまたま中田会と取引していた奴が俺に取引を持ち掛けて来たんだ」
「貴方のSですか?」
「Sにしてもいいと思っているがまだそんな段階では無い」
「それで、取引の内容は?」
「シャブを二百グラム程買いたいらしい」
「金額は?」
「グラム一万。最初の取引でネタに納得したら二回目以降はもっと多くの取引をしたいと言う事だ」
「グラム一万は悪くないな。吉良、上手く段取りを付けてくれ」
 話はあっさりと決まった。後は細かい取引場所や日時の取り決めだ。吉良から申し出された場所は、新宿七丁目のビジネスホテルで、日時は三日後の午後三時だ。
「この前はせっかくの家族団らんを邪魔して悪かったね」
 三ツ矢が帰ろうとしたところを吉良が言葉を掛けた。
「もう二度とああいう悪さはしないでくれよ」
 三ツ矢はそう言ってアジトを去った。三ツ矢が去った後、吉良はキングに言った。
「あいつを信用して良いのですか?」
「信用はしていないさ。でもまだ利用は出来る。まだまだね」
「キングがそういうつもりなら、私もそういう接し方をする」
「ああ。但し油断はするな。こっちの監視に気付く位、神経は細かい。それと余り追い詰めると何をしでかすか分からないからな」
「はい。気を付けます」
「三日後の取引では特にマトリの動きに注意をしなさい」
「万全の状態で行います」
「うん。お前に去られては、私はお手上げになるからね」
 キングはそう言ったが、吉良はそうは思っていなかった。キングは一人で事を起こそうと思ったら、充分に一人でやれると思っている。キングの全てを吉良は尊敬している。そのキングから、これ迄ずっと信用されている。もし、キングの傍に警察やマトリが近付いて来たら、自分が盾になるつもりだ。今度の三ツ矢の取引も、幾らWとなった人間の話とは言え、三ツ矢は麻薬取締局の人間だ。100%信用は出来ない。充分に注意しなければ。吉良はそう思った。
 キングは一人になった最上階で、覚せい剤をキメていた。部屋の中がやたら明るく感じられた。花火が見える。幻覚だ。手に取ったグラスにはもうシャンパンは入っていない。ふらつく体をようやく立たせ、カウンターにあるシャンパンのボトルに手を伸ばす。いい気分だ。自分は何者だ?キングと呼ばれてはいるが、キングとは何者だ?少し覚せい剤をやり過ぎたか。グラスに注いだシャンパンを一気飲みした。
 三ツ矢は、キングと接触出来た事を柳沢に報告した。
(取引は三日後。場所は新宿七丁目のビジネスホテル。詳しい部屋とかは当日に。時間は午後三時です)
(分かった。その場にキングは出て来るのか?)
(いえ。吉良という側近が出て来ます)
(そうか。あの安藤とかいうSは大丈夫か?)
(大丈夫です。では、準備もありますので、これで)
(ああ。しっかりやってくれ)
 次に三ツ矢が連絡したのは安藤だった。取引が決まったと告げると、
(何だかわくわくして来ますね)
 と、何だか遠足の日程が決まった園児みたいに舞い上がっていた。それを三ツ矢は戒めた。
(分かっているよ。ちょっとだけわくわくしても罰は当たらないでしょ)
 とにもかくにもこれで、キングとの一回目の取引の段取りは付いた。後は当日を待つばかりだ。そして、三ツ矢はその後の大口取引へキングを引っ張り出す手筈を考えていた。
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