第9話

文字数 2,744文字

 越川から新しいアジトの手配が付いたとの連絡が入り、三ツ矢は指定された場所へ出向いた。場所は新宿から近い明大前で、駅周辺には学生向けのワンルームが多く建ち並んでいた。
 新しいアジトは、そんなワンルームが数多く建つ一角にあった。三ツ矢にとっては格好のアジトだった。学生が多く、詮索好きのおばさんや、お節介焼の住人がいない場所が、アジトには最適だからだ。越川と待ち合わせ、新しいアジトに向かう。部屋は、六畳あるかないかの狭さだった。
「悪くないだろう」
「ああ。ロケーションも最高だ。必要な家電も揃っている」
「キングの方はどうなっている?繋がりのある人間とコンタクトが取れたと言っていたが」
「近々取引を行う。それをきっかけにキングに接近するつもりだ」
「上手くやってくれよ。今迄誰もキング迄辿り着いていないんだからな。ひとえにあんたに掛かっている」
「分かっている」
「じゃあ、俺はこれで分室へ戻るから、又何か足りない物とかあったら連絡してくれ」
 そう言って越川は、明大前の駅に向かって歩いた。三ツ矢は、このアジトは安藤には教えない事にした。三ツ矢は車に戻り、中からボストンバックを取り出した。部屋へ入る。怪しい視線は無いか、充分に確認して、部屋の鍵を掛けた。机の上にバックから出した覚せい剤を確認し、更に小分け用のパケにグラム単位を量りで計り、末端に売る用のパケを作った。その作業を二キロ分行い、残りの三キロは、そのまま百グラム入りを大口取引用に残した。
 安藤から中々連絡が来ないなと心配していた矢先、その安藤から連絡が来た。大事な話だと言う。二人の間で大事な話はキングの件でしかない。
(やっと取引できるよ)
(キングと繋がりのある奴とか?)
(そうだ)
(いつだ?)
(三日後の夜七時。場所は川崎の大型スーパーの駐車場)
(分かった。明日、その場所を下見に行こう)
(OK)
(量は指定して来たか?)
(いや。幾らでも構わないと言って来たので、三キロと言って置いた)
(値段は幾らで買うと?)
(最初グラム五千円と言って来たが、何とか七千円まで引き上げて、端数は切って二千万でと言ったよ)
(上出来だ。赤字の分は、残りの二キロを末端の連中に売って稼ごう)
(分かった。じゃあ明日は何時に?)
(取引と同じ時刻にしよう)
(俺の部屋で待ち合わせ?)
(いや。六郷の方からが川崎は近いから、うちへ来てくれ。時間厳守だ)
(分かった)
 三ツ矢はいよいよ来たかと胸を高鳴らせた。やっとキングの足下に近付く事が出来る。そして、キングそのものに近付くのだ。
 三日後の取引に備えて、三ツ矢は愛用のベレッタM85を手入れを始めた。使う事を辞さない考えだ。相手も拳銃を持って来るかも知れない。その時は、手にしたベレッタが火を噴く。
 翌日、安藤は予定の時刻の二時間前に来た。余りの早さに三ツ矢も苦笑いを浮かべ、
「早いお越しだね。当日もこの調子で頼むよ」
 と言って笑った。
「お安い御用だよ。それより、今回もチャカを持って行くのかい?」
「ああ、持って行くよ」
「キングに繋がりのある人間にチャカ出しちゃったら、塩梅良くないんじゃない?」
「大丈夫さ。相手がキングだろうが何処だろうが、同じだよ」
 安藤は、三ツ矢の自信に溢れた言葉を聞いて、そんなものなのかなと思った。
「あんたは良いよな。羨ましいよ」
「何処が羨ましいんだい?」
「その自信溢れる態度がさ。度胸が据わっている。相手がチャカ持ってても動じないって、普通じゃ考えられないよ。どうしたらあんたと同じように相手に接する事が出来るんだい?」
「何事も考え方一つだよ。死ぬのが怖いから、相手より先に動く」
「ふ~ん。あんたでも死ぬのは怖いのか」
 安藤はそう言って、
「さあ、下見に行こうか」
 と、三ツ矢を急かした。川崎の大型スーパーは人気らしく、夜だと言うのに広い駐車場も車の行き来で所狭しの様相を挺していた。その中で、何とか駐車スペースを見つけ、そこへ車を停めた。三ツ矢は、周囲を確認した。特に防犯カメラには神経を使った。カメラが何処にあるかを探し、死角がないかどうかを確認する。何か所か死角になりそうな所を見つけた。その場所を頭に焼き付け、取引の日にはそこを使う事を考えた。その旨、安藤に伝える。
「当日は、こちらが早く来て、場所の指定をした方がいいな」
「OK。当日、電話で誘導すればいいんだね?」
「そうだ。上手くやってくれ」
 三ツ矢は考えた。今回の取引は大事な取引だ。相手を力で屈服させて取引を行うか。それとも下手に出て相手の信用を極力買う方向で取引をする。二つに一つ。どちらを選ぶ。前者は、下手をすれば一回こっきりの取引になる恐れがあるし、場合によっては取引自体が成立しない可能性もある。後者の場合なら、継続して取引が出来るが、相手の思うように使われる可能性が大きい。普通の神経なら後者を選ぶだろう。だが、三ツ矢は前者を選ぶつもりだった。
 下見の帰り。三ツ矢は安藤に、
「小売の方はその後上手く行っているのかい?」
 と尋ねた。安藤は、
「だいぶ客も増えて来てる。お陰で俺の懐も潤っているよ」
 と答えた。
「それはいい。末端の小売の方で稼いで貰えれば、その資金を仕入れに回せる」
「うむ」
 車は六郷を通り過ぎ、安藤のアパートへ向かった。中野駅の北口を通り過ぎ、住宅街を走る。アパートに着くと、三ツ矢は是非とも寄って行ってくれという安藤と、アパート前で別れた。
 三ツ矢を見送った安藤は、すぐには部屋に入らず、その場に立ったままいろいろと考え事した。三ツ矢の前では服従の姿勢を見せているが、内心では違う。いつかは三ツ矢と決別しなければと思っている。その時には、今のような立場ではなく、対等の立場でいたい。それだけではない。三ツ矢は爆弾のような男だ。取引の場に平気でチャカを持って来るような男だ。しかも、それを平気で使う。中田会との取引の時には本当に寿命が縮まった。同じ事が繰り返されるのなら、その時点で二人の関係は終わりだ。キングと繋がりのある者との取引も、無事に終わってくれればと願うばかりだ。とにかく、自分に火の粉が飛んで来ないようにしなければ。自分がどうすればいいか。更に言えば、この先大口の取引をする為には、ネタを引く相手を探さなければならない。中田会とはもう二度と取引は出来ない。それらの事をアパートの前に佇みながら、安藤は思った。
 三ツ矢は、今の段階で安藤がそんな事を考えているとは分からなかった。多少は安藤を下に見ているせいもある。自分に従順な犬のようなものと考えている節がある。これが後々二人の関係に綻びを生む結果となる。だが、この時点ではまだ三ツ矢は分かっていない。とにかく、今は取引の事で頭が一杯だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み